モーサイダー!~Motorcycle Diary~Episode of Autumn I~
- IngaSakimori
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湿り気のすっかり薄れた夜の空気が、ヘルメットの通気口へ流れ込んでは、後方へ霧散していく。 日本の巨大都市は眠らない。東京のみならず、それは首都高速で結ばれた横浜についてもまったく同じ事が言える。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:24:08(今日はもうこれで終わり……か) 眠い目をこすりながら走る深夜のバイク便。それでも一般道に比べれば、高速道路の走行は天と地ほど負担が違う。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:24:18そして、車線数が多く日中であれば付きものの渋滞を考慮しなくてよい深夜の首都高速湾岸線は、二輪にとって天国に限りなく近い環境と言えるだろう。 ━━もっとも時折、後方から現れては一瞬で見えなくなっていく、飛ばし屋には気をつけなくてはならないが。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:24:29「すごいスピードだな……あれ、何キロ出てるんだよ……」 ファットなボディの白い乗用車ともつれ合うようにして、黒いメガスポーツがオレンジ色に照らされたトンネルの彼方へ消えていく。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:24:44両車とも時速200kmは超えているだろうと思われたが、未体験の領域であるがゆえに、三鳥栖志智(みとす しち)は自分の目測に自信が持てなかった。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:24:57VT250スパーダのエンジンは今日も快調である。 来月で18歳になる志智にとって、自分が産まれるよりも前につくられたこの4ストロークVツインエンジンが、これだけの好調を維持していることは理由なしに不思議だった。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:25:09もちろん、エンジンと人間の歩む年数を同レベルに比較できないことは分かっていたとしても、万全な理解にはほど遠い。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:25:19結果として、心の奥底で『そういうものなのだ』と納得するしかないわけだ。 (楽な一日だったな……二回出ただけだし、少し休憩していってもいいよな……) 速度警告灯の赤を無視するように、メーターはぴたりと100kmを指している。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:25:30これ以上速度をあげたところで、風圧による疲労が増すだけだった。同僚の一人が乗っている大型ハーフカウル付きのVTエンジン搭載機を、すこしうらやましくも思う。 白線なのか、黄線なのか。判断がつきかねる東京港トンネルの真ん中車線を、ただただひた走る。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:25:40背中にせっかちなトラックが一台。ここで左右へ車線を変更すれば、覆面パトカーの餌食になりかねない。 トンネルを出ると、志智が進路を譲るまえにトラックは追い越し車線から、台場の方面へ走り去っていった……。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:25:50「さてと……」 枠で囲われた11という表示を見つめる。 左側から分岐へアプローチ。電力不足の折、減光を続けているレインボーブリッジが近づくと共に、急な登りのカーブが待ち受ける。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:25:58二輪車二人乗り禁止の表示を一瞥しながら、これに何の意味があるのだろうと首をひねる。 湾岸線西行き側からの道路と合流が近づく。右手へ軽く視線を振ったそのとき━━四輪車にしては小さすぎるヘッドライトが、近づいてきているのが見えた。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:26:07(あっちからもバイク来てるか……) 四輪ならばともかく、二輪であれば合流で『詰まる』こともない。 しかし、先へ出たくなるのはモーターサイクルライダーの常だった。6速のギアを一段落として、スロットルを全開にする。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:26:22スムーズに、と言うには緩慢といってよい加速で、VT250スパーダは時速120kmへ達した。 合流では志智の方が前だ。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:26:35スパーダの様子をうかがうように、ぴたりと後ろへつけたヘッドライトの形は、ミラーから確認する限り、スタンダードな丸でもなければ、大型ツアラーにありがちな角でもない。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:26:50また、現代的なデザインの『目』でもなかった。しかし、どうも二つの灯りがともっているようである。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:26:53(何かな……こんな時間に首都高走ってるってことは、かっ飛ばしにきたのかな……) 耳元でうなる風の音は、エキゾーストノートからの推測を許可しない。 が、その断片は聞こえてくる。志智の鼓膜には、重厚でありつつも甲高い音が聞こえたように思えた。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:27:07背中に張り付いていたマシンが、追い越し車線から一気に志智の前へ出る。ヒュン、と4気筒の音がしたが、細かなデザインまでは確認できなかった。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:27:25分かったのは自分と同じように、巨大なバイク便用の箱を背負っていること。そして、ナンバーに緑色の枠がついていることだけだ。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:27:28「同業者か。400ccかな……やっぱり速いな」 高速道路というフィールドにおいて、排気量の差は残酷だ。 2ストロークのレーサーレプリカでもない限り、250ccは大排気量のマシンを追いかけることが出来ない。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:27:37レインボーブリッジへさしかかる頃には、同業者のテールランプはほとんど見えなくなっていた。 舌打ちしたいような気持ちを抑えながら、志智はスロットルをゆるめた。こんなところで独り飛ばしてもつまらないだけだ。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:27:53秋にしては強めの横風を受け流しながら、レインボーブリッジを渡り終える。 路面に埋め込まれた鉄製の巨大なジョイントは、雨が降ると恐怖でしかないが、晴れていれば少し注意を向ける程度の障害である。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:28:02下り傾斜と捻りこむような右カーブ。 そして、彼の行きつくべき休憩場所が見えてきた。首都高に存在する数少ないパーキングエリアの一つ。その名には『芝浦』が冠されている。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:28:11「……ふう」 螺旋状の進入路をくだり駐車スペースが見えると、志智はようやく神経の緊張を解いた。ここまで来れば、たとえいきなりエンジンが止まろうと、危険はないからだ。 #mor_cy_dar
2013-10-12 20:28:20