やせんのよるに

軽巡棲姫と神通さんのこんなお話が、どうしても書きたかった
10
前へ 1 2 3 ・・ 7 次へ
深海さかな @dzurablk_kai

神通は声を掛けた 「そういえば、水は飲まなくていいんですか?」 一緒に暮らし始めてから、彼女が水を口にするところを一度たりとも目にしていない 「アア、ワタシノカラダハ ノマナクテモイインダ」 「あら、そうなんですね」 どうやら気遣い不足を詫びる必要は無さそうだ #やせんのよるに

2016-01-04 11:10:11
深海さかな @dzurablk_kai

まるでトランポリンのように上下左右に揺さぶられ、ジェットコースターに乗っている時のように三半規管を乱される中では、釣りを続けるのは不可能だった 流石の深海棲艦もこれには参ったらしく、小一時間もすると二人は釣り道具を仕舞うと、黙りこくって床に伏す #やせんのよるに

2016-01-04 11:13:35
深海さかな @dzurablk_kai

「しかしこうも夜に活動していると、捜索隊からも見つけにくいかもしれないですね・・・」 「ムシロ、アカリガトモッテイタホウガ コウツゴウナンジャナイカ?」 「それもそうですね」 そんな会話も酔いを抑えながらとあっては、長くは続かない #やせんのよるに

2016-01-04 11:18:58
深海さかな @dzurablk_kai

諦めた神通が寝返りを打って、睡魔に頼ろうとした時だった 「ナア」 背中に聞きなれた声がかかる 「キノウノハナシ・・・ナンダガ」 「と言うと?」 「キュウジョノハナシダ」 途端に空気が、船酔いとは別の重苦しさを孕んだ #やせんのよるに

2016-01-04 11:21:37
深海さかな @dzurablk_kai

「モシオマエタチ、艦娘ガサキニタスケニキタラ・・・ ワタシハドウナル?」 「・・・わかりません」 神通は忌憚なく答えた 「私のように助けるかもしれませんし、見捨てるかもしれません なにせあなた方には交戦規程もハーグ条約もありませんから」 #やせんのよるに

2016-01-04 11:23:40
深海さかな @dzurablk_kai

軽巡棲姫が予想していた通りの答えが帰ってくる 「最悪は、その場で・・・」 「ウチコロサレル、ト?」 神通は沈黙で肯定した 現に過去にも、そうした事例が無いわけではない 「ですが」 寝返りを打ち向かい合った神通の眼差しの底には、強い何かがあった #やせんのよるに

2016-01-04 11:31:20
深海さかな @dzurablk_kai

「私の上官や姉妹艦は、そんなことはしないと思います」 「ダトイイガナ・・・」 「本当です!」 軽巡棲姫の顔から卑屈な笑みが消える 「提督が着任してから私たちの前で、常々口にしていた言葉があります 『廉恥の川内、真勇の神通、礼節の那珂』・・・」 #やせんのよるに

2016-01-04 11:34:37
深海さかな @dzurablk_kai

「ソレハ?」 「なんでも、士官学校時代の教えらしいです 幹部として大切なそれらを、たとえ1つずつであっても体現するような指揮官になれ、と 提督は毎日のように仰ってました」 口をつぐむ軽巡棲姫の前で神通は続ける #やせんのよるに

2016-01-04 11:36:26
深海さかな @dzurablk_kai

「また、こういう言葉も・・・ 『ノブリスオブリージュ』、高貴なる者の責任、という意味だそうです」 「ソレハキキオボエガアル」 「士官のように人の上に立つ者には、崇高な精神と徳操が必要である、と これも耳にタコができるくらい聞かされていたんです」 #やせんのよるに

2016-01-04 11:47:45
深海さかな @dzurablk_kai

神通は起き上がると、まっすぐに軽巡棲姫を見据え続けた 「私には、提督や姉さん、那珂ちゃんが、貴方を残酷な目に遭わせるようには思えないんです これは身内の情や慰みで言っているのではなく、指揮官としての予測です」 「・・・アナタホドノモノガソコマデイウノナラ、 #やせんのよるに

2016-01-04 11:50:20
深海さかな @dzurablk_kai

シンジナイワケニハイカナイナ」 それだけ言い残すと軽巡棲姫は壁際に向いてしまった 神通も再度身を横たえ、今度こそ寝ようとする矢先 「・・・アリガトウ」 小さくそんな声が耳に届いた 「お礼を終われるほどのことは、していません」 #やせんのよるに

2016-01-04 11:52:52
深海さかな @dzurablk_kai

「タスケクレタレイガマダダッタロウ ワタシガコウシテイルノモ、アナタノオカゲダ」 「当たり前のことをしたまでです」 そして今度こそ、波に揺られるテントの中に沈黙が訪れた #やせんのよるに

2016-01-04 11:54:23
深海さかな @dzurablk_kai

釣りもできず何も収穫が無かったと思われたその日は、二人にとっては得るものの多い1日となった ・・・船酔いも含めて 神通たちはその晩、2度吐いた #やせんのよるに

2016-01-04 11:56:05
深海さかな @dzurablk_kai

【司令部内、仮眠室】 「提督、起きてる?」 ルーズなノックと共に川内が顔を出す 「いや、大丈夫だ」 「大丈夫じゃないでしょ 何日寝てないのよ」 「これでも毎日1、2時間ずつくらいは寝てるよ」 そう言うと提督は、鋭い眼光で薄暗闇のなか、海図に目を落とす #やせんのよるに

2016-01-05 11:01:55
深海さかな @dzurablk_kai

扉から差し込む灯りだけでも頬がこけ、目の下にできたクマと土気色に近い肌をしていることが川内にも見てとれた 「食事は?」 「いらん」 目を上げることなく答える 「・・・俺は大丈夫だ」 自分に言い聞かせるような短い言葉、その『俺』の部分に込められたアクセントが #やせんのよるに

2016-01-05 11:04:47
深海さかな @dzurablk_kai

自責の念と話し相手への不器用な気遣いを両立している様は、状況が状況だけに見ていて苦しくなるものだった 「・・・なんか食堂から持ってくる」 医務室から睡眠薬も貰ってこようか、という台詞を胸の奥に仕舞い込んだのは、川内なりの精一杯の気遣いだ #やせんのよるに

2016-01-05 11:08:48
深海さかな @dzurablk_kai

提督はそれに十数秒間の沈黙の後に、小さく「・・・済まない」とだけ答えると、ようやく肩の力を抜いてベッドに横たわった 「あんまり根、詰めすぎないでね 朝になったら起こしに来るから」 「ああ」 「おやすみ」 #やせんのよるに

2016-01-05 11:10:38
深海さかな @dzurablk_kai

川内の気遣いで幾分気が紛れたのか、その日提督は久方ぶりに、辛うじて人並みと言える量の睡眠を取ることができた 神通が消息を断ってから三日に入るが、手がかりは未だ1つもない #やせんのよるに

2016-01-05 11:14:02
深海さかな @dzurablk_kai

【漂流生活3日目】 「水の消費が思ったよりも早いですね・・・」 ボートの端に溜まりつつある空のペットボトルを横目に、神通は不安げな声を出した 「コノキセツ、アツサハシャレニ ナラナイカラナ」 当初2週間分あるはずだった飲料水も、3日で7割程度にまで減っている #やせんのよるに

2016-01-05 11:24:12
深海さかな @dzurablk_kai

南洋の強い日差しに蒸され、昼間寝ているときに想像以上に汗として水分を失っていたためだ 「ナントカシナケレバナ・・・」 そう言って身を起こそうとした軽巡棲姫は、力を失いよろよろと倒れ込んでしまった 「大丈夫ですか!? もしかしてまた傷が・・・」 #やせんのよるに

2016-01-05 11:27:04
深海さかな @dzurablk_kai

ここ数日は経過は良好だったのに、と胸の中で自らの油断を責めつつ救急箱を開ける神通を、軽巡棲姫は弱い声で止めた 「イヤ、キズハダイショウブダ シンパイスルナ・・・」 「そんなのできるわけないでしょう! 身体を見せてください」 そこでウエットティッシュを額に乗せ、 #やせんのよるに

2016-01-05 11:31:52
深海さかな @dzurablk_kai

神通はとあることに気が付いた つい一昨日、傷の手当てをしたときはびっしょりと脂汗をかいていた軽巡棲姫が、今は全く汗をかいていない ほんの数日では変わるはずのない暑さにも関わらず、である 「もしかして、脱水症状なんじゃ・・・」 軽巡棲姫がその言葉に微かに #やせんのよるに

2016-01-05 11:34:25
深海さかな @dzurablk_kai

顔の筋肉を強ばらせたことを、見逃す神通ではなかった 飲料水のペットボトルを開けるとその中にスポーツドリンクの粉末を入れ、軽巡棲姫を抱き起こして手早く飲ませる 「・・・なんで、水は飲まなくても大丈夫、なんて嘘をついたんですか」 喉を鳴らす音の激しさに、 #やせんのよるに

2016-01-05 11:37:47
深海さかな @dzurablk_kai

神通は微かな怒りを感じていた 「そんなことをして、私が喜ぶとでも?」 「アナタヒトリナラ、タスカルカモシレナイ ワタシノ キズデハ・・・」 「ふざけないでください!!」 神通の怒声と共に空になったペットボトルが投げ捨てられると、軽巡棲姫は頬に鋭い痛みを覚えた #やせんのよるに

2016-01-05 11:41:01
深海さかな @dzurablk_kai

耳元で鳴った音に、頬を張られたのだと気づくのには相当の時間を要した 「そんな勝手な都合で死に急がれたら、助けた私の努力はどうなるんですか!?」 「スマナカッタ タダワタシハ・・・」 重苦しい沈黙が薄暗闇に降りしきる 「ドウシテモアナタニ、タスカッテホシカッタ」 #やせんのよるに

2016-01-05 11:44:01
前へ 1 2 3 ・・ 7 次へ