「デッドムーン・オン・ザ・レッドスカイ」 #4
「ついに、ズンビーニンジャ誕生の瞬間をお見せできるのです! こちらへ!」リー先生の口から衝撃的な言葉が漏れた。ブッダ! 彼はついに不死の謎を解く手がかりを掴んだと言うのか? 興奮を隠し切れぬリー先生は、史上初めて音楽に出会ったチンパンジーのような奇怪な歩き方になってしまっていた。
2011-01-15 21:06:42リー・アラキ先生とはいかなる人物なのかについて、改めて手短に説明せねばなるまい。彼はヨロシサン製薬からソウカイヤに派遣された科学者であり、シックスゲイツの肉体改造や重傷者の治療、および口に出すのもはばかられる数々の違法実験についての責任者を任されていた。
2011-01-15 21:12:41彼は世界随一のニンジャサイエンス研究者であり、憑依したニンジャソウルを人為的に分離し、別の人間へ移動させる驚異のメソッドを開発した。この『ヨクバリ計画』を発案し彼に研究を命じたのは、ラオモト・カンである。ラオモトはこの技術を用い、自らの肉体に複数のニンジャソウルを憑依させたのだ。
2011-01-15 21:14:45首尾よく七つのニンジャソウルを得たラオモトは、後続の者が現れないように『ヨクバリ計画』に関する全施設を破壊するよう命じた。しかしリー先生はこれに反対し、『ヨクバリ計画』を発展させ、死体にニンジャソウルを憑依させて蘇らせる『イモータル・ニンジャ計画』の開始をラオモトに提案したのだ。
2011-01-15 21:18:57組織内で、ラオモト・カンに異議を申し立てられる者はいない。実際この時、無慈悲な絶対君主であるラオモトはリー先生を殺すべきかどうか迷った。しかし、リー先生の言葉を信ずるならば、この計画が成就すれば自分は不死のニンジャになれるのだ。これはラオモトにとって、あまりに魅力的な提案だった。
2011-01-15 21:26:02かくしてリー先生は、巨額の予算を得てイモータルニンジャ計画に着手した。潤沢な予算を実証するように、このフロアでは白衣を着用したクローンヤクザ数十人が黙々と奴隷的作業を続けている。テーブルを見れば、IRC端末搭載型遠心分離機、マイクロピペット、キムワイプス等の高級器具が並んでいる。
2011-01-15 21:37:04「イヒヒーッ! あれです!」分厚い防弾ガラスの前に立ったリー先生は、助手たちに命じてフスマを開けさせ、先の部屋にある奇怪な装置を指さす。それは水牛人形がジゴクを巡る平安ゴシック様式の古い木製メリーゴーランドであり、水牛人形のうち2つは、サイバーな円筒形カプセルで置換されていた。
2011-01-15 21:57:49ラオモトはさほど驚きもしなかった。リー先生の悪趣味さを、彼は以前から良く知っていたからだ。これは日本人の科学者が研究室にカミダナやトリイを飾るのとはわけが違う。この装置は、リー先生の歪んだゴシック趣味と狂気的なユーモア精神が作り出した、何の宗教的意味もないグロテスクな装置なのだ。
2011-01-15 22:05:18「片方のカプセルに、ニンジャソウルを持つ被検体を投入します! イヒヒーッ!」リー先生がボタンを押すと、メリーゴーランド装置の右手側にあるフスマが開き、ホッケーマスクを被る白衣のバイオスモトリ4人に両手両足を掴まれた、ぶざまなニンジャが姿を現した。
2011-01-15 22:10:45「ヤメロー!ヤメロー!」両手両足を掴まれたニンジャは激しく抵抗するも、バイオスモトリの怪力にはかなわない。彼の名はセントリー。ソウカイ・シンジケートの末端ニンジャだったが、ラオモトの不興を買ったのだ。『入口』と大きく縦書きされたカプセルの上蓋が開き、セントリーは中に投げ込まれた。
2011-01-15 22:23:03「次に、新鮮な死体をもう片方のカプセルに入れます!」リー先生がボタンを押すと、メリーゴーランド装置の左側にあるフスマが開いた。拘束具を着せられ、洗脳用サイバーサングラスをかけた長身の老人が、ふらふらと姿を現す。その両脇を、白衣のクローンヤクザ2人が抱えていた。
2011-01-15 22:29:56「洗脳は完了したのか?」ラオモトが問う。「か、完璧です。あ、あの爺さんの記憶は完全に書き換えられ、ニ、ニンジャスレイヤーへの憎悪に、も、も、燃えています!」トリダがどもりながら答える。「ムハハハハ! こんな所であの老いぼれが役に立とうとは、まさにサイオー・ホースよ!」
2011-01-15 22:35:21「アバババーッ! おのれーッ! ニンジャスレイヤーッ!」老人は泡を噴きながら叫ぶ。おお、ナムアミダブツ! 彼こそはスゴイタカイ・ビルの屋上でニンジャスレイヤーと束の間心を通わせた、スガワラノ・トミヒデ老人だったのだ! 一体何故、罪無き彼がゾンビーニンジャなどにならねばならぬのか!
2011-01-15 22:43:10ニンジャスレイヤーの一味と思われヘルカイトに誘拐されたスガワラノ老人は、トコロザワ・ピラー内で尋問を受けたが、この老人はただの屋上清掃員であり、肝心の情報は何も知らないことが発覚。期待を裏切られ怒り狂ったラオモトはヘルカイトに減給のペナルティを課し、老人を絞め殺そうとした。
2011-01-15 22:49:49そこへリー先生から、ニンジャスレイヤーと関わりのある人間をサンプルとして提供してもらえないか、という協力要請の連絡があったため、スガワラノ老人は無慈悲にも被検体に選ばれてしまったのである。サツバツ! 何たる無法! 何たる非道か!
2011-01-15 22:52:56ピポピポピポリピピピポピポリピポピー。洗脳サイバーサングラスからはニューロンを責め苛む電子音が発せられ続け、「ニンジャスレイヤーが悪い」「インガオホー」等の赤色LED文字が、液晶面を右から左へよどみなく流れる。ブッダ! これではどんなに強靭な意志力を持つ人間でも洗脳されてしまう!
2011-01-15 23:11:55「イヒヒーッ! ではフブキ君、やりなさい。その被検体に、特製のズンビーエキスを注入しようネェ!」リー先生は興奮しながら防弾ガラスを叩く。その瞳が狂気でぎらぎらと輝いていた。防弾ガラスの向こうでは、フブキ・ナハタが紫色液体をおさめた注射器の針を老人の腕にあてがい、無表情に注射した。
2011-01-15 23:19:39クローンヤクザたちに脇を抱えられた老人は、ぐったりとうな垂れる。防弾ガラス前に置かれたUNIX画面には、老人の心拍数などがリアルタイムで計測されていたが、それらは全てゼロになって、被検体の完全なる生命活動停止を告げた。『出口』と書かれたカプセルの蓋が開き、新鮮な死体が投入される。
2011-01-15 23:24:34「イヒヒーッ! ラオモト=サン、ではいよいよ、イモータル・ニンジャ・ワークショップ(INW)を作動させますネェ!」リー先生はUNIX端末のキーを高速タイプする。するとフロア中の電気の90%が落ち、メリーゴーランドがジゴクめいた機械のごとくゆっくりと回転を始めた。
2011-01-16 00:11:16「ウオーッ!ヤメロー!ヤメロー!」カプセルに放り込まれたセントリーは叫び声をあげてカプセルを内側から叩くが、トランキライザーを注入され弱まった彼に、この強化ガラスを破壊することはできない。『入口』カプセルの上蓋に備わった無数のパネルやケーブル類から、有害な電磁波が照射され始めた。
2011-01-16 00:16:21窓の外、ネオサイタマの空を多い尽くす黒雲にはいよいよ雷光が走り、薄暗い研究室の内側へとその青白い閃きを忍びこませてきた。ただならぬ雰囲気。フロア内の作業机で、ズンビーエキスをシャーレにストリークし続けていた数十人のクローンヤクザたちも、一斉に手を止めてINW装置の方向を見た。
2011-01-16 00:21:31狂ったメリーゴーランドの形を取るINW装置はいよいよ回転速度を増し、上部に備わったライトから、紫や緑やオレンジ色などの雅な光を明滅させ始めた。カプセルに備わった小型UNIXの緑色の文字が、滝のようにスクロールする。水牛人形が荒々しく上下し、時折ロデオマシンめいて180度回転する。
2011-01-16 00:25:45「アーッ! アーッ!」興奮きわまったリー先生は防弾ガラスの前から装置の部屋へと駆け込み、乱暴にフスマを開ける。そしてフブキ・ナハタ女史の制止も聞かずに、荒れ狂う水牛人形のひとつに飛び乗って叫んだ。「イヒヒーッ! イェーハー! イェーハー! 被検体第1号、レベナント!」
2011-01-16 00:29:56「ヤメロー! ヤメロー! アッ! アバババババーッ!」セントリーの頭が止まる寸前のコマのように激しく揺れたかと思うと、直後、カプセルの内側は一瞬にして赤色に染まった。カプセル上部に備わったケーブル類を通り、目には見えぬニンジャソウルが隣のカプセルへと移動してゆく。ナムアミダブツ!
2011-01-16 00:32:31「アイエエエ!」ロデオ水牛から振り落とされ床に転落したリー先生は、ゆっくりと体を起こして身をもたげ、目の前で止まった『出口』カプセルを見る。すると……おお、何たる冒涜か! 死んだはずのスガワラノ=サンが立ち上がり、老人とは思えぬ怪力でサイバーサングラスを破壊し、瞳を光らせたのだ!
2011-01-16 00:38:21