ブラックメイルド・バイ・ニンジャ #3
(これまでのあらすじ:アサノサン・パワーズ社のアサノ・ミツイ部長は、邪悪なニンジャ秘密結社アマクダリ・セクトに目をつけられ、非道な脅迫を受けた。ブラックメイルと名乗るニンジャが彼に告げる……アマクダリの陰謀に加担せねば、死あるのみ、と。アサノは保身のため愛社精神を捨て、屈服した)
2015-02-20 22:42:30(脅迫は一度では終わらず、アマクダリの操り人形と化すアサノ。だが次第に、アマクダリの権力構造とブラックメイルの人外めいた危険な魅力が、アサノの中に眠る野心を刺激していった。ノーフューチャーめいた予感を覚えつつも、やがてアサノはブラックメイルとともに進んで悪事へと突き進むのだった)
2015-02-20 22:50:55路肩に寄せられていた車が、オート運転を再開した。窓の外ではネオン光が重金属酸性雨に滲み、後ろへ後ろへと流れる。暗い車内で、アサノ・ミツイはミラーを見ながら襟元を正した。瞳孔はZBR中毒者めいて開き、まだ息が乱れていた。精神はもう驚くほど冷たく、電子デバイスめいて乾いていた。 1
2015-02-20 22:57:04もうブラックメイルの姿は無い。先程までの昂揚は、消え失せている。彼女は淡々と用件を済ませ、重金属酸性雨の中へと消えた。微かな残り香と黒マキモノだけが車内に残っている。スガタ社製サイバネ人工皮膚めいた白い肌と、黒く縁取られた冷酷な目が、アサノの網膜の奥にまだ焼き付いている。 2
2015-02-20 23:05:09アサノは乱れた息を整えながら、ミッション・マキモノに手を伸ばし、それを読み直した。アサノサン・パワーズ社CEO、アサノ・モンザブロの暗殺計画。二ヶ月後に行われる娘の結婚式に出席するモンザブロは、式場で開催される最高級オスモウ・ショウを間近で見る間もなく、親子仲良く死ぬだろう。 3
2015-02-20 23:12:10大勢の無関係な者もアノヨへ旅立つだろうが、アサノは何ひとつ顧みない。そもそもこの暗殺計画自体、アサノ自身が入念に企て、ブラックメイルに提案したものだ。……「私にはもはや良心など欠片も残っていない」「貴様にはそんなもの、最初から無かったのだ」……彼は数分ほど前の会話を想起した。 4
2015-02-20 23:20:23アサノが部長の地位を使い下準備を整え、ブラックメイルが暗殺を実行する。彼女はいわば一個の研ぎ澄まされた凶器だが、繊細さには欠けるがゆえ……いや、違う。彼女はニンジャなのだ。ニンジャがそのような細事に心を砕けば、暴威が鈍る。根回しは自分のような者の仕事だ。アサノはそう考えていた。5
2015-02-20 23:31:19「最高にアブナイだ」アサノは笑っていた。「初めて自分が生きていると実感している。体の隅々まで血が流れ、脈動しているのだと感じる。もっと力が欲しい。オイランドロイドでもZBRでももう駄目だ。私はロクな死に方はしないだろう」「貴様を死なせはせん。損失だからだ」声が耳奥に残響する。 6
2015-02-20 23:39:03……アサノはフラッシュバック回想し、全身から冷汗が沸き出すのを感じた。それは、彼がこれまで為したどんな違法行為よりも冒涜的だった。前方には「インガオホー」「祖先が監視中」などの電子カンバンが暗示めいて明滅していた。……「探偵に気をつけろ」別れ際、ブラックメイルはそう言った。 7
2015-02-20 23:50:55「探偵とは」アサノは問うた。彼は既に、質問が許されていた。その他にいくつもの権限を。しばし不穏な沈黙があった。「私の隠蔽は万全だ。探偵ごときに何が……」アサノが冷汗を拭い、顔を上げた時、ニンジャはもう重金属酸性雨の中に消えていた。アサノは路肩に寄せた車のオート運転を再開した。 8
2015-02-20 23:58:08数週間が過ぎた。アサノは数々の非道行為に手を染め続け、身辺警護にはアマクダリ・セクトから提供される最新型のクローンヤクザを配した。彼の陰謀を嗅ぎ付けようとする愚か者は、外部のジャーナリストであろうと社内の人間であろうと、容赦なくオートマチック自動的に殺させて口封じを行った。 10
2015-02-21 00:13:08ハンコスキャンにショドー筆跡まで用いた最高クラスの四段階認証システムを超えて、アサノの車は自宅カチグミ・マンションの駐車場へとしめやかに滑り込んだ。武装バンカーめいた灰色の最高級マンションは、彼の地位を象徴するかのように無慈悲な外観をたたえ、堅牢なセキュリティを備えていた。 11
2015-02-21 00:17:35がらんとした駐車場で、アサノは独りで車から降りる。ブラックメイルは1週間以上も姿を見せていない。珍しい事ではない。ミッションを遂行する時、あるいは新たな黒マキモノを手渡す時にのみ、姿を現す。だがミッションの達成具合から考えると、昨日には現れるはずだった。彼女は現れなかった。 12
2015-02-21 00:25:41いつものように無意識のうちに、アサノはコートの襟を立て、帽子を目深に被り、周囲に警戒しながら、エレベータへと向かった。アサノの手には、薄汚いマネーの結晶素子で購入した最高級ギョクロと、オーガニック・トロ重箱があった。ブラックメイルが現れた時のために、備蓄しておく事にしたのだ。13
2015-02-21 00:30:29ドアを開いた時、アサノは奥から流れてくる冷気と重金属酸性雨臭の風を感じ取った。「何だ」アサノはリビングに向けて走った。『安い、安い、実際安い、コケシ、コケシ、コケシマート』コケシツェッペリンの耳障りな宣伝音が微かに聞こえる。三重ガラスで完全遮断されているはずの外界音が、なぜ。14
2015-02-21 00:39:51アサノは破滅を察した。そしてフスマを開いた。「ハァーッ……ハァーッ……ハァーッ」そこには、革張りソファでセルフ応急手当を行うブラックメイルの姿があった。窓は割れ、カーテンは重金属酸性雨混じりの風を孕んで狂ったようにはためき、遠い雷光のフラッシュが暗い室内に彼女の輪郭を刻んだ。15
2015-02-21 00:48:01「ブラックメイル=サン、一体何が」アサノは全身の血の気が引き、足場が崩れるような眩暈を味わった。ローテーブルの上には、砕かれたタント・ダガーが見えた。「ハァーッ……ハァーッ……」ブラックメイルは答えず、舌打ちし、一分一秒すらも惜しむように、粛々と応急ZBRキットを使用した。 16
2015-02-21 00:53:35「それを置け」ブラックメイルはアサノを睨みつけ、命じた。「ハイ」アサノは酷く混乱しながら、スシ重箱を置いた。ブラックメイルはメンポすらも外し、トロ・スを貪り食った。彼女は満身創痍であった。無敵の存在が、ニンジャが、何故こんなことに。アサノのニューロンはまだ理解を拒んでいた。 17
2015-02-21 00:59:42「ブラックメイル=サン、マキモノは……」アサノは呆然とし、混乱の中でそう質問した。愚かな質問だった。「無い」ブラックメイルは言った。「奪われた」「奪われた……そんな……まさか。一体誰が」アサノは己自身が打ち砕かれたかのような衝撃を味わい、がくがくと震えた。 18
2015-02-21 01:05:36「無駄口を叩くな、クズめ。ZBRの備蓄があるな。それを持ってこい。……何をノロノロしている!殺されたいのかイディオットめが!」ニンジャは瞬時に怒り、アサノを睨みつけた。「アイエエエエエエエ!」アサノは震え上がって書斎に向かい、本棚やUNIXを薙ぎ払い、備蓄ZBRを探した。 19
2015-02-21 01:12:35アサノは高純度ZBRと護身用拳銃を携えてリビングに戻った。そして改めて彼女を見た。無敵のニンジャがこれほどまでに追いつめられるとは。今の彼女は……カワイソウだ。「……ブラックメイル=サン」いかなる脳内物質のケミカル反応か、アサノは胸が締め付けられるような思いになり、言った。 20
2015-02-21 01:20:29「何だ」ニンジャは薬物注入を行い、筋肉の反応を確かめながら舌打ちした。「そんな玩具で何をする、イディオットめ」「何か恐ろしい存在が近づいているのだろう。私も死ぬまで戦う。何でもする。私がこんな事を言うのは差し出がましいかもしれないが……死なないで欲しいのだ。生きて逃げよう」 21
2015-02-21 01:29:00「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャは突如アサノを殴った!ナムアミダブツ!「イヤーッ!」「グワーッ!」さらに殴った!アサノは銃を放り落として弾き飛ばされ、鼻血を噴き出す!「このイディオットめが!非ニンジャのクズに何ができる!貴様は足手纏いだ!消え去れ!視界から消え去れ!」 22
2015-02-21 01:35:52