ミューズ・イン・アウト

日本語版公式ファンサイト「ネオサイタマ電脳IRC空間」 http://d.hatena.ne.jp/NinjaHeads/ 書籍版公式サイト http://ninjaslayer.jp/ ニンジャスレイヤー「はじめての皆さんへ」 http://togetter.com/li/73867
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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

家事に取りかかる。彼女は窓から忍び込む風の寒さに身を震わせ、鼻を啜る。明日の仕事は大丈夫だろうか。「雪な……」ホンガンジとクラブで出会ったのも、一年前の雪の日だった。冴えない物書きだが、どこか放っておけない魅力があった。クラブにいた女性の中で彼女以外はそう思わなかったが。 47

2013-11-04 01:26:01
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

泥酔した彼は、オスカーワイルドだかエドガーアランポオだか、マツモトの知らぬ古い作品について批評家気取りの客と議論した挙げ句、殴り合いの喧嘩。クラブから逃げ出し路地裏を逃げていた所を、バイオネズミ用電磁トラップにかかり気絶していた。マツモトが来なければ雪の中で死んでいただろう。48

2013-11-04 01:31:06
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

マツモトはふと、ホンガンジの作業部屋のフスマを見た。そしてゆっくりと、そちらに近づいていった。「迷宮入りかと思われていた自我科医夫妻殺害事件についてドスエ。過激派ハッカーカルトから本日犯行声明があり、ネオサイタマ市警はこれを……」TVからはぞっとしないニュースが流れる。 49

2013-11-04 01:39:56
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼に知れたらどれほど怒るかは想像に難くない。酷い喧嘩を何度もし、現在では掃除すら許されない。何故今夜に限って彼女はフスマの先を覗いてしまったのか。無数の欺瞞とメガロ気分が蔓延するネオサイタマ・シティで、不意に心細くなったか。好奇心が閾値を超えたか。あるいは今を夢と思ったか。 50

2013-11-04 01:48:56
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

鍵のかけられたフスマを微かに開く。漏れ出す音楽とUNIXの光。そして……冷たい風。窓が開いているのだと彼女は悟った。タイプ音が聞こえない。まさかホンガンジも眠りこけてしまったのか。あるいは……カロウシ。机の上の精密ドライバーで鍵を静かに開け、彼女は大きくフスマを開け開いた! 51

2013-11-04 01:52:53
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

そこには……おお、ナムアミダブツ!ホンガンジの姿は影も形もないではないか!マツモトは窓へと急ぐ。僅かに隙間が空いていた。窓を開け、顔を出して外を見る。32階からの眺めは眩暈を催し、彼女は顔を引っ込めた。「アイエエエエ……まさか、締め切りが間に合わずに身投げ……」 52

2013-11-04 02:01:35
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

動揺した彼女は右往左往し、作業机の上に、UNIX画面に、そして部屋の隅のクロゼットに、そして再び窓へと目をやる。ふと彼女は違和感に気付く。そして身体をクロゼットの側に戻す。片方の扉が開けっ放しにされたクロゼットの奥に、何か異常なものが見えた。マツモトはふらふらと歩いてゆく。 53

2013-11-04 02:05:50
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

床に積まれた書籍や資料の山を突き崩しながら歩く。そしてマツモトは……見てしまったのだ。クローゼットの服の奥にかけられたニンジャ装束と、鎖鎌と、いくつものスリケンを。「アイエエエエエエ……」彼女は絶句し、口を押さえて後ずさる。 54

2013-11-04 02:10:23
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ALAS!彼女は禁断の武器庫を覗き込んでしまったのだ。「ああ、見てしまったか」背後から声が聞こえた。マツモトは振り返る。窓がいつの間にか大きく開かれ、雪の混じった冷たい風とともに、腰に二本の鎖鎌を吊ったニンジャ装束の男が立っていた。声は紛う事無くホンガンジのそれであった。 55

2013-11-04 02:15:07
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「マツモト=サン、俺はニンジャなんだ。いつかこの日が来るとは思っていた。終わりだ。もう全てが終わりだ」「アイエエエエエ……まさか……まさかこんな事だとは知らなかったの……ホンガンジ=サン……ニンジャ……ニンジャナンデ……!?」マツモトは狼狽する。 56

2013-11-04 02:19:42
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「これだけは信じてくれ。感謝していたんだ。あの夜、君が電磁トラップから助け出してくれなかったら、俺は死んでいた」彼はゆっくりと歩み寄る。鎖が静かに揺れる。「その後も、スシを食わせ勇気づけてくれなかったら、俺は依然として死んだままだった。感謝してる。そしてミューズが来たんだ」 57

2013-11-04 02:27:57
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

しばし呆然とした後、マツモトが見せた反応は、ホンガンジのイマジネーションを超えていた。「アイエエエエ……お願い、行かないで……ニンジャでも何でもいいから……」彼女は涙を流し、ホンガンジを抱きしめたのだ。それが彼の胸を打ち、内なるミューズ……邪悪なるニンジャソウルを疼かせた。 58

2013-11-04 02:35:36
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「駄目だ!正体を知られたからには、俺は行かねばならん!」ホンガンジは左腕で彼女を抱き、優しい肉の感触に苦悩した。そして己の意志に反してメンポの奥で歪む口角と、スリケンを握り彼女の首筋を後ろから狙う右手を呪った。彼は震える右手を睨みつけ、どうにか抗おうとした。だが無理だった。 59

2013-11-04 02:44:17
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

彼は超えてはならぬ一線を超え、ニンジャソウルの闇に呑まれた。血の涙を流しながら、彼はいまや己が何者になったかを悟った。右手の震えは止まった。そして右手に握られた鋭いスリケンが、マツモトの首に突き立てられようとした……まさにその時!「イヤーッ!」闇を切り裂き飛来するスリケン! 60

2013-11-04 02:52:15
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「グワーッ!」スリケンが右手の甲に痛烈に突き刺さり、ホンガンジのスリケンは紙一重でマツモトの首筋を掠めた!ゴウランガ!「おのれ……何者だ……!」ホンガンジは獣じみた殺意を剥き出しにして振り返り、邪魔なマツモトを放り捨てる!「ンアーッ!」 61

2013-11-04 02:58:51
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「Wasshoi!」ネオサイタマの死神は窓の外から回転着地を決め、断固たる殺意とともにアイサツする。「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」「ドーモ、ブラッククレインです」彼は両手に鎖鎌を構えた。死神はカラテを構えた。壁に伸びた彼らの影絵を見ながら、マツモトの意識は遠ざかった。 62

2013-11-04 03:07:30
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」…… 63

2013-11-04 03:09:46
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

……「グワーッ……」……「オヌシの新刊は出ぬ……これにて終わりだ……何もかも」……「貴様……は……何者なのだ……ニンジャスレイヤー=サン……」……「オヌシらを殺す者だ……ハイクを詠め」…… 64

2013-11-04 03:20:48
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「……初雪な……」……「……もはや詠めぬ……おお、ミューズは去りぬ……」……「イイイイヤアアアアアーッ!」……「サヨナラ!」ブラッククレインは爆発四散! 65

2013-11-04 03:22:00
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「フハァーン?……それで、次の日起きたら、この有様になっていたと?」チーフマッポが欠伸しながらハンドヘルドUNIXを叩いた。「ハイ」マツモトは涙を拭い、鼻水をかみながら頷いた。ホンガンジの作業部屋はまるで局地的トルネードが吹き荒れたかのような有様だった。 68 

2013-11-04 03:32:38
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「それで、何を見たんでしたっけ……?」「その……よく覚えてないんですが……ニンジャとか……スリケンを……」マツモトは気恥ずかしそうに答える。「まあ一応そういう決まりなんで、これ、記録しますがね……フハァーン……常識的に考えて、そんなこと起こると思います?」「いえ……」 69

2013-11-04 03:43:09
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「鶴……だったのかも……」「フハァーン……だいぶ混乱してるようですし、自我科でも行ってみたらどうですかね……。ま、こりゃ、物取りですな。捜索願いのほうは、こいつらに」チーフマッポはレッサーに後を引き継ぎ、尻を掻いて去った。調書にはニンジャの事もスリケンの事も書かれていない。 70

2013-11-04 03:50:22
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「オイ、高額納税世帯だから、丁重にな……フハァーン……」「ハイ」「ハイ」「ハイヨロコンデー!」夜勤明けでマグロめいた目のレッサーマッポたちが入ってきて、指差し確認を開始した。「鶴……」マツモトは床に転がった刃物傷だらけのハードカバー書物を拾い上げ、とぼとぼと食卓に向かった。 71

2013-11-04 03:55:05