第12回ベネチアビエンナーレ建築展:「Architecture as air」をめぐるあれこれ
- y_yamasaki
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ザハのような長らくアンビルト的な作家は建築界には必要で、僕は逆にアンビルトの想像力が枯渇してきた建築界の焦りが見えるけどな。 QT @metaboyana 業界では原点回帰(アバウト引用ですみません)
2010-08-30 21:51:37アンビルドが実現可能となってネタが無くなってきたということですか?RT @fujisaki_k ザハのような長らくアンビルト的な作家は建築界には必要で、僕は逆にアンビルトの想像力が枯渇してきた建築界の焦りが見えるけどな。
2010-08-30 21:54:29実現可能かの問題ではありません。「こんな建築の中の生活はどんな暮らしだろう」「この町にはどんな車が走ってるだろう」と次の創造を刺激するオープンエンドなアンビルトが消え、自己の想像力をアピールするだけの閉鎖系アンビルトが増えてるって問題です。 RT @metaboyana
2010-08-30 22:24:30なるほど、同意です。これはカウンターが無くなっているからなんですかね?RT @fujisaki_k「こんな建築の中の生活はどんな暮らしだろう」と次の創造を刺激するオープンエンドなアンビルトが消え、自己の想像力をアピールするだけの閉鎖系アンビルトが増えてるって問題です。
2010-08-30 22:34:16[info] 石上純也によるヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展でのインスタレーション"architecture as air: study for château la coste"の写真 http://bit.ly/cZSXzx
2010-08-30 21:46:18うーん、情報的な内容で筆者がどう思ってるかわからん。visibilityって何だ? RT @archiphoto [info] 石上純也によるヴェネチア・ビエンナーレのインスタレーションの写真 http://bit.ly/cZSXzx
2010-08-30 22:02:35建築は安全で安心なものでなくてはならない、という話があったとして、実は、壊れて崩れてその下敷きになったとしても、物がとても軽くて怪我なんてしないものであれば、それは壊れても人間にとって安全なものである、という言説は成立するので、その点で、一部の方々と僕の見解は違うかもしれない。
2010-08-30 21:57:50なるほど我々は建築について、用強美というヴィトルウィルス的オブセッションの虜なのやもしれませんね。RT @mitsudaeisuke: 建築は安全で安心なものでなくてはならない、という話があったとして、実は、壊れて崩れてその下敷きになったとしても、物がとても軽くて怪我なんてしな…
2010-08-30 22:17:26だから今、あの一件について、自分が何を問題だと感じ、それについて自分の意見を正しく表明できているかを、もう一度冷静になって考えた方が良いかと思いますデス。以上。
2010-08-30 22:07:49個人やグループの切り口の違いがよく分かる→石上純也氏の作品が第54回ヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞を受賞した事に端を発する建築とアートに関わる議論 http://togetter.com/li/45920
2010-08-30 21:58:02インスタレーションであるなら所属分野の物差しに乗っかった差異化ではなく、もっとフツーの物差しで測っても軋轢を感じるものじゃないとね。
2010-08-30 22:02:09そうですね。 でも今回の石上氏の受賞は、欧米人が彼らの世界の外にある世界に救いを求めてる気がする。要は、勝敗がつかない文化的な事象なのだからこそ「歴史を作った」といった過剰評価はあってはいけないということ。 RT @BeepBB 世界が日本の外にあるように錯覚してはいけません。
2010-08-30 22:13:52ベネチア金獅子の件。国際的なビエンナーレだかトリエンナーレだかってのは、スポンサードする国や企業の基準しかないんじゃないかと思う。繊細極めて猫が破壊した「建築」。日本ってそういうものを作る国であって欲しいという向こうさんの願望つうか幻想つうか、今回の話ってそういうものじゃないの。
2010-08-30 22:14:58たしかに障子とかフスマとか、紙と木の文化を思わせる作品だよね。RT @hanamotoko: ベネチア金獅子の件。繊細極めて猫が破壊した「建築」。日本ってそういうものを作る国であって欲しいという向こうさんの願望つうか幻想つうか、今回の話ってそういうものじゃないの。
2010-08-30 22:18:05その「建築」が日本の内側に、日本の社会に関してどうこうしてるかってのは、向こうさんにとってはあんま関係ないんじゃないの。日本っ!禅っ!って思える作品の方が喜べる=評価しやすいんでしょ。欧米ならその国の社会がどういうものか、ある程度共有してそういう面を評価基準にできるんだろうけど。
2010-08-30 22:18:08ヴェネチアの件、ヴァーチュアルとリアルが曖昧な今、その臨界点を突き詰めるヴィトゲンシュタイン的試みには現代的価値があるように思います。その時、建築という言葉はかつてのような意味を持ってはいないのでしょう。ただ審査員が何を考えていたのかは分かりませんが…
2010-08-30 22:26:59ベネチアの石上さんの作品が崩壊した件。崩壊したのはインスタレーション/模型であって何か決定的な問題というよりは展覧会の管理上の問題なのでは?中村竜治さんの「とうもろこし畑」であっても猫/こども/老人の侵入によって柱を折られて無事とは言えないだろう。壊れたのは「模型」でしょう?
2010-08-30 22:48:40概ね同意です。ただアートでも建築でも、そこまで原形をとどめ難い作品がそこまで評価されるんかなとも思う。壊れゆくさまを意図的に表す作品ならまだしも。RT @keiichirot 石上さん金獅子賞の件、様々な議論の中、個人的には壊れたのに受賞はどうなのって類の議論は少し的外れかと。
2010-08-30 23:02:26個人的には、美術的なのも社会派なのも、壊れやすいのも壊れにくいのも結構だと思う。ましてや展覧会なら「建築的要素を感じさせる、建築物ではないもの」が出展されるわけで。それ見て人の建築観に何らかのスイッチが入ったら、建物にはできない「建築」の仕事を果たしたことになると思う。
2010-08-30 23:07:34石上純也氏の作品は非常に優れたインスタレーション。彼自身が建築家であり、柱や梁を思わせる構造体を使っているので、建築と直接比較されやすいが、それは間違い。建築的な要素を持った純粋なインスタレーション。→続く
2010-08-30 23:12:30→続き なので、建築としての評価は出来ない。建築へと還元出来るかもしれない一つのアイディアを持った作品と考えるべきで、崩壊したからダメ、いや先駆的だと言うのは、建築と言う概念を持ち込み過ぎている。→続き
2010-08-30 23:12:52→続き もし、石上さんが数時間でも形状を維持していれば良いと考えたのなら別だが、本人も会期中は維持したかっただろうから、あらゆるリスクを排除出来なかった点は悔しくても責められて仕方がない。→続く
2010-08-30 23:13:48この議論は構造の問題ではない所にあると思うのですがRT @mitsudaeisuke: 全体的に外側に倒れていったとか、内側に崩れていった、とか。結局そういう分析がないと建築関係者は9.11から何も学んでいないということになる。し、豊田でも同じことが起こる。
2010-08-31 00:20:14いやいや、構造が壊れてしまってますから、構造は無関係とはさすがに言えないんですよ。もちろん、本件では別次元でたくさんの議論がありますが。 RT @TeruYanagihara この議論は構造の問題ではない所にあると思うのですが
2010-08-31 01:03:31