小話集

小話まとめ
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「逃げる」

森猫アキラ @Shinbyou_A

この先に逃げ道がある、と噂を聞いた。俺たちを監視するあれを振り切る道。バカを言うな、あれがあるから我々は生きているのだ、先に行った連中は跡形もなく消え失せた。そう言う声もある。それでもいい、俺は行く。俺たち活字を追いかけてくるモニタの向こうの視線から逃げて逃げて文字数制限の先へ、

2011-11-27 14:04:17

「伝統」

森猫アキラ @Shinbyou_A

私は七万年続く天舞拳の継承者である、というふれこみでふんぞり返る詐欺師である。弟子たちは私が創作した伝統を信じ鍛錬に励む。だが先日、私の大師匠の知己だという者が現れ、さらに百年前に国を救ったのが我が拳の勇者だった証拠が出た。何かの罠か。それとも私は本当に天舞拳の継承者だったのか。

2011-11-28 21:10:58

「基準」

森猫アキラ @Shinbyou_A

北極星が動き始めた。やってきた彗星と並んで歩き出す。船乗りも天文学者も知らなかったが、あの星がずっとあそこにいたのは待ち合わせのためだったらしい。今更基準を変えられない地上は、彼らの動きに合わせてみんな毎日お引っ越しだ。あのふたり、そろそろファミレスにでも入ってくれないだろうか。

2011-11-29 20:59:58

「無限頭部」

森猫アキラ @Shinbyou_A

首を狩るけど怒らないでね。出口を探しているだけだから。私、迷路職人なの。人の頭をつなげて、脳内のいろんな世界を行き来するのよ(とんでもないこと考えてる人もいるけどそういう罠も刺激的よね)。でもそろそろ出口がほしいのに、誰も自分の脳から出る方法を考えつかないの。あなたはどうかしら?

2011-11-30 20:43:44

「紙魚」

森猫アキラ @Shinbyou_A

「紙魚は紙を食べるから紙魚なんだよね」子が、狩りについてきた。「紙が発明されるまで、紙魚は何を食べてたの」 父は答えず獲物に棍棒を叩きつけた。 「紙がない頃、紙魚は何だったの」 無言で肉を取る父は、子の続く質問を恐れている。私たち人食い鬼は、人がいない頃何を食べてたの何だったの。

2011-12-01 20:54:41

「表彰状」

森猫アキラ @Shinbyou_A

表彰を受けたのは確かだが、一体何を認められたのだろう。腑に落ちぬ彼を客が口々に褒めそやす。実に感心だ、実に。……何が、と半笑いで広げた賞状には金の文字。 「本日、貴殿が命を捨てて火事から客を救う勇気をここに賞す」 のろのろと顔をあげる彼の前で、客のひとりがにこやかに燭台を倒した。

2011-12-02 18:45:04

「楽の音」

森猫アキラ @Shinbyou_A

辻の彼方で楽が鳴る。誘われては駄目よと母は言う。あれは異形が子を捜す音。だが私は一度、太鼓の珍しい響きに惹かれて辻を越えたことがある――別に何もなかった。ただ、家に帰ると母の背から触腕が生えていた。 誘われては駄目よ。母は繰り返し、座布団からはみ出ていた太鼓をそっと触腕で隠した。

2011-12-03 08:53:40

「お見送り」

森猫アキラ @Shinbyou_A

葬儀には故人の遺族も友達も参列しなかった。葬儀屋によるお見送りだ。 「これが我々の仕事です」葬儀屋は静かに微笑んだ。「では次の方」 優雅に促す手は青黒く腐っている。……長い長い葬列。世界が終わりすべて死に絶えたこの地上で、葬儀屋は自らも死者となりながら最後の仕事にいそしんでいる。

2011-12-04 10:35:21

-------------------20話-------------------

「オプション」

森猫アキラ @Shinbyou_A

「ただいまキャンペーン中です! お買い上げいただけましたらオプションでなんと猫耳メイド・戦車・まち針・そして地球とこの私がつきます! いかがですか?」 「待って。おまけは分かったけど本体は何?」 「申し訳ありませんお客様。当キャンペーンでは本体をおつけするオプションはないんです」

2011-12-05 19:33:21

「素顔」

森猫アキラ @Shinbyou_A

泡立てた石鹸を、道化は意を決して顔につけた。潮時だ、この顔の化粧を落とすのだ。彼は幾億の客を笑わせたが、彼自身の笑顔は化粧されたものだった。自分の素顔で笑いたいと思ってしまった以上は潮時だ―― 素顔を求めて化粧を流す。道化は見る間に排水口に流れていき、そこには誰もいなくなった。

2011-12-11 11:45:14

「鈴」

森猫アキラ @Shinbyou_A

恋人が作ってくれた陶器の鈴はいい音がした。また作って、と頼んだのだが彼はそのうちねと言葉を濁したまま死んでしまった。火葬場で清潔な骨になった彼には右足の小指がない。骨壺に骨を落とすとあの鈴と同じ音が鳴り、いつの間にか私の背後に立っていた彼がさあこれでたくさん作れるよと笑っている。

2011-12-07 21:35:05

「事前の準備」

森猫アキラ @Shinbyou_A

「見るなの禁」を犯さないため目玉は潰してあげましょう(これで青髭は心配なし)。 「喋るな」を破らないよう喉は硫酸で焼きますね(雪女もOK)。 「振り返るな」を守るためには首を折っておきます(エウリデュケを連れて帰れますよ)。 さあ、貴方はもうどんな御伽話の主人公になっても大丈夫。

2011-12-08 19:15:40
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