トビゲリ・ヴァーサス・アムニジア #7
徐々に、追っ手の気配が増す。姿は見えぬが、グランドマスター級ニンジャソウルの威圧感が重くのしかかってくる。ユカノの額に汗が滲む。自分の力が何処まで通用するか確かめるのも悪くないと思ったが、最終的には天守閣への道のりの半分も至らぬうちに、ユカノは広大な茶室で四方を包囲された。 25
2012-07-09 00:47:00茶室の中央を駆けるユカノ。だが四方のフスマが同時に開け放たれ、漢字サーチライトの光と共に2ダース近いニンジャシルエットが現れた。さらに北からはダークニンジャとニーズへグ。南からはケイビイン。東からはパーガトリーとスローハンド。そして西からはパラゴン。万事休すの状態である! 26
2012-07-09 00:52:59「お目覚めか、リアルニンジャ。儀式の前夜に脱獄とは、まさかまさか」パラゴンが一歩踏み出した。あたかも自分がロードの代弁者であり、全グランドマスターの最高位であることを誇示するかのように。「ロードが未だ一度も私に顔を見せない、そのシツレイに腹が立ちましたので」ユカノが笑った。 27
2012-07-09 01:08:07「ニンジャ六騎士がひとり、偉大なるソガ・ニンジャのソウルを宿せし我らがロードは、この上なく高貴なる御方ゆえ……」パラゴンは恭しくオジギした。「私はドラゴン・ニンジャ。ニンジャ六騎士がひとり。数千年を生きるリアルニンジャ」ユカノが返す。小さなどよめきが起こる。パラゴンが笑む。 28
2012-07-09 01:14:37「儀式が始まれば、全てがロード御自らの手でつまびらかにされましょう。それまでは……シツレイを承知の上で、拘束させて頂く」パラゴンがグランドマスター勢に目配せする。「……嫁入り前の心地」ユカノはジュー・ジツを構え、不敵な笑みで抵抗姿勢を取った。「つまり、気が立っているのです」 29
2012-07-09 01:23:21「お怪我を召しますぞ」パラゴンが嘲笑うほど丁寧に言った「記憶は戻ったかも知れぬが、貴女の力は失われたままだ」「……たとえそうだとしても」ユカノは龍の目で四方に威嚇の眼差しを投げ、宣言した。「私はもう黙って座っていることはない!」直後、幾つかのシルエットが彼女に飛びかかった。 30
2012-07-09 01:28:53……同じ頃、電算機室では。ウイルス注入を完遂したチビが力尽きて爆発し、UNIXメインフレームケージの上で人知れずPINGを絶っていた。戦略チャブ周辺では、YCNANの脅威を撃退したことを祝し、ヴィジランスとストーカーとクローンヤクザたちがバンザイ・チャントを繰り返していた。 30
2012-07-09 01:34:11未だダメージを残しつつも、ニンジャスレイヤー、ディテクティヴ、ナンシー・リーが、突入作戦前の最後の打ち合わせを行っていた。ガンドーが戦略チャブ上のワイヤフレームを閉じ、ブリーフィングを終える。「……以上だ。キンギョ屋との連絡は終わっている。突撃用のUNIXバンを手配済みだ」 33
2012-07-09 01:43:16「他には?」ナンシーが問う。「ある」ニンジャスレイヤーが言った「ユカノ=サンから送られた謎のメッセージだ。銀の鍵……それは即ち、これを指すのだろう」戦略チャブの上に置かれる、一本の物理鍵。「これから語るのは、にわかには信じ難い話だろうが……」フジキドはその鍵の来歴を語った。 34
2012-07-09 01:49:47「だが、これをどう使えというのか、皆目検討がつかぬ」「シルバーキー……いえ、ザ・ヴァーティゴだったかしら?彼は今、どこに?」ナンシーが問う。「荒唐無稽な話かも知れぬが……前回、ネオサイタマからポータルを潜った時、IRCコトダマ空間らしき場所を抜けた。そこで、彼とすれ違った」 35
2012-07-09 01:54:18IRCコトダマ空間を見た事がないガンドーは、何も答えられなかった。一方で、常人であるナンシーにも、ポータル・ジツなる奇怪なジツとIRCコトダマ空間を理知的に結びつけることは不可能であった。会議室を覆う無言。「……ギリギリまで調べる。だが、儀式はマッタナシだ」ガンドーが言う。 36
2012-07-09 01:59:53「……解った。少しザゼンさせてくれ」ニンジャスレイヤーは席を立ち、会議室を離れた。「……何かドリンクでも飲むかい?」ガンドーがナンシーに問う。「アイス・マッチャでいいわ」「……なあ、ナンシー=サン、ようやく落ち着いて話せる。俺はずっと以前から、聞きたいことがあったんだ……」 37
2012-07-09 02:06:09「プロポーズなら間に合ってるわよ」ナンシーが笑った。ガンドーも笑う。「IRCコトダマ空間だ。ハッカー達の伝説、無限の地平……そんなものが本当にあるのか?」「イエス」「ペケロッパの連中は、そこに行けば死者に会えるという。本当か?」「イエス、アンド、ノー。解らないことだらけよ」 38
2012-07-09 02:12:18「オイオイオイ、そんなワケの解らないものに、あんたは毎日ダイブしてるのか!」ガンドーが感服したように笑った。「そうね。海……」ナンシーが言う「人間なんて未だに、海の底まで知り尽くしたわけじゃないでしょ。そういうものよ」「ハッカーってのは、ゼンモンドーが好きなのかい」 39
2012-07-09 02:17:28「でも実際それはそこにあって、利用価値がある。だから使う。インターネットやIRCですら、きっと、もう誰にも解らないのよ。根本の原理、なんで動いてるか、なんて事は。Y2Kで全ての基盤が崩れ、電子戦争がとどめを刺した……」「いよいよゼンモンドーめいてきたぜ」ここで通信機が鳴る。 40
2012-07-09 02:22:03「ディープスロート。ああ、そうだ。了解した。例の場所へ。ピックアップする」ガンドーは受信機を置く。「誰から?」ナンシーが問う。「新しいお友達さ」ガンドーが返す「元ザイバツ・ニンジャだ。名前はディプロマット=サン。俺達の作戦に加わる。あいつが嫌な顔をしなけりゃいいんだが……」 41
2012-07-09 02:25:37……フジキド・ケンジはタタミ二枚の小部屋に座り、東向きの壁に向かって正座していた。チャドー呼吸で精神統一を図る。壁に貼られているのは、その半分以上が焼け焦げ、血が染みつき、破れ、ぼろぼろになった写真。愛する妻フユコ、まだ幼きトチノキ、そしてサラリマン時代のフジキド。 42
2012-07-09 02:31:02故郷ネオサイタマと、妻子の墓標たるマルノウチ・スゴイタカイビルから遠く離れ、この異郷の地キョートで戦うフジキドにとっては、この慎ましやかな写真こそが礼拝堂であった。いつか家族で行こうと話していたキョート・リパブリックに、いま自分だけがいる。復讐に燃えるニンジャとなって。 43
2012-07-09 02:34:36「やり遂げる力を、最後までやり遂げる力を……」彼は眼を閉じ、両手を合わせて悲痛なる祈りを捧げた。銀の鍵、ユカノ、ガンドー、ナンシー……他にも多くの考慮すべき事があったが、ザイバツとの最終決戦を前に、しばしフジキド・ケンジはその心を自らの妻子への想いで満たしたのであった……。 43
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