あざらしさん( @azarashidayou )による叙述トリック犯罪学教程
- moritapodesu
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午後11時になりました。叙述トリック犯罪学教程を始めます。以下の例題はネタの内容含め、実際にそのトリックが使われた作品のものとは違うものに変えてありますので、ネタバレの心配はないかと思います。
2013-01-03 23:02:42ただ言うまでもなく素人のつくった例題であるため、解説とセットじゃないと全然分からない、ということはあると思います。それを考慮に入れてくだされば幸いです。
2013-01-03 23:03:01さて中級編からやるつもりでしたが、都合により初級編の「言い落とし」のテクニックの一つ、「作中作トリック」から始めます。作中作トリックとは概ね以下のようなもののことです。
2013-01-03 23:04:25初級例題-1:第一章・本格ミステリ同好会が孤島へ。第二章・嵐でクローズドサークルに。第三章・メンバーの海野豹が死体で発見される。仰向けに倒れている海野の胸や腹には、合計十本ものナイフが刺さっていた。
2013-01-03 23:05:07初級例題-2:第四章・海野が先輩である春風七男に「どうですか」と不安げに尋ねると、春風は苦笑しながらこう答えた。「自分が死んじゃう小説を書くなんて、けっこう悪趣味なんだねぇ。しかもナイフを十本も刺されてるなんてさぁ」
2013-01-03 23:05:16三章で死んだはずの海野が四章で生きている。しかも彼が書いたらしい小説の中で彼自身が特異な死に方をしており、それが三章での死に方とまったく同じである、ということから、どうやら三章は海野の書いた小説ではないか、ということがわかります。
2013-01-03 23:06:17作中作であるという断り書きがないため、普通に読めば当然、三章は二章の続きである、だから作中現実の話である、と思ってしまいます。それが作中作だったと後の章で明かされる手法ですね。
2013-01-03 23:06:47読者の驚きを狙って仕掛けると言うよりは、虚構内現実と虚構内虚構を区別せずに書くことで、作品をメタ幻想小説方向に持って行く、というような目的で使われるようです。
2013-01-03 23:07:15ちなみに「作中作トリック」の応用として(多くの場合そうとは意識されずに)広く使われているのが「実は夢だった」ですね。これは何故か多くの作家さんが使っていらっしゃいますが、作中人物の夢というのはつまり虚構内虚構なので、一応はそういうものも作中作トリックなのです。
2013-01-03 23:08:21中級例題1-1:武々夫と文子は兄妹である。武々夫二十三歳、文子は十八歳だ。二人は仲良く手を繋いで歩いている。日が温かい。二人の母親である学美と武々夫が今は二人で暮らしている家に辿り着くと、武々夫はまだ玄関に入ったばかりだというのに文子の服を脱がし始めた。
2013-01-03 23:09:54中級例題1-2:「ちょっと武々ちゃん、お母さんがいないからって」「もうおふくろ公認の仲なんだからいいじゃないか」「答えになってない!…もう!」
2013-01-03 23:11:15中級例題1-3:文子は仕方なく武々夫に身を任せる。武々夫はいつも通りせっかちに、服を脱がせながらキスを迫ってきた。文子もそれに応え、二人は口づけたまま横になり、あらかた服を脱いでしまうと、互いの体を貪った。
2013-01-03 23:11:47中級例題1-4:二人が事を済ませ家で待っていると、その日の夜八時頃、兄妹の母親である学美がやつれた顔をして帰ってきた。武々夫の見知らぬ女性を連れている。「武々夫、こちら慶子さんというの…」そう言われ武々夫が挨拶しようとしたのを遮るように、学美はヒステリックに叫びだした。
2013-01-03 23:12:08中級例題1-5:「慶子さんは! 私が文子ちゃん!…文子を!…私が産んだ文子を預けた人よ! 育ての親なの! あんたたちはね! 実の兄妹なのよ!」
2013-01-03 23:12:37中級例題1-6:その言葉が武々夫の頭の中で意味を持つまで、長い時間がかかる、一秒、二秒、三秒…刺すような沈黙の中、武々夫は「そんなバカな」と声に出すのがやっとだった。その時、その場で初めて文子が口を開き…
2013-01-03 23:12:56さて、これらはいわゆる「逆叙述トリック」の例題です。あなたが「え、実の兄妹でそんなことを?しかも母親公認?」と驚かれたのなら、成功したと言っていいでしょう。あなたは「二人が兄妹だと知っていた」がために驚いた、と言うことができます。
2013-01-03 23:13:48しかしこう書いてしまうと、「言い落とし」の逆で「言い足し」とでも言うべき技術である、あるいは、作中人物より多くの情報を読者に与えている事でこのトリックは成り立っているので逆叙述トリックというのだろう、という声が聞こえてきそうです。
2013-01-03 23:14:45実はそういう間違った認識がかなり広まっているようです。このトリックは作例がかなり少ないように見受けられますが、一つの理由として、間違った認識が広まっているからではないかと考えています。
2013-01-03 23:15:15「武々夫と文子は兄妹である。しかし武々夫と学美はそれを知らなかった」、これが真実です。ここでいう真実とはつまり「犯人はA」というような限定的なものでなく、その謎にまつわる「状況」までをも含んだものなのです。
2013-01-03 23:17:23