- boppggun2012
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この人体自然発火現象というのは、18世紀から19世紀にかけて信じられていたもので、ディケンズ本人もこういうことが起こりうると信じていたみたいです。この現象が出てくる有名な小説の例としては、チャールズ・ブロックデン・ブラウンの『ウィーランド』が挙げられます。
2013-01-02 15:55:10ナボコフはまずクルックを描写した次の文章を引用します。「彼は背が低く、死体のように青ざめ、しなびた老人で、頭は横ざまに両肩のあいだにめりこみ、まるで体の中に日がついででもいるかのように、口から吐く息は見るからに白い湯気を立てていました。」(河出文庫版202ページ)
2013-01-02 15:58:44そこにナボコフはこう注釈を付けています。「ここに出現し、そしてやがて育成することになるもう一つの小主題は、火の引喩だ。『まるで体の中に火がついてでもいるかのように』。まるで(傍点)……かのように(傍点)……不吉な調べである。」(河出文庫版203ページ)
2013-01-02 16:02:13要するに、最初は比喩として書かれていたものが、最後には本当の火事となって、クルックは焼け死んでしまうわけです。このように、ここでナボコフが注目している、比喩が実体化してしまうというネタは、ナボコフが自作品の中で好んで用いたテクニックでもありました。
2013-01-02 16:05:25それでは、この『荒涼館』の人体自然発火事件が、『ロリータ』にどのような影響を及ぼしたかという話に移りましょう。『ロリータ』には、火事のテーマとでも呼ぶべきものが存在します。この小説の中で、火事が2回起こりますが、読者の方々はご記憶でしょうか?
2013-01-02 16:09:50日→火に訂正。@proparaナボコフはまずクルックを描写した次の文章を引用します。「彼は背が低く、死体のように青ざめ、しなびた老人で、頭は横ざまに両肩のあいだにめりこみ、まるで体の中に日がついででもいるかのように、口から吐く息は見るからに白い湯気を立てていました。」
2013-01-02 16:16:58【洋書千一夜0055】Jonathan Lethem, They Live (2010)。Lethemによる、まるごと1冊(といっても163ページ)を使った、John CarpenterのThey Live論。おもろいぞ! http://t.co/JVE5eip0
2013-01-02 16:54:29そういうのを隔靴掻痒というのかも。2回の火事というのは、どちらも変なエピソードですので…。@KacHKucH :自分で掻きます! しかし、火事のモチーフが、思い浮かばないんですよ…恥ずかしい。
2013-01-02 20:41:00『アーダ』の翻訳をやっていると、なんだか深海に潜っているような気分になり、海の底はもちろん見たことがないほど美しいんだけれど、あまりの息苦しさにときどき水面に浮かび上がってきては、こうやってつぶやきたくなるのです。
2013-01-02 20:47:06それではお約束の、『荒涼館』ー『ロリータ』クイズの続きを。『ロリータ』で火事が出てくるのは、ハンバートがロリータに初めて会う、第1部第10章と、ハンバートが妊娠したロリータに再会する、第2部第29章の、計2個所です。
2013-01-02 21:23:16まず大切なことを。この2つの章は、第1部と第2部でそれぞれ最も重要な章と言ってもよく、そのためほぼ対称の位置に置かれていて、細部についても明らかな照応関係があります。(たとえば、第1部でシャーロットが暖炉にせわしなく煙草の灰を落としていた仕草を、第2部でロリータが再現します。)
2013-01-02 21:27:27つまり、その2つの章のどちらにも「謎の火事」と言うべきエピソードが配置されているのは、パターンの対称性を強調するためのものだった、とひとまず考えていいでしょう。
2013-01-02 21:29:55それでは第1部第10章の「謎の火事」から。下宿先を探しているハンバートは、マックーという一家に十二歳の女の子がいるという情報を得て、まずそちらに出向きます。ところが行ってみると、マックー家はたった今火事で全焼したばかりと知らされます。これが第1部の謎の火事。
2013-01-02 21:33:29やむなくハンバートはヘイズ家というところに赴き、そこで偶然にロリータと出会う、という話の流れになるのですが、最初にマックー家に行くのは物語的に迂回しています。なぜナボコフはわざわざハンバートをマックー家に行かせたのか。その理由の一つは、「火事のテーマ」を配置しておきたかったから。
2013-01-02 21:38:42ちなみに、キューブリックが撮った映画版の『ロリータ』では、ハンバートはいきなりヘイズ家に向かいます。それに対して、比較的原作に忠実であるエイドリアン・ラインのリメイク版では、まずマックー家の火事の現場から映画が始まっています。
2013-01-02 21:40:43話を戻して、マックー家の火事を知ったハンバートは、こんな奇妙なことを綴ります。「おそらくは、私の血管で一晩中荒れ狂っていた猛火と時を同じくして起こった火災のせいだったのだろう。」(新潮文庫63ページ)
2013-01-02 21:42:52この妙な言明をわかりやすく説明すると、こうなります。「ニンフェットに会えると思って私は一晩中血管の中で燃えさかる焔のために眠れなかったが、その焔がまるで現実になったかのように、マックー家が火事で全焼した。」
2013-01-02 21:47:06つまり、「血管で燃えさかる焔」という比喩が、マックー家の火事というかたちで現実化したわけで、これは『荒涼館』においてナボコフが指摘した、クルックの人体自然発火のエピソードにおける比喩の実体化とそっくり同じです。そういうわけで、ここにははっきりと『荒涼館』ネタが認められます。
2013-01-02 21:51:26それでは次に、第2部における謎の火事。最大の山場になる第29章で、ハンバートは妊娠したロリータと再会します。(これを、わたしはしばしば「ニンフェットが妊婦になった」と申しております。…駄洒落ですみません。)
2013-01-02 21:57:00ここでハンバートは、ロリータの口から、彼女を連れ去った謎の男が実はクィルティであったことを知らされます。ロリータの話によれば、彼女はダック・ダック牧場なる場所に連れて行かれて、そこでポルノ映画まがいの撮影までされたとか。
2013-01-02 22:01:04ロリータはこう告白します。「…あたし言ってやったわ、あたし絶対に獣じみた男の子たちを[彼女はまったく無頓着に下品な俗語を使ったが、それは文字どおりフランス語に翻訳すると『吹く』(スフレ)になる]たりなんかしない、あたしがほしいのはあなただけだから、って。」(新潮文庫493ページ)
2013-01-02 22:04:18謎の火事が出てくるのはその直後です。牧場を追い出されたロリータはフェイという女友達と一緒にあちこちを転々としました。「フェイは牧場に戻ろうとしてーーそしたらもうそこにはなくてーー丸焼けになってて、後にはなんにも残ってなくて、黒こげになったがらくたの山だけ。」(文庫版494ページ)
2013-01-02 22:09:05このダック・ダック牧場の全焼というのが、第2部での謎の火事。この原因は明らかにされていません。わたしもかねてから、なんだか変なエピソードだなあと思っていたのですが…。すでに書いてきたような観点からこの火事を読み直すとどうなるか。
2013-01-02 22:12:06陵辱されたロリータの怒りが焔となって、ダック・ダック牧場を全焼させたのだ、という、まるでマックー家の火事みたいな読み方もありかなとは思うのですが、それはやや抽象的にすぎるかと。牧場の出火の原因は、実はロリータの「吹く」という言葉にあったのではないか、というのがわたしの読みです。
2013-01-02 22:16:56