空想の街・ハンツピィ'15 一日目 #赤風車
「余所者ね」 発した一文字自身も聞き逃してしまうような小声で言葉が落ちる。意味のない相槌であったが、一文字の心はその瞬間、かつて確かに生活していた筈の遠い町へと移っていた。 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 01:52:48「それこそおかしな話だ。長姉殿ほどの者が何をそんなに気を揉んでいる? 言わせてもらうがお主の妹、あの娘が暗いのなどいつものことだろうよ。それにお主はあの町の上層に食い込んでいると風の噂で聞いていたが、それならば問題などいつだって山積みだと思うがね」 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 01:53:37話し出す一文字の低い声音を実華は黙って聞いている。 「俺のような些細な存在を今更気にする理由は何だ。俺は見ての通りもう一年ほどあの町とは関わっていない――それに今まで追い出そうと思えば直ぐ様出来た筈の癖に泳がせていたのは、長姉殿よ、お主の考えの内だろう」 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 01:54:44寝転んだまま、気だるげに首だけを動かし長広舌を振るった一文字へ、実華は暫く、しけた顔を向けていた。朝靄より薄く室内に広がる煙の中では何も隠せはしない。 ややしてその丹花が翻る。 「当然だとも。だからこそ、今、その些細な存在が、厄介だ、と言っている」 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 01:55:41宣言通り釘を打ち込んでいくように、実華は話し続ける。 「なァ一文字とやら。あの町では最近、路地の壁に、赤く、大きな、一の字が現れるんだ。住人もやれ一の字一の字と――おい妙だな、偶然にも貴様の名と似ているじゃないか――え? 貴様はあの町に一体何を連れこんだ?」 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 01:57:36実華に負けず劣らず凪いだ視線で微動だにせずに話を聞いている一文字を放置して、実華の言葉は連綿と続いていく。「まだあるぞ。愚妹がうじうじしているのなどいつものこと、それはその通りだとも! 併しそれを助長させる出来事があったんだ、年が変わるころに」 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 01:58:34そこで実華は大きく煙草を吸い込み、一瞬で表情を消して息を吐いた。 「――弟の――、千草の死体が海からあがった。一番最初に着物の端を見つけたのは我が妹だ」 ただでさえ大きな目を見開いて実華がぶつけた言葉を、一文字は瞬きで一度跳ね返し、そして失敗する。 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 01:59:45「今まで水辺から風車を釣ってきたあいつが今度は海に沈むとはな――、見つかった季節こそ冬だったが行方知れずになってから一年も経過していたんだ、身元確認にやきもきさせられたよ。おいどうした、死亡時期が気になるか? ――聞いて驚け、丸々一年浸かっていたそうだぞ」 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:01:09黙る一文字を無視し、実華は弾丸をぶつける。 「妹が輪をかけて鬱気に悩んどるのも私が貴様の面を拝みに来たのも、ここまで言えば解るだろうよ、私は楽観主義者だからな、通じると信じている! 聞き分けよく大人しく外で精々いい子にしているんだな一某。そしてもう二度と、」 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:02:38目線ももらえず小さな灰皿へ押し付けられた煙草が、そこで無残に鳴いた。 「――そう、もう二度とだ、我が家の人間に近づかんで頂こう。あの妹もとうとう嫁に出すつもりだ」 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:04:03稲穂か狐の毛のように、編まれぬまま傷んだ畳へ広がっている一文字の髪が、立ち上がった実華の起こした風で広がる。 「ではな男色家殿よ、早朝失礼したな! もう会うこともないだろうが――、さあいくぞ洸太郎。急がんと愚妹の貰い手がいなくなる!」 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:04:49「えっ? あ、ちょっと待ってよ実華さん!」その瞬間までずっと気配を消していた洸太郎がぱっと身を翻した。そこに鋭く実華の声が飛ぶ。 「何だ! 私は十秒は待たんぞ!」 「分かってるって! ――あの、ごめんね一文字くん、色々」 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:05:49洸太郎はやけに真剣な眼差しで一文字に真直ぐ向かって頭をさげる。 漸く半身を起こした一文字が何かを返す間もなく、次第に曇天から僅か陽の差してくる街へと消えた妻の勇ましい背を追って、彼もまた廃屋を出ていった。 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:06:51初対面の人間に嵐のように捲し立てられ、そしていなくなられたかと思えば、急に謝罪を向けられ、一文字はどこか拍子抜けしたように肩の力を抜く。 なんという朝だろう。 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:07:06所々破損した戸を自分の体からきっちりどけて、玄関にもう一度嵌るか試し、金属よりも冷たくなっている己の手足に気づいた。なんとか戸を元通りにしてから背を凭せ掛け、静まり返った外へと無人を承知で呟く。 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:07:22「婿殿が謝ることなどないだろうよ。それに言われんでも、」 ――友人などやめてやる。 去年の冬に、自分に投げつけられた静かな悲鳴が残響する。実華にしつこく言われなくとも、自分からも相手からももう、近づくことも何もない筈だ。それに、……それに。 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:07:33いや、今色々と考えていても何にもなりはしない。それよりも大分予定が押してしまっている。祭りに間に合うよう、速やかに支度をせねばならない。宴の本番そのものは明日の夕方からだと聞いていたが、それに合わせてこの街を訪れるものたちもいるだろう。 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:07:54この時季行われるハンツピィの宴とは、四足も二本足も一緒になって秋を祝う祭りであると一文字は事前に説明を受けていた。宴に参加するには、ポムの星、と呼ばれている実を食べて、半人半獣のような姿にならなくてはいけないらしい。 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:08:14祭りに合わせ、自分が一年作り続けてきた風車を売る、そのこと自体はそれほど心の動くことではなかった。今までだって何度も手作りの品を売ってきたのだから、それと大して変わりはない。安定して作れるようになってからはすぐに売り始めていたので、もう慣れたものだ。 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:09:03ただ、 ――一文字はゆっくりと編んでいた長い髪に、自分が作ったものではない、赤い風車をひとつ挿し込む。 去年の冬、この廃屋で見つけた風車だ。数か月前に異変に気が付いたときにはもう、回っても鳴らなくなっていた。あの硝子玉を転がしたような音が響かなくなった。 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:09:25意識したわけでもなく、一文字の唇がはためく。 「そうか」 死んだか。 一文字の脳裏には、一時だけこの街にも共に来た、書生姿の青年の顔が浮かんでいた。 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:09:56音の終わり、終わりの音
髪に挿しているものは、その青年が海から釣り上げたと思われるものである。青年は先ほど訪れた皆代家長姉の弟だ。二年前に知り合い、共に仕事をしようと色々な場所を移動し、この街にもほんの一日ほどだが訪れ、そして最終的に元の町へ戻った。 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:10:33頑固な目つきで、「家の手伝いがあるから」と己を避けだしたその青年を己は追うこともせず、仕事を決めるのに焦ることもないだろうと甘く見ていた。姉たちの許にいるのなら心配することもないと、それこそ楽観視していた。 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:10:52信じるのではなかった。もっとあの瞳を注視するべきだった、いや、この後悔が一体何になろう。謝罪ももう届かない。そもそも謝罪する内容さえ、一文字にも誰にも分からない。 真実はすべて青年が――、千草が抱いたまま海へ連れて行ってしまった。 #赤風車 #空想の街
2015-10-24 02:11:07