ブラックメイルド・バイ・ニンジャ #2

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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

【ブラックメイルド・バイ・ニンジャ】#2

2015-02-05 22:38:11
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

アサノ・ミツイ部長は、ケブラー・トレンチコートの襟を立て、ハットを目深に被りながら、深夜の社屋地下駐車場を歩いていた。時刻はウシミツ・アワーに実際近く、重役用駐車場に人影はない。あるのは、青いネオン軌跡を描くセキュリティ・トンボ・ドローンの奥ゆかしい飛行音とスキャン光だけだ。 1

2015-02-05 22:45:54
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

コートの袖を上げ、ハンドヘルドUNIXのキーを叩く。ピボボッ。赤いレーザー光が照射され、カタナ・オート・チカラ社製の最新型ビークルが堅牢なドアを開いた。アサノは何かを警戒するように、地下駐車場をもう一度見渡してから、滑り込むように運転席に座し、自動操縦モードで車を発進させた。 2

2015-02-05 22:52:45
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駐車場の三重装甲隔壁が開き、黒い車体は夜のネオサイタマへと吞み込まれる。そして加速する。強化カーボンタイヤが、メガロハイウェイへ向かうカチグミ用有料道路の湿ったアスファルトを捉える。車内は無音。規則的なUNIX音と微かなエンジンの唸りだけが、無表情なアンビエントめいて鳴った。 3

2015-02-05 23:02:59
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ビークルはもう時速160キロにも達し、アサノサン・パワーズの社屋が遠ざかってゆく。「世界ベスト」「本格クリン燃料」「今一番売れている」……サイドミラーには、社屋壁面にモニュメントめいて映し出される荘厳な青色LED文字が映り込み、重金属酸性雨で朧げに歪み、後方へと流れて消えた。 4

2015-02-05 23:07:48
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かつて、それはアサノ部長の誇りであり、アサノサン・パワーズ社の社屋こそが己の神殿であった。だがいまや社のスローガン・ハイクは、ネオサイタマIRCに氾濫する無意味なコピー聖句にも等しい、ただの空虚な文字列としか感じられなかった。忠誠心とは何と儚く脆いものか、と彼は溜息をついた。 5

2015-02-05 23:16:35
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二週間前、彼はニンジャに脅迫されて、パワーズ社を裏切った。パワーズ社の株価を守るために爆破処理されるはずだった試作型マグロ・ツェッペリンの墜落機体は、幾つものダミー会社を介し、間もなくチョッコビン社の手で国境を超えようとしている。アサノは、何事も無く部長の座に残り続けている。 6

2015-02-05 23:22:53
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二週間前の惨劇は全て、マチカネ課長の凶行として処理された。手慣れたものだ。隠蔽と不祥事隠しこそが、アサノの最も得意とする分野だからだ。むろん、談合行為と隠蔽処理が終わるまでは、生きた心地がしなかった。だが実際終わってみれば、遅い来たのは虚脱感のみ。「…あれは、幻覚だったのか?」7

2015-02-05 23:31:15
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

あの後ニンジャは忽然と消え、二度と現れなかった。だが網膜の奥に焼き付いた、あの不吉な白い肌をどう否定する。「自我科に行こう……」アサノはダッシュボードにぞんざいに投げ込まれた強いテキーラ酒「コク8」のボトルを掴み、煽った。IRCをする気にもなれない。「そうだ……私は狂ったのだ」8

2015-02-05 23:39:01
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だがアサノの理性と生存本能がそれを否定した。自我科に行けば、汚職が全て露見する。築き上げた地位と年収が全て失われる。アサノはサラリマンとして生まれてからこれまでの五十年間、己の幸福を、地位と年収以外のパラメタで定義することはなかった。「ならば……悪い夢だな」アサノは嘆息した。 9

2015-02-05 23:43:29
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「……生憎だが、貴様にはもう一働きしてもらう」突如、後部座席から押し殺したデスヴォイスが聞こえた。「アイエエエエエエエエエ!」アサノは目を見開き、恐怖の悲鳴を上げた。車内灯が後部座席を照らすと……おお、ナムアミダブツ!そこにはタント・ダガーを研ぎ澄ますブラックメイルの姿が! 10

2015-02-05 23:49:04
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「アイエエエエエエエ!」アサノは手を震わせ、自動操縦下のハンドルを握りしめた。果たしてブラックメイルは、いつから後部座席に!?走行中に侵入?有り得ない!駐車場で予め乗り込んでいたのか?最高級のセキュリティロックを如何にして解除した?そして何故、気配を察知できなかったのか!? 11

2015-02-05 23:58:39
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答えは無慈悲かつ明白だった。「……ニンジャだからか」アサノは諦めの表情を刻んだ。「常に暗闇から、ニンジャが貴様を監視していると思え」ブラックメイルはダガーの冷たい刃先を部長の首筋に這わせ、言った。「愚かな動きをすれば、死、あるのみ」「ハイ」アサノの声は再び恐怖にうわずった。 12

2015-02-06 00:08:01
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「……次の命令だ」ブラックメイルはタント・ダガーを収め、懐から新たなミッション・マキモノを取り出した……秘密結社アマクダリ・セクトの紋が刻まれたマキモノを。アサノはそれを受け取った。『右に曲がるドスエ』運転AIが無表情に告げ、ハイウェイへと向かう道を滑らかに右へと曲がった。 13

2015-02-06 00:17:39
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アサノはごくりと唾を呑み、マキモノを開き、呟くように読み上げた。「……墜落機工作の一件は後日第二段階へと進む。その間……アサノサン・パワーズ社の秘密帳簿を用い……(((何故それを知っている!)))……来週リロン・ケミカル社から分離独立して上場する、トロ精製企業の株券を……」 14

2015-02-06 00:23:56
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「全力で買え……なおこの新企業ミカケ・ケミカル社は半年後に……再開発予定スラム地区で爆発事故を起こし計画倒産予定……」ナムサン!何たる複雑に入り組んだインサイダー取引と暗黒マネーロンダリングの片棒を担がせしめようとする非道命令!パワーズ社にも致命的ダメージをもたらしかねぬ! 15

2015-02-06 00:33:44
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

アサノは歯を食いしばり、人生を反芻した。地位だけではない。一族の誇りたるパワーズ社すら危険に晒す。(((だがもし取引を成功させれば……途方も無いカネが動く。私は有能さを買われ生かされるやも……そして……)))後部座席をちらりと見た。「ハンコを押せ」ニンジャが非情な声で言った。16

2015-02-06 00:42:43
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ハイ」アサノは答え、震える手でハンコを取り出した。マキモノにハンコを押し、それをニンジャに預けたとなれば、魂を人質に取られたも同然。だがそれでも、彼はハンコを……押した!恐怖のため、保身のため、そして……ニューロンに焼き付いた抗いがたい悪の魅力……パワーへの野望のために! 17

2015-02-06 00:52:48
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ブラックメイルはマキモノを受け取ると、満足げに頷き、アサノ部長を再びバックミラー越しに睨みつけて失禁させた。ニンジャの針のように細い瞳は、人間とは全く別種のクリーチャーを想起させ、彼の心胆を寒からしめた。「スミマセン」アサノは恐怖のあまり、目を逸らした。直後「イヤーッ!」 18

2015-02-06 00:56:43
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「アイエエエエエエエ!?」アサノは何が起こったのか解らず、狼狽した。後部座席からブラックメイルの姿が消えたのだ。「アイエエエエエエエエ!」一瞬だけ、凄まじい風と重金属酸性雨が車内へと叩き付けられた。「じ、自動操縦解除!」アサノはハンドルを握り、ビークルを路肩に急停車させた。 19

2015-02-06 01:01:05
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ブ……ブラックメイル=サン!?」アサノは重金属酸性雨にも構わず、衝動的にドアを開けて道路に立った。ハイウェイの灯りだけが周囲を頼りなく照らす。……ニンジャは任務を終え、消えたのだ。「時速160キロの車から飛び降りたのか……?」彼は考えるのを止めた。「……ニンジャだからだ」 20

2015-02-06 01:08:34
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

アサノは重金属酸性雨に叩かれながら、広大無辺なるメガロシティの夜景をぼんやりと眺めていた。幼い頃から見慣れた、猥雑たる薄汚いネオンサインの海は、何故か、いつもとは違って見えた。 21

2015-02-06 01:19:24
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「ドーモ」「ドーモ」暗がりの中で、スーツを着た二人のサラリマンがオジギし、固いビジネス握手を交わす。暗さ故、両者の顔はほとんど判別できない。ただ、両者のネクタイには「天下」の文字を象ったプラチナ製の秘密結社タイピンが燦然と輝く。彼らは邪悪なるアマクダリ・セクトの一員なのだ! 23

2015-02-06 01:28:15
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

「新規秘密帳簿の件、くれぐれもヨロシク!」相手の肩を叩き、力強く微笑むのは……アサノ部長であった。「大変お世話になっております!」その談合相手は……ナムサン!特別監査法人オメコボシ・アカウンティング社の会計人ではないか!アサノは新たな秘密帳簿を独断で開設する極限背信行為だ! 24

2015-02-06 01:38:48
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