宮本和英さん(nicola創刊編集長/月刊シリーズ)が見た出版業界

新潮社を退社しフリーの編集者となった宮本和英さんが実体験をもとに出版業界の現状とその問題点を連続ツイート中。
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宮本和英 @kazmiyamoto

実体験32 そこからさらにS社の基本原価計算の枠内に収まるように、あっちをいじり、こっちをいじり、何とか安く効果的に出来ないか苦闘するわけです。当時のS社の原価計算システムはコンピュータ化されていて、出版界でもかなり進んだシステムを持っていました。

2011-01-11 02:28:19
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験33 原価計算の要諦は、定価と初版部数、重版最少ロット数の決定にありますが、この中には製造原価、印税、宣伝費、会社経費、利益等の項目が数値化されて、かなり複雑な内容になっています。当時書籍部門の先輩編集者の誰に聞いても、この仕組みを説明出来る人はいませんでした。

2011-01-11 02:34:41
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験34 続きです。ほとんどの、いや全員が原価計算の仕組みを理解していませんでした。最終的に利益が〇%出ているからこれで成立する、と結果だけ見て良しとしていました。そんな中で過去のいろいろな原価計算の例を調べていたのですが、あることに気付きました。

2011-01-18 02:13:57
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験35 それは良く売れている本の場合に、実に小刻みに増刷しているのです。一カ月の間に4回も5回も増刷したりしている例が多々あるのです。普通に考えれば、1000部を4回増刷するなら、まとめて4000部を1回増刷する方が効率がいいに決まっています。

2011-01-18 02:17:36
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験36 印刷業界は、初版の時は製版代が加わりますが、印刷代も用紙代も単価×量なので金額の大枠は変わりません(本当はそれも変です…発注量が大きくなれば割安にならなければおかしいよね)。でも送料等細々した無駄は出るから、ちょこちょこ増刷するより一遍にまとめてやればと考えますよね。

2011-01-18 02:24:37
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験37 僕も最初はそう考えていました。うちの営業製作は何を考えてんだ?と。ところが原価計算の仕組みのある秘密に気付いた時、小刻みに増刷する意味とその販売政策の思想のようなものを知りました。

2011-01-18 02:30:01
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験38 それは、原価計算の中に、返品改装費という項目が〇%分、自動的に組み込まれていることに気付き、あっ、返品がなかった時にこれが純利益に変わる!と閃いた時、全てが理解出来ました。返品改装費というのは返品された本の表紙などをまた綺麗に化粧直ししてまたの出荷に備えるものです。

2011-01-18 02:34:02
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験39 返品を減らすためには、配本を減らす、少なくとも需要より供給を少なくすればいいわけです。増刷するような本は売れているわけですから買いたい人が沢山いる、それを見越して多く作るのではなく、少なめに作って確実に販売し、返品を1部も出さないようにしていたのです。

2011-01-18 02:39:06
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験40 だから小刻みな増刷をして、前の増刷分が確実に売れ、でもまだ買いそびれた人が沢山いるという状況を作り続けて、次の増刷をするという政策を取っていたのです。これは本当に1部も返品を出さないようにする仕掛けです。

2011-01-18 02:45:04
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験41 そして返品が1部もなければ、原価計算上は経費として計上されていた返品改装費が、まるごと利益に変化するのです。このことを理解した時、僕は唸りました、うちの営業政策は凄い! この仕組みを作った先輩達に感動しました。S社が業績のいい出版社だと言われていた本当の意味は… 

2011-01-18 02:50:50
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験42 話題の本を沢山出版してきたからではなく、それはそれとしても実は営業思想とでもいえる販売政策をきちっと守ってきたから堅実に業績をあげ続けてこられたのだと心の底から納得がいきました。本当に目立たない所で、出版経営を支えている出版営業の世界があったのです。

2011-01-18 02:57:00
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験43 勿論これは、出版点数が今ほど多くない時代だったから意味があったのですが、それならば今の状況の中で営業がどういう思想で販売政策を決めていくのか、大いに考えなければなりません。残念ながら僕がこのことを学んだ時、その意味を体得している人は編集者には一人もいませんでしたし…

2011-01-18 02:59:56
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験44 営業畑にももう数えるほどしかいませんでした。当時、営業製作の責任者だったAさんは、いつも不機嫌そうでむっつりしていて声をかけるのもはばかれるような雰囲気の人でしたが、この人に僕は自分が理解したことが正しいのか、確認しによくいったのですが、それというのも…

2011-01-18 03:04:37
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験45 このAさんは、決して自分からは何も教えない人で、こちらが具体的に聞きに行くとやっと答えてくれるという感じの小父さんで、まあ職人気質というような人でした。無口でとっつきの悪い、でも実は気がいい人、こういう人が昔はいたんですが、Aさんに僕が返品改装費の秘密を確認しに行くと

2011-01-18 03:09:07
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験46 にこっと微笑んで「そうなんだよ」。分かってくれたか、というような表情で、さらに「返品は魔物なんだよ、後から後から出てくるんだよ、もうないだろうと思っていても出てくる…」と。Aさんは編集側からは増刷を認めない頑固親父、まあもっと言うと悪の元凶とみなされている人でした。

2011-01-18 03:18:45
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験47 こういう人が表には見えないところで、出版社の経営を支えていたんです。でもそれなら教えてくれればいいのに、と言ったこともあるのですが、Aさんは苦笑いしているだけでした。僕にとってS社の懐かしい人です。Aさんとはその後、矢沢永吉写真集の原価計算で一緒に悪戦苦闘したなあ。

2011-01-18 03:25:37
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験48 編集者が原価計算の仕組みを理解していないということに多少誤解があるようなので補足します。S社の場合、それなりの規模だったので分業化されていて、原価計算に関わるのは編集者、装丁室、営業製作ですが、造本仕様に装丁室が関わり、計算を営業製作が行います。つまり…

2011-01-19 04:00:34
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験49 編集者は営業製作から上がってきた原価計算表をチェックすれば事は済むので、原価計算の細部までを必ずしも理解していなくてもまあ問題はありませんでした。またその原価計算表は造本仕様の細かい資材まで全て個々の費用が計上されている実に詳細なものでした。

2011-01-19 04:07:47
宮本和英 @kazmiyamoto

実体験50 中小出版社の編集者が何でも自分でやるのとは会社自体の仕組みが違うので、原価計算の本質を理解していなくても、まして文芸活字本に関しては実際上の不都合はなかったのです。勿論、僕はそれでいいとは思っていませんでしたが…。

2011-01-19 04:11:18