あきつ天龍帝都奇譚 第一幕 その二

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あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

前回のあらすじ 帝都の片隅にある小さな屋敷。 噂によれば探偵事務所と呼ばれているそこへ、一人の少女が依頼を携えやって来たので参ります。

2015-03-22 23:05:13
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

少女の名は越道吹雪(こしみち ふぶき)。 応じますは、あきつ丸こと"津洲(つしま)あき"と、天龍こと"天田(あまだ)お龍(りょう)"。 さて、少女吹雪の依頼とはいかなるものなのか? それは、今宵明らかになるかと思われます。 …では、始めるといたしましょう。

2015-03-22 23:07:45
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

…… 東京市内をガタンゴトンと、二両編成の電車…市電が走っていた。 バスや円タクと並んで市民の"足"となっている市電だが、平日だというのに乗客はまばらである。 さて、その空いた車内に、二人の姿があった。

2015-03-22 23:12:48
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「て、天龍殿…」 「どうした、あきつ丸」 「その、け、結構揺れるでありますね」 「んなの当たり前だろ。 電車なんだから」 黒い詰襟に洋袴、学生帽をかぶり、外套を着込むのは"津洲あき"。 紺の背広、灰の鳥打帽は"天田お龍"。 二人は依頼遂行のため、移動中なのであった。

2015-03-22 23:18:40
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「うおえぇ…」 「随分辛そうだな。 まだ着かないが、降りようか?」 「い、いえ、いけるであります!」 「俺には無理してるようにしか見えねぇんだがな…」 車両の揺れは僅かなのだが、あきはかなり酔ってしまっていた。 先ほどから天龍が背中をさすっている。

2015-03-22 23:23:26
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「まぁしかし、あれだ。 楽そうな依頼で良かったよ」 「そ、そうでありますね…」 天龍はあきの気を紛らわせるために言ったのだが、あきにはあまり効果が無いようだ。 二人は、つい数刻前のことを思い出していた。

2015-03-22 23:27:29
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

___ __ _ 数刻前 ( 注釈: 今宵より御観覧の皆様におかれましては、前話の終盤を参照願います。) 「その…私、猫を探してもらいたいんです」 「猫、でありますか」 「は、はい!」 少女吹雪の依頼。 それは猫の捜索であった。

2015-03-22 23:32:19
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「して、どのような猫でありますか?」 「えっと、全身が真っ黒で、左目の周りだけが白い猫ちゃんです」 「ふむ、なるほど」 「こんな些細なことですが、お願いします」 「えぇ、もちろん」 深々と頭を下げる吹雪の姿は真摯そのものだ。 あきはもう既に、これを引き受ける気になっていた。

2015-03-22 23:36:50
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「頼みとあらば、引き受けるであります。 ご安心を」 「あ、ありがとうございます!」 「では、この後から早速捜索へ参りますので、ご連絡用に住所と電話番号を…あ、家に電話はあるでありますか?」 「はい、古いものでしたら」 「ではこの紙に書いてほしいであります」 「はい」

2015-03-22 23:43:09
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

吹雪は受け取った鉛筆と紙で、すぐに覚え書きを作ってあきに渡した。 あきはそれを読み上げていく。 「ふむ、住所は神田の神保町にある惣菜屋、名前は"とり屋"でありますか」 「母と私が腕によりをかけて作っています。 近くに立ち寄ったさいは、是非」 「心得ておきましょう」

2015-03-22 23:47:48
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「そして番号は…おや?」 電話番号を眺めようとしたあきは、そのすぐ下に、もう一つ住所が書かれているのを見つけた。 「失礼、これは?」 「あ、それは猫ちゃんを見失った場所なんです。 一応、まだ遠くには行っていないと思いまして」 「ふむ」 そこは、あきのよく知る地であった。

2015-03-22 23:51:20
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「お茶淹れたぜ」 そこへ、天龍がお盆の上に茶を二つ載せて戻ってきた。 「あぁ、天龍殿。 ちょうど良いところへ」 「どうかしたのか?」 「依頼内容を把握しましたので、すぐに出ようと思いまして」 「早いな。 よし、行くか」 「え、もう行くんですか?」 「善は急げ、でありますよ」

2015-03-23 00:00:37
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

ふと吹雪は目を伏せたが、あきは気づかなかった。 天龍は違ったようだが。 「では、行ってくるであります。 吹雪殿、お見送りいたしますよ」 「いえ、大丈夫です。 …その、よろしくお願いいたします」 「良い結果を報告するでありますよ」 「だから安心しな、嬢ちゃん」 「…はい」

2015-03-23 00:09:19
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

___ __ _ そして時系列は戻る。 「しっかし猫探しかぁ。 簡単だなぁおい」 「うおぇぇ…そ、そうでありますね」 「お、おいあきつ丸、本当に大丈夫なのか?」 「なんの、これしき…」 「いや、もう顔真っ青じゃねぇか」 揺れは微量なものの、あきは完全に酔っていた。

2015-03-23 00:17:09
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「目的地まではもうすぐ…だ、大丈夫で、ありま…うぐっ」 「お、おいあきつ丸!?」 「天龍殿、後は…頼みました」 「ああもう言わんこっちゃねぇ。 おい車掌、今すぐ止まってくれ! すぐ降ろし…何、できない? なら早くかっ飛ばせ!」 天龍の怒号が飛び、車両はさっきより揺れ始めた。

2015-03-23 00:24:21
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

…それに対し、さらにあきの気分が悪くなったのは想像に容易いだろう。 とにもかくにも、二人は目的地へと急ぐのだった。 目的地は、吹雪が紙に書いたもう一つの住所。 "日比谷公園"である。

2015-03-23 00:25:32
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

_ 「ひぃ、ひぃ…」 「あき、もう大丈夫か?」 「はい、なんとか…」 日比谷に着いた二人は、公園内の噴水で休憩していた。 半刻ほどいただろうか、あきの声はまだ辛そうなものの、表情はだいぶ精気を取り戻していた。

2015-03-23 00:35:07
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

あきはまだ動けそうになく、天龍はなんともなしに辺りの景色を見渡してみる。 「広いなぁ、しかし」 この日比谷公園、周りにはビルディングが建ち並び、喫茶店や音楽堂などを擁する西洋式の公園である。 明治の頃に西洋政策の一環として作られ、続く大正にも民衆の憩いの場となっていた。

2015-03-23 00:40:53
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

桜にはまだ早い時期ではあるが、散策に赴いている人の姿も時折見受けられる。 これから暖かくなれば、まだまだ増えそうだ。 「…ふぅ。 天龍殿、そろそろ」 「お、いけるか?」 「えぇ、日の落ちないうちに探すでありますよ」 「おうよ。 かなり広いけどな、ここ」

2015-03-23 00:47:09
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「それは承知の上。 今日が駄目なら明日にまた探すであります」 「やる気だねぇ、おい」 「引き受けた以上はやり通すのが信条なので」 「頼もしいじゃないか。 さぁて、どこから探し…」 歩いていた二人だったが、天龍が唐突に足を止めた。 その目は前を向き、大きく見開かれている。

2015-03-23 00:54:08
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「天龍殿、どうかしましたか?」 「あき、あれ見ろ!」 「…!」 二人が見たもの、それは"全身が黒く左目の周りだけが白い猫"であった。 依頼の猫である。 しかし、すぐにその姿をくらましてしまった。 「捕まえるであります!」 「合点!」 二人は一目散にその後を追う。

2015-03-23 00:57:30
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「僥倖であります! まさかこんなに早く見つかるとは」 「うぅむ」 「天龍殿?」 「いや、なんでもない」 天龍はどこか不安そうであったが、お互いにそれがなぜかは分からなかった。 まだこの時は。

2015-03-23 01:02:14
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

猫を追うあきと天龍の二人は、公園の端の方に辿り着いた。 「あの茂みに隠れたでありますね」 「逃げられないうちに捕まえるぞ」 ここまで逃げたらもう安心かと思ったのか、猫はもう逃げる気配が無い。 警戒していない今が好機だ。

2015-03-23 01:07:14
あきつ天龍帝都奇譚 @akitsutenryu

「挟み撃ちだ。俺が向こうに回るから、あきはここで待機を」 「了解」 「…よし、今だ!」 天龍はさっと茂みの向こう側へと行くと、すぐさま猫の前に飛び出す。 猫はそれに驚き反対方向へ逃げようとするも、 「…つ、捕まえたであります!」 あきが見事、それを捕らえたのだった。

2015-03-23 01:15:55