レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

そのため、そういった放射能計測で使う金属には、旧軍の軍艦のような放射能を持たない金属が必要となるらしい 軽巡川内の鉄も、この病院のレントゲン室の遮蔽に使われているとすると、川内がこの病院に化けて出るのも納得が行くことだった #レントゲン室の亡霊

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「お前、これからどうするんだ？」 「さあ・・・ なんなら、おじさんに付いて行ってもいい？」 半ば予想していた通りの答えが帰ってくる 「ああ ただし、今日みたいに仕事の邪魔はするなよ」 「ほんと！？ やったあ！」 まるで見た目通りの少女のように喜ぶ川内 #レントゲン室の亡霊

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その様を見ながら綾瀬はふと思う かつてお国のためと戦い傷付き、暗い海底に落とされた多くの軍艦たち いきなり引き揚げられた彼女らが、この川内のように誰にも気付かれずに現代社会で過ごしているとしたら、一体彼女らは何を思っているのだろうか、と・・・ #レントゲン室の亡霊

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病院を出た綾瀬は川内と、基地に帰るタクシーの中で携帯電話片手に、多くのことを話した 「なあ知ってるか？ 海自の中での一人称は、全て『わたし』に統制されてるんだ」 「えっ、『わたくし』じゃないの！？」 「ちなみに、陸自でも同じだ」 #レントゲン室の亡霊

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「ねえねえ、今でも巡洋艦ってあるの！？」 「戦闘艦艇は駆逐艦も巡洋艦も全て『護衛艦』だ」 「戦艦は？」 「日本でもアメリカでもほぼ全て退役だな 今ではミサイルを積んだ巡洋艦の方が強いんだ」 「し、信じらんない！」 #レントゲン室の亡霊

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「こんごう型やあきづき型なんか凄いぞ どんな航空機にも打ち勝てる防空艦だ」 「航空機にまで勝てるの！？」 「ああ しかも日本はそんな、イージス艦を世界で２番目にたくさん持ってるしな」 「すごーい！！ ねえねえ、神通や那珂は！？」 #レントゲン室の亡霊

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「じんつうなら、せんだいと同じあぶくま型になってるな とねやちくまも同じだ 那珂は、残念ながら護衛艦にはなっていない」 恐らく、パレード時の号令「かしら、中」と紛らわしいからだろう 「へー、私がいた頃とは色々変わってるんだねー」 #レントゲン室の亡霊

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ふと綾瀬は思い立つと運転手に行き先の変更を告げた 着いたのはJR横須賀駅と汐入のダイエーの間、ヴぇルニー公園 横須賀基地を望む公園は昼時なせいか平日の割りに人が多い 「わーすごーい！！」 タクシーから降りるや否や川内は歓声を上げなから、海辺の柵へと駆け寄る #レントゲン室の亡霊

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「あの左手前に停泊してるのが、さっき言ってたこんごう型だ」 綾瀬は艦首に175と書かれた護衛艦を指して言う 「あれは三番艦のみょうこうだな」 「ねえねえ、あのゴツゴツしたカッコいいのは！？」 「あれはむらさめ型、今の主力艦だ」 #レントゲン室の亡霊

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「やっぱり軍艦はゴツゴツしてた方がカッコいいね！ ねえねえ、あの空母みたいなのは！？」 「あれはひゅうが、ヘリコプター母艦だ オートジャイロみたいな航空機を十機くらい積めるんだ」 「すごーい！！」 初めて目にした護衛艦に川内は始終ご機嫌だ #レントゲン室の亡霊

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「ねえねえ、じゃああの右側のは！？ のっぺりした弱そうなのとか、おっきな潜水艦とか！！」 「あれは米軍のだな 名前まではわからんが、第７艦隊のだ」　 その時だった 川内の顔がさっと曇った 「・・・なんで米軍が横須賀にいるの？」 #レントゲン室の亡霊

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しまった、と綾瀬は脳裏で呟く 海底から引き揚げられて以来、ずっと病院にいた川内は、戦後の日本情勢を知らない 「ああっとだな・・・ 言い忘れてたが今ではアメリカは、日本の同盟国なんだ」 慌てながらも極力言葉をかい摘まんで説明する #レントゲン室の亡霊

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「今では米軍と合同訓練したり、装備の輸入もしてるんだ さっき言ってたこんごう型なんかのイージスシステムも、アメリカの開発した技術だよ」 だが一向に川内の顔は晴れない 綾瀬は軽い気持ちで川内をヴェルニー公園に連れてきたことを後悔するも、時すでに遅しだった #レントゲン室の亡霊

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「ねえ、一個聞き忘れてた」 柵にもたれたまま口を開いた川内の声は低かった その表情は海風になびく長い髪のせいで見えない 「日本は、帝国海軍は・・・ 戦争に勝ったの？」 #レントゲン室の亡霊

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綾瀬は覚悟を決め、最も伝えたくなかったことを伝えた 「・・・昭和20年９月、日本は連合国に無条件降伏した 戦争には、負けたんだ」 川内は何も答えない 慌てて綾瀬は言葉を継ぐ 「だが、日本はこの通りきちんと復興しているぞ！ #レントゲン室の亡霊

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今じゃ世界で３番目の経済大国だし、日本軍はもう無いが自衛隊だって・・・」 「ねえ、おじさん」 こちらを振り向いた川内の顔は、悲しげだった 「そしたら那珂や、三水戦の駆逐艦たち、何より私の乗員の人はどうなったの？」 #レントゲン室の亡霊

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「・・・軍艦は、そのほとんどが沈んだ 数隻の生き残りは戦後、復員船になって解体されるか、標的艦や賠償艦として連合国に渡った」 綾瀬は苦々しい思いを抱えながらも、スマホで調べた知識を列挙していく #レントゲン室の亡霊

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「川内の乗員はカッターを機銃掃射されながらも、その多くは生き残ったらしい」 川内が安堵の表情を浮かべたのも束の間 「だが後に、乗っていた船が撃沈されて、多くが亡くなった」 綾瀬には、川内の顔を見る勇気は無かった #レントゲン室の亡霊

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お国のため、世界平和のために自らの身を切るような訓練に耐え、激しい戦いに身を投じた旧軍の軍艦や、その乗員たち そんな彼らが戦後、敵だった国と同盟を結び繁栄している姿を見せられてどのように感じるのか、その心中は察するに余りある 「そっか・・・」 #レントゲン室の亡霊

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「なんで、皆死ななきゃならなかったのかな・・・ あんなに優秀でいい人ばっかりだったのに・・・」 絞り出すように言葉を紡ぐ川内の語尾は、震えていた 「ねえ、おじさん」 呼ばれ顔を上げる 川内と目が合う #レントゲン室の亡霊

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動揺を隠しきれずに揺れる瞳 その端からポロポロと涙が零れる 力なく肩を落とす一人の軍艦の少女は、寂しげに笑いながら最後に問うた 「私が、私達がやってきたことって、全部ムダだったのかな・・・？」　 #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

ヴェルニー公園を後にしてからも、川内は口を開かなかった 無理もない、ほんの数分で数十年分の歴史の流れを理解しろと言う方が無理がある だが、川内のうちひしがれた姿はその心中を理解できなくとも、隣で見ている綾瀬にもダメージを与えるものだった #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

このまま基地に帰るのではあまりに寝覚めが悪すぎるし、なにより後ろをとぼとぼと付いてくる川内が不憫でならない そこで綾瀬は、もう一ヶ所寄ることにした 「・・・川内、すこし付き合え」 綾瀬はそう言うとダイエー前の横断歩道に歩を転じ、駅をめざすことにした #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

京急汐入駅から、鈍行で三駅先の堀ノ内、そこで列車を乗り換え浦賀方面へ 一駅先の馬堀海岸で降りると黄色い看板のドラッグストア横を通り、スーパーの前にあるバス停から青い塗装のバスに乗る 少し行くとバスは住宅街を抜け右折し、山の上へと坂を上っていく #レントゲン室の亡霊

深海さかな @dzurablk_kai

「着いたぞ」 終点のロータリーにあるバス停を見るとそこには、『防衛大学校前』という表示があった 川内も知らない施設だ 「ほら 着いてこい」 「勝手に入っていいの・・・？　」 「いいも悪いも、俺はここの卒業生だぞ？」 どうやら士官学校か何からしい #レントゲン室の亡霊