モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Spring IV~
- IngaSakimori
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━━なあ、千歳(ちとせ)。俺が危ないことをしたら、お前はどう思う? (つまらないことを訊いたかな……) 小河内湖側にある大多磨周遊道路・川野駐車場をめざして走るならば、それはいちど全線を下見することに等しい。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:03:51少しずつ冷え込んできた夕暮れの空気を、ライディングジャケットの袖口で感じながら、三鳥栖志智(みとす しち)は出かけるときに妹と交わした言葉を思い出していた。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:04:29━━危ないことってなに? おにいちゃん? ━━別に大したことじゃないけどな。たとえ話だよ。 ━━わたしは……怖いなあ、そういうのは。してほしくないよ。おにいちゃんに何かあったら、わたし生きていけないもん。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:05:00(バカな兄貴だ、俺は) 一抹の後悔をかみしめながら、山肌に残る白いものを見つめる。数日前に降った雨は、この山間部では雪になっていたらしい。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:05:36とはいえ、路面はすでに乾いており、春先のモーターサイクルライダーがもっとも嫌う白い欠片━━つまり、凍結防止の塩化カルシウムも見られなかった。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:06:31「気兼ねなく走れる。それはいい、か」 月夜見第二駐車場を抜けた先で、この時間には珍しいトラックを軽やかにパスし、じりじりと平均速度をあげていく。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:06:50コーナーの途中でも70kmを超えなかったスピードメーターの針がほとんど三桁に張り付こうという頃、志智の駆るVT250スパーダは大多磨周遊道路の北端、川野駐車場へ到着した。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:07:16「来ましたわね、志智」 「もう来てたのか、亞璃須(ありす)」 「怖じ気づいて来なかったら、どうしようかと思いましたわ」 「ふざけろよ」 軽く笑い飛ばした志智に、日原院亞璃須もまた薄い笑顔でこたえる。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:07:55亞璃須の服装はいつものようにゴシックロリータのそれだった。 しかし、彼女の背後ではハイエースから執事の吉脇(よしわき)が、彼女の愛馬たるXR650Rを引きだそうとしている。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:08:34「妹が━━千歳がさ、危ないことはしてほしくないって言うんだ」 「でもここに来ましたわね。妹さんの願いに反する形で」 「まあ……そうだよな」 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:09:02「それはなぜ? 妹思いのあなたがどうして? わたくしが勝手に約束した勝負なのに? 投げ出してしまっても良かったのに?」 「……わかってることを、わざわざ口にさせようとするなよ」 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:09:23「女という生き物は、たとえどれだけ自明であっても「愛してる」と口にしてほしいものです」 「ん~…………」 グローブを外して、自分の両手を三鳥栖志智(みとす しち)は見る。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:09:42震えてはいない。しかし、その表面には汗が浮かんでいる。 人差し指と中指は、勝手にブレーキレバーを握る形に動こうとする。 それ以外の指と手首は絶妙の呼吸で共謀して、スロットルをひねる形に━━ #mor_cy_dar
2013-04-25 18:10:20「そうだな、認めるよ。 俺は期待している。……楽しんでいるよ。危険なばかりで、何も得るものなんてないはずのバトルに」 「バトルだなんて格好をつける必要はありませんわ、志智。 あなたとあの男はこれから追いかけっこをするだけ」 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:10:41「追いかけっこ、か」 「そう、追いかけっこ。ささやかな遊びです。でも、とっても楽しい」 「そして、勝者と敗者がいる」 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:11:11「あなたは勝ちたいですわね」 「━━まあな」 「その目がみたくて、わたくしは出しゃばりました」 身長184cmの前に、148cmが立っている。 巨人を見上げるときの角度で。そしてただの友人には許されないほどの近さで。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:12:52「真っ赤になるまで熱した鉄板へ、とびきりの稲妻と一万本の針をぶちまけたような目」 「………………」 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:13:24「楽しみですわ、とても」 その一瞬だけ日原院亞璃須(にっぱらいん ありす)は童女のように無邪気な笑顔をみせた。 遠くから、か細くも気高い四気筒の咆吼が聞こえてくる頃には、亞璃須の姿はハイエースの中へ消えている。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:13:35「来たな……あれっ」 そのとき、三鳥栖志智は気づいた。 少し離れた場所から自分のスパーダへ視線をおくっている男女がいる。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:14:01いや、それはあくまでも控えめなものだ。興味津々といった様子ではない。 こんなバイクも今日は走っているのだ、という程度の淡々とした━━それでいて、冷静な。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:14:22「……ここに、あったのか」 「?」 声を発した主。 すなわちライディングウェアをまとった一人の青年は、志智を見ることはなく遠ざかっていく。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:16:56「なんだ……?」 疑問を解消する時間はなく、彼の対戦相手は到着した。 川野駐車場。気温12度。風ほとんどなし。ベストコンディションというのには、やや冷える。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:17:10「よう、ちゃんと来てくれたんだな」 「………………どうも」 芦谷(あしや)に対して志智が軽い会釈だけで済ませたのは、あふれ出しそうな感情の熱をおさえきれないからだった。 #mor_cy_dar
2013-04-25 18:17:48