ブラックメイルド・バイ・ニンジャ #3
そのニンジャの姿は、何倍も威圧的で邪悪に見えた。だが思えば、初めからこうだったのだ。「アイエエエエエ!」アサノは床でもがいた。「イヤーッ!」「アイエエエエエ!」顔のすぐ横にスリケンが突き立った。番犬を殺された夜の恐怖がフィードバックした。失禁し、リヴィングから這って逃げた。 23
2015-02-21 01:43:13「……ハァーッ……ハァーッ……ハァーッ……!」アサノは嗚咽しながら、ブザマに這い進んだ。この後に訪れるであろう破滅について彼は悟り、情け容赦ないアマクダリ・エージェントの仮面とオーラは砕け、剥がれ落ちた。全ての時間が巻き戻り、あの屋内プールの夜に戻ったかのようだった。 24
2015-02-21 01:49:00『来客ドスエ!』不意に電子マイコ音声が鳴った。呼び鈴が押されたのだ。アサノ・ミツイは死刑宣告を受けた男めいてと立ち上がり、通話受話器を取った。殴り飛ばされた衝撃で膝に力が入らず、またブザマに床に転がった。「モシモシ、誰だ」アサノは受話器に問うた。「探偵です」と死神は答えた。 25
2015-02-21 01:52:14『来客ドスエ!』不意に電子マイコ音声が鳴った。呼び鈴が押されたのだ。アサノ・ミツイは死刑宣告を受けた男めいて立ち上がり、通話受話器を取った。殴り飛ばされた衝撃で膝に力が入らず、またブザマに床に転がった。「モシモシ、誰だ」アサノは受話器に問うた。「探偵です」と死神は答えた。 25
2015-02-21 22:06:33「帰ってくれ」とアサノは言った。鼻血がボタボタと白い受話器に垂れた。だが気がつくと、如何にしてかドアが開かれ、招かれてもいないのにトレンチコートの男が廊下を歩いてきていた。この世のものではないと解った。「ニンジャだな」アサノは探偵のコートの裾を掴み、言った。 26
2015-02-21 22:13:18探偵は何も言わなかった。重金属酸性雨と血の臭いがした。探偵は一瞬だけ立ち止まり、振り返ってアサノを見た。ハンチング帽の下には厳めしい目があった。「殺さないでくれ」アサノは懇願した。死神は何も言わず、リビングに向かって無慈悲に前進した。アサノは掴んでいた裾を失い廊下に崩れた。 27
2015-02-21 22:24:11「ああ、ああ」アサノは廊下に這いつくばりながら顔を上げ、遠くリビングへと向かう探偵を見た。情け容赦ないカラテが、大気にピンと張り詰めていた。雷が鳴った。リビングの前で、探偵がコートとハンチング帽を脱ぎ捨てると、その下には傷だらけの赤黒いニンジャ装束と鋼鉄メンポが隠されていた。28
2015-02-21 22:28:06「ドーモ、ブラックメイル=サン」死神は言った。「来たか、ニンジャスレイヤー=サン。決着をつけよう。殺す」カラテを構えるブラックメイルの声は再び、邪悪な威厳に満ちあふれていた。マキモノを奪われたブラックメイルは、己自身の手で決着をつけようとしていた。直後、スリケンが乱れ飛んだ。29
2015-02-21 22:36:04「ウーッ……」アサノは壁にもたれ、立ち上がった。そして鉛のように重い体を引きずり、リビングへと向かった。世界が回転し、音と風を感じた。ニンジャのイクサはあまりにも速く、無慈悲だった。見えない嵐がリビングで吹き荒れているようだった。不可視の怪物同士が暴れ狂っているようだった。 30
2015-02-21 22:39:12「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」姿は見えず、遠い暗闇の中で飛び散る火花と、凄まじいカラテシャウトだけが知覚できた。「死ね!ニンジャスレイヤー=サン!死ね!イヤーッ!」…アサノの胸を恐るべきカラテシャウトが突き抜け、彼は雷撃に打たれたかのように震えた。 31
2015-02-21 22:44:17これぞニンジャだ、私を魅了したニンジャそのものだ、とアサノは声にならぬ声で叫んだ。女でも、男でも、人ですらない。カラテと暴威の怪物。人間如きにはとうてい理解できぬ、埒外の存在!いかなる枷にも頸木にも縛られてはならぬ存在!「殺せ!ブラックメイル=サン!殺せ!……死神をも殺せ!」32
2015-02-21 22:50:47アサノはブラックメイルの勝利を祈った。ブラックメイルは奥の手のムテキ・アティチュードを行使した。重金属弾の斉射すら凌ぐ、超自然のジツを。だが死神のカラテは、それすらも破った。「イヤーッ!」「グワーッ!」ブラックメイルは弾き飛ばされ、激突寸前で身を翻し、壁を蹴って飛び掛かった。33
2015-02-21 23:01:32「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」ひときわ壮絶なカラテシャウトが響き渡った。再び雷光が閃くと、死神の情け容赦ないチョップ突きがブラックメイルの心臓を深くつらぬくシルエットを刻んだ。ニンジャを殺す者が現れ、今まさに悪徳に破滅をもたらさんとしている事を、アサノは悟った。 34
2015-02-21 23:05:07無論アサノの目には、カラテの全貌を見通すことなどできなかった。彼が知り得たのは、己の野心とブラックメイルの敗北だけだった。「サヨナラ!」ブラックメイルは爆発四散した。アサノ・ミツイもまた、ファイアウォールを突破されニューロンを焼き切られたハッカーめいて、白眼を剥き卒倒した。 35
2015-02-21 23:09:05リビングの割れ窓から吹き込む風でアサノが目覚めると、もう、何も残されてはいなかった。死神は姿を消し、ブラックメイルもまた、影も形もなかった。血の染みも死体すらも残さず、まるで灰燼に帰してジゴクへと帰ったかのように、ブラックメイルは消えてしまった。 37
2015-02-21 23:16:55「私は夢でも見ていたのか」アサノは割れそうな頭を抱え、リビングを見渡した。ZBRアンプルが割れ砕けて絨毯に染み込み、護身用拳銃が転がっていた。彼は顔面を蒼白させながら、胸に手を当てた。アマクダリ・タイピンは無かった。全てはIRC自我希薄化症と薬物が見せた妄想では、と戦慄した。38
2015-02-21 23:23:08「だがそんな筈は……」アサノが顔を上げると、割れた窓の彼方を飛ぶマグロツェッペリンの大型モニタに、深夜のオイランニュースが映し出されていた。『試運転中に消息を絶っていた試作型ツェッペリンが国境付近で発見。しかしチョッコビン社のスポークスマン発言には不自然な点が実際多く闇……』39
2015-02-21 23:29:43「何だと」アサノは全身から冷たい汗が吹き出すのを感じた。『何者かがツェッペリンをキョート側の撃墜事故に見せ、不祥事を隠蔽しようとしていた可能性が、匿名公開された機密データからは窺えると発表……。当局はこの機密データの出所を詳しく……』「何だと」『関係各社の株価は乱高下……』 40
2015-02-21 23:36:20アサノは拳銃を掴み、立ち上がると、目を血走らせて書斎へと向かった。UNIXに謎のフロッピーが突き刺さり、ヤバイ級ハッカーの遠隔高速タイプによってIRCコマンドが実行され続けていた。彼が隠し持っていた陰謀に関する全てを、どこかへと送信していた。「……破滅か」アサノは拳銃を見た。41
2015-02-21 23:40:14「おのれ……おのれ……!」BLAMBLAMBLAM!アサノは荒々しく叫び、歯を食いしばりながら、銃弾をUNIXに叩き込んだ。KA-DOOOM!爆発するUNIXを尻目に、汗を拭って廊下を渡った。アウトローめいた形相で、硬いオートマチック拳銃をスラックスに乱暴に突っ込みながら。 42
2015-02-21 23:45:19金庫を開き、未公開株券を取り出し、乱暴にバッグへ放り込む。「……足りんぞ!全く足りん!何としても逃げ果せてやる!」株券がバッグから漏れ出すのも構わず、コートの襟を立てて血眼で駆け、マンションの廊下に出た。そして息を切らして車に乗り、駐車場から暴走列車めいた勢いで飛び出した。 43
2015-02-21 23:53:03『危険ドスエ』「黙れ、黙れ、黙れ!」ダッシュボードを銃底で殴りつけて割り、自動操縦を解除すると、アサノはハンドルを握り、危険域までアクセルを踏み込んだ。後方からはマッポあるいはヤクザベンツが血の臭いを追うシャークの群れめいて迫っていた。ニトロブーストはそれを即座に引き離した。44
2015-02-21 23:57:55