マイ・フーリッシュ・ハート#1
- EVO_Hitachi
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「作法がなっちゃいねぇ」サケとアンコの匂いをさせながら、ハゲタカがノナコに近づく。「こんなかわいげのないレッサーオイラン寄越すなんて、俺様をナメてるんじゃねェだろうな?」ノナコは反論せず、頭を下げつづける。好きに言わせておけばその内飽きるだろう。 19
2014-01-27 23:52:50そこに、オコノの鈴を鳴らすような笑い声が響いた。「オニーサンごめんなさい、この人マトモな専門学校出てないからァ。別のカワイイな子のはずだったのに、店が間違っちゃったみたい」「道理でなっちゃいねェわけだ」オコノの嫌味にハゲタカは笑い、ノナコの肩口を蹴った。 20
2014-01-27 23:59:02「白けんだよ。失せろ」「ハイ、ゴメンナサイ」タタミに額がつくほど頭を下げる。身を起こす時にちらりと見たオコノは、勝ち誇った笑みでこちらを見ていた。(やっぱり、まぁこんなとこだと思ってたけど)ノナコは曖昧な笑みでその場を辞すと、閉めたフスマの向こうで、キツネサインを作った。 21
2014-01-28 00:01:53「バカバカしい」キモノの帯を緩めながら、足音をたててノナコは歩く。オコノも、ハゲタカも、バカバカしい。「トリュフ豚同士、楽しくやりゃアいいんだ」悪態をつきながら部屋の前。ドアを開けようとしたとき、後ろから声がした。「えらくご機嫌斜めだなァ」 22
2014-01-28 00:05:18カラスだった。面白い物を見たように、ノナコを見ている。「いつから」「今追いついた」「アー……」店のごたごたで、オイランのスケジュール把握ができていなかったようだ。「連絡がちゃんとしてなかったみたい。アタシ、ホントはこの時間いないはずだったんだけど」 23
2014-01-28 00:08:49ドアを開け、中に通す。「ちょっと色々あってね」「でも帰ってきたところを見ると、俺は相手して貰えそうだな」ノナコは頷く。「オカンムリだけどね」冗談めかして笑うと、カラスも笑った。「珍しいから、怒ってていいぜ」「残念、あなたの顔見たら機嫌なおっちゃった」 24
2014-01-28 00:15:28カラスの腕枕で、ノナコはまどろめずにいた。(……前より痩せたよね。ダイジョブなのかな)以前はこんな風にノナコの前で無防備に寝息を立てることはなかった。それだけの仲になれたようで嬉しいが、喜んでばかりもいられないことも分かっている。 27
2014-01-28 00:22:45カラスの様子がおかしいと気づいたのは、いつ頃だったろうか。病院の匂いを連れてきたのが最初だったはずだ。しばらくして一緒にバスルームへ入るのを断られ、その後彼の咳き込む声を薄い壁越しに聞くことになった。 28
2014-01-28 00:26:05ノナコはそれを、敢えて無関心に振る舞った。何かがカラスに巣くっている気配を感じていたが、ノナコにできることはないと思っていた。彼女は止まり木だ。ただの止まり木がカラスにできることは、この部屋の中ではあまりにも少ない。 29
2014-01-28 00:27:56カラスの、規則正しく上下する胸と、その横顔を眺める。これがいつまで続くのだろうか。カラスはいつも気ままにノナコの元を訪れては帰っていくのが常だったが、それでも、と、ノナコは思う。それでもこの人が突然ぱったり来なくなったら、アタシは寂しいんだろうな、と。 30
2014-01-28 00:30:16その時、カラスにしては妙な寝言が聞こえた。「……リゾート?」ノナコはくすぐるような声で聞き返した。その声にカラスは目を開き、こちらを見た。「そんな事言ったか? 俺が」ノナコは笑う。「言った」「今?」「今。どんな夢見てたの」「ああ……」 31
2014-01-28 00:32:33カラスは言葉を濁す。覚えていないのか、話したくないのか。ノナコはカラスの胸に頬をつけた。「ほんとは疲れてンでしょ」カラスは答えず、タバコを探った。カラだったらしく舌打ちをする。「ノナコ」「何?」カラスはどこかヤバレカバレな声で言う。「俺は死ぬんだとよ。長くないんだと」 32
2014-01-28 00:34:49ノナコは反射的に笑った。笑うしかできなかった。「エー?」カラスもそうするしかなかったようだ。数秒の空虚な笑い。ノナコは動揺していたが、職業意識で封じ込めていた。 33
2014-01-28 00:36:41彼女は医者でもカウンセラーでも、まして恋人でもない。ただのオイランで、カラスはその客だ。――ならどうして、アタシはこんなに動揺してるんだろう? 34
2014-01-28 00:38:49「やっぱり、あなた疲れてる」ややシリアスな顔で、ノナコはカラスを見つめた。「何もしないけど誰かが側にいると落ち着くなら、いつでも来ていいからね」カラスの頬をそっと指の甲で撫でる。「ただし、お金は貰うよ」「……呆れた女だな」カラスは笑った。均衡は保たれた。 35
2014-01-28 00:40:35逃げ出したと思っていたウブミは、翌日ヤガネ・ストリートで冷たくなって見つかった。マイコ衣装のまま首を斬られ、眠るように死んでいた。側には黒こげの死体がふたつ。何らかの事件に巻き込まれたと判断した店側は、イメージ悪化を防ぐため、結局逃げたことにした。 36
2014-01-28 00:43:34