あざらしさん( @azarashidayou )による叙述トリック犯罪学教程
- moritapodesu
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もうお気づきでしょう。「1と2を両方セットで伝えなければ真実を伝えたことにはならない」にも関わらず、読者に2を事前に伝えていない。そう、これは真実の一部を言い落としているのです。
2013-01-03 23:18:44ですがもちろん「2を伝えていないのに1を伝えること」で混乱を招いている、とも言えます。つまり読者は「二人が兄妹である」と知りながら「武々夫と学美はそれを知らない」ということを知らないから驚くのです。
2013-01-03 23:19:35もう少し詳しく言うと、もし読者が1と2の両方を事前に知っていた場合、兄妹でありながら恋人として巡り合った二人の運命に皮肉さを感じることはあっても、情報はすべて開示されているわけですから、驚く要素がないのです。
2013-01-03 23:20:25さて逆叙述トリックという呼び方が「言い足し」にのみ注目した呼び名であり、言い落としをしているという観点を無視しているため、適当でないと理解していただけたでしょうか。
2013-01-03 23:21:30そこで「言い足し」は情報をプラスするトリックであり、逆に「言い落とし」は情報をマイナスするトリックであると捉え、二つを合成した技術と考えて、このトリックを「プラマイ叙述トリック」と名付けます。
2013-01-03 23:21:55ところがプラマイ叙述トリックには、私が知る限りでは二通りあります。ですからそれらを区別するために、「AはBである。しかし彼らはそれを知らない」という系統のトリックは「シラン系」と名付けました。今回の例題はシラン系プラマイ叙述トリックです。略してシラン系トリックでもいいでしょう。
2013-01-03 23:22:34中級例題1-7:その時、その場で初めて文子が口を開き…「私は武々ちゃんが自分のホントのお兄ちゃんだって知ってたわ。最初からね」
2013-01-03 23:23:24もう一回捻る例です。シラン系トリックでのこれは常套手段でしょう。真実を知らない者と知っている者の両方を用意するだけで、簡単にもう一回捻れるわけです。
2013-01-03 23:23:41ちなみにこのシラン系トリックは、読者に「そんな重要な事実を知らないことってあるのか、そんなバカな」と思わせる傾向があります。ですから「そんなバカな」と言わせることを目的にしていると思われる、いわゆるバカミスとは親和性が高いでしょう。
2013-01-03 23:24:43さて、もう一つのプラマイ叙述トリックです。名付けて「マジシャンズギャンビット」。これは無限の可能性を持っていると言っても過言ではありませんので、プラマイ叙述トリックの基本原理「真実1を言い足し、真実2を言い落とす」をよく覚え、活用できるようにしてください。
2013-01-03 23:26:29中級例題2-1:序章・あの事件の犯人が坂丹伯爵だとは未だに信じられない。しかしそれは厳然たる真実なのだ。私は今からあの事件を再構成し、諸君らに真実の全貌を伝えたいと思う。第一章~三章・館で惨劇が。館に集まっていた人々が次々と殺されていくが犯人はわからない。
2013-01-03 23:26:57中級例題2-2:第四章~七章・名探偵の白杉海豹が登場し、捜査していく。第八章・白杉が関係者を一同に集め宣言する。「犯人はあなたです……阿久田さん!」 第九章・緻密な論理で阿久田が犯人であると証明していく白杉。
2013-01-03 23:27:28中級例題2-3:第十章・「このトリックは阿久田さん一人では不可能。よって共犯が必要です。そしてそれはあなたですね……坂丹伯爵!」
2013-01-03 23:27:46まず冒頭で犯人をバラします。「倒叙と同じだな、つまりハウダニットで勝負にきたか」と思わせられたら読者は既に作者の術中です。ちなみに倒叙で書きつつ殺害シーンで阿久田の存在をうまく隠しても同じ効果が得られるでしょう。
2013-01-03 23:28:23次に伏線を丁寧に張ります。丁寧に張り過ぎてバレてる、というアレをわざとやるのです。当然バラすのは捨てトリックの方がいいでしょう。そして探偵が阿久田を指名。「犯人=坂丹」とわかっていますから、探偵の推理が外れたと思ってもらうのです。
2013-01-03 23:28:39推理は長めがいいでしょう。緻密であればなおさらけっこう。「あからさまなページ稼ぎだな。鮎哲賞もこんなのに受賞させるようになったか」などと読者が思ったら作者の勝ちは確定です。
2013-01-03 23:29:01最後に共犯として坂丹を指名。実は延々と探偵が語っていた推理は「坂丹=犯人」という条件もちゃんと満たしていたというオチです。
2013-01-03 23:29:15これはプラマイ叙述トリックの応用だとわかってもらえたでしょうか。真実を以下のように書くとわかりやすいでしょう。
2013-01-03 23:29:50そう、これも1だけ伝えて2は伝えていません。しかしこれだけでは先ほど言った無限の可能性を感じてもらえない上、なぜ「マジシャンズギャンビット」なんて大げさな名前なのかも理解してもらえないでしょう。
2013-01-03 23:32:03ギャンビットとはチェスで、序盤にポーンなどを捨て駒にする指し手のことです。ではマジシャンとは何か。それは言葉の魔術師のことです。そして魔術師は右手に観客の視線を引きつけておいて、実は左手でトリックを仕込んでいるものですよね。
2013-01-03 23:33:01