小話集

小話まとめ
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「羽化」

森猫アキラ @Shinbyou_A

胃の中で孵化したカプセルはそのまま体内に寄生し、宿主の食事をかすめ取って大きくなる。もちろん宿主はそれに気づかないが、ある日突然羽化の欲求を感じて己の皮を脱ぎ捨てた。意識は人間のままなのに身体は蟲のものになっている。いつ入れ替わったのか。あるいは蟲が人間に乗っ取られたのか。

2011-11-13 20:21:41

「見切り発車」

森猫アキラ @Shinbyou_A

「この列車は見切り発車です。おきゃくさまには大変ご迷惑をおかけしますが、停車駅は不明。行き先も不明。終点に至っては存在さえ危ぶまれます。なお、お乗り換えはできません。……ただいま揺れがひどくなって参りましたが線路がなくなりました。次は地面が、」

2011-11-14 21:32:27

「アポトーシス」

森猫アキラ @Shinbyou_A

運慶が仁王を刻んでいる。あれは木材に埋まっている仁王を掘り出しているのだと男は言う。 「私もああして掘り出された」男は木屑を拾った。「肉の塊から鑿で手足を掘り出された。鑿とは細胞の自死機能だ。……私は私の一部が死んでくれたことによって形を得た」 木っ端が散る。仁王が形を得ていく。

2011-11-18 19:42:11

「隙間」

森猫アキラ @Shinbyou_A

胸に隙間が空いているのです、とその人は言う。見れば確かにその胸板にはぽっかりと空白がある。 「何か詰めたらいいじゃないですか」 「でも、詰めたらこの隙間がなくなってしまいます。隙間をなくした心の穴はどうしたらいいのでしょう」 風が吹く。胸の隙間が、笛のような音をたてる。

2011-11-19 08:45:57

「癖」

森猫アキラ @Shinbyou_A

一年前に旅先でなくした右目が奇跡的に返ってきた。包みに「ごめんなさい。お返しします」と手紙を添えられて。喜んで眼窩に填め直した。以来視界は頗る好調なのだが、何故か万年筆を持つ女性の手を顔の右側を傾けて見つめる癖がついてしまった。……そういえばあの手紙は万年筆で書かれていたっけ。

2011-11-19 14:47:13

「世界は、昨日」

森猫アキラ @Shinbyou_A

世界は昨日終わった。だから僕がこうしているのは死にゆく脳の最後の発火による夢なのだが、しかしこの夢は一向に醒める気配はなく僕は仕方なく学校に行く。 「なんで勉強するんだろう。昨日全部終わったのに」 「昨日気づいたの?」君が振り返る。「とっくに終わってたんだよ。君と私が出会う前に」

2011-11-20 11:02:38

「ぶらん」

森猫アキラ @Shinbyou_A

恐れていたことが始まった。癇癪を起こした作家がDelキィを押し続けている。見る間に君と僕の出会いが告白の動悸がデートの夕陽が喧嘩の涙が吸い込まれ、君を記した最後の文字とともに君も消えた。画面が真っ白になったところで作家は指の力を抜き、僕はかろうじて残った半角スペースにぶら下がる。

2011-11-21 20:35:54

「消えた分」

森猫アキラ @Shinbyou_A

ああ不幸そうな顔だ。貴方の恋人はダイエットで何キロ痩せたのです? 53kg? 彼女はもうたったの7gしかない? ご安心を、彼女の消えた分はこの先にいます。この扉を通れば貴方の体重はたちまち0になり(我々が肉体を処理します!)、向こうにいる体重53kgの彼女と幸福に暮らせるのです!

2011-11-22 20:18:00

「思いの外飛んだから」

森猫アキラ @Shinbyou_A

蔵にある地図は一族の年長者しか触ることを許されなかった。何しろ日にさらすとその年は日照りになり、風を当てると大嵐が吹き荒れる。ところが昨日、私が打った球が窓を破って地図に直撃した。どうやらそのおかげで隕石が落ちて世界が終わろうとしているらしいが、今更叱られても嫌なので黙っている。

2011-12-11 11:45:33

「ことわざ」

森猫アキラ @Shinbyou_A

「神様、俺に妻を作ってください」 願いに応え、絵の中の男の隣に女を描いてやる。私は慈悲深い神なのだ、というのは嘘で情けは人の為ならずというからだ。情けが巡れば、いつか私の孤独が解消される日も来るかも知れない―― ……心配なのは、私の神がこの諺の意味を正しく知っているかどうかだが。

2011-11-24 20:48:49

-------------------10話-------------------

「炭素輝線」

森猫アキラ @Shinbyou_A

「125億光年かなたに炭素 生命ルーツ知る手掛かり」 そのニュースに私は目を閉じる。彼は約束を守ったのだ。遙か昔、宇宙が誕生してから10億年目の銀河で恋人同士だった私たち。私の死の床で彼は誓った。必ずまた君に会いに行くよ、と。 ――彼が放射した光が、125億年かけて今、ここに。

2011-11-25 21:14:31

「慣用句」

森猫アキラ @Shinbyou_A

何故誰もお辞儀をしないのかって? 慣用句のせいで字面の世界は大変なんだ。みんなすぐに「骨が折れる」なんて言うから、僕これで今日三度目の骨折だよ。そこに落ちてるのは何だと思う? 肩だよ。みんな「肩を落とす」から。君らのところの景気のせいだね。僕もお辞儀なんかしたらごろんと首が……

2011-11-26 12:45:50
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