真夜中の釣り大会#4(終)
メファルは、ただじっと山の灯を見つめていた。もう二度と見れない光景。明日には、違う顔を見せる景色。通り過ぎていく全てを見逃さないように、彼女もまた……観光を楽しんでいた。 118
2015-06-27 23:05:15幾つの山を越えたろうか。奇妙な旅人の一団が、山奥の村に立ち寄った。彼らは皆フード付きコートを目深にかぶって、宿屋のロビーに集まっていた。言葉も交わさず、まるで嵐の前に震えているようにじっとしている。宿屋の主人はフロントで彼らを興味深くチラチラと見ていた。 119
2015-06-27 23:09:56旅人の一段の中心にいるのは、雨吸いである。そう、彼らは変装した雪熊の一団なのだ。彼らは人里離れ、山奥へ、山奥へと移動していた。だが、どこまで行っても人家はある。長い旅になるのが予想された。雨吸いはロビーのソファに座り、一人珈琲を飲んで新聞を広げていた。 120
2015-06-27 23:15:59雨吸いたち雪熊には、人間界のニュースなど関係ない。記事のほとんども頭に入らないが、人間界で長く生き過ぎて、習慣が根付いてしまったのだ。雨吸いは顔を上げて、珈琲を啜った。雪熊に戻ったら、こんな暮らしももうできない。名残惜しそうに、雨吸いは珈琲の味を舌に刻みつけた。 121
2015-06-27 23:22:07ふと、一つの記事が目にとまった。それはこの地方を紹介するコーナーだった。名産品とか、観光名所を毎回特集している。そこに、自分がかつていた村の記事が載っていたのだ。タイトルは、「絶品! アンコウガエル鍋!」 そして写真には、アンコウガエルを掲げるメファルの姿。 122
2015-06-27 23:26:23「お前は結局あの村で生きるのだな」 雨吸いは遠く離れた場所で生きる自分の妹のことを思った。人間世界で生きることも、選択肢としては確かにあるだろう。観光が失敗したらメファルに真実を打ち明けるつもりだった。雨吸いはふっと笑った。「感謝しなくてはいけないな」 123
2015-06-27 23:30:54メファルは自分が雪熊だと知ることもなく、あの村で生き続ける。それは観光が失敗し、自分が雪熊だと知って、雨吸いと共に山で暮らすよりも、ずっと、ずっと幸せに思えた。もう彼女は一人で生きていけるだろう。そういう歳になっていた。すべて、あの観光客が切っ掛けだった。 124
2015-06-27 23:33:35そう、彼らはいまもどこかで観光をしているのだろう。フィルとレッド。全てを飲みこむ渦。台風で吹き飛ばされた建物が、奇跡的に元の場所に積み上がって元の姿を取り戻すような、不思議な力。いずれ自分も約束の地を見つけるのだろう。 125
2015-06-27 23:36:29