マイ・フーリッシュ・ハート#1
- EVO_Hitachi
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ネオサイタマの曇天の下、ピンヒールを鳴らしてノナコは歩く。バッグの中には、今月の給料が8割。稼ぎのほとんどを、彼女は借金の返済に充てていた。現金を直接受け渡すのは、返済相手が彼女の体も目当てだからだ。 1
2014-01-27 22:38:48最初は辛いとも思っていたが、今ではただの時間外労働だった。どんな男であれ、ワルツの相手として捉えてしまえば楽なのだ。いや、楽になってしまったのだ。 2
2014-01-27 22:41:01「どうなってンの……」ノナコの足音が止まり、目的のビルを見上げ、呆然と呟いた。目的地であるビル入り口には黄色い「外して保持」のテープ。目的の事務所は窓ガラスが全て割れ、PVCシートで覆われている。サングラスの下で数度瞬きをしても消えない光景に、それが夢でないと悟った。 3
2014-01-27 22:45:34ノナコは路地を渡り、向かいのタバコ屋の老人に訊ねた。「……ここにあった、ホホエミ・キャッシングは」「つい昨日の話さ。爆発事故があって、全員オタッシャだ」ノナコは再び何度か瞬きをした。「それじゃあ、社長は? ヨタダはどうなったの?」 4
2014-01-27 22:48:33「社長席の辺りが一番ヒドかったらしいから、バラバラんなったんじゃないかねえ」「そう……」「実はここだけの話、ワシはあそこにトレンチコートの男が入ってくのを見たんだ。爆発したのはその後……」老人の自慢げな目撃談は、耳に入らなかった。 5
2014-01-27 22:51:58「お姉さんよく見かけとったけど、あのヤクザボスのコレかい」老人は乱杭歯をむき出しにして笑うと、小指をたてる。我に返ったノナコは曖昧に微笑んだ。「……おじいちゃん、少し明るい海はある?」「はいよ」 6
2014-01-27 22:56:36出勤すると、オイランハウスは蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。店のマネージャーやボーイ達が、マイコやオイランに連絡を取っている。ノナコは、手の空いたバントー・マネージャーを捕まえた。「カネ返しに行ったら事務所が潰れてた」「こっちもそれで困ってる。買取組が逃げた」 7
2014-01-27 23:01:47ホホエミ・キャッシングはこの店を管理する母体のヤクザが隠れ蓑にしていた金融会社だ。しかしそれも昨晩までの話。事務所もろともオヤブンが爆死。ヤクザによって不本意な労働を強いられていたオイランやマイコは、我先に逃げ出してしまったようだった。 8
2014-01-27 23:04:43いなくなった女達の中には、ノナコと仲の良いウブミもいた。彼女は併設するマイコセンターのマイコだ。会社が倒産し借金で首が回らない両親の為に、センタ試験合格を蹴って働いていたが、そのウブミを送迎係(と言う名の監視である)の人間が迎えに行ったが不在で、連絡もつかないのだと言う。 9
2014-01-27 23:07:36「ウブミもいなくなっちゃったの」「もう逃げたモンは仕方ねえ。ほっとけ。それよりバーターに入ってほしい客がいるんだ」「ウブミに会わせろって客がごねて、ウブミがダメなら他のオイランにセッタイさせろって」そして今、その客を店一番のカワイイであるオコノがセッタイしているそうだ。 10
2014-01-27 23:09:37普通ならここまでのことを言い出した客は、別室でマッポに引き渡すはずだが、客の名前を聞いてノナコは納得した。ゴネているのは当のマッポだったからだ。そいつは、ノナコがハゲタカと呼ぶ男だった。 11
2014-01-27 23:13:36この辺りでは顔の利くマッポで、下品で横柄で自尊心が高い。彼女の店では嫌われ者だ。オイランに手を出すことはあまりなく、普段は気に入りのマイコだったウブミをデリバリーさせていた。そのハゲタカのセッタイか。ノナコの顔が曇る。「お前の後にももう一人出す。マッポは後がコワイだからな」 12
2014-01-27 23:16:49「就職組の子よこして。あたし、セッタイ苦手だから」本来セッタイするオイランには厳格な作法があり、きちんとした専門学校では必修科目にもなっている。ノナコの様にオイランとして売り飛ばされる女は、1日でキモノの着付けと最低限オイランとしての所作を学ぶだけだ。 13
2014-01-27 23:21:24それに、ハゲタカはノナコと相性が悪い。ああいう自尊心の高い男は、ノナコのようなきつい顔立ちの女を好まない。カワイイなタオヤメ・アトモスフィアの女が好きなのだ。「乗り気じゃないのはワカルけど、オコノの頼みなんだ。きいてやってくれよ」「アイ、アイ」ノナコは嫌な予感がした。 14
2014-01-27 23:26:57オコノは専門学校を卒業したばかりの、若くてカワイイで野心家のオイランだ。彼女は「カワイイを磨き玉の輿でカチグミ」というオイランサクセスストーリーにあやかろうとしているのだ。ある意味淡々と常連客だけでそれなりに稼いでいるノナコを一方的に敵視している。 15
2014-01-27 23:32:46そんなオコノが自分を呼び出すのだ。ろくな事にならないだろう。「まぁ、お仕事だし、アタシはオイランだし」ノナコは「途中で追い出されても文句言わないでね」とだけマネージャーに前置きし、ロッカールームへ向かった。 16
2014-01-27 23:36:48「縁起良い鶴の間」と書かれた部屋。セッタイ用の和室だ。ノナコはタタキで履き物を脱ぐと、奥ゆかしくフスマを空ける。青いタタミの香りがリラクゼーション効果を高める部屋の中央に、キングサイズのフートンが敷かれている。 17
2014-01-27 23:42:49部屋は黒とゴールドで品良くまとめられているが、フートンにいる男の品性は隠しようがない。ハゲタカはたるんだ上半身を晒し、オコノに酒をつがせていた。ノナコはタタミ二枚分の距離で正座し、丁寧に頭を下げた。「ドーモ、ノナコです」ハゲタカの返事は、甘ったるい匂いのゲップだった。 18
2014-01-27 23:47:16