烏に纏わる掌編

美しい「鳥」と彼女たちに魅せられた男たちの物語。 以前連載していた「鳥に纏わる掌編」(http://togetter.com/li/295183)の続編です。 とりあえず完結。
2
chi-suke @ChiKomiya

【序】 人の男が雌の鳥と番えば、男は人でも鳥でもないものになり、雌は翼も声も失う。子の成せない小さな雛ばかりを生みながら、一人と一羽は永久に連れ添わねばならぬ。離れたところでもう互いに独りでは生きて行けぬのだ、と。 旅の鳥屋はそう語った。 #twnovel #烏に纏わる掌編

2014-05-22 00:24:39

鳥打帽に黒い二重回しの旅の鳥屋。

chi-suke @ChiKomiya

【1】 月の明るい夜の事だった。一陣の風に瞑目し、再び目を開けたその時、梢の上に彼女の姿を見た。爛漫の枝を踏みしめ、白い花の一房を咥えて立つその姿が、次から次へと舞い落ちる花弁と月光に霞む。 ――そして私は恋をした。 #twnovel #烏に纏わる掌編

2014-05-22 21:49:24

白い月、白い花、白い鳥。

chi-suke @ChiKomiya

【2】 彼は厳粛な男であった。可憐な一羽の鳥がそれ程までに己の心を占めるとは思いも寄らなかったに違いない。 ――だから彼は許さなかった。熱に酔い痴れ罪を犯した己を罰すべく喉を突いたのだ。哀れな男の血潮は、きっと彼女の裳裾を濡らしただろう。 #twnovel #烏に纏わる掌編

2014-05-23 22:32:28

然し気を付けないと不可ない。恋は罪悪なんだから。
――君、黒い長い黒髪で縛られた時の心持を知っていますか。
 (夏目漱石「こころ」より)

chi-suke @ChiKomiya

【3】 何時のことだったのだろう、締め緩めしながら爪弾く絃の音に美しい声が添うようになったのは。その声に魅せられた私の前に、彼女が舞い降りてきたのは。 今はもう歌うことも飛ぶことも出来ない彼女は弦を爪弾き、私はその弦を締め続けている。 #twnovel #烏に纏わる掌編

2014-06-01 23:44:54

弦を爪弾く鳥をもう一度。

chi-suke @ChiKomiya

【4】 その男が魅入られてしまったのは稚い少女のような姿をした鳥だった。彼は人一倍優しい質で、その上道徳的な男であったから、悩みに悩んで遂には坊主になったという。 男は今でも可憐な小鳥の手を引いて、何処かの山野を行脚しているに違いない。 #twnovel #烏に纏わる掌編

2014-06-02 22:28:32

例え旅が終わらなくても、二人は幸せ。

chi-suke @ChiKomiya

【5】 父が連れ帰ったその美しい鳥は父のものである筈だった。けれども父は段々と言葉少なになり、老い窶れ、ある日何も言わずに家を出て戻らなかった。 それから幾春秋が過ぎたが、彼女は今も私の傍らで微笑み続けている。父は未だに戻らない。 #twnovel #烏に纏わる掌編

2014-06-03 23:08:06

男たちが彼女たちを選ぶのではありません。

chi-suke @ChiKomiya

【6】 その男が己が盗み出した筈の鳥を縛し、鞭で打ち据えるようになったのは何故だったのか――それは誰にも分からない。けれどある日、彼女がふと音も無く涙を落とした――その時にはもう死んでいた。 程なくして彼も狂い死にしたという。 #twnovel #烏に纏わる掌編

2014-06-04 23:04:11

彼女の涙は、我が身を嘆くものではなく。

chi-suke @ChiKomiya

【7】 最初は声を聞くだけで良かったのだ。けれど夜の帷の彼方から響くその鳥の声を聞く度に私の胸は張り裂けんばかりだった。だから――。 ある静かな初夏の夜、彼女は血を吐いた。もし彼女に声があったなら、きっと私は切ない歌を聞いたに違いない。 #twnovel #烏に纏わる掌編

2014-06-05 23:07:31

その鳥は、血を吐きながら「不如帰」と鳴くのです。

chi-suke @ChiKomiya

【8】 彼はその気高い強さに心を奪われて一羽の猛禽を己のものとした。その結果彼女が狩りは疎か飛ぶことさえ出来なくなるとも知らずに。 ある日、喉笛を食い千切られて彼は死んでいた。その顔は安らかであったという。 彼女の行方は知れない。 #twnovel #烏に纏わる掌編

2014-06-06 23:33:54

それこそが彼の愛した美しさだから。

chi-suke @ChiKomiya

【9】 彼女を殺し、手足を千切り、その血を啜って肉を食む。食らい尽くしてやっと人心地ついて、ぼんやりと空を見上げた。 そんな夢を見た。――彼女が不安げに私の顔を覗き込んでいる。その顔が余りに可愛らしいので、何だか笑えて仕方なかった。 #twnovel #烏に纏わる掌編

2014-06-07 23:53:44

本当にそれは「私」の夢なのか。

chi-suke @ChiKomiya

【10】 水の少ない異国の話である。 水辺で捕らえた鳥のために王は部屋に水場を作らせた。彼女が大層喜んだので、王は舟遊びに鳥を伴うことにした。しかし、その折に彼女は船縁から身を投げた――。 鳥も、彼女を追った王も、遂に見つからなかったという。 #twnovel #烏に纏わる掌編

2014-06-08 23:41:50

水を自由にできることが富と力の証となる国もあるとか。

chi-suke @ChiKomiya

【11】 指で示された花の名前を私は囁く。彼女は私の手を取ってそっと唇を押し当てる。唇の動きと吐息とが、確かに彼女がその言葉を繰り返したことを教えてくれる。 そして彼女は窓の外の遥か彼方を指差す。その二文字の言葉を教える日は永久に来ないだろう。 #twnovel #烏に纏わる掌編

2014-06-09 22:57:28

それを教えてしまったら、彼女は帰ってしまうかもしれないから。

chi-suke @ChiKomiya

【12】 帝の勅命を受けて御前に舞い降り、官位を賜った鳥がいるという。しかし鳥が何故勅命を受けたかを知る者はいないのだ。彼女に勅命を伝え、共に参上した男の仔細を知る者はいないのだ。 ただ、その後彼らの姿を二度と見なかっただろうことは確かである。 #twnovel #烏に纏わる掌編

2014-06-10 23:08:41