文字助コンフィデンシャル

立川談四楼 @Dgoutokuji

入院することになったと文字助から電話。あり得ることだが、とりあえずどこが悪いのかを聞いた。多臓器不全。兄さん、それ死因だよ。そんなことはどうでもいい。見舞いは迷惑だから来るな。口座番号を言うからみんなしてそこへ振り込め。それがひと月前で、電話したら出て、誰も振り込まんなと笑った。

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へべになる前、ほろ酔いの文字助は面白い。笑顔で滑舌よく種々のエピソードを披露する。概ね武勇伝、自慢話なのだが、それが嫌味にならないのも珍しく、客はまるでフーテンの寅ですななどと言う。当人はますますご機嫌、客もここで帰れば無事なのだが、居残って惨禍にあう。文字助は凶暴な寅なのだ。

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某区の落語会を文字助が仕切った。私、色物、文字助という座組みで、ギャラは文字助からもらった。翌年、区の担当者が個々に手渡した時、文字助が大慌てで叫んだ。馬鹿、オレにまとめて寄越すんだ。手遅れだった。そしてそれは思わぬ額で、文字助はしばし唸り、取っとけと言った。悔しそうだったなあ。

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二つ目真打には祝儀不祝儀の義理が生じる。ところが文字助そのカネがない。新二つ目、新真打誕生の際には、挨拶が雑だ、案内状がこなかった等の難癖をつけ、これを踏み倒す。被害者続出で、稽古をつけるという祝儀もありではと問うたが、文字助はカッカと笑うばかり。何でも洒落で済ますつもりなのだ。

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文字助はダジャレを好む。しばしマドレーヌは定番で、私が作ったのも愛用した。赤いランプの集英社だ。いいねいいねと言い、文字助の傑作、腹が数寄屋で目が丸の内と交換したっけ。談志を怒らせた際もすごかった。オレをないがしろにするのかに対し、ないがしろ三枚目と言い放ったのだ。談志は吹いた。

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中元歳暮の際、恒例の飲み会になるのだが、その席次が頭痛の種だった。年功では文字助が談志の脇か正面、しかし談志はそれを嫌がり幹事は苦慮した。こちらが上座ですと遠ざけても、文字助はいつしか談志ににじり寄り、大将、あっしはねえと語り込むのだ。談志の誰か何とかしろとの目の合図が懐かしい。

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文字助にも平和な時代はあった。あるとき鼠径ヘルニア、つまり脱腸で入院した。見舞う際、閃いた。相手は病人、仕掛けてやろうと。兄さん、大脱腸だって？文字助はウケて、このヤロー、マックィーンできやがったかと言い、ブリットもあるぞ、と切り返してきた。二人して笑う和やかな午後の病室だった。

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文字助が深谷隆司候補の弁士として登場した。大丈夫か？心配は杞憂だった。堂々と立派なことを言い、なぞかけで締め括った。候補者とかけまして親心とときます。その心は、母の恩は海よりも深谷、父の恩は山よりも隆司。大歓声、ドヤ顔の文字助。ここで済めばよかったが、出た祝儀でまた連れ回された。

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文字助は選挙に強い。世話になってる人をトップ当選の区議にし、議長にまで押し上げた。選管との交渉も巧みで、見事に選対本部長を全うした。代替わりの息子をも区議にしたのだが、ではその親子が文字助に感謝してるかというと、そんなことはない。酒だ。その親子がどれぐらい尻拭いに奔走したことか。

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近年、文字助の酒の相手は楽になった。ホロ酔いがなく、素面からいきなり泥酔に入るからだ。そうなればタクシーに放り込むだけ、車代を寄越せなどとぐずぐず言うが知らんぷり、ドライバーに行き先を告げればいい。もう狼藉に及ぶ体力はなく、概ね無事帰還している。ああ、ここまで40年かかったのだ。

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落語家はいただき専門の芸人タイプと、ご馳走したい旦那タイプに別れる。文字助は典型的な後者で、しかしカネはないから、ご馳走になりつつ威張るという矛盾が生じる。客はたまらない。どんどん減った。寛容で我慢強い客もいたのだが、ついにその人も離れた。敵味方の区別のつかない酒が拍車をかける。

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文字助の酒は昼に始まる。近所の定食屋のカウンターで二合ばかり。帰って昼寝をする。夕方から本格的な飲みに入るわけだが、8時9時、電話魔に変身する。うっかり出ると災難で、延々と捕まる。怒って切ったこともあるが、止めどなく鳴らされて懲りた。素面で酔っ払いの相手をするのは修行そのものだ。

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口調がいい上に芸の骨格がしっかりしてるので、文字助は恰好の稽古台だ。前座がよく通うが、文字助は酒のみを要求する。菊正宗上撰一本各自持参せよと。飲んでりゃ機嫌がいいが、やがてそれはなくなる。また稽古に来いとは見栄で言えない。楽屋の前座をあえて失敗らせ、言う。詫びは菊正宗上撰一本だ。

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隣り合った客と意気投合、文字助が談志の弟子と知れる。いい人と知り合えました、勘定は私が。おう、すまねえ。ここで客がうっかり言う。師匠(談志)によろしくと。言わねえ。おめえのことを談志は知らねえから。つまらねえ世辞を言うな、バカ。ご馳走し、罵倒される客は気の毒だが、それが文字助だ。

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社長、あっしに祝儀をくれとは言いません。だけどこのつまんねえ顔を立てて弟弟子にはいくらかやってください。なるほど、こんな手もあるのかと驚いたが、お陰で私の懐は潤った。いい人じゃないかとさえ思った。しかし帰り道、文字助は言うのだ。さっきのあれ出せと。そしてまた連れ回されるのだった。

立川談四楼 @Dgoutokuji

その日は掛け持ちで、築地界隈で一席やり、地元世田谷でもう一席務めた。夜、文字助から電話があった。築地に来ていながらなぜいし辰に顔を出さねえ、この大馬鹿野郎。これに懲りて次に顔を出したらまた電話で、てめえ誰に断ってツラあ出した、この大馬鹿野郎。今も、あの頃の文字助も目茶苦茶だった。

立川談四楼 @Dgoutokuji

日光湯元温泉の仕事帰り、日光駅前でつないだ。靴屋から出てきた文字助の足元を見ると新品の革靴が。文字助はそのままスキップを踏み、私のところへ戻ってくると言った。ありがとうよ。訝ると、だからキミのギャラがこの靴に化けたわけだよ。礼を言う、ありがとう。またまたあと言ったが、マジだった。

立川談四楼 @Dgoutokuji

権之助坂に客のこない目黒名人会という地下の寄席があった。楽屋に文字助から電話、至急一階の飲み屋に来い。行くと皿に天婦羅の残骸が。この寸志が海老の尻尾が好物でと文字助。同席の客は半信半疑、私はそれを平らげた。帰り道、おまえはシャレが分かると言われたが、それが見込まれた最初だったか。

立川談四楼 @Dgoutokuji

型があるだろ、もう一つ作れと文字助は迫った。蛇に睨まれた蛙同然の歯科医だったが、一計を案じた。入れ歯の裏側に、文字助のではなく歯科医の住所と電話番号を彫ったのだ。拾い主から速やかに回収しようとの苦肉の策で、落としたらまた作らせりゃいいと考える文字助の了見を見越してのことだった。

立川談四楼 @Dgoutokuji

歯も酒毒に侵され、入れ歯しか手がなくなり、文字助はCコースの歯科医に目をつけた。小咄ぐれえ教えてやるから作れと、カネを払うとはひと言も言わなかった。出来上がったものを装着して飲み歩いたが、不具合があったかそれをはずしたのが運の尽き、入れ歯は行方不明になった。さあ文字助どうしたか。

立川談四楼 @Dgoutokuji

文字助は言葉尻のダジャレが好きだ。けしからんはけしからんくシナトラで、失礼千万が失礼旋盤工となるのだ。よろしくとの言葉を聞けば、必ず森の詩もよろしくと割って入り、ちゃんとした傑作は、腹が数寄屋で目が丸の内、であろう。文字助兄の作ですと談志に伝えたら、パクリだろとにべもなかったが。

立川談四楼 @Dgoutokuji

@HenryTOYOTAJr 子供のケンカのような論争があったのは、約20年ほど前です。そこから相撲噺に梶をきったわけですが、両者引っ込みがつかず、文字助は貞水先生の下に稽古に通い、盛んにネタを仕込んでました。それまでは佐々木政談、試し酒、三人旅、寄合酒などをよくやってましたね。

立川談四楼 @Dgoutokuji

師匠の阿武松、六郷へ行くのはおかしい。板橋から志村、戸田川と行かなきゃとんだ遠回りだ。よし分かった。もう二度と阿武松はやらねえ。その代わりてめえも相撲噺しかやるなよ。へえ、もとよりそのつもりで。酒の上のこんな師弟のやりとりをきっかけにして、相撲噺の文字助と言われるようになった。

立川談四楼 @Dgoutokuji

打ち上げで文字助が絡んだ。師匠の権兵衛狸で後頭部深川ってとこ、ありゃ間違ってる。左談次のギャグだと言ってるが、左談次に教えたのはオレなんだ。それを聞いた師匠が勘違いしたんだ。次からは文字助のギャグだと言ってもらいてえ。とにかくあっしは今、江東区に住んでんだから。分かったから帰れ。

立川談四楼 @Dgoutokuji

談志がもらい下げに行った。もちろん警察に文字助をだ。訳を話せ。飲んでたら、相手がドスをチラつかせたんすよ。こっちが割ったビール瓶で対抗してどこが悪いんすかね。それより師匠、サツですよ。あいつらハジキを持ってやがる。その上でオドシをかけるんだから、真にたちが悪いのは国家権力ですな。