やせんのよるに

深海さかな @dzurablk_kai

「・・・ワラワセルナ キサマトノ　ケッチャク、ツケズニ　オワレルカ」 軽巡棲姫がその手を握り返すことに微笑みで応えると、神通の腕に力が込められる かくして、奇妙な二人組の漂流生活は幕を開けたのだった #やせんのよるに

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「まだ痛みますか」 「イヤ、ダイジョウブダ」 包帯とガーゼが一体になった野戦包帯を着衣の上から腹部に巻くと、なんとか血を止めることはできた 「そのまま動かないでください まだ応急処置だけで、完全な治療はできてないんですから」 #やせんのよるに

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恐縮したように黙りこくる軽巡棲姫の身体をボートの底に横たえると、神通は艤装を外し、他の救命キットの内訳を確認する 「食糧は・・・ 本来一人分のものを分け合うので、３日分ほど 水は１週間分しかありませんね・・・ あとは通信旗に信号銃、無線はなし・・・」 #やせんのよるに

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正直、かなり心もとない内容だ 「せめて無線機か、艤装の予備電源があれば随分楽になるのに・・・」 生憎、ボートに乗って暫くして完全に神通の艤装は電源が切れ、ボートの牽引はおろか無線も使えない 神通は嘆息すると天蓋を広げ、自らも身を横たえた #やせんのよるに

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すると神通は、耳をくすぐる微かな声に気づく 横を見ると声の主、軽巡棲姫の僅かに開けられた口元から、小さくこぼれる子供のような寝息 「平和ですね、あなたは」 ほんの数時間前に命のやり取りをしていた相手とは思えない、親しみとも愛着ともつかぬ感情が神通の胸に芽生える #やせんのよるに

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まだ完全に気を許しているわけでも、また許されているわけでもないが、それでも長い付き合いになりそうなこの便乗者とは、せめて今だけは穏便な関係を結べたら そんな期待を覚えながらも神通は、固い床に寝そべり、身を休めるのであった #やせんのよるに

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【漂流生活、１日目】 神通が目覚めたのは真夜中になってからだった 戦闘後に初めてゆっくり休めた一方で、そもそも最近は夜戦続きで生活リズムが夜型になりつつあることを思い出しつつ、身を起こす 「オハヨウ」 頭を巡らせた軽巡棲姫と目があった #やせんのよるに

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最も、仮面のどこが目なのかは今一つわからないが 「おはようございます 傷の加減は？」 「ワルクハナイ テアテノ　ウデガ　イイカラナ」 深海棲艦特有の聞き取りにくい語調からも、神通の応急処置に義理を感じているような意図は理解できた #やせんのよるに

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「ならよかったです」 神通はそう言うとケースを引き寄せ、中からクラッカータイプの戦闘糧食を２つ取り出すと片方を差し出した 「食事にしましょうか 昨晩から何も食べていないでしょう？」 しばらくの沈黙 「・・・イイノカ？」 #やせんのよるに

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「ええ 味は保証しませんけれど」 それを聞いた軽巡棲姫は左腕でおずおずとそれを受けとる 「・・・ス、スマナイ」 「感謝するなら、１日も早く傷を治してください 私も寝覚めが悪いです」 二人は口元と目元で笑い合うと、食事に掛かった #やせんのよるに

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軽巡棲姫に食事を勧めて断られなかったのは、神通にとってもいささか意外ではあった だが姉妹相手にいつも繰り返していた習慣で差し出してみた結果、二人の距離が縮められたことに感謝しつつ、神通は食事後に改めてサバイバルキットの中身を並べ、軽巡棲姫に説明を始めた　 #やせんのよるに

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「ご覧のように食糧も装備も、充分とは言えません」 「・・・カナリ　クルシイナ」 「ええ いつ救助が来るかわからない以上、生き延びるためにはそれなりの工夫が必要です」 すると神通は何を思ったか腰のサーベルをすらりと抜く 軽巡棲姫が一瞬身を固くする #やせんのよるに

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だがそんな懸念を他所に神通は何を思ったか、突然髪を切り出した 根本付近で切られた長いうなじの髪は、結び合わされ一本の糸となる 「ナニヲ・・・シテイル？」 「これを刀の鞘に結びつければ、釣竿くらいは作れます」 「ナルホドナ」 #やせんのよるに

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「エサハ　ドウスル？」 「最初は缶詰の肉、そのあとは釣り上げた小魚を使います あとは、針になるようなものがあればいいのですが・・・」 「コレナラドウダ」 軽巡棲姫は左腕の艤装から単装砲を抜き取ると、その撃針を抜き取り、数ミリはあるそれをねじ曲げる #やせんのよるに

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「これなら使えそうですね 撃針をねじ曲げるなど、考え付きもしませんでした」 神通がクスリと笑うと軽巡棲姫もどこか得意気な声で返す 「タスカルタメニハ　デキルコトハ　シナイトナ」 #やせんのよるに

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サーベルとその鞘、銃の撃針でできた釣竿を、敵味方が並んで海へ突き出す光景は、知らない者が見ると（場合によってはコメディかと思われるほど）、かなりシュールであることだろう だが神通は、同乗者がいるおかげで獲物が掛かるのを待つ時間も苦にはならなかった #やせんのよるに

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むしろ特に何をするでもなく、思い付いたことをぽつぽつと口にするだけの会話が続くうちに、存外釣りも悪くないな、などと思い始めていたくらいだ 「探照灯が使えれば、魚が寄って来るんですけれど」 「ツカエナイノカ？」 「電源が落ちてしまって」 #やせんのよるに

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「ワタシモ　タンショウトウソノモノガ　コワレテイテナ タイチョウガモドレバ、デンゲンハ　アルンダガ」 「なら、私の探照灯をあなたに繋げてみては？」 「イイカンガエダ」 #やせんのよるに

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10キロ先で新聞が読める、と言われる探照灯が使えれば、捜索隊に見つけてもらえる可能性も大幅に上がるはずだ ・・・そこまで考え、神通はふととあることに思い至り口調を暗くした 「・・・もし、私の方が先に救助が来たら あなたはどうするんです？」 沈黙が流れる #やせんのよるに

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「あなたが先に救助されるならまだしも、怪我人を一人海に残すわけには・・・」 「ソレハナイ」 ぴしゃりと言い放つ 「・・・ワタシニ　タスケナド　クルハズハナイ ソンナハナシ　ミタコトモ　キイタコトモナイ」 そう言う彼女の仮面の奥に神通は、悲しげな光を見た #やせんのよるに

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それは暗に、彼女のための救助が来ない・・・すなわち、救助の確率が半減することを意味している 神通は内心の落胆を隠しながらも、考えを巡らせる 「・・・私の警備府に、傷が治るまでいることは・・・」 「カリニ　ソチラガデキタトシテモ、ワタシガウミヘモドッタラ #やせんのよるに

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ナカマカラウラギリモノアツカイサレルノガオチダロウナ」 「酷い・・・」 「ソウイウモノナンダ、ワタシタチハ」 「そんなの、仲間とは言えません」 神通が強い語調で返す 「何があっても見捨てず、命をかけて助け合うのが仲間というものです 私はそう確信しています」 #やせんのよるに

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「ですから、助けは必ず来ます もちろん、貴方にもです」 「アナタハ・・・」 軽巡棲姫はしばしうつ向いた後に、こくりと小さく頷いた 「トコロデ」 「なんでしょう？」 「サオ、ヒイテルゾ」 慌てて神通が引き上げると、餌は取られた後だった #やせんのよるに

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【漂流生活、２日目】 その晩は波が高く、ボートは笹船のように激しく揺られていた 流石の神通も吐き気をこらえながら起き上がると、いつものように交わす朝の挨拶 どうも軽巡棲姫の方はもともと夜行性らしく、早くも夜が暮らしの場になりつつあった 姉がいたらさぞ喜ぶだろう #やせんのよるに

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最も、隊内最高練度にして神通以上の実力と、提督の片腕として随一の交戦意欲を持つ彼女が、軽巡棲姫を夜戦で生かして返すとも到底思えないが いつものように傷の手当てと簡単な朝食（今日は乾パンに小さな小魚が加わった）を済ませると、釣竿を持ち出す軽巡棲姫の背中に #やせんのよるに