やせんのよるに

軽巡棲姫と神通さんのこんなお話が、どうしても書きたかった
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深海さかな @dzurablk_kai

マットブラックで塗りつぶしたかのような星の見えない曇天の夜闇に、数多の光が交差する様はさながら、流星群が降り注ぐかのようだった 神通が航行しながら左腕艦首側の主砲を一斉射すると、釣瓶打ちされた砲弾がドラムのように小気味よい音を残しながら光の尾を引いて延びていく #やせんのよるに

2016-01-04 01:14:55
深海さかな @dzurablk_kai

それらが異なるタイミングで着弾、あるいは敵に命中し弾ける前に腰の魚雷発射管は、既に並走する敵目掛けて投網のような放物線を描いて波間に消えていった 『神通さん!? 早く後退しないと友軍の支援砲撃が・・・』 無線からの陽炎の声はそこで途切れた #やせんのよるに

2016-01-04 01:17:50
深海さかな @dzurablk_kai

聞き慣れた音速弾特有のソニックブームが首筋を撫でていく 神通はコードが切れ用を為さなくなった無線を外すと、左腰から白刃一閃、使い古したサーベルを握りしめ、ブーツの中でスロットルを踏み締めた 「アナタノ カエルバショハ モウナイノ・・・」 #やせんのよるに

2016-01-04 01:20:13
深海さかな @dzurablk_kai

夜の帳に溶け込むような、黒い敵影が近付く 「モウ、ナイノヨォォォ!?!?」 怨嗟とも執念ともつかぬ叫び声が深淵から呼び寄せるのを水飛沫とともに振り払い、神通は一息に敵の懐へと飛び込んだ 同時に舞い散る二つの火花 #やせんのよるに

2016-01-04 01:22:19
深海さかな @dzurablk_kai

神通の右腕のサーベルが軽巡棲姫の仮面に当たると同時に、振り上げられた敵の左腕がカタパルトを穿ち、主砲を歪ませる 「あなたと一緒に・・・されては困ります・・・!」 神通が左手で太もものホルスターから抜き去ったシグザウエルが閃光を発するより早く敵は俊敏に身を引いた #やせんのよるに

2016-01-04 01:25:00
深海さかな @dzurablk_kai

「アハハハハハハ!!」 狂った嘲笑が右へ左へ、目まぐるしく行き交い揺れる 神通は弾の尽きたけん銃を投げ捨てサーベルを納めると、目を閉じ深呼吸した後に、その右足に付け替えられた馴染み深い装備のスイッチを入れる その刹那、アーク放電のハイビームが夜の闇を切り裂いた #やせんのよるに

2016-01-04 01:29:16
深海さかな @dzurablk_kai

数万カンデラの光量が漆黒を捉え思考を奪う その一瞬の隙を神通が見逃す筈がない 「・・・おやすみなさい」 神通の6門の主砲が敵を見据え撃発した、その瞬間 二人の姿は降り注ぐ鉄の暴風、バレットシャワーにかき消され、鉄と硝煙のカーテンの向こうへ姿を消した #やせんのよるに

2016-01-04 01:32:38
深海さかな @dzurablk_kai

「友軍信号、ロストしました」 「おい、神通はどうなった!?」 「早く残りの二水戦を状況確認に向かわせろ!!」 「捜索隊を組織しろと何度も言ってるでしょ!?」 指令部内は艦娘と提督の数多の怒号で埋め尽くされていた #やせんのよるに

2016-01-04 01:37:44
深海さかな @dzurablk_kai

「誰か神通の最期を確認したのか!!」 提督が受話器に向かって大声を上げる 「確認してないなら、早く誰か寄越せ!! そうだ、最優先事項だ!!」 陽炎の返事が終わらないうちに受話器を叩きつけるように置くと、それを合図にしたかのように皆の沈黙と視線が提督を刺した #やせんのよるに

2016-01-04 01:39:52
深海さかな @dzurablk_kai

「・・・神通は消息不明 砲撃が着弾する前まで、IFF(敵味方識別装置)に反応はあったとのことだ」 「砲撃でやられた可能性は・・・」 夕張が恐る恐る口を開く 「低い 砲弾の信管にも敵味方識別装置はついているからな だが、遺留品含め未だ手がかりは無いままだ」 #やせんのよるに

2016-01-04 01:42:22
深海さかな @dzurablk_kai

既に夜戦は終息し、当初の予定であった輸送物資も前線の島へと届けられている だが、司令部トーチカの細い窓から差し込む朝日を見ても、誰一人として、夜戦が終わったなどとは到底思えなかった なにせ、艦隊随一の能力と経験を持つ水雷戦隊旗艦の行方がわからないのだから #やせんのよるに

2016-01-04 01:45:00
深海さかな @dzurablk_kai

「那珂」 提督の呼び声に、踵を合わせる固い音が応える 「手透きの水雷戦隊を統率して、捜索隊を組織しろ 予備も含め全てかき集めてだ 取り急ぎ向かわせた二水戦は現着後に掌握、長の陽炎から状況を聞いて報告しろ」 駆け足が慌ただしくトーチカの出口へと向かう #やせんのよるに

2016-01-04 01:48:22
深海さかな @dzurablk_kai

「夕張、海自と空自に連絡 救難機と哨戒機をありったけ上げるよう要請するんだ 最優先だ、責任は私が取る」 司令部に詰めていた五水戦の駆逐艦たちが一斉に動き出し、司令部は形だけ活気を取り戻した 「艦隊指揮は川内が申し受けろ」 「艦隊司令部施設の使用を」 #やせんのよるに

2016-01-04 01:52:03
深海さかな @dzurablk_kai

「許可する 出撃中の艦隊をできるだけ早く帰投させて、捜索隊に回すんだ 航空管制は大淀に手伝わせろ 司令部直卒の偵察巡洋艦隊も全て当該海域へ向かわせるんだ もちろん空輸だ、三沢と八戸にも協力を仰げ」 #やせんのよるに

2016-01-04 01:54:27
深海さかな @dzurablk_kai

ひとしきりの指示を出すと提督は、バタバタと駆け回る駆逐艦たちの間を縫って、窓際へと歩み寄る 夜の帳を切り裂き溶かす朝日は、憎々しい程にきらやかだ 「・・・長い一日になりそうだ」 #やせんのよるに

2016-01-04 01:56:10
深海さかな @dzurablk_kai

そう呟く提督の握りしめられた拳の中では提督の不安感を煽るかのように、指揮棒がミシミシと不快な旋律を立てるのであった #やせんのよるに

2016-01-04 01:58:05
深海さかな @dzurablk_kai

神通が目を覚ましたのは、南洋の暑い陽光が直上からジリジリと肌を焦がす頃になってからだった 「ここは・・・」 軋む身体を持ち上げると、待機モードとなって全身を波間に支えていた脚の艤装が自動的に出力をあげていく 直後、響き渡る大破を知らせる警報ブザー #やせんのよるに

2016-01-04 02:03:55
深海さかな @dzurablk_kai

神通は頭に響くそれを腰のFCSのスイッチもろとも切ってから、喫水が深くなり幾分低くなった視点から、改めて周囲を見渡した 見える島陰は無く、艦影や機影もない 全くの一人ぼっち・・・かと思いきや、遠くに小さく光る何かを見つける それは波に揺られて黒光りしながら、 #やせんのよるに

2016-01-04 02:08:00
深海さかな @dzurablk_kai

微かに見え隠れを繰り返していた 神通はスロットルを両足の親指だけで慎重に踏み、そろそろとそれに近付いていく 心なしか次第に深くなっていく喫水に、艤装の充電切れという最悪の可能性を頭の片隅に留めながらも、不安を圧し殺して経済巡航速度を維持する #やせんのよるに

2016-01-04 02:10:39
深海さかな @dzurablk_kai

程無くして辿り着くと2つの物が目に入った 神通にとって神の救いとも、悪魔のイタズラとも言えるそれらの1つは、自衛軍の残した救命セット 生身で海を行き来する艦娘のために開発された、救命ボートや食糧、飲料水やサバイバルキットが手紙とともに込められたトランクケースだ #やせんのよるに

2016-01-04 02:15:13
深海さかな @dzurablk_kai

恐らくは二水戦の部下か、海自の捜索機が投下して残していったものだろう だが、それを見た神通の心は晴れなかった 原因は明白、即ち海水に洗われるそれにしがみついていたもうひとつのモノ それは、つい昨晩まで砲火を交え、激しく鍔を競り合った軽巡棲姫そのものであった #やせんのよるに

2016-01-04 02:19:32
深海さかな @dzurablk_kai

反射的に主砲の撃鉄を起こし砲口を突きつけると、こちらに気付いたのか軽巡棲姫も微かに声を上げる だが、その中に残弾が残っていないのは互いに既にわかっている このまま威嚇を続けるか、それともいっそ打って出て腰のサーベルでケリをつけるか #やせんのよるに

2016-01-04 02:23:30
深海さかな @dzurablk_kai

そんな悛巡とともに静止した時が流れる中、神通はとあることに気が付いた 周囲に漂う重油のような、青黒い液体と生臭い臭い それは軽巡棲姫の腹部から、止めどなく流れている 「あなた、血が・・・」 警戒心を孕んだ弱々しいうめき声が応える #やせんのよるに

2016-01-04 02:29:24
深海さかな @dzurablk_kai

それを見た神通は一瞬戸惑うも、サーベルを仕舞うと救命キットに近付いた ケースにしがみつく腕を引き剥がす様に軽巡棲姫が歯を剥き出しにして唸るのも気にせず、その蓋を開けると救命ボートを膨らませ乗り込む神通 そして最後に、波間に残されたケースへと手を伸ばす様子に、 #やせんのよるに

2016-01-04 02:40:53
深海さかな @dzurablk_kai

軽巡棲姫が見捨てられると確信した瞬間 力無いその左手を、神通が握り締めた 思わず呆然とする軽巡棲姫に、神通は素っ気なく言葉を投げ掛ける 「乗らないなら、置いていきますよ」 「ナ、ナンデ・・・」 「それはこちらの台詞です 助かる命を無駄にするつもりですか」 #やせんのよるに

2016-01-04 02:44:45
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