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まとめられたつぶやき

  • 集合知のパーツとしての人間の母数が大きくなればなるほど、集合知が優れるという幻想は、まったく逆だということをうまく説明するモデルをつくれないかな。たぶん事実は賢くなるための母数に上限があって、それ以上は分割して階層構造をつくったほうがいい。
    kawango
    2010-01-14 10:38:24
  • @kawango 集合愚という考えもありますよ?(;・∀・)
    mirupon
    2010-01-14 10:40:26
  • 多様性を維持しながら規模を拡大するのが大事であって、まあ、なにがいいたいかつうかと、世論に難しい問題の判断はできないし、中国のネット鎖国はやめてほしいけど、たぶん正しい。
    kawango
    2010-01-14 10:41:07
  • @kawango 母数が増えるほど意思統一…というか体系化にかかるコストがかかるので、母数が一定以上になるとコストに見合うパフォーマンスが得られなくなる、ということではないでしょうか
    threelz
    2010-01-14 10:43:03
  • @kawango 「フリー」に出てきたロビン・ダンバーのダンバー数は? http://bit.ly/5n44v9 RT (前略)たぶん事実は賢くなるための母数に上限があって、それ以上は分割して階層構造をつくったほうがいい。
    SuiJackDo
    2010-01-14 10:43:59
  • @mirupon 人間が妥協的に情報交換して意思決定するプロセスでは、元の人間より確実に頭の悪い集合知能になりますね。
    kawango
    2010-01-14 10:44:37
  • @threelz いや、体系化にかかるコストがかかるので、めちゃくちゃ簡単な体系化しかしないということが原因なんだと思います。
    kawango
    2010-01-14 10:49:13
  • @SuiJackDo ダンバー数はおもしろいですね。この結論じゃなくて、根拠になるような数理モデルとかないんですかね。
    kawango
    2010-01-14 10:50:18
  • @kawango なるほど、情報量が多すぎるとめんどくさくなってちゃぶ台ひっくり返しちゃう系の何かですか。 / あるいは母数が増えるほど各個の意見の共通項が少なくなるので、当たり障りなくそこの部分だけ拾ってまとめてもぼんやりしたものになる、とか。
    threelz
    2010-01-14 10:51:54
  • @kawango Wikipedia英語版はどう説明されますか?一番編集者数が多いので、多言語版のなかで一番記事も多く、それぞれの質が優れています。あと、人間なんて、最初から多様なんで、頭数集めればそれでいいし、最初からフルイにかけてればこういうTwitterも結果成立しない。
    kenokabe
    2010-01-14 10:52:04
  • kawangoさんの集合知についての話、そうなんだろうけどそうであって欲しくないと思う。みんなが賢くなることは無理かもしれんけどトップが噛み砕いてピラミッド全体に価値あるものを行き渡らせることが出来ればなあとかあれそういう話じゃないの?
    iNut
    2010-01-14 10:52:39
  • @kawango それはむしろ逆で、シンプルな構造、体系にしておいたほうが、集合知による自律的な体系化が進む、ということはないですか?最初から体系を規定する、ルールが多いほど、システムが硬直し破綻しやすくなる。神の見えざる手のようにほっとけばうまくいくという原理がある。
    kenokabe
    2010-01-14 10:55:17
  • だから集合知って人間全体っていうレンジでなくてある程度の共通理解というかぶっちゃけ知識知能レベルが同じコミュニティにおいてしか真価を出せないというか、そっからさらに広げちゃうと対話のコストが上がって意味がなくなるというかコスパ下がるというかああもうワイン飲みたい
    iNut
    2010-01-14 10:55:57
  • @JavuJavu 実際、そのレベルのゴミみたいな意思決定プロセスと、たとえばオープンソースのプロジェクトのようなものが現実世界では同次元で語られていること多いと思います。でも、後者ですら、効率性を発揮できるスケールには上限がある。
    kawango
    2010-01-14 10:58:22
  • バカはほっといて賢い人だけで議論しましょう ということではなくて、バカだろうが賢人だろうがたくさん集まると意思統一のコストがかかってパフォーマンスに陰りがでてくる、結果当たり障りないアウトプットしかでてこない
    threelz
    2010-01-14 11:00:13
  • @iNut 仮に集合知が効率よく生み出せる人員の母数に上限があるとして、それを超えない程度の小集団群で行動するのがいいんじゃないかなあ ワイン飲めよ俺はカルピス飲む
    threelz
    2010-01-14 11:01:32
  • ただ、小集団群に分割するとして、それが強制されるものであってはいけないし、定期的にシャッフルしないと意見が停滞しそうな気はする
    threelz
    2010-01-14 11:04:14
  • @threelz 母数というか基準になる理解度のプラマイ幅の方が本質捉えてる気が。話題の専門性によってそれが人員の数とほぼイコールになるんでしょうけど、あいにく僕は今平日の飲酒を控えてるんですよね…
    iNut
    2010-01-14 11:05:10
  • @iNut 確かに。背景にある理解度、文脈の理解、それらにはばがあるほど公約数的な、共有できる部分が少なくなってくる。 そっちの方が説明として適切だと思います。
    threelz
    2010-01-14 11:06:27
  • 結局Wikipediaなんかも集合知と見せかけて一部の人々が多くの人に情報を提供してるだけでそれだと既存のメディアとなんも変わらん。つーかそもそも集合知なんてのも幻想でしかなくて三人寄れば文殊堂…じゃなくて、だから三人くらいでいいんだよ。何千何万もいらんからピザ食べたい。
    iNut
    2010-01-14 11:13:22
  • でまあその三人ってのがケースバイケースなわけでね。ライフサイエンスで言えばまだ0.01人くらいのもんじゃないの。
    iNut
    2010-01-14 11:14:22
  • ごめん今のは書き方悪かった。集合知ってのはケースバイケースで機能するためのベストの数があるはずで、n人寄れば文殊の知恵となるにはnはその話題を理解しうる人の数に依存すると。ほいでまあそれを考えた時に今のmbは全然足りないよねと。もっとみんな情報をシェアすべき。あとおなかすいた。
    iNut
    2010-01-14 11:17:50
  • @kawango 複雑系的には、エージェントの数が多過ぎるとそれぞれのインタラクションコストが創発や自己組織化を妨げることになる。したがって、集合知の価値を最大化する適性規模が存在し、それ以上はフラクタル構造で規模を大きくしていくのが、集合知の価値を最大化できる。以上、夏野仮説。
    tnatsu
    2010-01-14 14:39:28
  • @kawango WikipediaEnのコンテンツもそうですが、内部統治も自律的に形成されており内部統治も洗練されている印象があります。意思決定においてはハブ構造、派閥が自律的に形成されていき単にフラットごちゃまぜは支障がでる。しかし自律的にそれを修正するのも集合知です。
    kenokabe
    2010-01-14 14:49:42
  • まさにそんなかんじのモデルをつくりたいです。適正規模とフラクタル次元を計算できるような式 RT @tnatsu 複雑系的には、(中略)したがって、集合知の価値を最大化する適性規模が存在し、それ以上はフラクタル構造(中略)以上、夏野仮説。
    kawango
    2010-01-14 14:50:31
  • @kawango @tnatsu 集合知って、エージェント間のインタラクションが最大化される必要があるんでしょうか。
    SuiJackDo
    2010-01-14 14:57:42
  • @kawango 僕がプログラミングの本を作ってた経験では、売行から「賢い」プログラマは全体の2%ぐらいだと推定しました。当時は「確率的事象だから母数を増やせば『賢い』プログラマも増える」という仮説を立ててましたが、敷衍すると「母数の上限」に突き当たった、ということでしょうか。
    t2enonu
    2010-01-14 15:09:44
  • @kenokabe wikipediaをつくる仮定でおこなわれている共同作業そのものの働きが集合知であるというのは同意します。みんなが集合知だと思っているwikipedia自身については集合知ではなくその排泄物だと思いますが。
    kawango
    2010-01-14 15:25:47
  • @kawango 特に日本語版はそうでしょう。しかし、英語版の主要項目を見ると、よもやそんなことは言えないはずです。ご覧になったことはおありですか?
    kenokabe
    2010-01-14 15:28:33
  • @SuiJackDo いちばん単純そうな多数決という集合知で考えるとわかりやすいと思うのですが、エージェント間のインタラクションが最大化されないと、ろくな知性は発揮できないと思います。知性のレベルをあげるには必要ではないかと。
    kawango
    2010-01-14 15:30:31
  • @kenokabe wikipediaが新しい物理法則を発見したり、ヒット小説をうみだしはじめたら知性だと認めますが、情報を整理している間は知性の排泄物です。
    kawango
    2010-01-14 15:39:57
  • @t2enonu いや、だいぶちがうと思います。Firefoxを超えるブラウザをつくるためにとりあえず優秀なプログラマを100万人用意してプロジェクト組んだらどうなるか。ということじゃないでしょうか。
    kawango
    2010-01-14 15:49:03
  • 関係ないですが、「船頭多くして船、山に登る」ということわざがありますが、本当に船頭をたくさん集めて船を山に登らせるようなブレークスルーが起こるなら、集合知万歳ですね。
    kawango
    2010-01-14 15:51:06
  • @kawango それは違いますね。まず百科事典とは集合知へのアクセス手段を提供するものですが(今それは大雑把にウェブとなりWPはそのハブ担っている)独自研究は禁止されていて、外部ソースに依存しています。イノベーションのみが集合知から得られるもの、得るべきものではありません。
    kenokabe
    2010-01-14 15:56:07
  • @kawango 結局のところ、特に科学、物理学なんて、それ自体集合知なんですよ。アインシュタインもニュートン物理学を学んだわけです。そしてニュートンは、自分がさらに遠くを見通せるとしたらそれは巨人の肩に乗っていたからだ(過去の知識の集積としての科学)と言っている。
    kenokabe
    2010-01-14 16:01:29
  • @kawango つまり、Wikipediaの集合知としての使命とは、そういう過去に蓄積された情報を体系的にまとめあげ、さらなる高みにあがるイノベーターにその情報の蓄積(集合知)を提供することです。イノベ-ションのみが集合知ではない。
    kenokabe
    2010-01-14 16:04:05
  • @kenokabe うーん知の排泄物という言い方が気に入らなかったのかもしれませんから知の結晶でもいいですけど、知性と知の結晶とは分けて考えるべきものだと僕は言っているだけです。百科事典としてのwikipediaそのものは、集合知ではなく集合知が処理した情報にすぎない。
    kawango
    2010-01-14 16:08:41
  • 補足、Wikipedia自体は、ガチの学問のテキストとしては使えない。しょせん百科事典としてのフォーマットを踏襲しているから。あくまでもダイジェストとしてしか機能しない。自分はここ、結構間違っていると思うし、もう一個構造を深化させるべきだと思うが、ファウンダーがあんま賢くない人。
    kenokabe
    2010-01-14 16:12:54
  • @kawango そうではないと思います。物理学が集合知である、っていうのには同意されますか?集合知とは何もリアルタイムに起こるものではなくて、時間軸上、つまり前の人、その前の前の人、100年前の人とも共同作業しているんですよ?物理学って。学問全部そうですが。
    kenokabe
    2010-01-14 16:15:43
  • @kenokabe 物理学そのものは集合知というよりは、もっと別次元の生命体に近いものなんじゃないかなと思います。ミームの一種。
    kawango
    2010-01-14 17:46:01
  • 知には生成と運用という二つの層があって、前者だけならそうなのだけど、後者を考えると後者の担い手に前者にできるだけ参加してもらったほうが全体としてはうまくいくのではという気もします。RT @kawango: 集合知のパーツとしての人間の母数が大きくなればなるほど優れるという幻想
    gnsi_ismr
    2010-01-14 18:35:01
  • どこかで妥協しないと際限なく「生活」が縮小してしまうのだが、妥協すると結局現実に報復されてますます生活が破壊される。Xについて考えるだけでなく、Xについて考えることについて考える必要がある。
    gnsi_ismr
    2010-01-14 18:40:19
  • @kawango 手続き的な説得性(=正統性)が問題になる場合ですね。「生成」に関しては、今の集合知のプラットフォームは確かに大雑把すぎて、それを整流・組織化するようなアーキテクチャーが必要なのだと思います。
    gnsi_ismr
    2010-01-14 19:39:36
  • ミームという発想は無かったな。時間がある時に考察しよう。 RT @t2enonu RT @kawango: @kenokabe 物理学そのものは集合知というよりは、もっと別次元の生命体に近いものなんじゃないかなと思います。ミームの一種。
    faythe4step
    2010-01-15 02:03:05
  • @kawango まあ、物理学はもちろんのこと学問というものが集合知ではない、という「暴論」を主張されてしまうと、もう話は成り立たないわけで、結局kawangoさんが「おもう」「集合知」という言葉の定義はなんなのか?ってことになると考えます。リアルタイムな処理体系のことですか?
    kenokabe
    2010-01-15 02:24:10
  • @kenokabe @kawango 横から口だし失礼。学問が集合知か否か(例えばkawangoさんの物理学=ミーム説)どうかを議論するなら、自然科学と人文科学を分類する必要があるのでは。
    faythe4step
    2010-01-15 02:27:35
  • @kawango これはWPの内部統治の議論と一緒で集合知による自己組織化という論点を無視していますね。FirefoxのプロジェクトにしろGekkoレンダリングエンジン作るグループ、UIつくるグループ、モジュールごとにばらばらなわけです。大局的にみればプラグインつくる人らもそう。
    kenokabe
    2010-01-15 02:32:43
  • @faythe4step 自然科学、人文科学であろうと、学問は学問であり、WPの学問によると、http://bit.ly/5KcmtS 文化であると同時に、本質は「系統的・体系的知見の総体である」んだから定義として集合知です。
    kenokabe
    2010-01-15 02:40:51
  • @faythe4step @kawango 確かに、学問は文化です。そういう意味で、集合知であると同時にミームでもあるのでしょう。知性、とは、物理学でも明らかですが、過去の膨大なイノベーターによる処理の結果を体系化し蓄積した情報の上に成り立ちます。
    kenokabe
    2010-01-15 02:47:55
  • @faythe4step @kawango つまり、情報処理能力と知識の集積ってのはどらちらも集合知の異なる側面にすぎません。学問は過去のイノベーションの蓄積、その土台で仕事するイノベーターとの相互作用、スパイラルによって起こる。WPというのは、その蓄積という前者の側面。
    kenokabe
    2010-01-15 02:49:55
  • @faythe4step @kawango 集合知には、たしかに群集知という区分けもあって、その分野に特化し卓越した知識をもつ専門家とそれ以外ではまた話がいろいろ分かれるのかもしれない。Firefoxでいえば、ユーザーによるフィードバック、バグ報告、ってのも群集知になりますね。
    kenokabe
    2010-01-15 03:04:41
  • @kawango 詩的表現ではありません。学問というのは、定義として集合知なんですね。kawangoさんのいう「集合知」っていうのは、なんかずいぶん狭義なものを求めておられるようです。
    kenokabe
    2010-01-15 03:30:59
  • まず、ぼくが最初に言いたかったのは、世間一般的に集合知であるといわれたり、思われたりするものが実に低レベルの知性しかもちあわせていないものが多いということです。たとえば世論?といわれているものです。これは現実には合理的な推論ではなく感情の集計にすぎなかったりします。
    kawango
    2010-01-15 03:35:09
  • 意思決定の手段としてこういった集合知を用いても人気投票以上の意味は持ちません。一方、集合知がすぐれているという例によくだされるwikipediaというのは実は意思決定をおこなえるような集合知は提供していません。
    kawango
    2010-01-15 03:38:36
  • @kawango それは問題の階層が異なります.世論という民主主義社会で重視されるファクターは、民主主義の欠点である衆愚統治の側面があり世論=衆愚となりやすいですがそれはマスメディア支配によって起こりやすい。今おこっているソーシャルメディアへの移行は集合知への移行と言っても良い。
    kenokabe
    2010-01-15 03:38:44
  • @kawango ダウト。集合知、つまり知の共有がうまく機能していない集団において、単純多数決とは確かに衆愚の意思決定となります。しかし集合知とは、そういうものと対極にあるものです。
    kenokabe
    2010-01-15 03:41:25
  • kenokabeさんも自分でいっているようにwikipediaにおいての集合知のおこなう意思決定らしきものは、wikipediaの内部統治においては確かに機能しています。しかし、文章をつくっているのは集合知ではなくあくまで人間の個人的作業です。
    kawango
    2010-01-15 03:43:36
  • @kawango 「意思決定も行える集合知」=集合知 という定義なのですね。あんまりそういう狭義から集合知を語ると、集合知の本質からかけ離れる議論に陥りやすいでしょう。
    kenokabe
    2010-01-15 03:43:43
  • そういう意味においてwikipediaというものは人間の共同作業を集合知によってうまくコーディネイトする仕組みであるとは理解してもいいと思います。
    kawango
    2010-01-15 03:46:41
  • @kawango ですから、「文章をつくってるのが個人の作業」であっても、そういう個々のばらばらの作業が、出典の追記、削除、組み直し、項目の統合、分離、自律的に統制され、構造的に体系的にプレゼンテーションするフォーマットにまで昇華させるのが集合知でしょう。
    kenokabe
    2010-01-15 03:47:09
  • @kawango どうやら、ご自分でご理解されたようでよかったです。
    kenokabe
    2010-01-15 03:48:23
  • wikipediaってどうやって運営されてるのかしらないなー。トップが意見を聞きながら、これがいいんじゃね?って決めてんのかな
    locker5
    2010-01-15 03:49:27
  • 共同作業と集合知は違うわなあ。前者は個々がわかってしている。
    nojiri_h
    2010-01-15 03:49:27
  • @kawango 結局のところ、コーディネーションも含め、集合知の結果と認めるのであれば、コーディネーションがないから集合知なんて機能しない、という主張は自己矛盾になりますね。私が最初から一貫して主張しているのは、そういうことです。
    kenokabe
    2010-01-15 03:55:23
  • いや集合知の定義は一般にはもっと広い意味でつかわれていて、ぼくも別に狭義で理解したいと思っているわけではないですが、kenokabeさんのように本当はもっと性質を分類して語るべき集合知をごっちゃにしているひとが多いというのに問題意識をもっています。
    kawango
    2010-01-15 03:57:08
  • くりかえしになりますが、世間一般でよくつかわれる集合知は集団的意思決定の手段よ思われていることが多い。もうちょっと高度なほうはさっきつぶやいたwikipediaのパターンです。
    kawango
    2010-01-15 04:02:35
  • @kawango それについて、別の側面から考えてみましょう。集合知という概念が整理されることなく多くの人間が語るようになれば、kawangoさん、そして私のようにその現象自体を語るメタ議論も起こります。
    kenokabe
    2010-01-15 04:03:30
  • @kawango つまり、こういうtwitterっというごった煮という群集という数の力があってはじめて、こういう問題認識、問題解決の共有がなされ、それではじめて、集合知の概念整理化という知的作業が可能となります。これって集合知による利益ですよね?
    kenokabe
    2010-01-15 04:05:10
  • wikipediaにおいて、ややこしいのはwikipedia自身が百科事典だから、wikipediaがまるで知を生み出したかのような誤解を与えやすいのですが、wikipediaにおける集合知のはたらきは共同作業の組織化にあって、結果ではない。
    kawango
    2010-01-15 04:07:37
  • @kawango これは結構微妙ですね。wikiediaによるアウトプットもあれは記事のノートご覧になればわかるが結構衝突しているんですよ。編集合戦。で、3回以上差し戻ししてはいけないとか自律的にルールが構築されてノートは喧々囂々の議論の末、記事をどうするか意思決定があるんです。
    kenokabe
    2010-01-15 04:09:37
  • @kawango 合理的な意思決定って、①リスクとリターンを正確に認識し、②計測の後、③選択肢間を比較して、最もリターンの大きいものを採用すると思います。①と②をするにはその道の専門化とか関係者が情報提供すればいいわけですよね。ここで集合知が使えるのかなと思います。
    locker5
    2010-01-15 04:11:05
  • @kawango それも結構限定した見解だろうと思います。確かにWPでは独自研究は禁止されていて、外部の一定の権威あるソースから情報ひっぱってきて再構築されるという立場です。しかし、その外部ソースはもともとは誰かの知的作業を土台とした仕事です。
    kenokabe
    2010-01-15 04:13:56
  • @kawango ただ、リスク・リターンのすべて洗い出して、正確に認識できない場合はどうしても不確実性がうまれてしまいます。この不確実性がやっかいなのかなとおもってます。で、前の①、②、不確実性の三カ所に集合知って使えると思うのです。
    locker5
    2010-01-15 04:14:50
  • どうやら集合知というよりは群集知の話をしてるぽい。専門外。
    hrjn
    2010-01-15 04:15:32
  • @kawango リスクリターンの洗い出し、計算も不確実性も専門化と関係者がやればよくて、関係のない人が口を出し始めるからめんどいのかなと。なので、専門化・関係者を洗い出す方法ができればいいのかなあ、と思ったりしました。長々と横から失礼しましたm(_ _)m
    locker5
    2010-01-15 04:16:26
  • @priman2 意思決定に価値観がからむのは不確実性があるからで、情報の質はこれにも求められるのかな、と。知識の補完し合いは情報の質を高めることになるから、意思決定・アイデア創発にも使えそうだね!
    locker5
    2010-01-15 04:17:37
  • @kawango では、「独自研究」って何か?ということですが、ニュートンも自分が見通せるのは巨人の肩に乗ってるからだ、と言及しているように過去の蓄積の参照なしでは「独自研究」なんて成り立たないわけです。つまり、過去の知的集積を体系化する、と言う意味ではWPもGoogleも同じ。
    kenokabe
    2010-01-15 04:18:40
  • kenokabeさんの学問も集合知であるという定義についてす。別に受け入れてもいいのですが、ことばの定義はともかくとして、いままでいってきた集合知とは違うものとして考える必要があると思います。
    kawango
    2010-01-15 04:23:11
  • @kawango 私は集合知の本質とは、相互接続による情報の共有蓄積、それを土台としたイノベーションの創発、その仕事の情報がまたフィードバックされるというスパイラルだと思いますが、活版印刷によって「論文」の共有ができ学問が発展しました。
    kenokabe
    2010-01-15 04:27:12
  • @locker5 知識の補完し合いは質を高めるけど、どこまで質を高めるかはコスパによる感じよねー。そして知識の補完し合いのコスパは測れそやけど、アイデア創発のコスパはたぶん測れない
    priman2
    2010-01-15 04:27:52
  • で、学問もすべて集合知ということにしてしまうと、kusakabeさんも自分でいっているとおり、過去のすべての人間の知の体系が集合知ということになります。そうすると現代社会で生きている人間個人の知も集合知そのものであるということになります。
    kawango
    2010-01-15 04:28:17
  • にしても、すべての人が違う価値観をもってたとしたらそれをすべて洗い出して、一番みんなにハッピーなところを抽出するって作業はつらいだろうなー
    locker5
    2010-01-15 04:28:44
  • @locker5 効用wなんて便利な言葉なのww
    priman2
    2010-01-15 04:28:59
  • @kawango それはルネサンスに起こったわけですが現代はそれがネットになっている。学問っていうのは確かに障壁も専門性も高いものだけれどもネットによる相互接続による情報共有イノベーションの創発のスパイラルという文脈では学問も今のトピックの現象も集合知としては同じじゃないかな?と
    kenokabe
    2010-01-15 04:29:57
  • それはそれで真実の正しい一面であるとは思いますが、そうなると、意思決定手段としての集合知とかいう最初の議論がなんのこっちゃわからなくなるので、そこでひとつ線を引きたい
    kawango
    2010-01-15 04:30:10
  • @priman2 ネットがでてきたから知識の補完のし合いをするコストが下がったんで、集合値じゃー!ってはなしになったんじゃね?するとコストは無視できるかなーと。
    locker5
    2010-01-15 04:31:13
  • @locker5 コストは 下がったけど、おいら、一億も二億も文書読めないよ。だから、無視は出来ないんじゃ。
    priman2
    2010-01-15 04:34:13
  • つまり意思決定手段として集合知と、人間を素子として創発されて生まれて自律して発展するもはや擬似生命である学問のようなものは分けて考えたほうがいいというのが僕の考えです。
    kawango
    2010-01-15 04:35:11
  • @kawango たとえば、意思決定っていうものには、そうするために参照する判断材料ってのが不可欠ですよね。Firefoxの開発でも言及しましたが、バグレポート、ユーザーフィードバックというのはそういう判断材料であり、意思決定システムの一部とみなすことができます。
    kenokabe
    2010-01-15 04:36:17
  • これについて RT @kenokabe @kawango 私は集合知の本質とは、相互接続による情報の共有蓄積、それを土台としたイノベーションの創発、その仕事の情報がまたフィードバックされるというスパイラルだと思いますが、活版印刷によって「論文」の共有ができ学問が発展しました。
    kawango
    2010-01-15 04:39:07
  • @kawango つまり、意思決定、知性、ってなんなの?ということで。純粋な処理能力の向上であればスーパーコンピューター、グリッドがあればよい。しかし人工知能にしたって、あれは膨大なデータベースがないと知性のシミュレーションひとつできないのです。知性とは情報の蓄積と不可分です。
    kenokabe
    2010-01-15 04:39:35
  • @priman2 すべての意見を読む、というコストってことになるのか。。。時間で区切ってしまえばいいのかな?
    locker5
    2010-01-15 04:41:24
  • いまのRTでkenokabeさんとぼくの立場の違いがはっきりわかったように思いますが、kenokabeさんは個人の知を拡大するための手法として集合知を定義しているように思います。
    kawango
    2010-01-15 04:44:01
  • ぼくが学問の体系をミームの仲間と定義したいのはそれが人間とはもはや別個の生命体だと考えたほうがいいと思っているからです。
    kawango
    2010-01-15 04:46:16
  • @locker5 情報量の最大値は収集っぷりから推定できそやし、適当にコストとの兼ね合いでうち切ればいいと思う。アイデア創発はそんな単純な話でも無い気がするが…
    priman2
    2010-01-15 04:49:10
  • 集合知を知を拡大するための手段と考えるか、本当にそういう知的生命体がいると考えるかの違いです。
    kawango
    2010-01-15 04:49:38
  • @kawango ネットによる相互接続による情報共有イノベーションの創発のスパイラルという文脈では学問も今のトピックの現象も集合知としては同じじゃないかな?と
    kenokabe
    2010-01-15 04:51:59
  • ”相互接続による情報の共有蓄積、それを土台としたイノベーションの創発”←これは創発とは呼ばないと思います。これは要するに人間のもつメモリやハードディスクの容量を仮想的に拡張することによって実現できたイノベーションってだけですよね?
    kawango
    2010-01-15 04:54:52
  • 本当の創発的なものは人間の共同作業の中から、集合知みたいな働きがうまれてきたことそのものにあるはずで、それは人間とは別の生命体がうまれる過程と考えたい。
    kawango
    2010-01-15 04:57:30
  • @kawango では、お訊きします。ルネサンス以降の活版印刷による「論文」の拡散共有によって加速された学問の発展と、現代のネットによる情報共有と、情報共有と頭脳の集約という文脈ではなにか違いますか?
    kenokabe
    2010-01-15 05:00:50
  • @locker5 ソフトウェア開発で、ベータリリースして、ユーザーのフィードバックを集めてから、正式リリースするのもそういう集合知の活用にほかなりません。
    kenokabe
    2010-01-15 05:04:25
  • まあ、で、それってつきつめると集合知うんぬんというよりは共同作業の方法論になるんですよね。 RT @locker5 @kawango リスクリターンの洗い出し、計算も不確実性も専門化と関係者がやればよくて、関係のない人が口を出し始めるからめんどいのかなと。
    kawango
    2010-01-15 05:05:15
  • @kenn 彼の分類による「集約」とは=合意形成だと書いているますか?こうやって集約しないと、そもそも合意形成以前の問題でしょう。両者とも人がいないんだから。その本を理解していないということですが目を通しています。ここでひとつ私がその概念を理解している、と合意できたわけです。
    kenokabe
    2010-01-15 05:11:39
  • twitterが集合愚だと強弁する人も多いが、昨日も世耕@自民さんが、ここで自民の議員の勉強会実況していたけど、ある意味こういう垂れ流しリアルタイムって「みんなが事情通」になる可能性はある。ロビー活動、サロンという言葉があるように、それは今まで既得権益だけのものだったんだ。
    kenokabe
    2010-01-15 10:34:34
  • これと、こういうリアルタイムなやりとりが共有されるということについて、どこまでコンフィデンシャルで利害関係に踏み込むのか?と考えると微妙。社会起業家、Googleのオープンソースとか考えれば、結構この辺大きな転換点がここにも観察できると思う。同時並行で変化している。
    kenokabe
    2010-01-15 10:36:27
  • 結局、Twitterも類友なのかもしれない。たとえば、エロ友探しの出会い系サイトとして利用したら、集合知?なにそれ?となるだろうし、集合知を探しまわってる自分としては、糸たぐっていくと、ソーシャル化、集合イノベーションにむけてシンクロしている事象が結構ころがっているように思える。
    kenokabe
    2010-01-15 11:24:17
  • kawangoさんとkenokabeさんを中心に続いている「集合知」議論の手っ取り早いリストを作りました。 http://twitter.com/t2enonu/collective-intelligence
    t2enonu
    2010-01-15 12:16:11
  • 「集合愚」というと「マトリックス」で人間が機械に負けた後、繭の中で夢を観させられているイメージ。とすると、エージェント・スミスは「知」であるネオのデータを取り込んで自律した、まさにミームなんだろうか?
    t2enonu
    2010-01-15 13:45:43
  • で、昨日の続きですが、kenokabeさんのような集合知の理解はわりあい一般的なものだと思いますが、その場合、集合知の主体がはっきりしないのが欠点だと思っています。
    kawango
    2010-01-15 15:53:06
  • 集合知という言葉自体の響きからは昨日ぼくがいったようにまるで人間から独立した知性と考えたくなりますし、ぼくもそういうふうにむしろ定義したい。
    kawango
    2010-01-15 15:54:29
  • ですが、kenokabeさんの認識では知識の集積と人間の知的活動によるフィードバックに集合知の本質をみていて、それだと結局、主体が人間になっています。
    kawango
    2010-01-15 15:58:52
  • 最初から僕がいっているのですが、人間の共同作業によって知性レベルをあげるというのはもともと難しく、とくにwikipediaにおいて新しい高度な知性が創発されているとはとても考えられないの現実です。
    kawango
    2010-01-15 16:03:50
  • そこで学問の体系そのものが集合知だといいだしてそことのフィードバックうんぬんといい議論がでてきたわけですが、それだと人間の知性そのものが過去の学問体系の産物ということになってしまいwikipediaをもちだすまでもなく、これまでの人間の知的活動すべてが集合知に含まれてしまう。
    kawango
    2010-01-15 16:05:20
  • kenokabeさんも認めているように現状のwikipediaのアーキテクチャーそのものに人間個人の知を超える知性を生み出す機構はないから、kenokabeさんの夢想する理想のwikipediaや学問の体系が集合知だという主張がでてくる。
    kawango
    2010-01-15 16:12:21
  • 「高度な知性」がなんなのか理解してないですが、項目によっては既存の百科事典よりも正確だという話もありますし、wikipediaは既存の百科事典よりも知性レベルが高い百科事典に成り得る可能性はあると言えませんか? RT @kawango: 最初から僕がいっているのですが、人間の共同
    hrjn
    2010-01-15 16:15:26
  • むしろ「高度な知性」って何と比べて高度なんだろうか。
    hrjn
    2010-01-15 16:16:57
  • でも、英語版のwikipediaだろうが、編集合戦やろうが、そこから生み出される文章を人間が書いている以上、一個一個のエントリの質の高さっていうのは、これまで編集部だったり個人だったり、共同執筆だったりして人間がつくりだしてきた文章を超えるものを原理的につくれない。
    kawango
    2010-01-15 16:18:07
  • 前者は現状の集合知とよばれているものの知性レベルは残念ながら人間個人よりも低い。後者は人間とは別個の自律発展している別の知性を考えるべき。
    kawango
    2010-01-15 16:33:05
  • @kawango 後者は、「人類の英知」みたいなイメージ、ですかね?知の総和 っていうか・・・。
    threelz
    2010-01-15 16:34:24
  • 後者と人間とのフィードバックによって知性がうまれて、それが集合知のはたらきだというのは、人間の知性の定義そのものみたいなはなしになるので、無意味な議論だと思います。
    kawango
    2010-01-15 16:34:24
  • 人類全体の英知は個人の枠を超えたものであるけれども、しかし実際にそれをコントロールして何かアウトプットしようという段に、無規律に様々な知をチャンポンにしても相殺しあって結局アウトプットの質が下がってしまう、というような
    threelz
    2010-01-15 16:37:57
  • さっきマトリックスについてつぶやいたときの「ミーム」は誤用だが、そのままにしとく。ここがマトリックスでないという確信がないから。
    t2enonu
    2010-01-15 16:43:43
  • 文章の質に関しては比較が難しいですが。他にも例えば広辞苑24万項目に対して、wikipedia日本語は64万項目あるそうです。エントリ単体ではなく「百科事典」という単位で見たとき、より高度な知性があると評価できる可能性はまだあるような気もします。 RT @kawango: でも、
    hrjn
    2010-01-15 16:45:17
  • kenokabeさんは出版技術やネットによって人間が扱える情報が増えたことによるイノベーションも集合知による創発と定義されたいんだと思いますが、それは個人の知の能力の拡張として考えるべきであって、集合知ではない。
    kawango
    2010-01-15 16:46:24
  • kenokabeさんは出版技術やネットによって人間が扱える情報が増えたことによるイノベーションも集合知による創発と定義されたいんだと思いますが、それは個人の知の能力の拡張として考えるべきであって、集合知ではない。
    kawango
    2010-01-15 16:46:24
  • 集合知も結局はヘッドよりもテールで真価が発揮されるとかありそうだな。ニッチなので万人の役に立つとも限らないが、誰かの役には立っているという。
    hrjn
    2010-01-15 16:46:24
  • 集合知があるんだとすればそれは論理によって自立的に構成される学問体系そのものになるはずです。ここについてはkenokabeさんの認識とも一致しているはずです。
    kawango
    2010-01-15 16:47:56
  • @kawango いえ、この部分がわかりません。なぜ「学問体系」が集合知なんでしょうか? 「集合知の主体」っていうのも人間であるのは当たり前だし、別の生物という発想がどういうものなのか正直理解しようと努力しましたが、できません。
    kenokabe
    2010-01-15 16:52:19
  • @hrjn 高度な知性がはたらいている対象がエントリの質ではなく、膨大なエントリをうみだすはたらきにあるという認識です。
    kawango
    2010-01-15 16:52:37
  • @kenokabe 物理学とか学問の体系が集合知だといいだしたのはkenokabeさんだと思いますが?
    kawango
    2010-01-15 16:54:38
  • @kawango 学問という「体系」フォーマットがあるだけでは、集合知は機能しません。twitterだけあっても参加者1人じゃ、集合知でないのと同じことです。集合知の主体とは、あくまで人間であり、ミームやら進化した生物ではない、と思いますが。
    kenokabe
    2010-01-15 16:57:30
  • ここはちょうどいい論点です RT @kenokabe 学問という「体系」フォーマットがあるだけでは、集合知は機能しません。twitterだけあっても参加者1人じゃ、集合知でないのと同じことです。集合知の主体とは、あくまで人間であり、ミームやら進化した生物ではない、と思いますが。
    kawango
    2010-01-15 17:04:24
  • @kawango まず<それだと人間の知性そのものが過去の学問体系の産物ということになってしまい>ここですが、自分は、そんなの当たり前だと思っています。人間の知性とは、すべて過去の集積です。たとえば、今話している日本語だってそうなんですよ?文字もそう。
    kenokabe
    2010-01-15 17:05:50
  • ぼくは学問そのものが自律した主体になりうるミームみたいなものと思っています。
    kawango
    2010-01-15 17:07:30
  • なるほど。確かにwikipediaエントリの質の最大値を上げる方向には働いてないですね。 RT @kawango: @hrjn 高度な知性がはたらいている対象がエントリの質ではなく、膨大なエントリをうみだすはたらきにあるという認識です。
    hrjn
    2010-01-15 17:08:15
  • @kawango 「知性」とは個々人レベルにしても人類の集合知から獲得するものなんです。たとえば、オオカミに育てられた少女とかいますが、彼女は動物的な知性しか獲得しておらず、人間の知性は獲得していません。つまり、すべて我々個人の知性だって、過去の人間の集合知の上に成立している。
    kenokabe
    2010-01-15 17:08:46
  • @kawango 根本的に。私は集合知なんてさっき書いたように個人がコミュニティから獲得した知性から、過去の偉大な知の集積としての集合知から、今話しているWPもソーシャルメディアも全部同じ文脈だと思っています。kawangoさんは、なんかBeforeAfterがある、と考える、
    kenokabe
    2010-01-15 17:14:07
  • ええ、まったく同意ですが、それってようするにミーム的な考え方ですよね RT @kenokabe @kawango 「知性」とは個々人レベルにしても人類の集合知から獲得するものなんです。(中略)つまり、すべて我々個人の知性だって、過去の人間の集合知の上に成立している
    kawango
    2010-01-15 17:15:24
  • @kawango それは違います。さっき説明したように、ひとりの知性だって、コミュニティの集合知から獲得するものです。日本人は日本語という言語を親、コミュニティから学ぶでしょう。小学校では何を教えていますか?小学校の国語の教科書を勉強するということと学問と何が違いますか?
    kenokabe
    2010-01-15 17:16:39
  • @kawango さんがおもってるのは、なにかこのネットが普及するポイントでBeforeAfterがある、それによってスーパー知性というミーム的存在を「定義したい」んじゃないですか?それって集合知の本質とは関係ない。つづく
    kenokabe
    2010-01-15 17:20:33
  • 140文字でまとめると、「集合知はあるのかないのか。あるにはあるが、ちゃんとした基盤、手続きがなければ、集合知として機能しない。この手続きの有無関係なく、頭数が揃えば集合知的なものが生まれる、というのは誤解である。Wikipediaが集合知かどうかはここではさておく。」かな
    threelz
    2010-01-15 17:22:05
  • @kawango 集合知っていうのは、さっき書いたように、個人がコミュニティから獲得し知性を得る、文字が発明され、時系列的に継承される。コミュニティ間で分断されていたものが、活版印刷などで、流通し学問が発展する。その次の段階としての地球規模のリアルタイムなネットにすぎない。
    kenokabe
    2010-01-15 17:22:22
  • @kawango 結局ね、BeforeAfterなんてないんですよ。すべて口頭による文化伝承、知性の獲得、文字の発明、印刷の発明、TVの発明、ネットの発明。メディアがどんどん緊密になりリアルタイムになる。原始的なものからネットまでその集合知を実現するメソッドが進化しているんです。
    kenokabe
    2010-01-15 17:24:26
  • @kawango <コミュニティの集合知をミームと考えてもなんらさしつかえないように思いますが。>もちろん、差し支えないですよ。でもミームなんて使わずに説明できる事象になんでそんな余剰の言葉、概念を使いたいんです?
    kenokabe
    2010-01-15 17:25:53
  • どちらかというとBeforeAfterがあると思いたがっているのは世間一般だというのがぼくの認識です。そしてwikipediaを集合知としてありがたがるのは過大評価すぎるというのがぼくの立場ですね。
    kawango
    2010-01-15 17:27:08
  • @kawango kawangoさんではない、世間である、とご自分の主張をシフトさせるのはかまいません。しかしBeforeAfterなんて本質的にはないんだけれども、あまりにもこのネットという媒体が活版印刷、電波ベースのメディアに比較し協力なのでここでギャップがあるように見える。
    kenokabe
    2010-01-15 17:31:03
  • @kawango WPを過大評価するのは主観であり、このトピックの本題ではありません。評価なんてものは個々人の主観なんだから。私は、集合知として、口頭、文字、印刷、電波、DVD記録メディアからよくソーシャルネットベースのああいう集合知形態まで進化したなと有り難く思ってますよ。
    kenokabe
    2010-01-15 17:33:14
  • では、なんで集合知をミームと考えたほうが都合がいいかについて話します。
    kawango
    2010-01-15 17:33:58
  • 議論の最初にもどりますが、ぼくがそもそも一番最初に問題提起したのは、意志決定の手法として、集合知は個人の知よりも正しいという幻想がひとりあるきしている現状はおかしい、ということを指摘したかったからです。
    kawango
    2010-01-15 17:38:19
  • @kawango ここ、一定の理解と同意。ex)地動説、相対性理論、量子力学は当初、大勢から受け入れらなかった。つまり「みんなの意見」より極小数の天才のほうが正しかった。しかしこれも所詮一時的なものにすぎず、そういう集合知によるエラーも集合知によって自律的に修正されます。
    kenokabe
    2010-01-15 17:44:20
  • wikipediaのエントリが既存の百科事典よりも充実しているとかいうことだって、新しい知の出現ととらえるよりは、大量の人間がたまたまボランティアという形で百科事典をつくるという作業に投入されたにすぎない。
    kawango
    2010-01-15 17:46:12
  • これは人間が共同作業するときの方法論のはなしです。
    kawango
    2010-01-15 17:47:26
  • @kawango というより、ネットのインフラ整備により昔よりずっと集合知が実現しやすい環境が整ったんですね。百科事典だって活版印刷の資料となる文献がなけりゃ作って配布できなかったんですよ?つまりメソッドが進化したということ。あと単に集合知というより他の要素もあるが、それは保留。
    kenokabe
    2010-01-15 17:51:19
  • 重要なのはkenosukeさんもいっている過去の知識の集積と人間の知性との相互作用です。wikipediaにおいて過去の知識の集積がwikipedia内部で自己完結しているわけじゃないですから、wikipediaは現実世界のシャドーでしかなく、そこに集合知の本体はない
    kawango
    2010-01-15 17:56:37
  • @kawango WPは確かにイノベーションの行動はメディアとして「方針として」禁じています。それは「百科事典だから」と言うことが理由で、Wiki上でイノベーション、独自研究が不可能なわけではないです。
    kenokabe
    2010-01-15 18:02:18
  • で、kenosukeさんがいわれている集合知は、これまでの人類のつみかさねてきた知識と人間との相互作用が本質とまで概念が拡張されているわけですが、そこまで集合知の定義を拡張すると、人間の意志決定は個人でやろうが、合議できめようが全部集合知になってしまいます。
    kawango
    2010-01-15 18:06:35
  • @kawango 中立的な観点、検証可能性(信頼できる出典明示しろ)、独自研究の禁止と3つ主要な編集方針があって、たとえば、自分の未発表の論文の内容組み入れたら、いくら出来が良くても削除されます。
    kenokabe
    2010-01-15 18:07:39
  • ええと、ようするに、kenosukeさんのような集合知の定義だと広すぎる、人間と相互作用しないと意味のない知識の体系だったら、その知識の体系を人間とは別の自律的な存在だと考えた方がわかりやすいじゃん
    kawango
    2010-01-15 18:15:19
  • 学問の体系は論理的整合性によって担保されているので自律して存在、成長しますね RT @kenokabe @kawango ここ、一定の理解と同意。ex)地動説、相対性理論、量子力学は当初、大勢から受け入れらなかった。(中略)そういう集合知によるエラーも集合知によって自律的に修正
    kawango
    2010-01-15 18:18:38
  • @kawango たとえば、私が「ミーム概念挿入はオッカムのカミソリで説明に取り込まないでおこう」と判断したときこの判断合理性は私由来ではないです。
    kenokabe
    2010-01-15 18:19:49
  • @kawango <人間の意志決定は個人でやろうが合議できめようが全部集合知になってしまいます。>本質的にはそう表現できるでしょう。集合知なんて程度の問題なのだから。
    kenokabe
    2010-01-15 18:20:44
  • @kawango <人間と相互作用しないと意味のない知識の体系だったら、その知識の体系を人間とは別の自律的な存在だ> なんで、「相互作用」によって初めて成立するシステムが「自律的」なんです?
    kenokabe
    2010-01-15 18:25:15
  • @kagakaoru そうですね。googleのpage rankとwikipediaとはずいぶん性質が違うと思います。
    kawango
    2010-01-15 18:26:10
  • たびたび失礼しました。OKABEさん。では、個人の知的活動と集団での知的活動を区別するためには全部集合知と考えるより、ミームとの相互作用で考えたほうがすっきりしませんか? RT @kenokabe @kawango Ken-OKABEです。
    kawango
    2010-01-15 18:30:26
  • @kawango <学問の体系は論理的整合性によって担保されているので自律して存在、成長しますね> しませんよ。集合知によるイノベーションに依存しているのに、「自律的」になんて学問が勝手に進化するわけがないでしょう。数学って100%論理ですが、勝手に進化しますか?
    kenokabe
    2010-01-15 18:31:56
  • @kenokabe 集合知の議論に関しては、ティム・オライリーの”Web2.0”以前以後というBefore - Afterがあっておかしくないと思いますけど。 http://bit.ly/5HGhc0
    SuiJackDo
    2010-01-15 18:36:08
  • @kawango ですから「自律的」でありえないのだから、人間VS集合知、なんて構造はおかしいです。人間の知的活動がコミュニティであれ印刷物経由であれネットであれ、あらゆるメディアを介して連携したら集合知になるんですね。そしてそのアウトプットがまた個人へバックというスパイラル。
    kenokabe
    2010-01-15 18:36:29
  • このあたりは完全に立場がちがいますね RT @kenokabe なんで、「相互作用」によって初めて成立するシステムが「自律的」なんです?
    kawango
    2010-01-15 18:36:37
  • ここも完全に違います。 RT @kenokabe 集合知によるイノベーションに依存しているのに、「自律的」になんて学問が勝手に進化するわけがないでしょう。数学って100%論理ですが、勝手に進化しますか?
    kawango
    2010-01-15 18:37:40
  • ぼくは学問も数学も勝手に進化するとみなしてもいいという立場です。このあたりがkenokabeさんとぼくとの一番考え方の違いが明確になるポイントですね。
    kawango
    2010-01-15 18:39:34
  • @kenokabe めしというか会食にいくなうなので、ここで失礼します。議論はかみあいませんでしたが、かみあわないポイントがわかったのでそれなりに有意義だったとぼくは思っています。面白かったです。ありがとうございます。
    kawango
    2010-01-15 18:42:57
  • @kawango 物理学のくだりでも引用しましたが、ニュートンは巨人の肩に乗っているから遠くが見通せる、と言いましたが、「巨人」とはニュートン以前の集合知のことです。イノベーション、集合知、情報の蓄積、スパイラル構造の側面でありこれをVS構造にしてばらばらにするのは本質と異なる。
    kenokabe
    2010-01-15 18:44:20
  • @SuiJackDo もちろん、どこでマイルストーンとするか、なんてものは自由です。しかし、それと、集合知というものがBeforeAfterで急に人間主体から分離するというのは、構造としておかしいわけです。
    kenokabe
    2010-01-15 18:49:29
  • @kenokabe ティムの文脈で問題になるのは"Collective Intelligence"であり、"Wisdom of Crowds"で、"Collective Knowledge"という側面はない気はします。正否は別にして。
    SuiJackDo
    2010-01-15 19:23:38
  • ぼくはそうだと思いますね。 RT @hakohakaere @kenokabe @kawango 学問の自発的進化性というのは一種の自己組織化でしょうかね?
    kawango
    2010-01-16 01:01:28
  • エージェントが多くてもあまりインタラクトしないですむのがtwitterかも。RT @t2enonu: なるほど。これはわかります。RT @tnatsu 複雑系的には、エージェントの数が多過ぎるとそれぞれのインタラクションコストが創発や自己組織化を妨げる。
    gnsi_ismr
    2010-01-16 02:37:02
  • いや、だから、wikipediaは情報をとりまとめ整理する部分においては集合知が働いていると最初からいってますよね? RT @kenokabe (前略)では、そんな事言い出したらWikipediaだって「自己組織化」し「自律的」なんですね。(中略)どう違いますか?
    kawango
    2010-01-16 08:55:10
  • このあたりにkenokabeさんの混乱が典型的にあらわれていると思います。 RT @kenokabe ネットワーク構造があれば自己組織化する、なんて「広い」ことを認めるのであれば、(中略)。あとWPは内部的に完結してないので自律的じゃない、(中略)。ダブスタだらけです。
    kawango
    2010-01-16 09:00:59
  • @kenokabe さんは、結局、集合知の自律性を認識していながら、あくまで人間個人の知の拡張方法としてしか、集合知をとらえていないので、おかしな理解になっているんだと思います。
    kawango
    2010-01-16 09:06:24
  • だから、創発のスパイラルとかいうことばが変な文脈ででてきたりする
    kawango
    2010-01-16 09:07:36
  • wikipediaの内部統制にあらわれてくる知性とwikipedia自体のエントリがもつ知性とは全然別です。そこの区別がきちんとkenokabeさんはできていない。
    kawango
    2010-01-16 09:10:38
  • @kawango WP内部統治ででてくる集合知と、アウトプットを実現するWikiの集合知、両方とも集合知ですが、どう別なのでしょうか。
    kenokabe
    2010-01-16 09:15:30
  • @kawango 個人->集合知->個人->集合知 このスパイラルです。WPにしろ学問にしろソーシャルメディアにしろ、全部このスパイラルでおこる。そこに口頭であれ印刷であれ小学校教育であれ、学問であれ、文脈は一緒。メディアが変わるだけです。ネットはその文脈で最も強力なものです。
    kenokabe
    2010-01-16 09:20:28
  • @kawango この集合知というのですはね、それぞれの人「個」という要素が集合し集合知という「全体」になり、その「全体」がまた「個」へフィードバックするという、「個」は「全体」の一部であり要素であるが、その「個」が「全体」と相互作用を起こすというシステムです。
    kenokabe
    2010-01-16 09:22:54
  • @kawango さんが「区別できていない」というのはおそらくこの「個」と「全体」を私が区別できていないということを主張されたいのだと思うが、むしろ区別できていないのはkawagaoさんのほうであり、こういう部分が全体に作用するというシステムとしての集合知を理解されておられない。
    kenokabe
    2010-01-16 09:24:15
  • @kawango だから、学問そのものが勝手に自律的に進化して、人間とは別とか構造を分断してしまったりする。ちがうんですよね。私がスパイラルというのも「個別要素」と「全体」が相互作用するということです。これこそが「自律的」なネットワークであり、この構造を分断するのは無意味。
    kenokabe
    2010-01-16 09:26:16
  • @kawango 補足すると、複雑系ネットワークちゃんと勉強したら基礎としてわかるのだけれども、複雑系ネットワークとは今書いた、部分が全体に作用するという意味のネットワークです。そこに自律性、創発性がでてくる。ただ単にネットワークがあるだけでは器があるのは必要条件であり、
    kenokabe
    2010-01-16 09:33:32
  • @kawango ただ単にネットワークがあるだけでは器があるのは必要条件であり、十分条件ではありません。学問というのはだから個人へのフィードバックがあって初めて自律性てものが出てくるのですよ。個人と器を切り離したら、そういう複雑系ネットワークの構造そのものを否定することになる。
    kenokabe
    2010-01-16 09:35:18
  • WPの中身の質の高さに集合知は働いていないということです。そこが曖昧に混同されがちだということです。 RT @kenokabe WPとは、(中略)集合知であるということが「過大評価」であり集合知でないというおはなしが理解できない。
    kawango
    2010-01-16 09:38:05
  • @kawango ここで「質の高さ」なんていう主観評価をぜひ持ち出さないでいただきたい。ネットワーク、自律性の文脈で今おはなししていたはずです。
    kenokabe
    2010-01-16 09:40:00
  • 集合知の自律性によるアウトプットと後者のアウトプットの区別が曖昧になっているということですね。 RT @kenokabe 集合知の自律性を認識する、ということと、集合知は人間個人の知の拡張をもたらすということは、なんら矛盾しないとおもいます。
    kawango
    2010-01-16 09:40:20
  • 後者はkenokabeさんのひきあいにだされる「巨人の肩の上」と同じで主体は人間ですが、前者の主体も人間ですか? RT @kenokabe WP内部統治ででてくる集合知と、アウトプットを実現するWikiの集合知、両方とも集合知ですが、どう別なのでしょうか。
    kawango
    2010-01-16 09:43:03
  • @kawango もちろんそうです。集合知を語るとき、それはアウトプットであると同時に複雑系ネットワークでもあり、その要素は個人です。「複雑系ネットワーク」のアウトプットを考えるとき「全体」「個別の要素」は相互作用していきますから「主体」っていう言葉遣いがそもそも間違ってるかも。
    kenokabe
    2010-01-16 09:46:20
  • 創発のスパイラルと表現されていたと思いますが、創発がおこっているのは集合知の発生であってスパイラルには創発的なものはないですね? RT @kenokabe @kawango 個人->集合知->個人->集合知このスパイラルです。WPにしろ学問にしろソーシャルメディアにしろ、(後略)
    kawango
    2010-01-16 09:46:56
  • @kawango 創発を起こすスパイラルという意味ですね。三人よれば文殊の知恵、と言いますが、文殊の知恵=創発、です。そして、この創発はこの3人にきちんとフィードバックされるのですよ。それが部分と全体の相互作用。スパイラルです。
    kenokabe
    2010-01-16 09:49:20
  • その構造については理解しますが、個と全体とは別の知性としてみないといろいろ矛盾をきたします。個人の知性と集合知の相互作用としてみたほうがよくないですか? RT @kenokabe この集合知というのですはね(以下略)
    kawango
    2010-01-16 09:51:21
  • @kawango 「個と全体とは別の知性としてみないといろいろ矛盾をきたします」ですからね。「別の知性」なんてないんです。個と全体の知的ネットワーク、そしてそのアウトプットそういう複雑系システム、自律性もあるだろう的説明で十分じゃないですか、なんでミームとか言う必要があるのです?
    kenokabe
    2010-01-16 09:54:45
  • そもそも最初の僕の問題提起が集合知の頭の悪さなんですが・・。 RT @kenokabe ここで「質の高さ」なんていう主観評価をぜひ持ち出さないでいただきたい。ネットワーク、自律性の文脈で今おはなししていたはずです
    kawango
    2010-01-16 09:55:22
  • @kawango 「個人の知性と集合知の相互作用」。これおかしいですね。「要素」=個人が「全体」=集合知と相互作用する複雑系ネットワーク、そのとおりですよ。でもkawangoさんはその構造を「全体」のほうだけで勝手に進化するミームだ別物だと。個がないと全体なんてないんですよ。
    kenokabe
    2010-01-16 09:59:32
  • RT @kenokabe 「個と全体とは別の知性としてみないといろいろ矛盾をきたします」ですからね。「別の知性」なんてないんです。個と全体の知的ネットワーク、そしてそのアウトプットそういう複雑系システム、自律性もあるだろう的説明で十分じゃないですか、なんでミームとか言う必要が
    kawango
    2010-01-16 10:00:10
  • 「集合知の頭の悪さ」 よくわかりません、物理学って集合知ですが、あれって頭わるいんですか?
    kenokabe
    2010-01-16 10:01:12
  • まあ、全然違うだろと、思うわけですが、ちょうど似たような場所にループしてもどってきましたので、とりあえず外野が判断するにもこれぐらいの議論でもういいんじゃないかと思います。つうか、このあたりで外野の意見をきいてみたいですね。
    kawango
    2010-01-16 10:06:03
  • @kawango 物理学もソーシャルネットワークも個と全体が相互作用する知的ネットワークシステムとしてはまったく同じで、集合知、なんですが、ぜんぜん違うと思う、ってことは、なんも今の話を理解されていないことになりますね。外野の人は理解できると期待しますけれども。
    kenokabe
    2010-01-16 10:09:37
  • @kawango 結局集合知に対する定義 、イメージが共有作業に終始してしまったかなという感はあります
    tnakashi
    2010-01-16 10:37:27
  • @kawango kawango氏が集合知は個人の知よりも正しいという幻想に遭遇した経験が108回あったとして、具体的に挙げるならどんなところですか
    kinoppix
    2010-01-16 10:45:31
  • @kinoppix @kawango みんなで議論して出てきたものが、1人の考えに劣ることはありふれたことでは?会議が全員のIQの平均を大きく上回ることが常ではないはず。(ポカや勘違いの修正、経験の活用の点では有効ですが。)
    hinakaga
    2010-01-16 10:54:07
  • RT @kawango: そもそも最初の僕の問題提起が集合知の頭の悪さなんですが・・。 RT @kenokabe ここで「質の高さ」なんていう主観評価をぜひ持ち出さないでいただきたい。ネットワーク、自律性の文脈で今おはなししていたはずです
    kenokabe
    2010-01-16 11:17:07
  • いちおう、こういう問題提起である、ということですから、建設的姿勢を重視して、わたしなりの考えを書きたいと思います。以下 @kawango はつけません。
    kenokabe
    2010-01-16 11:18:54
  • まず、「集合知」とは、個人を要素とする全体、個と全体が相互作用する知的ネットワークです。この構造は自律的な性質もあるだろうし、複雑系ネットワークという「構造」としての集合知なので、全体=集合知で個の要素はそれと別物、という区分けの仕方はその構造自体を否定することになるのでNG。
    kenokabe
    2010-01-16 11:21:57
  • @kenokabe この集合知の定義はwisdom of crowdsではなくcollective knowledgeの方ですね。何かそのあたりの前提のずれが @kawango さんとの議論であったと感じました。
    gamella
    2010-01-16 11:25:56
  • kawangoさんが想定されているであろうネット上の集合愚、というもの、Wikipedia、学問、ほかにもいっぱいあるでしょうが、そういうの全部、個人が全体を「学んで」情報をインプットし、そこで何らかの処理をして、全体へアウトプットする、入力された全体はまた個人に、これが集合知。
    kenokabe
    2010-01-16 11:27:21
  • で、なんで集合知に科学やネットの集合愚やWPなどの程度の違いが出るかというと、それはネットワーク構造の違いではなくて、個と全体をつなぐパイプのルールが違う。そのルールはその全体の目的にあわせて最適化されるし、変化もします。
    kenokabe
    2010-01-16 11:29:38
  • たとえば、物理学なんてものは、権威とは独立し実験を重視する、反証可能性が担保していないものは科学理論として扱わないというルールがありますが、これは物理学という集合知によって模索され獲得されたルールです。最初から決まっていたわけではない。WPの場合もそうで編集方針は合意で決まった。
    kenokabe
    2010-01-16 11:31:23
  • だから、いかにその集合知の目的とするアウトプットを得るためにルールを集合知で決めて行くか、ということが、その集合知の「かしこさ」の度合いを決定するし、そもそもWPというプロジェクトは「意思決定」なんてことを目的とした集合知じゃないので最初から目的でないアウトプットを求めても無駄。
    kenokabe
    2010-01-16 11:34:34
  • 欲しいアウトプットが得られないじゃないか?頭数集めても馬鹿な結果がでない、って言うんであれば、それはその集団の目的がそもそもはっきりしていないか、そのルールが悪いんでしょう。誰か超頭のイイ人が、合目的なルールを強制的に決めて、その器に人を集める方法、集団自体が集合知で決める方法。
    kenokabe
    2010-01-16 11:36:47
  • 結局、その集合知、ネットワーク内部のルール、ガバナンスの問題であって、集合知というネットワーク構造自体が馬鹿で期待なんてできないんだ、なんていうのは、器と中身をはきちがえたナンセンスな議論。集合知というメソッド自体は有効なんだから、かしこいガバナンスができるように設定すれば良い。
    kenokabe
    2010-01-16 11:38:33
  • 以上です。フィードバックあれば、ご自由にどうぞ。
    kenokabe
    2010-01-16 11:39:12
  • @gamella 「この集合知の定義はwisdom of crowdsではなくcollective knowledgeの方ですね。」うーん、自分はこの差異なんて本質的にないと思います。さっき説明しましたが。「意思決定」を目的とするか「情報集積」を目的とするか、初期設定の差異です。
    kenokabe
    2010-01-16 11:45:57
  • @kenokabe はい、全部つぶやきを見て、そのあたりのことが理解できました。日本で集合知は「「みんなの意見」は案外正しい」っていう本で流行ったので、そっちの方で考えていたのですが、それらは @kenokabe さんの広い集合知の一部なのですね。おもしろいです。
    gamella
    2010-01-16 11:51:57
  • たとえば「発言小町」とか「勝間和代のクロストーク」とかありますが、あれは「意思決定」の側面が強い集合知です。Wikipediaは「情報集積」「まとめサイト」の側面。「教えてGoo」は両方の性格があるでしょう。価格コムは情報集積でしょうね。
    kenokabe
    2010-01-16 11:53:14
  • @gamella そうですね、そういう誤解があるのは、あの本のタイトルと、集合知のネットワーク構造とガバナンスの要素ときちんと切り分けて論じられていないからでしょう。この辺、ちゃんとブログにでも書こうかな。
    kenokabe
    2010-01-16 11:57:12
  • @kawango 外野の意見もとむということで、 議論の進展の足しになるかわかんないですが、集合知談義の感想や意見などを書いちゃってよろしいですか?(って、書いちゃうんですが。) 
    JavuJavu
    2010-01-16 12:48:03
  • @kawango まずは集合知の定義が曖昧であることが、その定義の探り合いで議論が終始しがちになるんだろうとは思います。僕のそれに対する感じとkawangoさんのやkanokabeさんのがどう違うのかどれほど違うのかは僕にもよくはわかりません。
    JavuJavu
    2010-01-16 12:51:43
  • @kawango トピック的に取り上げますと、ミームという言葉は手垢にまみれて誤解をうむような気がします。多分、集合知の自律的進化という概念を考えられてるので実は正しい使い方なのかもしれませんが。
    JavuJavu
    2010-01-16 12:54:38
  • @kawango WikiPediaが集合知の成功例とするなら、僕自身は集合知に対して幻滅します。
    JavuJavu
    2010-01-16 12:55:51
  • @kawango 物理学が集合知の例とでてましたが、これにも違和感があります。学問全体がそうだとは言いませんが、少なくとも物理学は実験や理論による証明で担保されていますので、これが集合知と言ってしまってはいけないと思います。
    JavuJavu
    2010-01-16 12:58:33
  • @kawango 最初の問題提起として、集合知の頭の悪さとkawangoさんは書かれていましたが、差はあるでしょうが、同じような感じを僕ももっています。これは僕が最初にレスつけた、知識として無評価に信じられないことと同値、もしくは、似たことなのではとおもいます。
    JavuJavu
    2010-01-16 13:02:22
  • @kawango そういう意味で集合知の正しさを証明できる、もしくは定量的に確からしさを知る術があるかに興味をもっているわけです。kanokabeさんはエラー修正も集合知でなされていると書かれましたが、それには同意しません。修正されたその時点で正しいのか証明できませんから。
    JavuJavu
    2010-01-16 13:06:51
  • @kawango こんなところが、楽しくみさせていただいてる感想ですが、多少、考える土台になりそうなことを一つ二つ。
    JavuJavu
    2010-01-16 13:09:55
  • @JavuJavu 繰り返しますが、最新の集合知についての私のTLを読了してから、同意、不同意、のようなことは言ってください。物理学の証明ってのは、その集合知のローカルールにすぎません。そのシステム系において何が正しいか?っていうで価値観自体ローカルルールなんですよ?
    kenokabe
    2010-01-16 13:12:30
  • @kawango 知性が宿る場所は明らかに人間の頭脳ですが、集合知において、最終蓄積地がそれだけということはないと思います。というか思いたい。本などのメディアがその一端だろうし、ネットもそうだろうと思います。場の理論というのがありますが、そんなものに裏付けられるといいかなあ。
    JavuJavu
    2010-01-16 13:13:39
  • @kawango あとは、認知科学の概念ですが、分散認知、あるいは分散知能という言葉があります。ハチソンという人たちがやってる分野ですが、知性は人間の頭脳だけに宿るものではないと言っています。
    JavuJavu
    2010-01-16 13:16:04
  • @kawango あとは、僕の嫌いな暗黙知という言葉かな。野中郁次郎がアブユーズしてポランニーの元の意味からかけ離れてしまってるように思えます。どちらにしろ集合知と暗黙知は多少オーバーラップしてるように思います。
    JavuJavu
    2010-01-16 13:18:39
  • @kawango こんなところです。僕自身、集合知になにか面白さがあるような気はすれど、雲をつかむようですのが、ネットで集合知らしいものが出現していることは、スモールワールド性というか複雑性と関連はあるんだろうたあとは漠然としてはいます。
    JavuJavu
    2010-01-16 13:23:05
  • 「集合知」の議論を読み直すと、@kawangoは新しいサービスを作ろうとしてそこに集合知をどう適用できるか考えているのに対し、@kenokabeはWikipediaなど既存のシステムを論じている。「これから作る=ないもの」vs「あるもの」なので、どちらが正しいという結論は出ない。
    t2enonu
    2010-01-16 15:00:54
  • @t2enonu 集合知というフレームワーク自体は、昔も今も、そしてこれからも変わらない(知のネットワーク構造自体が変質するわけではない)ので、これから作ろうとも、あるものだろうと関係はないです。これから作りたいのなら、そのフレームワークのなかで初期設定をいかにうまくするかだけ。
    kenokabe
    2010-01-16 15:12:49
  • 集合知も関数のような「箱」だと仮定すると、質・量両面で入力=出力となるのが共同作業、入力<出力が集合知、入力>出力が集合愚。夏野理論は「入力<出力状態を維持するためには、箱の大きさ(集団の母数)に上限がある」で、@kawangoは「その上限を割り出す方法はあるか」と書いてる。
    t2enonu
    2010-01-16 15:15:37
  • @kenokabe ありがとうございます。僕は「入力<出力」が集合知だと考えてるので、今「集合知についての集合知」が論じられてるのであれば、そこから現在の「集合知」の定義を上回るような初期設定が生まれてくればいいな、と思います。端的に言えば「その発想はなかった」と驚きたいのです。
    t2enonu
    2010-01-16 15:19:45
  • 最近もめてた?、集合知云々の話をまとめると、人参とかジャガイモとか肉とかいくら集めてみたところで素材自身がおいしくなるわけないじゃんjk。という人と。材料集めて料理してカレーにすればおいしくなるに決まってるじゃんjk。という人と。料理という行為を集合知に含めるかどうかな気がした。
    hrjn
    2010-01-16 15:20:47
  • @kenokabe Togetterのまとめを作ってくれた@threezさんはじめ、ここまでのお二人の議論を拝見している人たちが同時並行でさまざまな意見をつぶやき、それがフィードバックされて少なくとも数百人が「集合知とは何か」を考えている現在こそが「集合知」だなと、喜んでいます。
    t2enonu
    2010-01-16 15:27:28
  • .@kawango @kenokabe @tnatsu @iNut post引用させていただきました! 集合知のお話 - Life Like Light < http://d.hatena.ne.jp/threelz/20100116/1263622098 >
    threelz
    2010-01-16 15:33:38
  • @threelz <ここでkenokabeさんが個人がコミュニティから獲得するといっているのは、知性ではなく知識なのだ> ここ違います。オオカミ少女でも触れましたし、知性と知識は不可分です。人工知能にも膨大なデータベースがいる。どういうタイプの集合知を目的とするのか?というだけ。
    kenokabe
    2010-01-16 16:10:20
  • @kenokabe 不可分と定義するかどうかの違いでは? 少なくとも個人的には 分けた方が誤解が少なそうだなと感じました / 出先なのでまた後で詳しく書きます~
    threelz
    2010-01-16 16:13:16
  • 念のために、複雑系の基本概念について、共有しておきます。 「多くの要素からなり、部分が全体に、全体が部分に影響しあって複雑に振る舞う系。」 『デイリー新語辞典』http://www6.plala.or.jp/genky/complexity/
    kenokabe
    2010-01-16 15:41:04
  • つまり、システムとして、部分と全体を分離することは集合知というシステムにおいて無理です。こういう事を議論するときに、すでにそういうサービスがあるとかないとか、学問であるか、コミュニティであるか、Wikipediaであるかは、「どういうタイプの集合知」であるか?にすぎません。
    kenokabe
    2010-01-16 15:44:49
  • .@threelzさんのまとめ見てて気付いたけど川上さんは集合知がどうのじゃなくてブースターとして弱い今の集合知と言われてるものをどう改良するかって話がしたかったのかな。なんか変な横槍入れてるみたいで恥ずかしいのう…
    iNut
    2010-01-16 15:58:56
  • @iNut 俺は 集合知に過剰に期待すんなよ って話と読んだけど…
    threelz
    2010-01-16 16:01:32
  • @threelz "今の"ってことなんじゃないかしら。というか他の子が言ってるのと川上さんの言ってる集合知の定義が違う…ってthreelzさんがblogの最初に書いてたけど。だから最後まで噛み合ってない…
    iNut
    2010-01-16 16:04:52
  • 一連の議論では何も生まれてないよねえ。せいぜい「集合知」に関してみんなこんな風に思ってますってのが分かったくらいで。そうでなくて例えばこういう形のシステムなら一人では無理だったことが複数人集まることで可能になるねーとかの提案が出るとか、そういうのが川上さんの言う集合知なのよね。
    iNut
    2010-01-16 16:09:20
  • @iNut @threelz いきなりね、「複雑系」の「上限」なんやら、で話がはじまっているわけです。そんで追っかけてみたら、どうもみんな「複雑系」の事もろくに知らない(失敬)ということがわかった。「複雑系」の路線で議論するんなら、ミームがどうのこうの関係ないんですよ。
    kenokabe
    2010-01-16 16:14:51
  • @kenokabe あー個人的にはミームの話は意味不明だったんで引用しませんでした 複雑系とかそんな難しいことば使わなくても説明できそうな気がします
    threelz
    2010-01-16 16:19:03
  • 俺も複雑系の定義すらよく解らずに参戦したわけだけど そういうアホが無尽蔵に参戦してきうる現状 これ自体が集合知万能じゃないことの裏付け
    threelz
    2010-01-16 16:22:25
  • 集合知の議論はなかなか面白そうだけど、せっかくモチベーションあがってるし、エンジニアらしくプログラムでも書こう
    renoinn
    2010-01-16 16:29:52
  • @threelz いえ、現にあの議論の流れではそれ出さないと収束しなかったですからね。部分と全体が相互作用するんだとはっきり示さないでいると、いくらスパイラルだと言っても、いやミームで勝手に進化するとか言われて、みんなもなるほどおお、とか言ってたでしょ?w
    kenokabe
    2010-01-16 16:24:34
  • そんで、ばっさり、集合知は人数多いほうが集合愚になる、という議論になるのは、とりもなおさず集合知が何か?って事を理解できていないから起こるのであって、なんらかの「意思決定」目的の新しい集合知モデルを構築したい、っていうのならば、目的が具体的じゃない以上、初期設定なんてできない。
    kenokabe
    2010-01-16 16:35:54
  • @kenokabe いや、全然…。さっきも書きましたけどミーム云々の話は意味不明ですし。意図するところを推察できなくはないですがご本人不在ですしそれは辞めときます。議論に参加した皆様は後からフォローしたので各人の反応は知らないですけど…
    threelz
    2010-01-16 16:36:50
  • @kenokabe その結論は完全に同意です。
    paradisemaker
    2010-01-16 16:39:07
  • ダンバー数についてだけれども、こういう議論にしろ、一緒に話すのは自律的に150人以下なんて自動的になるわけです。Wikipediaにしても、150人同時に同じノートで会話するなんてない。でもプロジェクト全体としては人数多いほうが、成功してるんだ。
    kenokabe
    2010-01-16 16:31:41
  • ただ、集合知は「これだけ仕込んだからこういう結果が出るだろう」と定性・定量的に予測できるものではない。ここが厄介なところ。
    t2enonu
    2010-01-16 16:37:00
  • で、WPは英語版という人数ケタ違いに多い方が集合知で成功していますよ、と指摘すれば、WPなんて集合知じゃない!むしろ集合愚だとか言われたわけですね。多分、この辺の基礎をちゃんと整理しないと、そんな飛躍的にすばらしい意思決定装置としての集合知モデルの構築なんて無理。
    kenokabe
    2010-01-16 16:45:50
  • @kenokabe たとえば法律の改正みたいに国民全体が議論に参加しようと思えばできる件についてでもうまいこと人数制限できるんですかね?
    locker5
    2010-01-16 16:36:38
  • @locker5 はい、まず最初にそういう問題設定をきちんとすることが肝要だと思います。ざっくり集合愚になるとかいう話ではどうにもならない。具体的な目標設定ですね。その場合どうやって設計するかですが、まあこれはやり方が結構なパターンありそうですね。事業仕分けにしても黎明期だし。
    kenokabe
    2010-01-16 16:54:35
  • @kenokabe たとえば、どういうパターンが考えられますか?
    locker5
    2010-01-16 16:58:13
  • @locker5 結局のところ、ネット不特定多数系の集合知って「分母」の大きさなんですね。あと、24時間稼働というのもある。これも含めて「分母」の大きさ。最初から人数制限というお話はこの文脈においてお門違い。
    kenokabe
    2010-01-16 16:58:24
  • @locker5 わかりません。と言いたいところですが、それぞれの分野に区分けして、ボランタリーに募る。肩書はみるが、発言の重さを対等にする、自律的な発言フィルターをもうける。勝手に各部署150人以下にはなるんじゃないですか?
    kenokabe
    2010-01-16 17:00:34
  • @kenokabe 肩書の判断とか、発言の重みの判断て、例えば政策だったら政府がやるんですかね、やっぱり。
    locker5
    2010-01-16 17:07:33
  • @locker5 それも集合知にやらせりゃいいんじゃないですか?
    kenokabe
    2010-01-16 17:13:40
  • @kenokabe うまいこと絞れるといいかもですね!
    locker5
    2010-01-16 17:16:59
  • ここが完璧に集合知の理解を間違えているところ。たぶん、外野のひともここが間違いだということがわかっていない。 RT @kenokabe @kawango 創発を起こすスパイラルという意味ですね。三人よれば文殊の知恵、と言いますが、文殊の知恵=創発、です。
    kawango
    2010-01-16 18:50:17
  • たとえば課題のレポートをやろうとして、授業をよくきいてなかったから、友達にノートを借りたら、ちゃんと書けた。とかいうのは集合知ではない。
    kawango
    2010-01-16 18:55:19
  • @kawango <授業をよくきいてなかったから、友達にノートを借りたら、ちゃんと書けた。とかいうのは集合知ではない。>集合知です。2人いて、1人しか情報記録してないのに、その情報がノートという「メディア」により2人で共有されたんでしょ?活版印刷、インターネットと何が違うんです?
    kenokabe
    2010-01-16 19:23:21
  • 3人の文殊の知恵でいえば、3人で相談して忘年会の店を決めたら、ひとりくわしいやつがいて、いい店を決めれた。というのも集合知とよぶべきではない。
    kawango
    2010-01-16 18:57:14
  • @kawango <3人で相談して忘年会の店を決めたら、ひとりくわしいやつがいて、いい店を決めれた。というのも集合知とよぶべきではない。> 違いますね。3人いたら、ひとり詳しい奴がいる確率はその集合知において3倍に跳ね上がるのですよ。10000人いれば10000倍(単純計算)。
    kenokabe
    2010-01-16 19:13:43
  • @kawango ああ訂正、正確には確率が10000倍とはならず、誰も詳しくない人間の存在が0%へ漸近していく。10000人いれば、だれかひとりでも詳しいやつがいる確率はほぼ100%になる。そういうことですね。
    kenokabe
    2010-01-16 19:16:50
  • 3人で忘年会の店を決めようとしたら、みんな遠慮しあって、いつも同じ店になるという傾向がでてしまうとする。そのいつも同じ店を選んでしまうという傾向をみちびくはたらきには集合知の萌芽がある。
    kawango
    2010-01-16 18:59:08
  • 複雑系的には、エージェントの数が多過ぎるとそれぞれのインタラクションコストが創発や自己組織化を妨げることになる。したがって、集合知の価値を最大化する適性規模が存在し、それ以上はフラクタル構造で規模を大きくしていくのが、集合知の価値を最大化できる。以上、夏野仮説。
    fukasawa_yu
    2010-01-16 19:24:46
  • お二人(@kawangoさん、@kenokabeさん)の議論をまとめたTogetterがあるけど、定義について落ち着いて話し始めた所はまだまとめられていないので、二人だけのリストを見るのがわかりやすい。恐縮ですが私の作成したリスト→ http://bit.ly/6oilw0
    ug800
    2010-01-17 05:28:10
  • 11:27から11:38までの一連のkenokabeさんの発言がいいかんじでぼくの考えと真っ向対立するのでそこからいきます。
    kawango
    2010-01-16 22:43:01
  • いきなり、ここの定義がおかしい RT @kenokabe まず、「集合知」とは、個人を要素とする全体、個と全体が相互作用する知的ネットワークです。(中略)全体=集合知で個の要素はそれと別物、という区分けの仕方はその構造自体を否定することになるのでNG。
    kawango
    2010-01-16 22:53:38
  • 要素は個人だけでなく、文書やネットを通じて共有される知識の集合も含まれているとはkenokabeさん自身もいっていたはずです。全体=集合知で個の要素はそれと区分できないとか、禅問答みたいなそれっぽいこといってわかった気になっているだけです。
    kawango
    2010-01-16 23:00:49
  • @kawango 結構完結に複雑系ネットワークの定義そのものみたいなこと書いているだけで、禅問答とは、心外ですね(笑)
    kenokabe
    2010-01-16 23:06:17
  • Aさんが集合知を構成するネットワークに所属しているからといって、Aさんの個性がなくなるわけじゃあるまいし、個人Aさんと集合知との関係を考えてはいけないということにはならないのはあたりまえです。
    kawango
    2010-01-16 23:08:34
  • @kawango ここまで同意。
    kenokabe
    2010-01-16 23:19:27
  • いいですか、集合知のネットワークを構成するひとりのAさんが、集合知の助けをかりてなんらかの意志判断をしたとしても、これはAさんの意志判断と考えるべきなのはあたりまえです。集合知のはたらきはAさんの意志判断に与える影響部分だけです
    kawango
    2010-01-16 23:16:28
  • @kawango これも同意。「相互作用」すると書いているけれども、100%支配されるとは書いていないですね。
    kenokabe
    2010-01-16 23:21:25
  • そこの区別がわかっていない。もうひとついえば構成要素の個人の知性と集合知の知性の間にある階層構造を理解していない。
    kawango
    2010-01-16 23:17:56
  • kenokabeさんが思っている集合愚こそ集合知の本質に近い RT @kenokabe kawangoさんが想定されているであろうネット上の集合愚、(中略)、そういうの全部、個人が全体を「学んで」情報をインプットし、(中略)、これが集合知。
    kawango
    2010-01-16 23:21:52
  • @kawango よくわからないのですが、理解していない理解していない、とおっしゃるが、正直、何を私が理解していないのか判別しかねるし、最初に引用された、私のコメントを、その今のkawangoさんのコメントはなにも否定できていないですよ?
    kenokabe
    2010-01-16 23:23:02
  • そういうルールのきめかたってたんに人間の共同作業の方法論なんですよ RT @kenokabe だから、いかにその集合知の目的とするアウトプットを得るためにルールを集合知で決めて行くか、ということが、その集合知の「かしこさ」の度合いを決定するし、(後略)
    kawango
    2010-01-16 23:25:00
  • @kawango 私は集合知を、その個人と集団、個と全体が相互作用する知の複雑系ネットワークである、ときちんと人類の歴史、集合知の形態変化、口頭、印刷、電子記録、ネット、というメディアの進化も含めて定義というか、体系的に説明していますが、集合知@kawangoの定義は何だろうか?
    kenokabe
    2010-01-16 23:28:26
  • kenokabeさんの集合知の定義のほうが狭いですね RT @gamella @kenokabe (前略)日本で集合知は「「みんなの意見」は案外正しい」っていう本で流行ったので、そっちの方で考えていたのですが、それらは @kenokabe さんの広い集合知の一部なのですね。
    kawango
    2010-01-16 23:29:27
  • @kawango とりあえずですね。私が理解していないと繰り返されましても、非常に抽象的に聞こえますし、行き当たりばったりに見えて仕方がないのですよ。先程の3人の居酒屋の話も宙ぶらりんであるし。とりあえず、しっかり論点を整理して、kawangoさんなりの体系的な定義これください。
    kenokabe
    2010-01-16 23:30:19
  • ここはあきらかにそのとおりですね RT @JavuJavu @kawango 知性が宿る場所は明らかに人間の頭脳ですが、集合知において、最終蓄積地がそれだけということはないと思います。
    kawango
    2010-01-16 23:31:34
  • @kawango とりあえずと繰り返してしまいますがkawangoさん的に能動的に集合知を規定していただかないとお話にならない。私は結構もう一周していると思っていて、論点もでつくしたのかなあ、と思っていたが、そう思われていないようだ。リセット結構でも能動的にリセットしてください。
    kenokabe
    2010-01-16 23:36:12
  • 知性はダイナミックな対象(=情報)に対して作用するものだし、どう作用するかを決めるかはさきほどいっていた”ルール”によって決まるアーキテクチャーですよね? 分けて考えるべきでしょ RT @kenokabe (前略)知性と知識は不可分です。人工知能にも膨大なデータベースがいる。
    kawango
    2010-01-16 23:37:34
  • @kawango ベキ論はもう結構です。繰り返しますが、私のコメントにぶらさがる前に、まずkawangoさんによる、集合知の体系的な定義をお願いします。あなたの軸足がどこにあるのか、さっぱり見えないのです。ギャラリーにもわかりやすいように、説明されてはいかがでしょうか?
    kenokabe
    2010-01-16 23:40:39
  • RT @kenokabe @kawango <授業をよくきいてなかったから、(中略)>集合知です。2人いて、1人しか情報記録してないのに、その情報がノートという「メディア」により2人で共有されたんでしょ?活版印刷、インターネットと何が違うんです?
    kawango
    2010-01-16 23:42:43
  • 友達にノート借りたら集合知・・・ってじゃあ、人間の知性全部集合知じゃないか!ってkenokabeさんはそう主張されているのですよね。はぁ。
    kawango
    2010-01-16 23:44:02
  • @kawango 一応、お伝えしておきますが、私のコメントが、あなたのほうのフォローワーに見えないとお考えになり、無視するのはお辞めになったらいかがだろうか?きっちり、両者の発言を時系列的に追跡できるようなまとめサイトもあるし、それはちゃんとより多くの方に追認されますよ?
    kenokabe
    2010-01-16 23:44:33
  • @kawango そのとおりです。人間の知性は、先天的に獲得している形質、そして自然環境から得られる後天的要素以外は、後天的に獲得した集合知です。オオカミ少女の例ですでにコメントしました。
    kenokabe
    2010-01-16 23:47:56
  • まあ、そういう宗教的世界観みたいな集合知の定義されても、人間個人の知性と集合知との比較はできないですよね。つまりノート借りてもかりなくても集合知なんだから。
    kawango
    2010-01-16 23:49:32
  • だからそんなの集合知もちだすまでもなく共同作業の方法論でしかない。 RT @kenokabe 違いますね。3人いたら、ひとり詳しい奴がいる確率はその集合知において3倍に跳ね上がるのですよ。10000人いれば10000倍(単純計算)。
    kawango
    2010-01-16 23:51:17
  • ”基本的には”ならないというのがぼくの立場ですね。 @necome_00 @kawango 今行われている「ツイッターによる集合知のつぶやき合い」によって出された結果は集合知になるのでしょうか?
    kawango
    2010-01-16 23:54:35
  • @kawango 宗教って集合知だし、「人間個人の知性と集合知との比較」とか、複雑系の個の部分と全体、あるいは、その系そのもの、とを比較して、何をしたいのか? ノート借りない場合、はノート借りたときに発生する集合知という現象が起こらない。ただそれだけでしょう。
    kenokabe
    2010-01-16 23:54:44
  • @kawango ですからね。共同作業の方法論だと言っても、こちらはもうきちんと体系的に定義済みなんです。kawangoさんはそれを否定する。普通ね、定義を否定したら、代替の定義を用意するのが道理。それしないうちにはぜんぜん話なんてはじまらない。論旨をまとめて提示してください。
    kenokabe
    2010-01-16 23:57:11
  • これまでの議論で相転移でうまく説明できる例はあんまりないと思いますが、いいたいことは理解できます。 RT @hakohakaere @kenokabe @kawango 多くの人間を集めれば頭の良い奴が居る確率も上がる。一定数集まれば統計力学でいう相転移
    kawango
    2010-01-16 23:59:42
  • 中略部分はともかく同意ですね。 RT @hakohakaere @kenokabe @kawango 集合知をミーム≒生物と見なすメリットは(中略)生物ならば遺伝や進化があるが、これに相当するのがおのおのの集合知の公理=ルールにしたがって成長していくという事
    kawango
    2010-01-17 00:03:26
  • RT @hakohakaere 分離するというのはいわゆる要素還元主義ですね。それぞれを分割して考えて(微分がそれに近い)、それを総和(積分)すれば全体になる。でも複雑系の場合は全体が繋がって依存、相互作用しあってるんで、それができないと。
    kawango
    2010-01-17 00:06:19
  • うーん、 これて @kawango さんが、なんかひととおり「気がすんで」頭の中を整理して、論点まとめて、彼なりの集合知の定義を示してくれるまで、辛抱強くまつしかないのかなあ? とりあえず、まだ準備不足なのはよく伝わってくる。というか、いきあたりばったりというか。
    kenokabe
    2010-01-17 00:08:12
  • 部分が計算できないとはおかしくて、構成要素を人間とした場合、人間の行動のほうがシミュレーションは楽ですよね?この場合、複雑系で計算できないのは集合知=複雑系が個の人間に与える影響が予測できないだけで、個人の行動が予測できないのとは違う。
    kawango
    2010-01-17 00:09:55
  • とりあえず、出だしは、今の集合知システム群で、@kawango さんがお気に召すものはないと。で可能性を探りたいということだったが、今は集合知の定義で私に反論しておられるし、自分はそこはちゃんとクリアしておくべき作業だと思う。ただそれならば、両者の定義を並べて比較すりゃいいんだ。
    kenokabe
    2010-01-17 00:12:49
  • あー過去のつぶやきへのコメント書いている間にkenokabeさんから怒涛のtweetが溜まっているw
    kawango
    2010-01-17 00:15:25
  • 議論がすれちがっている原因はkenokabeさんの集合知に抱いている概念が狭いからです。
    kawango
    2010-01-17 00:17:09
  • @kawango ならば、 kawangoさんの集合知の定義を体系的に提示してください、とさきほどから再三再四お願い申しておりますが、なぜしないのですか? あなたの軸足が明確でない以上、基準がないのだから、狭いも広いもないんですよ。おわかりですか?
    kenokabe
    2010-01-17 00:19:25
  • 別にkenokabeさんの単純な集合知と複雑系の説明も理解していて、それじゃ説明できない部分ができるといっているのです。本当は複雑系は必ずしも集合知には必要ないんですけどね。
    kawango
    2010-01-17 00:20:17
  • @kawango 先程から、私の知識が不足しているという証拠は、あなたのコメントからはひとつも出ていません。そういうトリッキーなものいいよりも、定義を求めます。これは、結構みんなみていますよ?フェアな態度でお願いします。
    kenokabe
    2010-01-17 00:21:49
  • まあ、じゃあ、とりあえずちゃちゃいれずにしばらくだまっててもらえますか?w
    kawango
    2010-01-17 00:23:10
  • @kawango ですから、kawangoさんによる整合性のある定義を示してください。なにが補充されているか、それで客観的に確認できるでしょう。
    kenokabe
    2010-01-17 00:23:44
  • 別に僕が説明してないだけじゃなく、kenokabeさんがしゃべりすぎなだけです。
    kawango
    2010-01-17 00:23:50
  • @kawango わかりました。定義が出るものとして、それまで待機しましょう。その流れが確立すれば結構です。
    kenokabe
    2010-01-17 00:24:43
  • 本来は集合知の定義論争をするつもりはないし、ぼくがなにをいいたいかぐらい読み取れるように書いたつもりですが、まあ、求められたのでやってみましょう。
    kawango
    2010-01-17 00:30:31
  • そりゃ違うだろうと。人がそれなりにきっちり定義して軸足を明確にしているところに、その定義が違うと否定し、各論でも否定しているのだから、自分の軸足をまず見せないとはなしになるわけがない。
    kenokabe
    2010-01-17 00:34:22
  • kenokabeさんが定義する集合知は、実際は3つの要素に分けて考えるべきものだと思います。(よく考えると前も説明したな)
    kawango
    2010-01-17 00:35:30
  • ひとつめは共同作業の方法論としての集合知。ふたつめは人間を構成要素として自律した知性のようにふるまう集合知。3つめはミームの一種である知識の体系としての集合知。これらは別々のものとして考えるべきです。
    kawango
    2010-01-17 00:42:20
  • まあ、全部、集合知と定義するのもなんですから、ぼくは集合知と読んでいいのはふたつめの集合知だけだと思っています。
    kawango
    2010-01-17 00:43:03
  • @kawango 的集合知の定義とは、ならば要するに2「人間を構成要素として自律した知性のようにふるまう集合知。」である。1,3のは集合知の定義というよりむしろ「傍論」のようなものという理解でよろしいですか?
    kenokabe
    2010-01-17 00:50:20
  • ふたつめの集合知ですが、ここがkenokabeさんと見解が異なる根本の部分です。ぼくは集合知の中身に人間の知性は基本的には含まれないと考えています。
    kawango
    2010-01-17 00:48:17
  • なんかすごいことになってきたなw 無から宇宙をつくるような話になってきたw
    kenokabe
    2010-01-17 00:53:47
  • たとえば選挙といったものを考えましょう。ある候補者を支持するかどうかという世論はその候補者が議員として適切化どうかという知的判断ではなく、景気だったり、知名度だったり、見た目の雰囲気だったり、別のいろいろなパラメータの統計的な性質としてあらわれます。
    kawango
    2010-01-17 00:56:11
  • 当選する議員を決める世論を一個の人格と考えた場合、それと個々の有権者の候補者への判断のたんなる集計とは異なる要素がでてくる。その異なる部分が集合知です。
    kawango
    2010-01-17 00:58:50
  • wikipediaでいえば大量の人間を統制して作業させるはたらきが集合知です。wikipediaの内容そのものは集合知ではない。
    kawango
    2010-01-17 00:59:32
  • 途中感想 こういう恣意的な区分けして問題を複雑に定義しちゃうと、絶対どっかに論理の齟齬が出てくる。
    kenokabe
    2010-01-17 01:07:37
  • kenokabeさんの集合知の定義はこれでいいのかな・・・・「集合知」とは、個人を要素とする全体、個と全体が相互作用する知的ネットワークです。この構造は自律的な性質もあるだろうし、複雑系ネットワークという「構造」としての集合知
    kawango
    2010-01-17 01:06:58
  • @kawango そのとおりです。
    kenokabe
    2010-01-17 01:08:51
  • では、ぼくの定義はこんなかんじでしょうか。「個人を要素とし、個と全体が相互作用するネットワーク上に仮想的に発生した知性のようなもの」
    kawango
    2010-01-17 01:11:56
  • だれか、相転移とかいう表現をつかっていましたが、まさにたくさんの人間が集合したときに個々に人間はない特徴が全体としてはあらわれる、という現象が集合知だと思っています。人間ひとりひとりの知性なんてものはインフラにすぎなくて集合知は人間の集合にあらわれたなんらかの特徴です。
    kawango
    2010-01-17 01:15:46
  • @kawango なるほど、わかりました。では、その定義の妥当性をちょっとテストしてみてよろしいですか?
    kenokabe
    2010-01-17 01:16:11
  • そういうった人間の集団にあらわれる特徴はおしなべて単純な性質をもつので集合知が頭わるいのは本来あたりまえです。
    kawango
    2010-01-17 01:18:21
  • @kawango では、今現在、kawangoさんが現存している集合知であると思う具体的な例を3つくらいあげてもらえますか?
    kenokabe
    2010-01-17 01:21:44
  • 当然そういった集合知は集合愚とよばれたりしがちなわけですが、ここで重要なのは集合知は集合愚をつくりだすはたらきにあるのであって、集合愚そのものではないということです。
    kawango
    2010-01-17 01:24:08
  • というか、みんなせっかちすぎ。twitterに推敲した文章の分割アップはそぐわないとおもって、会話するかのようにその場で書いているんだから、しゃべりおわるまではまってほしい。
    kawango
    2010-01-17 01:30:58
  • まあ、いいや、いまきたtweetに回答しながら残りの部分は書いてもいけそうだから、そうします。
    kawango
    2010-01-17 01:32:45
  • だいたいいいと思います。 RT @threelz @kawango 共同作業(とそれに伴う共通ルール)、集合知性、集合知識、 と解釈してもいいです?
    kawango
    2010-01-17 01:33:54
  • まったく、そのとおりですね。 RT @SuiJackDo @threelz そもそもの @kawango さんの口切は「集団自体に知能、精神が存在するかのように見える知性」を否定しているわけではなく
    kawango
    2010-01-17 01:34:44
  • セットでないと理解されないと思っています。 @kenokabe 要するに2「人間を構成要素として自律した知性のようにふるまう集合知。」である。1,3のは集合知の定義というよりむしろ「傍論」のようなものという理解でよろしいですか?
    kawango
    2010-01-17 01:36:15
  • 方向性をもたせる働きの部分だけが集合知です。例のハイチ支援活動自体は集合知ではありません RT @minotakemino 集合知というものが、知性として何らかの行動の方向性を持つということでしょうか?
    kawango
    2010-01-17 01:37:58
  • RT @kenokabe すでにあがっているものだと、wikipediaのユーザによる自律的な統治(の部分だけ) 、世論を人気投票化させる作用の部分とかですね。よりわかりやすい例としてはだれかがいっていたGoogleのPageRankですかね。
    kawango
    2010-01-17 01:45:35
  • まあ、これは、典型的なスパゲッティコード。何言ってるのかよくわからないのがその証拠。理系の人でも言論になったら途端に、スパゲッティコード平気でかく人がちょくちょくいる。
    kenokabe
    2010-01-17 01:46:58
  • @kawango では、Googleランクを例にとりましょう。この具体例にそって我々にわかりやすいように、1,2,3の定義(セット)を使って展開してもらえますか?今の段階では結構抽象的でわかんない人ほとんどだと思うので。
    kenokabe
    2010-01-17 01:50:14
  • むしろwikipediaの例がいいと思いますけどね。これは最初からよく対立する点ですが、エントリの内容にはwikipediaの集合知ははたらいていないというのがぼくの見解です。
    kawango
    2010-01-17 01:56:48
  • @kawango ではふたつめの定義「個人を要素とし、個と全体が相互作用するネットワーク上に仮想的に発生した知性のようなもの」ですが、Gooleランクでこの「個人」「全体」ってどれになるんですか?よくわかりません。「仮想的に発生した知性のようなもの」はわかりますよ。
    kenokabe
    2010-01-17 01:58:49
  • @kawango WPは後でじっくりやりましょう。では物理学は、1,2,3の定義とどういう関係になり、その定義によりどう展開されますか?
    kenokabe
    2010-01-17 02:02:04
  • @kawango 「個人はユーザの行動、全体はユーザの行動が集計され数値処理されたDB」ということですが、「集計」された「DB」って「相互作用」なんてしないですよね?それは単なる一方向の「情報処理」です。なんか、不正確なので、2の定義をもっかりやりなおしていただけますか?
    kenokabe
    2010-01-17 02:07:09
  • 物理学は当然3に該当するわけですが、ぼくはもともと2の集合知の定義から、集合知を生命体のようなものにいずれ進化するものとして考えています。2のような集合知が自律性を獲得していくとだんだん3のように考えたほうがよくなると思っています。
    kawango
    2010-01-17 02:09:27
  • 現在の集合知は独立した生命体というよりは人間の道具として認識されることが多くて、そのときに集合知の1と2の部分が混同されています。その場合の集合知の3的な部分を抽出して2といっています。
    kawango
    2010-01-17 02:13:21
  • @kawango なんか、結構最初なかったルールが増えてきたようですが、3つに分けたほうがいいということですが、実は2と3は明確に区別なんてできない、途中で遷移状態、つまり、2.5みたいなものがあると考えてよろしいですか?
    kenokabe
    2010-01-17 02:14:13
  • @kawango わかりにくいですが、1、2,3の順番に集合知が進化していくのでしょうか? ということは、物理学は進化の最終地点まで達した集合知と捉えてよろしいですか?
    kenokabe
    2010-01-17 02:16:46
  • @kawango そうではなくて、たとえば私のブログからのリンク状況がGoogleによって集計されDBになるわけですが、そのDBのデータって、私のブログのリンク状況に反映されないですよ。だって、私自分のブログのページランクなんてしらないですから。
    kenokabe
    2010-01-17 02:19:34
  • 1,2,3は別物です。遷移状態みたいなものありません。
    kawango
    2010-01-17 02:20:54
  • 2と3は人間を媒体として発生したものという意味では起源は似ていますが、違うものだと思っています。
    kawango
    2010-01-17 02:23:15
  • @kawango 「1,2,3は別物、遷移状態なんてない」「2のような集合知が自律性を獲得していくとだんだん3のように」 この二つの言及は互いに矛盾します。どういうことか、解説をお願いします。
    kenokabe
    2010-01-17 02:23:18
  • SEO的な効果として反映されますよ RT @kenokabe @kawango そうではなくて、たとえば私のブログからのリンク状況がGoogleによって集計されDBになるわけですが、そのDBのデータって、私のブログのリンク状況に反映されない
    kawango
    2010-01-17 02:26:19
  • 後者は3がどういう性質のものかの説明ですね。 RT @kenokabe @kawango 「1,2,3は別物、遷移状態なんてない」「2のような集合知が自律性を獲得していくとだんだん3のように」 この二つの言及は互いに矛盾します。
    kawango
    2010-01-17 02:29:54
  • @kawango しかし、SEO,ページランクというのは、「仮想化された知性」ですよね? 今お話しているのは、その土台にある、DBのデータと私のブログリンクのことです。 「仮想化された知性」と私のブログリンクがSEOを介して相互作用なら、話はわかりますが。どうもわかりません。
    kenokabe
    2010-01-17 02:36:06
  • @kawango というより、2の性質でもあるのでしょう、3にだんだんなるのであれば。結局、遷移状態、中間状態があり、2.5というものが考えてよろしいのですか?
    kenokabe
    2010-01-17 02:38:03
  • 正直、この複雑怪奇な説明に誰がついてこれているのか、甚だ疑問。
    kenokabe
    2010-01-17 02:39:18
  • @kawango ならばですね。2の定義を書き直す必要がある。GRankが一番わかりやすい、ということで具体例に援用したわけですが、ろくすっぽ当てはまらず、「仮想化した知性」と「個」が相互作用するならば、もうその「仮想化した知性」=「全体」ということですね?違うのですか?
    kenokabe
    2010-01-17 02:43:23
  • 1,2,3の分類をしないことによって正しい理解ができない例としてはwikipediaがいいと思うんですが。kenokabeさんの集合知の理解へのぼくの批判についても出発点はそこですし。まあ、最初にかみついてきたのはkenokabeさんですが。
    kawango
    2010-01-17 02:46:10
  • @kawango その集合知3と分類される物理学ですが、これはそういういわゆるミームなんですか? 物理学にも個(ニュートン)全体(巨人)があるわけですが、ここで、そういった構造が一切議論されないのはなぜでしょうか?GRankという「IT関係」だけが、2になる資格があるのですか?
    kenokabe
    2010-01-17 02:47:47
  • むちゃくちゃだなあw。一生懸命あらをさがそうとするだけの切れ味鈍い質問につきあっていてこんなこといわれても困るんですがw RT @kenokabe ならばですね。2の定義を書き直す必要がある。
    kawango
    2010-01-17 02:49:40
  • @kawango ひょっとして、この「集合知」の「定義」なるものは、WPの説明に最適化されたものだったんでしょうか?「集合知」を語るときに、「IT関係」限定で「WP」という「ウェブサービス」に最適化した文脈で語られているのでしょうか?たしか世論というものもあったはずですが。
    kenokabe
    2010-01-17 02:51:14
  • @kawango 無茶苦茶ですか?だって、GRankが一番わかりやすい、ということで具体例に援用したわけですが、ろくすっぽ当てはまらず、「仮想化した知性」と「個」が相互作用するならば、もうその「仮想化した知性」=「全体」ということですね?違うのですか?
    kenokabe
    2010-01-17 02:53:28
  • 人間の知性の集合から集合知は創発されて生まれて関係にあって、本来はレイヤーがちがう。ところがwikipediaの場合は百科事典という性質からその両者が混同されるので、kenokabeさんの集合知の理解の不十分さが一番わかりやすくあらわれるということですね。
    kawango
    2010-01-17 02:54:22
  • まあ、Grankではその混同がおきないと思ったら、無理やり混同をおこしたkenokabeさんの一貫性には多少敬服するところはありますが。
    kawango
    2010-01-17 02:55:54
  • @kawango 理解不足という指摘を否定します。kawangoさんは今複雑怪奇な最初これがそうだと提示した2の定義でさえ、まともに成立しないものを軸に話されているわけですがWPっていうフォーマットのアウトプットにイノベーションがないってあれはそういう「方針」のメディアなんです。
    kenokabe
    2010-01-17 02:58:41
  • @kawango さんはなんか自分が目的とする集合知モデルというものがあって、WPの目的が違うとしか言っていない。独自研究禁止方針の知識の体系プレゼンが目的の集合知なんだから、それがお気に召さないのでしょうかね?それって目的が違うだけで、集合知あるないの問題じゃないですが?
    kenokabe
    2010-01-17 03:01:49
  • では独自研究はOKということにしましょう。それでどうなると考えられていますか?
    kawango
    2010-01-17 03:04:38
  • @kawango さんは、WPの内部統治には集合知があると認めてるんですが、別にどういうイノベーションであれ「出典から情報をまとめるだけ」というのをとっぱらえば、好きなようにできる。「独自研究禁止」という合目的な方針をもって集合知のなさとしていうのならば、完全に理解不足ですね。
    kenokabe
    2010-01-17 03:06:22
  • いや、ぼくは独自研究OKにしてもwikipediaのコンテンツに集合知なんてあらわれないといっているのです。
    kawango
    2010-01-17 03:07:47
  • @kawango 論拠をどうぞ。
    kenokabe
    2010-01-17 03:10:43
  • @kawango 知りませんね。独自研究禁止なんてすれば、もはや百科事典じゃなくなるんだから。それこそ、そこに好きなように集合知ができるんですよ。百科事典というフォーマット以外の何かが。理解されてないようだが、Wikiって単なるインフラなんですよ?それ=百科辞典じゃない。
    kenokabe
    2010-01-17 03:09:04
  • ちょっと古い発言ですが RT @kenokabe (前略) wikiediaによるアウトプットもあれは記事のノートご覧になればわかるが結構衝突しているんですよ。編集合戦。で、3回以上差し戻ししてはいけないとか自律的にルールが構築されてノートは喧々囂々の議論の末、記事をどうするか
    kawango
    2010-01-17 03:13:32
  • このあたりをみるに、wikipediaのコンテンツ生成にも集合知がはたらいていると考えているんだと思います。実は僕はそこは否定しない。はたらきそのものは否定しない。
    kawango
    2010-01-17 03:16:24
  • 一部集合知らしきはたらきがないわけではない。でも、そのはたらきって共同作業の手法としてはあまり頭のいいものではない。にもかかわらず知識の体系からのフィードバックとかいって3に相当する部分を混同させて集合知自体がすぐれていると誤解しているという認識です。
    kawango
    2010-01-17 03:22:17
  • めずらしくなかなか返事がこないので寝ます。
    kawango
    2010-01-17 03:28:44
  • 知性ってなんだろう?
    kenokabe
    2010-01-17 17:21:54
  • 「集合知」というものを考えるときに、この概念の共有、おおかたのコンセンサスを目指すときに、当然、その土台となる「知」とは何か?という概念共有が必要になってくる。
    kenokabe
    2010-01-17 17:27:20
  • ああ、いいんですよ、コンセンサスなんて必要ないんです、人によって捉え方が違うんだから。そんなものはWeb2.0みたいなバズワードで概念定義なんて土台無理なんです、という意見もあるだろうが。
    kenokabe
    2010-01-17 17:31:45
  • まず、思索を放棄した時点でそれ以上進展なんてないし、思索を放棄する限り科学には到達できなかったはず。宗教的に世界を信じる他はない。web2.0なんてものはオライリーが言い出したけれどメリット・デメリットとしてバズワードにしておいたほうがマーケティング的に総体としての利益が大きい。
    kenokabe
    2010-01-17 17:33:55
  • 同じことが、集合知に言えるだろうか?おそらく集合知はバズワードにペンディングするより概念共有しておいた方が世の中の利益になると思う。結構見てたら、多くの人は自分が最初に読んだ記事、本を結構その権威づけによりインプリンティングされてしまい自分の頭で考えない傾向がある。
    kenokabe
    2010-01-17 17:38:21
  • たとえば、「集合知プログラミング」の翻訳した人は、集合知なんて、統計学的手法に過ぎない、それ以上の意味はない、と断言してしまう。それはあなたが「集合知」というワードについてそうインプリンティングされたあなたの都合ではないのか?と思うしアマゾンのおすすめ、Googleページランク、
    kenokabe
    2010-01-17 17:40:35
  • アマゾンのおすすめ、Googleページランク、こういうものっては確かに集合知の可視化の一例ではあるが、それってあんまりにもゲーム脳ならぬIT脳すぎて、とても視野がせまい。
    kenokabe
    2010-01-17 17:45:28
  • 人格批判になるのを恐れずに言うと、昨日の人にしても「集合知プログラミング」の翻訳者にしてもプログラマーのバックグラウンドがある人は、ここにこだわる。プログラミングの対象、統計で処理できるものが視野の中心にある。 自分も小学生のころからプログラム続けているのでまあ気持ちはわかる。
    kenokabe
    2010-01-17 17:48:09
  • 気持ちはわかるだけに、同族嫌悪みたいに、いやーでもそれはあんまりにも視野狭窄な世界なんじゃないの?と思う。だって、対象は根本的には「知」だからだ。統計データの世界、その処理体系という文脈だけでは「知」なんて概念はこぼれ落ちる。
    kenokabe
    2010-01-17 17:50:08
  • 「知」という本質は、統計処理の材料となるデータじゃないし、それが有機的に「集合」すればなにがおこるでしょうか?という「集合知」の話に、そういう文脈は脆弱すぎる。だから、根本的に、学問って集合知でしょ?とフツーのこと言っても、最初はまったく話が通じないのでびっくりすることになる。
    kenokabe
    2010-01-17 17:52:28
  • 逆に自分が疑問に思うのは、そういう人ら、ってそういう記事読んだり、本読むまでに、自分がまかりになりも話した、人類の知の継承、科学の発展、というような集合知については考えなかったのだろうか?ということ。そういう過程で「集合知」のような概念は何度も出てくるし、経験するはずだけれども。
    kenokabe
    2010-01-17 17:55:57
  • 自分が言いたいのは、「集合知」なんて、たしかにワーディングとしては目新しいのかもしれない。しかし、そんなもんは昔からずっと言われてきたことであるし、新しいワーディングにしたって、データベース的統計学、IT脳の範疇で語られているわけでもない。
    kenokabe
    2010-01-17 17:57:54
  • 一連の議論、外野の人というか興味深くフォローしてくれている人のコメントで気になったのは、この二点。集合知という概念などしょせんバズワードだ、というような受け止め方と、もう一点は、昨日の人もふくめ、けっこうとってつけたような説明で済まそうとしてしまうこと。
    kenokabe
    2010-01-17 18:00:24
  • 私がその昔からある学問もふくめ、ごく当たり前の集合知の文脈で話すと、IT脳的プログラミング趣向、あるいはもっというと、「ウェブサービス」嗜好の人らとで、ワーディングの共有ができない、ということがよくわかった。
    kenokabe
    2010-01-17 18:03:12
  • 自分にとっては「知」という深淵なテーマなんで、安易に「ウェブサービス」とかそっちの方向へ行く人らって、結局ろくなイノベーションはできないと思う。基礎、本質を軽んじており、とってつけたような思考しかできないのだから。
    kenokabe
    2010-01-17 18:05:09
  • 最近、ブログでも書いたけども、今のIT世界のトッププレイヤー列挙してみると、ユダヤ人がごろごろいる。ユダヤ人はイノベーターとしての資質としては人類の平均値から、明らかに傑出しているけれども、それは結局かれらが深淵なビジョンを持っているからだと思う。とってつけたようなものじゃない。
    kenokabe
    2010-01-17 18:07:27
  • 同時に、知という深淵なテーマ、その枠組が集合知という形態をとって再強化するという今の流れを語るときに、「ウェブサービス」的IT脳談義では、あまりにもおそまつすぎる。たとえば、Twitter作ったEvan Williamsって、Bloggerも作っており、一貫したテーマがある。
    kenokabe
    2010-01-17 18:13:07
  • twitterは結構前にドラフトというかアイデアができていたものだけれども、これは、単にとってつけたようなIT脳的発想で、仕事したのではないだろうと思う。はたしてIT脳の人らは、twitterは地球の脈動を目指す、というような事が言えるのだろうか?多分、本質で話せない人には無理。
    kenokabe
    2010-01-17 18:17:08
  • まあ、自分はWikipediaが集合知じゃない、とか、どの部分は集合知だけども、アウトプットされたコンテンツそのものは集合知じゃない、とかいう説明を聞いて、こんな事言い出す人っているんだな、とかなりびっくりした。正直。
    kenokabe
    2010-01-17 18:18:54
  • 結局のところ、そういう人って、もっとそれ以前の「知」というテーマについて考えないで、最近のバズワードとしてのウェブサービス的な集合知、そのぷ「統計手法」としてのプログラミング、そういう急ごしらえの思考回路なんだろうと理解した。
    kenokabe
    2010-01-17 18:21:34
  • 「知」というテーマについて、特にちゃんとした考えを持っていないのだな、その辺共有できていないのが、議論がかみ合わない、本当のところだとようやくわかった。
    kenokabe
    2010-01-17 18:22:30
  • 「知」、知性、知能、知恵、知識、いろいろな側面がある。 自分は当然、ざっくりこれらすべてが「集合知」の知の対象であると思う。 知性、知能っていうのは、知識、つまり情報のデータベースとは不可分。 コンピュータにしたって、必ずデータ領域が必要。 メモリ、記憶装置なしには動作しない。
    kenokabe
    2010-01-17 18:26:16
  • 人工知能にしたって膨大なデータベースが必要。そんなこと言わないでも、人間の脳から記憶する機能とっぱらったらどうなりますか?ということ。知性とは知識とは不可分。これをまずあたりまえに理解しておきたい。
    kenokabe
    2010-01-17 18:28:02
  • そういう意味で、ルネサンスの活版印刷によりこの「知識」が文字を大量に印刷して記録したメディアが効率良く、流通したことにより、学問という知性が発展した。
    kenokabe
    2010-01-17 18:29:50
  • 学問というのが集合知であると同じように、百科事典という存在自体も集合知。それは「本」という「物質」なので、そこに知性なんてない、という考えがでそうだが、さっき確認したように知識は知性の不可分な要素。
    kenokabe
    2010-01-17 18:33:43
  • コンピューターのCPUという処理エンジンだけあっても動作なんてしない。メモリ、記録装置が必要。どっちがなくてもだめ。知性というのはそういうものであって、Wikipediaをまとめあげるはたらきは集合知だが、そのアウトプットとしてのコンテンツ自体は集合知でない、なんていう道理なし。
    kenokabe
    2010-01-17 18:37:12
  • Wikipediaというまとめサイトは、まとめるというエンジンも集合知によって稼働しているし、アウトプットである記事コンテンツも知識の記録としての集合知。「まとめるというエンジン」アマゾンのおすすめGoogleランキングのような統計処理しか興味はありません、と言うのならばわかる。
    kenokabe
    2010-01-17 18:44:55
  • しかし、自分が何に興味があるか、どういうIT脳なのか、ということと、知という結構深いテーマに立脚する集合知という概念をそのあなたの興味限定で矮小化しちゃう意味はありますか?ということ。
    kenokabe
    2010-01-17 18:45:54
  • ユダヤ人のITイノベーターを見ていて痛感するのは、ちゃんと軸足がしっかりしている。たとえば、最近Googleが中国の検閲を嫌って撤退しようとしているけれども、あれは要するに、自分の社会的使命という価値が、経済的利益よりも大きいと、きっちり判断できるから。軸足にぶれがない。
    kenokabe
    2010-01-17 18:49:04
  • で、なんで軸足がぶれないかというと、その思想がちゃんと基礎から構築されているから。ネット上にあふれる玉石混合の情報をゴミの山から宝が探しだせるように、インデックス化、体系化するという目的。ここに、あの部分は集合知だけどこれは違う、自分のIT脳の興味外だから、というロジックはない。
    kenokabe
    2010-01-17 18:51:25
  • おそらく、集合知は統計以上の意味はないとか、人工知能的自動評価を提供するWebサービスしか視界に入っていないIT脳の人らって、そういうサービスを提供する会社があったとして、中国と利害対立したシナリオでは、軸足なんて最初からないんだから、ただ流されるだけだろうと思う。
    kenokabe
    2010-01-17 18:54:34
  • @toshoboy3 もちろん、ユダヤ人論において、なにがユダヤ人かというのは一番最初にくるテーマですし、線引きの基準が結構微妙なんですが、Google創業者の二人は確実にユダヤ人に分類されるほうだと思いますよ。
    kenokabe
    2010-01-17 18:59:10
  • kenokabeさんはよくある頭でっかちしったかぶりのひとたちが使う、学者のだれそれはこういっていたとか、この本にはこう書いてあるとか、そういう自分で咀嚼もできてない理屈のふりかざしはしない、自分の言葉で議論するという姿勢は高く評価できる。
    kawango
    2010-01-17 18:54:34
  • いまkenokabeさんは知性とはなにかとつぶやきはじめているがあたりまえで、これまで主張されていた集合知とはむしろ知性の性質についての説明です。人間の知性はすべて集合知、まあ、それは正しい解釈なのかもしれないけど人間個人の知性との比較における集合知の文脈でつかうと自己言及になる
    kawango
    2010-01-17 19:15:11
  • ユダヤ人の論理性を崇拝したいならまずご自分の論理性をもっと磨かれたほうがいい。この3日間の議論の結果、IT脳とかいう捨て台詞みたいな決め付けしか、得られなかったのだとしたら残念なことです。
    kawango
    2010-01-17 19:18:32
  • 3人寄れば文殊の知恵とかを集合知といっていることがいかに知の本質をわからずに表面上の理解しかしてないかをもういちど考えていただきたい。
    kawango
    2010-01-17 19:20:42
  • わかりやすい例えを思いついたので追加すると、友達が明日、テストだよと教えてくれるのと、自分が手帳に予定表を書いておいたのでテストをわすれないですんだのと、どちらも集合知なんですか?ってことです。
    kawango
    2010-01-17 19:23:44
  • バンキシャ終わったので読み込む。俺はスタンス的に.@kenokabeさんに似てるかな。集合知という文脈とミームという言葉は何かしっくり来ない//Togetter(トゥギャッター) - まとめ「集合知とは何か Wikipediaは集合知か」@http://bit.ly/8xauYk
    mEGGrim
    2010-01-17 18:55:44
  • 個人的な好みでしかないが、.@kawangoさんより.@kenokabeさんのほうがシンプルなモデル化という方向性で論理を組み立てているので良いと思う
    mEGGrim
    2010-01-17 19:14:28
  • 「集合知は複雑系なので、良い結果(良い知性)とするには初期値や条件を良いものとするしかない」という論理はシンプルで納得出来た。まさしくその通りだと思う
    mEGGrim
    2010-01-17 19:24:24
  • @kawango <人間の知性はすべて集合知、まあ、それは正しい解釈なのかもしれないけど人間個人の知性との比較における集合知の文脈でつかうと自己言及になる>はいそのとおりです。すでに説明しましたよね?要素と全体が相互作用する「自己言及」的な自律的な複雑系ネットワークであると。
    kenokabe
    2010-01-17 19:55:16
  • で、こうやって、集合知について、IT脳的矮小化をせずに、知という本質に立脚した思索をすると、ITWebサービスに特化したような、いきあたりばったりの定義でなく、もっと汎用的で本質的な枠組みにより、Webサービスに適用する事も可能なので、大局からいろいろ見えてくることがあります。
    kenokabe
    2010-01-18 02:51:51
  • つまり、たとえば「集合知のパーツとしての人間の母数が大きくなればなるほど、集合知が優れるという幻想」 @kawango という言及について。このトピックの最初のほうででた、言及ですが、いろいろ誤りを指摘することが可能になる。
    kenokabe
    2010-01-18 02:56:05
  • 集合知は「自己言及」的であり、個人という要素と全体の集合知としてのスーパー知性は、相互作用します。複雑系と言うことを言わなくても、ある集合知の系からでてきたスーパー知性としてのアウトプットはそのパーツとしての個人へインプットされる、というスパイラルがある。
    kenokabe
    2010-01-18 03:00:27
  • 個人とは、しょせん、集合してスーパー知性を創出させるためのパーツ、インフラにすぎない、だから。。。と話を進めるのと、個人が集合してスーパー知性が創出され、それが個人に還元される、その営みそのものが集合知である、と捉えるのと、これは似て非なるもの。
    kenokabe
    2010-01-18 03:03:36
  • つまり、Web「サービス」というのであれば、その「サービス」とはその集合知プロセスを循環させ成立させる「個人」のためにあると強く意識したほうがよい。すばらしい集合知性がでるように、いかに最適化するか、そのためには、その材料となる人数を減らすべき、という設計手法は根本的におかしい。
    kenokabe
    2010-01-18 03:10:53
  • たとえば、Googleランクというエンジンにしても、これ自体がスーパー知性、はいそれでおしまい、ということではない。これは、個人それぞれからのアウトプットを整理し、また個人へ還元するという循環を実現するための途中1プロセスにすぎない。
    kenokabe
    2010-01-18 03:14:49
  • Googleランクという装置自体が集合知なのではなくて、そういう装置によって実現される、スパイラル、そういう系そのものが集合知。Googleはなんで中国から撤退したんですか?それはこの系が破壊されるからだ。
    kenokabe
    2010-01-18 03:18:21
  • Googleチャイナは、そのアウトプットが不正に制限され、個へ還元されるスパイラルが阻害されている、と認識している。系自体が成立しないのならば、そこに存在する意味はない、とそういう認識。
    kenokabe
    2010-01-18 03:20:33
  • 集合知というバズワードに埋没してしまい、何か人工知能、神に近いものができる、という考え方こそ幻想であり、結局のところ、それは「われわれ人間」の営みにすぎない。神が創出されるというのであれば、それは我々の営みの相互作用そのものなのであって我々が材料になって頭の上にできる物じゃない。
    kenokabe
    2010-01-18 03:28:03
  • Google先生はなんでも知っている。けれど、その検索結果の1ページにでてくる情報も、我々の誰かが書いた情報であって、役に立つ。役に立ち価値ある枠組みには、人がどんどん参加して、そこに何か情報提供しはじめる。それが検索され、、、というスパイラル。
    kenokabe
    2010-01-18 03:34:57
  • このように、自分が単なる集合知クックレシピの材料としてではなく、そのアウトプットが社会に還元される、自分に還元される、という認識が強まると、社会参加という自覚、意識がでてくる。
    kenokabe
    2010-01-18 03:38:54
  • Wikipediaの成功要因は、結構既存の資本主義社会的な利己主義、神の見えざる手の考え方では説明がつかず、これは結構議論されてきたことだが、今書いたような集合知による社会参加、自己実現の要素が強くあるということが指摘されはじめている。
    kenokabe
    2010-01-18 03:40:44

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コメント

  • threelz
    とりあえず@kawango宛以外に向けた @kenokabeのpostを追加。 加えて、編集中に追加されたpostも追加。
    threelz
    2010-01-15 17:39:20
  • threelz
    さらに @kawango の過去の発言を補完。
    threelz
    2010-01-15 17:50:25
  • threelz
    その後の発言を追加。 とりあえずここでfixします。
    threelz
    2010-01-15 19:24:08
  • threelz
    嘘w @SuiJackDo さんのpostを追加。これでほんとにfix。
    threelz
    2010-01-15 19:26:20
  • parukkusu
    時系列を上下ひっくりかえしていただけると、読みやすいのですが いかがでしょうか?
    parukkusu
    2010-01-15 19:27:10
  • freedomcat
    発言の順番を、ソートしました。古いモノが先頭に、新しいモノは後ろにしました。
    freedomcat
    2010-01-15 19:34:12
  • threelz
    ああ… @iNut の発言も追加しました。 ソートありがとうございます!
    threelz
    2010-01-15 20:05:10
  • t2enonu
    だとするとニコニコ大百科のほうに可能性があるかも。RT @kawango: wikipediaが新しい物理法則を発見したり、ヒット小説をうみだしはじめたら知性だと認めますが、情報を整理している間は知性の排泄物です。
    t2enonu
    2010-01-16 02:41:27
  • t2enonu
    RT @kawango: そういう意味においてwikipediaというものは人間の共同作業を集合知によってうまくコーディネイトする仕組みであるとは理解してもいいと思います。
    t2enonu
    2010-01-16 02:45:16
  • t2enonu
    知的生命体だと考えるほうが楽しいな。RT @kawango: 集合知を知を拡大するための手段と考えるか、本当にそういう知的生命体がいると考えるかの違いです。
    t2enonu
    2010-01-16 02:58:51
  • t2enonu
    たとえばTwitterでつながっているユーザーのネットワークの総体を脳内のニューラルネットワークと比べてみると、単なるアナロジー以上の共通項がありそう。逆に、個々のユーザーがそれとは意識しないまま、自らの脳内のネットワーク構造を外部化していると考えることもできる。
    t2enonu
    2010-01-16 03:07:34
  • t2enonu
    ごくまっとうな提起だと思います。RT @kawango: 議論の最初にもどりますが、ぼくがそもそも一番最初に問題提起したのは、意志決定の手法として、集合知は個人の知よりも正しいという幻想がひとりあるきしている現状はおかしい、ということを指摘したかったからです。
    t2enonu
    2010-01-16 03:56:30
  • t2enonu
    ごめんなさい、ここにコメントを残しちゃいました。消せるのでしたら消していただいてかまいません。
    t2enonu
    2010-01-16 04:05:37
  • t2enonu
    「集合知とWikipedia」議論のまとめ、1/17の14時ごろの分まで更新しました。関連があると思われる外野の皆さんの発言も追加しました。
    t2enonu
    2010-01-16 14:35:42
  • t2enonu
    「集合知とWikipedia」議論のまとめ、1/17の14時ごろの分まで更新しました。関連があると思われる外野の皆さんの発言も追加しました。
    t2enonu
    2010-01-16 14:39:02
  • kenokabe
    流れと無関係な横槍除去しました。
    kenokabe
    2010-01-16 15:01:03
  • kenokabe
    最新のコメントを追加しました。 あと、まとめてくださった方々どうもありがとうございます。
    kenokabe
    2010-01-16 15:16:14
  • kenokabe
    ずいぶん抜けていたので追加しました。
    kenokabe
    2010-01-16 15:32:55
  • kenokabe
    補完
    kenokabe
    2010-01-16 18:08:17
  • kenokabe
    また追記。なんか結構、@kawangoさん 変なこと言うなあ。彼の決めつけている集合知っていったいなんだろか?
    kenokabe
    2010-01-16 19:43:03
  • kenokabe
    集合知について、@kawango さんと、はなしが2回転くらいして、自分が議論そのもので感じたメタ的議論というか、ひとりごとの吐露を追加。この議論については、正直これ以上は、彼のほうにそれなりに「深化」してもらわないと話にならないと思ってる。
    kenokabe
    2010-01-17 19:09:11
  • kenokabe
    途中、定義対立議論部分を全部まとめに取り込み
    kenokabe
    2010-01-17 19:41:44

編集の履歴

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2010-01-17 19:58:48 kenokabe さんが更新しました。
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