重さの霊

『ツァラトゥストラ』(ニーチェ著・手塚富雄訳/中公クラシックス版 Ⅱp92-100)
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ツァラトゥストラ @Zarathustar

人間は、その真相を見つけだすことがむずかしい。ことに自分が自分を見つけだすことが、最もむずかしい。しばしば精神が魂について嘘をつく。これも重さの霊のなすわざである。

2010-09-10 16:11:23
ツァラトゥストラ @Zarathustar

しかし、次のような言を発する者は、自分自身を見つけだした者である、「これはわたしの善であり、悪である」と。これによって、かれは、もぐらと侏儒の口をつぐませたのだ。もぐらどもはこう言うのである。「万人にとっての善、万人にとっての悪」と。

2010-09-10 16:11:29
ツァラトゥストラ @Zarathustar

まことにわたしは、すべてのことをよしと言い、さらにはこの世界を最善のものと言う者たちをも好まない、この種の人間をわたしは、総体満足家と呼ぶ。

2010-09-10 16:11:35
ツァラトゥストラ @Zarathustar

あらゆるものの美味がわかる総体満足、それは最善の味覚ではない。わたしは、強情で、気むずかしい舌と胃をたっとぶ。それらの舌と胃は、「わたし」と「然り」と「否」ということばを言うことを習得しているのである。

2010-09-10 16:11:41
ツァラトゥストラ @Zarathustar

それに反してあらゆるものを噛み、あらゆるものを消化すること――これはまさしく豚の流儀だ。いつも「イ・アー(然り)」としか言わないのは、驢馬と、驢馬的精神をもつものだけである。――

2010-09-10 16:11:47
ツァラトゥストラ @Zarathustar

深い黄と熱い赤。わたしの趣味はそれを欲する。――わたしの趣味は、すべての色に血を混ぜるのだ。だが、おのれの家を白く上塗りする者たちは、白い上塗りの魂をさらけだしているのである。

2010-09-10 16:11:54
ツァラトゥストラ @Zarathustar

ある者たちはミイラに惚れこみ、また別のある者たちは幽霊に惚れこむ。両者ともにいっさいの肉と血に敵意をもっている、――かれらはわたしの趣味に反する。わたしは血を愛する者だ。

2010-09-10 16:12:02
ツァラトゥストラ @Zarathustar

みんなして痰やつばを吐き散らすところに、わたしは滞在しようとは思わない。わたしの趣味から言えば――それよりはむしろ盗賊や偽誓者のあいだで暮らすほうがましだ。そういうところには口に金をふくんでいる者は一人としていないのだから。

2010-09-10 16:12:09
ツァラトゥストラ @Zarathustar

だが、それよりもわたしに厭わしいのは、ひとのよだれをなめるおべっか使いだ。そしてわたしが見いだした最も厭わしい人間獣に、わたしは寄生虫という名をつけた。この生き物はひとを愛しようとはしないが、愛してもらって生きようとしているのである。

2010-09-10 16:12:15
ツァラトゥストラ @Zarathustar

悪い動物となるか、悪い動物使いとなるか、この二つのうちの一つを選ぶことしか知らない者たちを、わたしはあわれな者と呼ぶ。こういう者たちのいる場所には、わたしは小屋を建てようとはしないだろう。

2010-09-10 16:12:21
ツァラトゥストラ @Zarathustar

また、いつも待っているほかに能のない者たちをも、わたしはあわれな者と呼ぶ、――これらの者もわたしの趣味に反する。収税吏、小商人、王や国々の番人、店の番人などはこれである。

2010-09-10 16:12:27
ツァラトゥストラ @Zarathustar

まことに、わたしも待つことを学びおぼえた。しかも徹底的に学びおぼえた。しかし、わたしが学びおぼえたのは、ただわたし自身を待つことである。しかも、何にもまさってわたしの学びおぼえたことは、立つこと、歩くこと、走ること、よじのぼること、踊ることである。

2010-09-10 16:12:34
ツァラトゥストラ @Zarathustar

すなわち、わたしの教えはこうだ。飛ぶことを学んで、それをいつか実現したいと思う者は、まず、立つこと、歩くこと、走ること、よじのぼること、踊ることを学ばなければならない。

2010-09-10 16:12:41
ツァラトゥストラ @Zarathustar

――最初から飛ぶばかりでは、空高く飛ぶ力は獲得されない。 縄梯子で、わたしはいくるかの窓によじのぼることを学んだ。敏捷に足をうごかして高いマストによじのぼった。認識の高いマストの上に取りついていることは、わたしには些細ではない幸福と思われた。――

2010-09-10 16:13:02
ツァラトゥストラ @Zarathustar

――高いマストの上で小さい炎のようにゆらめくことは、わたしには些細でない幸福と思われた。なるほど小さい光ではあるが、座礁した船の水夫たち、難船者たちには一つの大きい慰めとなるのである。――

2010-09-10 16:13:12
ツァラトゥストラ @Zarathustar

わたしはさまざまな道を経、さまざまなやりかたをして、わたしの真理に到達したのだ。この高みにいて、わたしの目は、目のとどくかぎりの遠方へと遊ぶが、ここまで至りついたのは、かぎられたただ一本の梯子をよじのぼって来たのではない。

2010-09-10 16:13:38
ツァラトゥストラ @Zarathustar

そしてわたしがひとに道を尋ねたときは、いつも心が楽しまなかった。――それを聞くことはわたしの趣味に反した。むしろわたしは道そのものに問いかけ、道そのものを歩いてためしてみたのだ。

2010-09-10 16:13:45
ツァラトゥストラ @Zarathustar

わたしの歩き方は、問いかけてためしてみるということに尽きていたのだ。――そしてまことに、人はこのような問いかけに答えることをも学びおぼえなければならぬ。それは、――「わたしの趣味」と答えることである。

2010-09-10 16:13:59
ツァラトゥストラ @Zarathustar

――よい趣味でも、悪い趣味でもない。ただわたしの趣味なのだ。この趣味をわたしはもはや恥じもしなければ、かくしもしない。

2010-09-10 16:14:07
ツァラトゥストラ @Zarathustar

「さて、これが――わたしの道だ――君らの道はどこにある?」「道はどこだ」とわたしに尋ねた者たちにわたしはそう答えた。つまり万人の道というものは――存在しないのだ。

2010-09-10 16:14:19
ツァラトゥストラ @Zarathustar

ツァラトゥストラはこう語った。

2010-09-10 16:14:36