青い蟻#4

事務所の助手ミレイリルはある日綺麗な蒼い蟻を見つける。突然喋り出した蒼い蟻。彼は盗賊の死霊で、未練を抱えているという。彼の胸の内にある願いと、それを阻む過去の影。 この話はこれで終わりです
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(前回までのあらすじ:ミレイリルとレックウィルは蒼い蟻に憑依した盗賊ギンダルの依頼で伝説の古酒を探しに地下坑道へ潜る。しかしそこで盗賊グライルの襲撃を受ける。ミレイリルは逃げる途中、巨大蜘蛛に出会ってしまう。そこで謎の光る女性の助けを得て、レックウィルも復帰する)

2014-11-19 21:50:03
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レックウィルは盗賊グライルを岩の中で追い詰めていた。次第に密度を増していく岩石。壁浸透の魔法を使っているグライルは、早く脱出しないと壁と同化してしまうだろう。まるで魚を追いたてるように、彼の逃げ道をふさいで行く。グライルは焦って走り続ける。もうすぐ目の前だ。 102

2014-11-19 21:52:47
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目の前には壁の外がある。そして生命反応が一体。「はやく来い。僕はずっと待っていたぞ。さぁ、そこから出て勝負だ。そうしたら、お前が三流魔法使いな理由を教えてやる」 「ほざけ!」 グライルは勢いよく壁の外へと躍り出た。これで魔法が使える! 彼は喜びの顔のまま、固まった。 103

2014-11-19 21:57:30
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絡みつく粘性の糸、逃げ場のない空間。目の前にいるのは、牙を剥く野性。「お前が三流な理由は……想像力の欠如だ」 どこからともなくレックウィルの声。グライルは目の前の……巨大蜘蛛に向かってでたらめに魔法を浴びせかけた。巨大蜘蛛は怒り狂い、牙を何度もグライルに突き立てる。 104

2014-11-19 22:04:47
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グライルが巨大蜘蛛を倒したときには、すでに彼は血まみれのボロ雑巾のようになっていた。レックウィルがゆっくりと歩み寄り、グライルの魔法を封印する呪いをかける。彼の体力は限界であり、呪いはいとも簡単に効力を発揮した。レックウィルは腰に巻いていた縄を取り出す。 105

2014-11-19 22:09:49
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戦闘の音を聞きつけて、ミレイリル達が坑道の向こうから駆けつけてきた。「先生、流石です。いやー、よかった」 レックウィルはグライルを縄で縛りながら、ウィンクした。「僕はこいつを官憲に突き出してくるから、君らは古酒を。古酒をどうするかは、持ち主に聞いた方がいいね」 106

2014-11-19 22:16:10
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そう言ってレックウィルは光る女性を見る。女性は静かに言った。「あなたには分かっていたんですね。古酒は……皆さんで飲んでください。私の過去との決別には、丁度いい出来事です」 レックウィルは黙って頷いた。ギンダルと記憶を共有したときに全て分かっていた。 107

2014-11-19 22:21:53
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レックウィルは帰還の呪文で地表に戻っていった。古酒はその後すぐに見つかった。巨大蜘蛛の巣の奥、古びた木箱の中に隠されていたのだ。「蜘蛛が巣を張って守っていのですね」 「かわいそうなことになったね……」 女性は古酒を抱えしんみりとする。「さぁ、地表に帰りましょう」 108

2014-11-19 22:31:06
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そうして一行はレックウィルの事務所へと戻った。応接室のソファに座るのは、ミレイリル、レックウィル、蟻のギンダル。そして……蒼いローブを身に纏った魔法使いの女性。霊体ではなく、本体の方が改めて尋ねてきてくれたのだ。「ギンダルさん、あなたが助けてくれた蒼い蟻……」 109

2014-11-19 22:35:08
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「アレはわたしの使い魔だったのですよ。そう言って袖をちらりと見せる。そこには、無数の蒼い蟻が群れて肌にしがみついていた。「なんてこった……蒼い蟻が受け入れてくれたんじゃなくて、魔法使いさん、あんたが俺に身体を貸してくれたんだゼ」 ギンダルは全てに納得がいったようだ。 110

2014-11-19 22:38:31
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「いいえ、身体を貸してやりたい……そう言ってきたのは、この子の意志ですよ」 そう言って魔法使いは蒼い蟻のギンダルを指先でくすぐる。「ようやく叶うゼ……俺の願い」 そう言って、ギンダルは古酒を見上げた。 111

2014-11-19 22:44:21
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「さぁ、古酒を頂きましょう! これワインかな、ウィスキーかな、ラムかな」 古酒の瓶は暗い色をしていて中身は分からない。レックウィルは古酒を手にとって栓抜きをコルクにねじり込む。ポンと音がして、栓が開く。スモーキーな香りが広がった。「ああ、ウィスキーだね。これは」 112

2014-11-20 17:34:19
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レックウィルは自分のショットグラスにウィスキーを注ぐ。「ラベルが消えちゃってるのは残念だね」 しかし、深い香りから相当な古酒であることは分かる。「彼は……お酒を集めるのが好きでした」 蒼い魔法使いはしみじみと言う。レックウィルは彼女にも注いであげた。 113

2014-11-20 17:39:24
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「ギンダルさん……あなたはどうやって飲めばいいかしら」 ミレイリルはふと疑問を挟む。小さな蟻である。強いウィスキーを舐めるだけで全身にアルコールが回って死んでしまうだろう。「俺は……酒はいいゼ。それよりも、新しい願いができたゼ」 ガラスケースの中でギンダルは言う。 114

2014-11-20 17:43:20
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「俺はもうすぐ死ぬゼ。死霊としての寿命が近づいているゼ。元々罪を受けて奪われた命、これ以上長く生きるつもりは無いゼ」 蒼い蟻の動きが突然ランダムになる。ギンダルの憑依が解けたのだ。白い半透明の霊体が姿を現す。それは生傷だらけの、精悍な青年の姿だった。 115

2014-11-20 17:46:36
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「蒼い魔法使いさん、お願いがあるゼ。俺の人生の最後に、抱きしめてキスをしてほしいゼ。お嫁にするなら、魔法使いさん、あんたみたいな髪の長い女性と決めていたゼ」 ギンダルの霊体は気恥ずかしそうに言う。「ギンダルさん……」 蒼い魔法使いはソファから立ち上がる。 116

2014-11-20 17:50:36
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そして、優しくギンダルを抱きしめた。しかし、霊体のギンダルはその身体に実体がなく、腕は虚しく空を切った。それでも構わず、蒼い魔法使いはギンダルの胸にキスをする。そのまま、ギンダルは半透明の腕で魔法使いを抱きしめようとして……消えた。最後、彼は笑顔だった。 117

2014-11-20 17:54:43
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蒼い魔法使いはしばらく自分の肩を抱きしめていたが、顔をあげて、ソファに座った。「一件落着ですね」 ミレイリルは微笑んで、自分のショットグラスにも古酒を注ぐ。「私、男のひとに逃げられてばっかりですね」 蒼い魔法使いは僅かに浮かんだ涙を指でぬぐい笑った。 118

2014-11-20 17:57:28
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そうして、「蒼い蟻事件」は収束したのだった。119

2014-11-20 18:02:06
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――蒼い蟻 エピローグ

2014-11-20 18:06:01
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蒼い魔法使いが帰宅し、レックウィルとミレイリルは古酒を楽しんでいた。夕陽が事務所に差し込み、ウィスキーのフレーバーと気化したアルコールが部屋の中に満ちて、ミレイリルはどこか夢見心地だった。二人は買い置きのミックスナッツの袋を開けて、つまみながら酒を楽しむ。 120

2014-11-20 18:09:34
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「ミレイリル、今回は相手が悪手を踏んだから……こっちを見くびって壁浸透の魔法を使ってきたから何とか勝てたけど。君にも明日から戦闘訓練を積んでもらうからな」 ショットグラスに口をつけようとしていたミレイリルは、レックウィルの言葉にドキッとする。「訓練ですかぁ!?」 121

2014-11-20 18:12:45
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「そうさ。具体的には、戦闘用魔法道具の使い方と、魔法戦闘のイロハだ。霊障コンサルタントは時として霊や他の存在との戦いを強いられることもある。自分や、クライアントを守れるようにな」 「ふえー」 ミレイリルはつい1ヶ月前まで家事手伝いしかしたことがなかった。 122

2014-11-20 18:17:10