辻仁成 ツイッター小説「つぶやく人々」その1

芥川賞作家でミュージシャンで映画監督で中山美穂とやっと会えて6月12日にはアントニオ猪木主演の映画『ACACIA』の公開も控えている辻仁成(@TsujiHitonari) のツイッター小説まとめです。
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辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第68回:俺はリュックサックにパソコンと下着数日分を入れて家を出た。もちろん行く当て等ない。もともと日本でも友達の少ない男、在パリ十年になるが、殆どひきこもり。知り合いもゼロに等しい。さあ、どこに行こう。まあ、妻の気が晴れるまでの数日間だ。つづく

2010-03-09 16:49:20
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第69回:それにしても何と美しい光りにゅ。セーヌ川のまばゆい輝きにゅ。俺は早速歩きながらぶつぶつつぶやいていた。外ならいくらつぶやいても文句を言われることはないにゅ。あまり深く考えなければ、家出も冒険に違いない。この機会に外世界を探究するにゅ。つづく

2010-03-09 16:59:45
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第70回:俺は芸術橋の上からセーヌの煌きを見降ろす。俺は生かされているにゅか、それとも自ら生きようとしているにゅか。そもそも生きているにゅか。ツイッターから離れると、そこに生々しい別世界がある。眩しいにゅ。風の冷たさ、太陽の温もりを感じるにゅ。つづく

2010-03-09 17:09:59
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第71回:次の瞬間、驚き氷りついたにゅ。今、見遣る、感じているこの世界のなんと明らかなこと。迫る、あらゆるものの息吹、現実存在、事象に圧倒されたにゅ。自分が見ているのに、見られているにゅ。慌てて俺は虚空を掴もうとしたにゅ。掴めないにゅ。嗚呼! つづく

2010-03-09 17:18:29
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第72回:光りを掴みかけながら、倫理的な考察から抜けださなければ、と知ったにゅ。でも、容易じゃないにゅ。物事の本質を洞見する新境地の獲得こそが、今自分のやらなければならないことにゅ。何かに近づきたいにゅ。なのにそれが何か分からないにゅ~。悟り?つづく

2010-03-09 17:37:18
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第73回:腹がへったのでとりあえずオペラへ足を向けた。国虎でうどんでも食べよう。ルーブル美術館を抜け、リヴォリ通りに入ったところで、ホームレスを見かけた。ぼろぼろの衣服を纏っている。パリでは珍しくない光景だが、なぜか、目が吸い寄せられる。つづく

2010-03-10 02:16:39
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第74回:男はブツブツつぶやく。道行く人は無関心。男は誰に向かうともなく語る。ツイッターの世界そのもの、と俺は思う。返事を期待しない男に興味が湧く。男が発する声の響きか懐かしい。男は時折指揮者のように腕を振り、そっと俯き、またつぶやきはじめる。つづく

2010-03-10 02:19:30
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第75回:ホームレスの男のところだけ光りがあたっている。白ひげのせいで気がつかなかったが、アジア系である。中国系かヴェトナミアンか。何をつぶやいているのか気になりそっと耳を傾ける。「俳句は最も短い言葉ゆえに最も純粋な結晶」と聞こえた。日本語で。つづく

2010-03-10 16:20:38
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第76回:耳を疑った。男の視線に入るよう、歩み出る。目を合わせようとしない。ぶつぶつとつぶやいている。日本語だ。リボリ通りに日本人らしきホームレス。俺は思わず「あんた日本人にゅ?」と呼びかけてしまう。左の黒眼だけが俺を捉え、なんだと、と告げる。つづく

2010-03-10 16:26:40
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第77回:日本人だ。でもなぜここでホームレスをしているのだろう。作家としてとても気になる。外見はホームレスだが実際には観光客なのか?何しているにゅ、こんなところで、と訊ねる。男は左目で睨んだまま、その日本語の乱れはなんだ、と戻した。まいったね。つづく

2010-03-10 16:30:23
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第78回:「これはつぶやきにゅ。乱れているわけではないにゅ」「落日の国での昨今の流行りか?」「そうじゃないにゅ、俺はパリ在住の一応小説家にゅ」男は鼻で笑い、その左目は虚空を睨んだ。「ここまで押し寄せたか、堕落した日本語が」「あなたはだれにゅ?」つづく

2010-03-10 16:35:44
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第79回:「君が行く海辺の宿に霧立たば我が立ち嘆く息と知りませ」俺は眉間にしわを寄せた。男が歩き始める。追いかけた。「あなたはだれにゅ?」「亡命俳人」「廃人?」「さよう。日本亡命文壇を組織している、お前も作家ならいれてやるよ。ついて来なさい」つづく

2010-03-10 16:40:44
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第80回:「あの、何とおよびすればいいにゅ?」「松尾」「廃人の松尾先生にゅか?」「先生は必要ない。正確には俳諧だ」「徘徊にゅ?」「にゅはやめなさい。日本語が乱れる」「松尾先生、でも、にゅをやめるとエネルギーがなくなるにゅ、許してくださいにゅ」つづく

2010-03-10 16:50:13
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第81回:「徘徊する廃人の松尾先生にゅ」「芭蕉翁と呼べばいい、先生という敬称が日本の文壇を駄目に、国会を俗場と変えた。相手に対して尊敬の念が無いのに先生を付して呼びかけるのは悪しき風習であろう。価値のない先生が溢れ、日本文壇も国会も凋落した」つづく

2010-03-10 17:03:33
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第82回:「でも、翁はなんで徘徊する廃人をしているにゅ?」「俳諧というのは、こっけい、おかしみ、たわむれということだ。そちには分からぬか?」「うろつくことではないにゅか?」翁が立ち止り俺を振り返って、左目で睨め付けてきた。「にゅはやめなさい!」つづく

2010-03-10 17:11:39
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第83回:オペラ地区サンタンヌ通りの日本人街に昔からある国虎屋饂飩店に翁は入って行った。店員たちは見て見ぬふりをしている。翁は地階席へ降り、うどんをすする日本人を横目に、奥のstaffと書かれたドアまで進むと中へ消えた。俺は慌てて追いかけた。つづく

2010-03-11 15:11:49
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第84回:「第二次世界大戦中、ここはレジスタンスの隠れ家だった。今は我々日本亡命文壇のアジトとして使っている」煉瓦で出来た防空壕のような蒲鉾がた地下室に数名の男女が俯き、ビール箱に腰かけ、何やらぶつぶつとつぶやいている。声明のようにも聞こえる。つづく

2010-03-11 15:18:19
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第85回:翁が「右から亡命詩人、亡命批評家、亡命編集者だよ。ただし全員匿名」と言った。「あいている席で君もつぶやきたまえ」翁にすすめられ、中ほどのビール箱に腰を落ち着けた。「釣れた魚より、釣られた魚の方がまずい」と正面の亡命詩人がつぶやいた。つづく

2010-03-11 23:12:53
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第86回:亡命編集者が「君はどこで作品を発表してきた?」と質問してきた。「主にツイッターです」するとつぶやいていたパリ日本亡命文壇の成員がつぶやくのを一斉にやめて、俺を睨んだ。「校正者は?」「いません」「専門家の校閲を経ぬのか?」成員が唸った。つづく

2010-03-11 23:18:56
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第87回:「きさまそれでも文学者か?」亡命詩人が怒鳴った。「ツイッターやブログでは普通です。誰も校閲を通しません」「誤字は?」「誤字脱字は普通です」「け、けしからん!」翁が吐き捨てた。「でも、大手新聞社のネット新聞等でも誤字脱字が出る時代です」つづく

2010-03-11 23:25:17
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第88回:「ほんとか?亡命生活が長かったせいで、現在日本の状況を知らなかった。ゆゆしき問題じゃ」亡命批評家が嘆く。「稀にです。しょっちゅうじゃありません。でも、ネット新聞で誤字を見つけるとその日一日、天下とったような気分になれま・・しまった」つづく

2010-03-11 23:32:54
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第89回:「どうした!」亡命文壇の成員が身を乗り出して俺の顔を覗き込んだ。「にゅを使うの忘れてたにゅ」亡命批評家が「にゅ?」と言った。「こやつ文学者崩れのくせに、おかなしな日本語を使う」翁が言った。「言葉尻ににゅをつけるにゅ、こんな具合にだ!」つづく

2010-03-11 23:36:31
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第90回:「乱れた日本語が国を滅ぼす」亡命批評家が吐き捨てた。「我々亡命文壇が成敗しくれる。打ち首じゃ」亡命編集者が刀を持ち出し叫んだ。「いや、待て!」と亡命詩人がそれを止めた。「詩人としは一概には否定できない。まずはこの男の真意を聞こう」つづく。

2010-03-11 23:46:12
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第91回:「俺は常に天涯孤独にゅ」俺がつぶやくと成員が、うう、と唸った。「俺は文壇で嫌われてるにゅ」「うう!」「俺はどこの文芸団体にも所属してないにゅ」「むむむ!」「いつも一人で戦ってるにゅ」「おお!」「だからつぶやかなければ身が持たないにゅ」つづく

2010-03-11 23:53:06
辻仁成 @TsujiHitonari

ツイッター小説「つぶやく人々」第92回:「おまけに妻は元アイドルにゅ!」「おおお!」「芸能界にも睨まれたにゅ。怖かったにゅ~。よってたかってぼこぼこにされたにゅ。妻の幸福のためにがんばったにゅ。でも、その妻に三行半を突き付けられているにゅ。ついには家を追い出されたにゅ~」つづく

2010-03-12 00:10:19
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