『ギリシア神話の森』について気になったことを一言二言

忘備用のまとめです。 内容としては、①この本の感想、②運動競技の際、選手たちは裸になったか、③古代に夜間航海はあったか、についてです。 「人文」カテゴリではなく、「歴史」カテゴリの話題かもしれません(汗)
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《古代ギリシア世界に夜間航海はあったか》

アザラシ提督 @yskmas_k_66

では、ゆうべの続きを。(twitter.com/yskmas_k_66/st…) 朝からなんですが、夜の海に関わるお話です。 pic.twitter.com/aO8cH2p3uh

2016-06-14 09:52:36
アザラシ提督 @yskmas_k_66

まず、42頁註5に「(オリュンピアでは)神々に奉納する競技祭が前七七六年に創設され、四年に一度、各種の運動競技や音楽、詩歌などの技が競われた。(中略)四つの代表的な競技祭が伝えられるが、いずれの競技祭においても神々に奉納する運動競技は全裸で行われた」とあります。

2016-06-14 00:50:46
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図版出典: Wikimedia Commons 「Costa Brava, Sant Feliu de Guíxols」

アザラシ提督 @yskmas_k_66

『ギリシア神話の森』127頁註5では「通説では、古代の航海は昼間のみ、夜間航海はなかった。しかしアルゴ号は夜を日に継いで航海する」として、一部の例外を除き、夜間航海を否定する見解をとります。

2016-06-14 09:54:56
アザラシ提督 @yskmas_k_66

確かに、「夜間や冬の間に航海するのは良くない、きちんと停泊地にいるべし」とするパピルス史料があります(Oxyrhynchus Papyri XLV 3250.22-24)

2016-06-14 09:56:11
アザラシ提督 @yskmas_k_66

古代の地中海では航海はリスクを伴いました。突然海が荒れるなどで沈没事故が発生することもあり、死者も出ました。海で命を失った者への哀悼詩(『ギリシア詞華集』7.263以下の詩を参照)や、Parkerによる1189隻の沈没船一覧はそれをはっきりと語るものです。

2016-06-14 10:00:55
アザラシ提督 @yskmas_k_66

補足 沈没船一覧: Parker, A.J., Ancient Shipwrecks of the Mediterranean and the Roman Provinces, Oxford, 1992, pp. 5-6. 勿論、沈んだ理由は嵐以外にも色々あるとは思いますが…。

2016-06-14 10:02:14
アザラシ提督 @yskmas_k_66

海が荒れるなどで昼夜を問わず数日間海を彷徨うことは死を覚悟させるものだったことでしょう(『使徒行伝』27.17-20)。命に関わる問題ですから、こうしたリスクを避けるべく夜間の航海をしなかったと考えるのは、合理的だと思います。また、夜になる前に停泊する、という記述も幾つかあります

2016-06-14 10:06:11
アザラシ提督 @yskmas_k_66

ですが、特に軍事的な理由等で、夜間航海を行う例は幾つもあります(ヘロドトス『歴史』8.9; トゥキュディデス『歴史』1.48.1; 2.83.3; 4.42.2; アッリアノス『インド誌』27; カエサル『ガリア戦記』5.8; 5.23; ポリュアイノス『戦術書』6.11;文字数

2016-06-14 10:08:29

艦隊で行動する際は灯火も使ったことでしょう(クセノフォン『ヘレニカ』5.1.8; Casson, L., Ships and Seamanship in the Ancient World, Baltimore & London, 1995, pp. 246-248)。ツイートで引用したような警戒しながらの移動や、夜間の戦闘だけではなく、夜間は海に浮かぶ舟の上で待機し、朝になるのを待って陸にいる敵に攻撃をしたり、上陸をするという戦術もあったと思います(アキレウス・タティオス『レウキッペとクレイトフォン』2.18; ポリュアイノス『戦術書』4.6.8。この『戦術書』には、あちこちに夜間上陸や夜襲についての記述があります)。この他、具体的なものではないですが、クレタ兵は陸でも海でも夜襲などを得意としたという記述もあります(ポリュビオス『歴史』4.8.11)。

アザラシ提督 @yskmas_k_66

そもそも、オデュッセウスの子、テレマコスも夜間航海を行っています。夜間航海という発想がアルゴ号以外になかった訳ではありません(『オデュッセイア』2.421-434)

2016-06-14 10:09:48
アザラシ提督 @yskmas_k_66

もちろん、軍事目的でない船であっても、夜間航海をすることはあったでしょう(エウナピオス『哲学者及びソフィスト列伝』485)

2016-06-14 10:11:14
アザラシ提督 @yskmas_k_66

このような夜間航海で重要となるものに、夜空や天体の知識が挙げられます。船の現在の位置や方角を星を目印にして類推し、適切な方向へ船を航海させる必要がありました(ルカヌス『内乱』175ff)

2016-06-14 10:12:13

 天文の実用性を主張したのは、神話上の存在ではあるものの、エジプト王のブシリスだったと考えられていたようです(イソクラテス『ブシリス』23)。また、ソクラテスは海の旅を含め、暦や時間を知る上でも天文の知識が大切であると説きました(クセノフォン『メモラビリア』4.7.4)。ストラボンによると、フェニキア人の船乗りは、特に天体や星について哲学者並の知識を持っていたと考えられていたようです(ストラボン『地理誌』16.2.24)。
 なお、星の知識についてストラボンは、「重要ではあるものの、詳しい知識までは必要ありません。とはいえ、まったく知らないというのは困ります(;´∀`)」としています(同 1.1.20-21)。ソクラテスもまた、天文学の研究は一生かかるようなもので、こればっかりをやっていると他の勉強に支障をきたすとして、適度な学習を勧めています(『メモラビリア』4.7.5-7)。

アザラシ提督 @yskmas_k_66

なので、“夜間航海は危険を伴うので避けられがちだったが、何らかの理由がある時は夜間の航海も行われた。その際は星の動きや位置などの知識が重要になったであろう”というのが古典史料から読み取れる古代世界の夜間航海のありようのひとつだと思います。

2016-06-14 10:14:19

 古代ギリシアに夜間航海があったと見做す研究書を思いつくままあげますと、
・Beresford, J., The Ancient Sailing Season, Leiden, 2013, pp. 204-209.
・Casson, L., The Ancient Mariners, New York, 1959, pp. 29-30.
・McGrail, S., Boats of the World, Oxford, 2001, p. 102.
・Migeotte, L., The Economy of the Greek Cities, Berkeley, 2009, p. 119.
・Landels, J.G., Engineering in the Ancient World, Berkerley, 1978, p. 156.
・フェイガン, B.『海を渡った人類の遥かな歴史』河出書房新社 2013年 119, 132-133頁
・ルージェ, J.『古代の船と航海』法政大学出版局 1982年 14-15, 23-24頁
といったところでしょうか。また、冬季に航海を行わない理由は雲が多く、星や天体が見えなくなるからとも捉えられるでしょう(Casson, L., Ships and Seamanship in the Ancient World, Baltimore & London, 1995, p. 271; Connolly, A.L., "The Dangers of Sea Travel", in: Horsley, G.H.R.(ed.), New Documents Illustrating early Christianity Vol. IV, North Ryde, 1987, pp. 115-116.)。
 漁業についても述べておきましょう。オッピアノスの詩を素直に読むなら、漁師が夜間に出漁することもあったように思われます(『漁夫訓』4.563-565, 641-646 )。それに、朝の市場に新鮮な魚を売りに出すなら、夜間の漁りも想定できます(クセノフォン『ヘレニカ』5.1.23; Bresson, A., The Making of the Greek Economy, Princeton, 2015, p. 177)。古代ギリシア世界の例ではありませんが、舟にエンジンや電力を使わない漁業従事者であっても、魚が取りやすい・新鮮なものを市場で高値で取引できるなどといった理由で、夜間に舟に乗って出漁することもありました(例えば、秋道智彌『海人の民族学』NHKブックス 1988年 51-62, 94-97頁; フレーザー, T.『タイ南部のマレー人』風響社 2012年 26-30頁; 宮本常一『海に生きる人びと』未來社 1964年 28-36頁)。

アザラシ提督 @yskmas_k_66

(この他にも、地中海における季節ごとの風の向きや、潮の流れとか、暗礁の有無とか、陸地の目印とか船乗りだけが知り得る知識も口伝えなりなんなりで、共有されていたのではないかと思います。)

2016-06-14 10:22:45

夜間航海では風をうまくあやつり、暗礁に乗り上げないようにする技量も問われたでしょう(ヘリオドロス『エティオピア物語』5.17.5)

アザラシ提督 @yskmas_k_66

とまぁ、『ギリシア神話の森』をざーっと読んで気になったのは、いまのところはこんなところですかね。あと、「エンケラドス」という名前の探査機はなかったような…(20頁)

2016-06-14 10:23:33
アザラシ提督 @yskmas_k_66

長くなりましたが、以上です。

2016-06-14 10:25:38