氷下の天使#3 天使の眠る場所◆1

流氷の海の下には、天使がいる。地球であったらクリオネのことだが、この世界では本当に天使が眠っている。 その天使の死体を引き上げる仕事がある……ある天使漁師が、交わした5年前の約束。彼女は……目を覚ました、ただ一人の天使だった。 最初↓ #1 ◆1 http://togetter.com/li/939471 続きを読む
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減衰世界 @decay_world

_氷下の天使#3 天使の眠る場所

2016-02-23 17:16:22
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「おーっ、名前何だっけ……天使漁のお兄さん! 久しぶりだなぁ」  フィルとレッドは変わらない。酒瓶を手にして、千鳥足で街外れを歩いていた。ベルシルムは自分を顧みて、俺も変わらないな、と思った。 「俺は覚えてるぞ。背の高い方がフィルで、低い方がレッドだ」 61

2016-02-23 17:20:54
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「背が低いゆーな!」 「ハハッ、ごめんよ」  フィルは遠くの街の賑わいを見て言う。 「賑やかになったね……この辺も」 「ああ、すっかり変わっちまった。あんたら、また観光かい?」 「もちろん、僕たちはプロの観光客さ」 62

2016-02-23 17:24:35
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_ベルシルムは笑った。 「同じ場所を何回も観光するのかよ」 「そうさ。一度観光しても、次来たときにはがらりと変わっていて、違う景色を見せる。現に、この街はかなり変わったじゃないか」 「はは、それもそうだ。違いない」 「それに、今回は前回見れなかったものが見たいんだ」 63

2016-02-23 17:28:32
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_街は流れていく。時の流れは、あらゆるものを変えていく。 (俺は流れに乗れているだろうか)  水が見えないように、時も見えない。ただ、大きな流れだけを全身に感じる。しばらく間を置いて、ベルシルムは答えた。 「だろうと思ったよ。俺は、お前らが来るのを待っていた」 64

2016-02-23 17:33:24
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_3人は街へ向かって歩いていく。特に行き先を話し合ったわけではない。ただ、力強い流れがそこにはあった。 「お前らがいないと、何も動かない気がするよ」  ベルシルムは通りの屋台で、フィルとレッドのためにつまみを買ってやる。タレをつけて炙ったイカだ。 65

2016-02-23 17:39:38
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「彼女は来ていると思う?」  イカを齧りながら、ベルシルムはフィルに聞いた。フィルもイカを齧りながら歩く。 「来ていたとしたら、最初になんて言いますか?」  質問に質問で返すフィル。3人は街を抜けて、森の小道、川沿いの道に入る。ベルシルムは少し思案した。 66

2016-02-23 17:43:49
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_話したいことはたくさんある。伝えたいこともたくさんある。でも、それはこれからいくらでも話すことができる。  最初に話す言葉としてふさわしいもの……ベルシルムは、5年の歳月を思う。答えが出る。 「俺はあの時20分待った。そして、5年も待ったんだ」 67

2016-02-23 17:47:33
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「だから、『そんなに待ってなかったよ』……そう言うつもりだよ」 「それは、いい言葉です」  フィルは笑ってくれた。5年前のあの日と同じように、川辺の小道には雪がうっすらと積もって汚れもない。雪の間から覗いた苔は、エメラルドグリーンの輝き。 68

2016-02-23 17:51:54
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「今日は、再会にはいい日だね」  レッドはそう言ってくれた。長い長い、しがみつく日々が終わる。この二人はどういう人間なのだろうか。ベルシルムは不思議に思う。  氷山のように固く凍り付いたベルシルムの心をいとも簡単に揺り動かしてしまった。 69

2016-02-23 17:56:23
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_二人はきっと大きな渦なのだ。すべての滞った何かを打破して、全て巻き込んで、何もかも変えていく渦……ベルシルムは心の中で、そんな思いを抱き、川辺の小道を歩いた。 70

2016-02-23 18:00:44
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_氷下の天使#3 天使の眠る場所 ◆1終わり ◆2へつづく

2016-02-23 18:01:12
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【用語解説】 【灰土地域北部で好まれる酒】 とにかく寒い帝都からモスルート一帯の地方では、身体を温めるために強い蒸留酒が好まれる。特に芋類から作る蒸留酒は、泥炭で香り付けをするので地球のウィスキーに似た味わいがある。この地方に住むインペリアル人やモスルート人は酒好きで有名

2016-02-23 18:19:08