映画のシナリオと原作小説の間について考えてみた

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榎本憲男★『サイケデリック・マウンテン』絶賛発売中!!! @chimumu

バツグンに頭がよく、強大な敵の創出は、物語を面白くしてくれるが、なかなかこれが難しいということを、断続的につぶやいておるのだが、小説『虐殺器官』(伊藤計劃著)には、ジョン・ポールという変わった敵が出てきて、これが大変に妙味深かった。

2013-03-09 01:04:43
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ジョン・ポールが入国すると、しばらく後には、その国や地域の政情が不安定になり、紛争や内戦が勃発し、血の雨が降る。故にCIAからも国防省からも、殺せという命令が出ているテロリスト(?)である。このキャラクターの造形がまず鮮烈だ。

2013-03-09 01:05:41
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どのような手法よってジョン・ポールは虐殺の祭典を引き起こしているのかという謎に、読者の関心はまずは注がれるのだが、これは物語の中盤で解明される。ジョン・ポールが虐殺に使う武器は、ハイテク兵器などではなく、なんと言語! である。

2013-03-09 01:07:07
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このような虐殺の方法をジョン・ポールが思いついたきっかけは、彼が言語学者として莫大な国防予算をもらい、夥しい数の文書を文法解析にかけた時だという。そこで彼は、「虐殺には、文法がある」ということを発見する。

2013-03-09 01:07:30
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「どの国の、どんな政治状況の、どんな構造の言語であれ、虐殺には共通する深層文法がある」。そして、どんな人間の脳も、遺伝子レベルで、文法を生み出すしくみを持っている。この脳のしくみを「器官」と呼んでいるのだが、この器官を慎重に読み込むと虐殺の予兆を発見できるのだという。

2013-03-09 01:09:05
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逆に、この器官を刺激して、虐殺の文法で会話するように導いてやれば、その地域では虐殺が起こるということになる。これが、ジョン・ポールのテロの手法である。さて、どうだろうか、納得出来ますか?

2013-03-09 01:09:22
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個人的な体験に照らせば、このような極めて抽象度の高い説明は、小説というメディアでは立派に成立していて面白く読める。昔、安部公房の『第四間氷期』を読んだ時も、未来予測のメカニズムは相当に抽象的だったが「では、そのように理解しよう」と飲み込んでページを捲っていったものだ。

2013-03-09 01:09:39
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が、小説『虐殺器官』を映画化するときには、この手口のくだりは当然問題になってくるだろう。人々を虐殺の文法で会話するようにしてやれば、その地域では虐殺が起こる、などと説明されても、ピンとこないのではないだろうか? 少なくとも脚本作成段階でそのような疑義は必ず出る。

2013-03-09 01:10:48
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ジョン・ポールの虐殺の方法を、うーんとブレイクダウンして解釈すると、これは言語学を駆使したある種の洗脳である。洗脳によって、虐殺のプログラム(アンカーともいう)をインストールし、あとは引き金を引いて、虐殺へと誘導するというものだろう。

2013-03-09 01:11:07
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ここで「なんだよ、そりゃまるで魔法使いじゃねえか」と観客がシラケる可能性はかなり高い。「いや、これで納得してくれ」と解釈を強引に押し付けて、物語を先に進める方法もあるが、リスクはやはり高いと言わざるを得ない。

2013-03-09 01:11:37
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では、これをもっと大衆娯楽映画的にわかりやすくアレンジするとどうなるか? 「虐殺を起こさないではいられないような刺激を脳に与える、そんな新種の細菌を密かにばらまいて、その地域に紛争を起こす」 これなら、ぐっとわかりやすくなる。

2013-03-09 01:11:55
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しかし、その時には、言語の深層文法を使って殺すという、この小説でもっとも興味深いアイディアは消えてしまうし、このアイディアに込められた高い思弁性も失われてしまうだろう。

2013-03-09 01:12:12
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娯楽映画というのは、わかりやすさを求められる。僕も、わかりやすいということをつねに目指しているのだが、わかりやすさによって損なわれるものもあるのである。

2013-03-09 01:12:38
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であるとしたら、残る方法は2つだ。説明は抽象的なレベルにとどめて、具体的なステップはブラックホールにしてしまう。もう一つは、映画の脚本の段階で「虐殺の言語」の説明をもっと詳しく、「虐殺の言語」を使った虐殺へのアクションをより具体的に描く、ということになる。

2013-03-09 01:12:59
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前者の手法を採用すると娯楽度は下がり、なんだか押井守の映画のようになるんじゃないだろうか。それなりに魅力的だ。そして後者は本当に本当に本当に大変で難しい作業になる。

2013-03-09 01:13:20
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しかし、そこまで突き詰めないと、主人公や大衆を嘲笑するような、魅力的で天才的な犯罪者なんてものは作れないのである。天才と作者がいっているから天才なのだろうが、言っているもやっていることも凡庸なショボいキャラが威張り散らしているだけのザンネンな映画が出来てしまうのだ。

2013-03-09 01:14:03