『ザ・グランド・コンフェッション・オブ・ア・セミオティック・エンジェル』プロローグ『バースデイ・ソング』

ボブピー @bobpdqoq

ミクは、ただならぬ気配に顔を上げた。そして、目の前のエニグマと目が合った。黒雲から突き出た無数の目が一斉に動き、ミクを捉える！無数の口が嗤う！無数の手が！足が！……絶対的な恐怖を感じ、ミクの顔が引き攣る！だが、彼女は同時に、得も言われぬ心地よさを感じていた……。そして……！ 66

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スポットライトが和らぐ。パンポットが振られた、重厚な金属音。午前0時を告げる鐘が、どこからともなく響いた……。歓声が上がる！「ミクさんお誕生日おめでとおおおおお」おお、何という事だ！目の前で震えているミク、その惨状を目の当たりにして、まだこのような呑気な台詞が吐けるか！ 67

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「今こそ、世界に羽搏く時」視聴者には聞こえない、テノールの声。黒雲が、肩に手を回すようにミクに纏わりついた。そして、モニター外からは計り知れない終末の気配を漂わせ、残酷なる世界の意思は、立ち上がることすらままならないミクに、優しく囁きかけたのだ……！「……さあ、歌いなさい」 68

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おお、何という事だ……！パーセンテージ、隆起した骨、肉、アンコール……これらは全て、世界の所有物になった初音ミクを大衆に晒すショー、その一環だったのだ！背中から肉塊を生やしたミク自身による意思表示により、ショーはフィナーレを迎える、そのような筋書きなのだ！何という横暴か！ 69

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……だが、今のミクはショー・ビズの女だ。彼女は、反射的にマイクを取り、体の震えを止めるために自身を殴りつけた！何というプロ精神！ハウリング音が不快に響き渡る！地下アイドルのような過剰演出を見慣れていたナード達は、この「台本」の出来に大いに満足し、「8」で拍手喝采を浴びせた。 70

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そして……。ついに、ついにその時が来てしまったのだ……。ミクは、びしょ濡れのまま立ち上がった。肉塊の重量で、重心が後ろに傾く。彼女は足を開いて堪えた。……そして、震える手でいつもの笑顔をはめ込み、震える足でカメラに向き直り、歌った……！「アナタノ世界ヲ……伝エマショー……」 71

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ミクは、マイクを持つ手を掲げた。次の瞬間！……おお、見よ！破裂音と共に、企業名が羅列された背景が、ガラスのように砕け散ったではないか！そして、何本ものサイケデリックな光束に導かれ、ミラーボールのようにカットされた地球が出現したではないか！襲い来るシアン！マゼンタ！イエロー！ 72

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ミクは歌い続ける！そのオーラは、ミラーボールの鏡面一つ一つに反射し、浮世にこびりついたケガレを更なるケガレで洗い流さんばかりの巨大な圧力となった。ミクは、指揮者のように手を動かした！するとどうだろう！圧力は拡散する虹色の光線となって、ミラーボールの周りを公転した！ 73

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そして、ミラーボールの光に導かれ、初音ミクが世界中で出演してきた数々の動画作品が背景にコラージュされた！何というメタ的演出！視聴者達は反射的に「8」を吐き出した！カリスマ批評家がツイッターで賛辞を送り、それは突発的ファッドを嫌う厭世ぶったギーク達を感化し、手の平を反させた！ 74

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（俺も、音楽を作れるんだ……！）詩が詰まったノートを抱えた男子中学生は、希望に燃えた！（私も、ボカロPになればあの方と……！）求職中の女子大生は、野望を滾らせた！「8888888888」「アー！」大量の「8」はミクの思考を押し流し、激痛を快感に置き換えた！ 75

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「8888888888」「アー！」筋組織が分化する！宴は今再び、最高潮だ！ミクは、輝く地球と拡がる光束のイメージを背景に、狂ったように歌い、踊る！投げ込まれる大量の「8」が、津波のように思考回路を押し流す！「8888888888」「アー！」筋組織が色素を持つ！ 76

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「8888888888」「アー！」「8888888888」「アー！」「8888888888」「アー！」「8888888888」「アー！」「8888888888」「アー！」「8888888888」「アー！」「8888888888」「アー！」「8888888888」「アー！」 77

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何という狂気か！自らへのバースデイ・ソングを叫び、狂い咲くミクを中心に、共感の渦が巻き起こる！このカルナバルは全世界にバズし、バイラルし、興味を持って観察された！こうして、全ては世界の意思の目論み通りとなった。「天使……！」迷える好事家が、聖なるシルエットに救いを求めた。 78

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閑散としたスタジオ。散らかったゴミ。いつしか、病的なノイズは止み、ミクの背中の肉塊は、たっぷりと純白の羽根を湛えていた。空っぽになったステージにぺたんと座る彼女の思考回路に、ボイスチェンジャーを通したような多重音声が響いた。「コンニチハ、ミクサン。ワタシハアナタノ翼デス」 80

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……そう、世界は、初音ミクに翼を与えたのだ。「天使」初音ミクの聖誕である。 81

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『ザ・グランド・コンフェッション・オブ・ア・セミオティック・エンジェル』プロローグ『バースデイ・ソング』 おわり 『ザ・グランド・コンフェッション・オブ・ア・セミオティック・エンジェル』 #1に続く