文楽観賞に関しての毎日新聞報道に対する橋下徹市長のコメント
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http://t.co/Q1s2o3z1毎日新聞、もっときちんと報道してくれよ。僕は台本が古いとは言っていない。昭和30年に作られた脚本に縛られる必要はないでしょと言ったんです。人形遣い、三味線は350年の歴史があるのであろうが、脚本は昭和30年に作られたもの。
2012-07-27 07:09:57昭和30年の脚本。それは守るべき伝統ではないでしょう。現代美術家の杉本博司さん演出の曽根崎心中は、演出は現代風にアレンジしながらも、脚本は近松のオリジナルにこだわられた。これこそプロの総合演出だと思う。公演ものは、脚本・演出が全てを決めると言っても過言ではないと思う。
2012-07-27 07:12:45昨日文楽を観劇しに行きました。曽根崎心中。守るべき伝統芸能であることは理解しています。しかし、守るだけでいいのか、公演ものであれば振興の観点も必要ではないのか。振興の観点からすると今の文楽の問題は何なのか?これまではこの辺りの議論がきっちりと行われていなかった。
2012-07-27 07:16:03歴代の市長も、行政も、文楽となれば、批判はタブー。批判すれば、文化音痴と言われるのが怖いのでしょう。自称文化人も誰も問題点を指摘しない。27日朝日新聞29面で佐藤優氏が僕についていろいろと分析をしている。
2012-07-27 07:19:44その中で「人文系知識人層は総人口のコンマ・ゼロいくつしかないのに、新聞の中では5分の1ぐらいを占める過重代表」と言うくだりがある。この認識を持てるかどうか。知識人や多くの行政マンは過重代表の認識がない。そして民意とかい離する。文楽も、人文系知識人層に縛られない方がいい。
2012-07-27 07:21:52もともと芸能は大衆娯楽だ。大衆に受け入れられるかどうかが一番のポイント。大衆に理解してもらうのではない。大衆に受け入れられる文楽にしなければならない。その場合に、大衆の素朴な感想に耳を傾けるかどうか。大衆の素朴な感想に対し、それは文楽を分かっていないと一蹴した瞬間に芸能は死す。
2012-07-27 07:26:15人形遣い、三味線、大夫は物凄い芸術的技能なのであろう。その凄さを理解するにはそれなりの鑑賞の経験も必要。文楽を勉強する必要もある。これは文楽に限らず何事においてもそう。野球でもサッカーでも、ポップス、漫画、お笑い、バラエティ番組の司会にタレントさんのやり取り・・・
2012-07-27 07:36:39プロの凄さを理解するには、それなりの勉強が必要なのは当然である。しかし、そのような相手だけを対象にしていては広がらない。お笑いや、バラエティ番組の司会やタレントさんのやり取り、レストラン・・・本当は物凄い技術が前提となっているのに、それは別として受け入れられるかどうかがスタート
2012-07-27 07:40:02古典は守るべきだろうし、古典があるからアレンジも効くのであろう。しかし古典だけでは広がりはしない。この両者のバランスが文楽に欠けているのだと思う。挑戦したいと思っている技芸員は数多くいるはずだ。舞台に立つ者で、多くの観客に観てもらいたいと思わない人はいない。
2012-07-27 07:42:12豪華キャストを揃えても演出・脚本次第で、映画やドラマ、舞台は台無しになってしまう。これは文楽界の一番の問題点だろうが、演出・プロデュースの責任者は誰なのか。ここがはっきりしない。行政のいつものパターン。責任者がはっきりせず、これまでやってきたことを忠実に繰り返す。
2012-07-27 07:44:32守るべき古典と、現代に合わせた公演。この辺をきっちりとプロデュースできる人に責任者に就いてもらわないといけないと思う。現在の曽根崎心中は昭和30年の脚本。クライマックスシーンは、僕の感覚では薄くて、物足りなかった。むしろ近松のオリジナルを観たい。
2012-07-27 07:46:14毎日新聞は僕が台本を古いと言ったと報道。ちゃんと聞いてくれよ。僕は近松オリジナルの方が良いんじゃないかと言ったんだ。杉本氏は演出は現代風にして脚本は近松オリジナルにした。行政が仕切ると、挑戦の芽を摘む。文楽はその典型じゃないかな。若い技芸員が挑戦できる環境にすることが必要だと思う
2012-07-27 07:48:43観劇の後にメディアの取材を受けたが、もう文楽については批判を許さない雰囲気。ドラマだって、映画だって、芝居だって、公演ものに批判はつきもの。批判されなくなったらもう終わりですよ。僕は素朴な感想を出し続ける。それが文楽玄人から見て、頓珍漢であろうとも。文楽は大衆芸能なんだから。
2012-07-27 07:51:24一番の素朴な疑問。なんで人間国宝の人形遣いの皆さんは、顔を出されるのか。文楽は人形の芝居のはず。心中の最後のクライマックスで、人形遣いの皆さんの顔が、人形の横にあると、舞台に入り込めない。集中できない。人間国宝以外の方は、皆黒子として顔を隠す。
2012-07-27 07:53:52人形芝居なのだから、人形以外に人間の影を感じることには違和感を覚える。だから皆黒子となっているはず。ところが人間国宝になると、顔を出されている。これはどういう演出と意味があるのか。人間国宝もその人形遣いの技術が国宝ではないのか。文楽は人形と人形遣いを見ることに意味があるのか。
2012-07-27 07:56:00現代美術家の杉本氏は、人間国宝の皆さんにも顔を隠してもらった。文楽素人からすると、その演出の方が正解だと思う。人形遣いの皆さんの顔が見えると、人形の世界に気持ちが入っていけない。人間国宝の皆さんに顔を隠した方が良いですよということさえ、今の文楽界では言えないのであろう。
2012-07-27 07:57:42現代美術化杉本博司さんの杉本文楽がまさにこれです。DVD観て下さい。 RT @1960chocochan: @t_ishin 「演出は現代風にして脚本は近松オリジナル」言うは安し。
2012-07-27 07:58:29同感 RT @kenichiromogi: 落語には古典と新作が今でもあるからねRT @ishii0874rkg: 落語についても然りですね。手垢にまみれた表現ですが「古典落語」も作られた当時は新作だったのですから。当時の人々は伝統芸能などではなくもっと卑近な楽しさを求めて寄席へ
2012-07-27 08:00:23同感 RT @kenichiromogi: そやね。 RT @piaco0701: オペラやバレエは、どんどん新しい演出をされる事が当たり前。そうして時代時代の聴衆に受け入れられたり受けいられなかったり、切磋琢磨されて生き残ってきた芸術です。RT 以上、連続ツイート第667回「文
2012-07-27 08:01:00曽根崎心中も当時は大スキャンダルだったんでしょうねRT @kenichiromogi: 文楽の今のあり方を愛する人がいるのはよくわかる。私もすでに確立されたその美意識を大切にしたいと思う。~略~現代に合わせた新しい感覚の脚本演出、すなわち平成の「世話物」があっても良いのではないか
2012-07-27 08:03:22今の文楽構造では、演出・プロデュースの責任者がいません。これまでやってきたことをやり続けるだけ。多少の挑戦もされているようですが、しかしそれは新規ファンを大々的に広げるほどにはなっていません。曽根崎心中の脚本も昭和30年のもの。
2012-07-27 08:12:45どうせやるなら近松オリジナルにするのか、それとも書き直すのか。昭和30年の脚本は守るべき古典ではないはず。このようなことも今の振興会、文楽協会、技芸員の構造ではできない。これは仕組みの問題。行政組織が身動きがとれなくなっているのと同じ。権限者、責任者の不在。
2012-07-27 08:14:38若手技芸員も文楽ファンが増えることを願っているはず。そのためには、今の文楽界の構造を一から見直す必要がある。これが僕の文楽に対する問題提起。文楽を守れ、予算を削るな、文楽は大切な文化だ、なんていうことは誰でも言える。
2012-07-27 08:16:25僕は現在の曽根崎心中の脚本が昭和30年に作られたもので、それに縛られる必要はないでしょと言ったのです。人形遣い、三味線、大夫は350年の歴史のある守るべき伝統芸能の技かもしれないが、なんと脚本は近松オリジナルを昭和30年にアレンジしたもの。
2012-07-27 15:21:13台本が古いとは言ってません。もともと近松のオリジナル自体が古いものなんだから。どうせやるなら、昭和30年に書かれたものではなくて、近松オリジナルの本物でやった方が良いのでは?と言ったんです。オリジナルが途中、長くて面白みに欠ける部分があるから昭和30年にアレンジされた。
2012-07-27 15:23:02