【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」】

横山光輝「三国志」を解説してみようというコーナー。第10話「鉄門峡の死闘」です。 張宝率いる黄巾賊を攻める劉備の義勇軍の戦い。 なお、あくまでもbotさんの個人的な見解です。
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横山光輝「三国志」武将かるた_bot @yms_karuta

【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-01】 横三講座、第10話目でございます。 前回で董卓に冷たい仕打ちを受けた劉備と義勇軍ですが、それでも官軍を助けるためあちこち流浪していました。一方、敗戦続きの朱儁将軍は本気で自分の立場を心配ています。

2014-04-15 12:39:08
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-02】 史実の朱儁は優秀な人だったらしいですが、横山光輝「三国志」の原作となっているのは吉川英治の手による「三国志」です。こちらでは凡庸な将軍として登場しています。横川版もこれに倣った朱儁像と言えますか。

2014-04-15 12:40:41
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-03】 そんな朱儁の元を尋ねた劉備。朱儁は意外にも丁重に迎えます。下心ありありですが。劉備たちを歓待する朱儁。怪しむ張飛でしたが、関羽に促されて遠慮なく目の前のごちそうに食いつきます。食いっぷりを朱儁に褒められたりしています。

2014-04-15 12:43:36
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-04】 さて翌日。朱儁は早速劉備に、黄巾賊討伐を依頼します。向かう先は張角のの弟、張宝がいる陣です。張角の右腕とも言える張宝の軍。黄巾賊の主力ですな。朱儁は他の討伐で忙しくて手が回らないと言ってますが、一番攻めなきゃいけない所です。

2014-04-15 12:46:04
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-05】 朱儁は劉備に3000の兵を渡します。劉備にとっては初めての兵の貸し借りとなります。義勇軍とともに一行は張宝の陣へ向かいます。しかし、雲行きが怪しくなってきました。

2014-04-15 12:48:35
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-06】 朱儁の兵が騒ぐので、張飛が確かめに行くと、張宝が妖術を使っているとのこと。これまで官軍も何度も攻めたもののその度に全滅しているのは、この妖術によるものだというのです。

2014-04-15 12:50:00
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-07】 当時というか、けっこう後の世でも妖術というのが信じられていました。妖術話で言えば宋の時代の話である「水滸伝」でも妖術がキーワードになるお話がありましたね。横山光輝「水滸伝」でも妖術使いが活躍しています。

2014-04-15 12:51:55
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-08】 兵士達は妖術を恐れて行軍スピードが落ちますが、張飛が無理やり行軍を続けさせます。そして、いよいよ張宝らが立てこもる山までたどり着きました。ものすごい風が吹きすさぶ鉄門峡がその先にありました。劉備は手始めとばかり突撃を命じます。

2014-04-15 12:55:22
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-09】 しかし何やら布だか紙だかを加えた張宝が、高笑いをしながら妖術の構えをしています。朱儁の兵は魔軍が出たと思わず逃げ出します。そしてどこからか飛んでくる矢や石に次々と味方はやられてしまい、たまらず劉備は一旦撤退命令を出します。

2014-04-15 12:57:42
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-10】 張宝の妖術に大きな損害を出した義勇軍と朱儁軍の連合軍です。張飛も関羽もこれでは戦いにならないと言い出す始末です。しかし、劉備はこれは妖術ではない、と言い切ります。

2014-04-15 18:07:59
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-11】 張宝がやったのは、鉄門峡の地形を利用した見せかけだと看破します。 横山光輝先生は、中国ものの最初の作品であった水滸伝では、妖術はそのまま妖術としてすごい力であるとストレートな描写をしていました。

2014-04-15 18:10:28
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-12】 しかし、三国志からは、妖術と伝えられているものは、実は科学的なカラクリ、トリックがあるという描写が多くなっています。人としての能力を超えた奇想天外な物語ではなく、出来る限り人間のドラマとして描きたかったのかもしれません。

2014-04-15 18:15:07
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-13】 ともかく、張宝のトリックを見破ったはいいですが、正面から攻めても損害が大きいのは目に見えています。どうしたものかと思案する劉備ですが、張飛は考えることなく、絶壁を登って奇襲しようと言います。

2014-04-15 18:17:34
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-14】 劉備はその案を採用し、義勇軍を引き連れ、決死の壁登りを開始します。蜀建国までいく劉備達の初期の戦いが、道なき道を進む決死行です。先の話ですが、蜀の滅亡時には逆に、道なき道を進まれて都に攻めこまれます。

2014-04-15 18:21:35
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-15】 敵の裏側に回り込んだ劉備は、張飛に火をたくように命じます。そして、何やら祈祷の真似事をします。破邪の祈祷をしたから張宝の妖術は失われたと言い、臆することなく暴れろと言います。部下の恐怖心をとるための行動だったわけです。

2014-04-15 18:23:27
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-16】 義勇軍を率いている時の劉備は、実に冴えてまして、作戦立案、行動力、そして、部下に対する配慮が行き届いていました。関羽はその様子を見て、改めて、劉備が大物になると確信するに至ります。

2014-04-15 18:26:05
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-17】 黄巾賊に対する奇襲は見事に成功します。張飛は槍を振り回し、ところどころに火をつけ、敵は大混乱。異変を知った張宝は、現場を確認しようと駆けつけたところ、運悪く矢が首に刺さってあえなく絶命。見せ場を作ること無く退場と相成ります。

2014-04-15 18:28:22
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-18】 張宝が討たれたことで、黄巾賊は浮足立ち、逃げ出そうとします。しかし、張飛が見逃すはずもなく、バッサリ斬られまくります。混乱する黄巾賊は同士討ちも始まり、山火事により焼死者も出る始末です。三日三晩で黄巾賊は壊滅します。

2014-04-15 18:31:40
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-19】 数万の黄巾賊が、劉備の率いるわずかな義勇軍によって完膚なきまで叩き伏せられたのでした。 張宝は張角の弟で、黄巾賊の主力を率いていたわけですが、張宝が死んだ後の指揮系統が確立されていなかったことがこの大敗を招いたと言えます。

2014-04-15 18:34:20
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-20】 まさかこんなところから敵が来ないだろう。そんな油断が張宝が敗れる原因。一方劉備は、誰もやろうとしなかったことに敢えて挑戦したことで勝利を手にしました。もちろん、無謀な賭けではなく、勝算があっての行動とは思いますが。

2014-04-15 18:36:20
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【横山光輝「三国志」講座10「鉄門峡の死闘」-21】 大事なところで油断してはいけない。時には大胆な行動も必要、ということでしょうか。 以上が、「鉄門峡の死闘」のお話です。 黄巾賊の乱の終焉と、勝利を手にした劉備はどうなったかについては、次回のお話になります。

2014-04-15 18:40:12