あざらしさん( @azarashidayou )による叙述トリック犯罪学教程
- moritapodesu
- 62005
- 10
- 82
- 144
ですから情報を提供した人物の嘘がバレるシーンや、精神錯乱で妄想に苦しめられるシーンなどを描き、情報の信頼度に関するデータを上手く与えなければなりません。このトリックを使いつつ、読者が自力で真実に到達する可能性を確保しておくというのは、なかなか難しそうです。
2013-01-04 23:43:04そのためこのトリックが流行った場合、「フェアプレイの範囲内なら何をしてもいいのか?」「美しいフェアプレイと汚いフェアプレイがあるのでは?」などという論争を生む可能性があります。
2013-01-04 23:43:37オマケコラム4:「言いぼかしが嫌われるワケ」ミステリ評論家の市川尚吾(作家名・乾くるみ)さんが、言いぼかしを使用した某作を評して「引っ掛かる、イライラするし、あざとさが気になる」、とおっしゃっています。ではなぜ言いぼかしが嫌われるのか?
2013-01-04 23:44:20その説明のために今から、とあるクイズを想像してみてください。ルールは簡単、あなたが解答者で、ヒントを出すヒンターと呼ばれる人は会場から「ランダムに」選ばれます。ヒンターだけがパネルを見ることを許され、そのパネルは動物の写真になっています。
2013-01-04 23:44:55そしてあなたは、ヒンターからのヒントだけを頼りに、制限時間内に動物の名前を答えるのです。もちろん、あなたにはヒンターに質問をすることも許されています。
2013-01-04 23:45:27このクイズで、ヒンターが「耳が長い」と言えば、答えはウサギかな、と思うでしょうし、「甲羅がある」と言えばきっと答えは亀でしょう。
2013-01-04 23:46:00ですがここで、ヒンターが「体の一部が長い動物です」とヒントを出したら、あなたはどう思うでしょう? 鼻が長いと言ってくれればきっと象ですし、首が長いと言ってくれればキリンですが、体の一部が長いなどというぼかした言い方では、なんなのか絞り切れませんよね。
2013-01-04 23:46:33わざわざこんな時間稼ぎのようなヒントを出すなんて…このヒンター、さては主催者側とグルだな!と思わずにはいられないでしょう。そう、ランダムで選ばれたはずのヒンターが、主催者側に配慮したようなヒントを出す。
2013-01-04 23:47:07これが正に言いぼかしの性質です。リアルな、一人の生きた人間として出てきたはずの登場人物が、なぜか作者に配慮したとしか思えないタイミングで、あからさまにぼかしたセリフを言ったり、ものを考えていて思考が途切れたりする。その時、作者の顔が丸見えなのです。
2013-01-04 23:47:40「体の一部が長い動物です」「具体的にはどこが長いですか?」「鼻です」「じゃあ象だ!」「違います」「え、じゃあ…アリクイ?」「違います、はいここで時間切れ。正解は馬です」「馬ぁ!? 馬は顔が長いんであって、鼻は普通でしょうが!」「顔が長いのだから鼻腔は長いのでは?」
2013-01-04 23:48:26という感じなので、何か引っ掛かる人、釈然としない人がいても、仕方ないと思います。こういう嫌悪感をはね返すぐらいの傑作でなければ、嫌われるだけで終わってしまうでしょう。
2013-01-04 23:48:56オマケコラム5:「言いぼかしたつもりが違う結果になるパターン」言いぼかそうとしても、気を付けないと単に「言うのを止めただけ」になるパターンがあります。それをご紹介するととともに、もう一つ、同じ例題を使ってあるテクニックを紹介します。
2013-01-04 23:50:25オマコラ5例題-1:私がランチを公園のベンチでモリモリ食べていると、十五メートルぐらい向こうに、親友の幸子がのろのろ歩いているのが見えた。「幸子ー! こっち!」手をぶんぶん振ると私に気付いたようで、こちらにやってくる。でも相変わらず歩くスピードはのろのろだ。
2013-01-04 23:50:58オマコラ5例題-2:えっ、「ちょっと、どうしたの!?」近付いきてわかったけど、幸子はぼろぼろ涙をこぼしている。ベンチから三メートルぐらいのところで立ち止まった幸子は、肩で息をしていて、口からひぃひぃ変な音がしている。泣きじゃくった時によくある、引きつけみたいな状態だろうか。
2013-01-04 23:51:30オマコラ5例題-3:私が「ねえ、大丈夫なの!?」と言っても返事はない。私もとまどって何も言えなくて、しばらく黙って見つめ合った。しばらくすると幸子が「ねえ、タッチン、あたし……あたしねぇ…」って喋ると同時にまた涙がぼろぼろ溢れて、幸子は必死でそれを拭って、急に「ごめんね…」
2013-01-04 23:52:21オマコラ5例題-4:そう言って走り去っていった。「ちょっと幸子! 何なのよー!」その後すぐに電話をかけたけど、何度かけても出なかった。
2013-01-04 23:52:47オマコラ5例題-5:その日の夜、やっと幸子から電話があって、「あたしねぇ…あたし…体重が五十キロ超えちゃったの」と泣き声で言ってきたので心からホッとする。よかった、怖いこと考えちゃってたよ。「バカ! あんたねぇ、私がどんだけ心配したと思ってんの!?」
2013-01-04 23:53:20オマコラ5例題-6:「うん……ごめんね。そういうわけだから……もう、一緒に、ランチ食べらんないんだ」「もう、大げさね。痩せたらまた一緒に食べよ」「…うん、そうだね…じゃあね、バイバイ……タッチン、ありがとう」
2013-01-04 23:53:50さて幸子が涙を流して走り去ったシーン、わざとらしいぐらい「何があった?」と思わせる展開ですね。しかしこれ、言いぼかしではありません。というのも、これだ、と思い込めるような解答を読者が思い浮かべられないからです。言うのをやめただけで特に効果がない、これを「言い止め」と名付けます。
2013-01-04 23:54:38先ほどの動物クイズを思い出してください。あのクイズで、「動物園にいる動物です」とヒントが出されても、「これだ」という動物の名前は思い浮かびません。選択肢が多過ぎてまったく絞り切れないからです。「Aと思わせてB」というのが誤導ですが、その「これだと思わせる対象」がないのです。
2013-01-04 23:55:10思わせぶりな言葉を使ったものの意味はなかった、ということにならないよう、注意する必要があります。さてもう一つのテクニックをご紹介する前に、例題の続きを見てみましょう。
2013-01-04 23:55:45オマコラ5例題-7:幸子が自殺したのはその三日後だった。私宛てに幸子からの手紙が届いたのはその更に二日後だ。そこには、幸子が泣きながら走り去ったあの日の前日、夜一人で家に帰る途中で、複数の男に公園に引きずり込まれ乱暴されたと書かれていた。
2013-01-04 23:56:29オマコラ5例題-8「もう一緒にランチ食べらんないんだ」そう言った幸子の涙の意味がやっとわかった。あの時はもう、死ぬ気だったんだね。全然気付いてあげられなかったよ。
2013-01-04 23:57:01