津波被災史料の修復について(中間報告)

南三陸町で東日本大震災の津波を浴びた個人宅の史料をお預かりし、修復を進めていますが、このまとめはその中間報告のつもりで作りました。
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佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

それにしても、『丹鶴叢書』を編纂した殿様の子孫が八甲田で遭難していたとは、何とも非情な話ではあるなあ。

2015-02-12 19:06:04
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

そういえば、『八甲田山死の彷徨』の作者である新田次郎は、電気通信大学の前身である無線電信講習所の卒業生でした。当時の資料は殆ど残っていないので、何か見つかるかどうかは怪しいですな。。。

2015-02-12 19:59:35