ジベヤマ-出会い-

ジベヤマの出会い
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溺死 @_ne0__

彼は自ら消えることを望んだ。 これまでの罪を悔いるように。 出会った時、自分たちは敵同士だった。 妖怪退治と妖怪。 彼は大剣を振り回して自分を殺さんと何度も挑んできた。 最初は軽くあしらった程度だったが彼の実力は遥かに大きく、気付けばこちらも気持ちが昂り、本気で相手をしていた。

2016-06-14 17:36:58
溺死 @_ne0__

がむしゃらに戦っていた。だかそこにある繊細さが美しい。 彼は自らを「英雄」と呼んだ。 この人間の世界のことはよく知らない。彼は本当に英雄なのかもしれない。しかし、なんと烏滸がましくなのに勇ましいのだろうか、そう思った。 私は鬼だ。 人を愛することをやめた、鬼だ。

2016-06-14 17:42:08
溺死 @_ne0__

彼は何度も挑んできた。 引き分けになろうと、負けようと勝とうと。私を、他の妖怪を殺すまで挑み続けるであろうほど、挑んできた。 さすがに疲れた。 こんな子供、首を掴んでへし折ればすぐに死ぬだろう。おまけにこの人間、痛覚がないらしい。苦しまずに死ぬ。 そう思ったが、できなかった。

2016-06-14 17:45:28
溺死 @_ne0__

殺すには惜しいと思ってしまった。 そのがむしゃらに大剣を振るい、我が望みを成さんとする決意した赤い目から光が消えてしまうのが惜しいと思った。美しい赤い目が、閉じるのが惜しいと思ってしまった。 その時からもしかしたら私は彼に惹かれていたのかもしれない。 まっすぐ生きる彼の姿に。

2016-06-14 17:48:06
溺死 @_ne0__

今思えば彼は生き急いでたのかもしれない。それに気付いてやれば、あんな結末にはならなかったのかも、いや。変わらなかった。間に合わなかったのだ。 彼は一人でこちらへ来ているわけではなく、珍しい青い渦の目をした男と共に来ていた。 男は特に何かするわけでなくいつも彼の後ろに立っていた。

2016-06-14 17:51:11
溺死 @_ne0__

男との会話に聞き耳を立ててみれば彼の好物がわかった。戦うことに疲れていた私はそれを使ってからの気を引いてみることにした。 こんな黄色くて茶色くて跳ねるような甘味に本当に釣れるのか不安ではあったが見事に釣られた。 ずっと肩に担いでいた大剣を手放し笑顔でこちらへ寄ってきたのだ。

2016-06-14 18:00:32
溺死 @_ne0__

子供は子供か。呆れた。 だが初めて見せた心の底からの笑顔は妙に自分の心をくすぐった。 彼もこんな顔をして笑うのか。もっとそうして笑っていれば貴方は。いや、私は何を思っているんだ。 そんな思いも裏腹に彼は嬉しそうにその甘味を頬張っていた。 「お前いい奴だな!」 彼はそう言った。

2016-06-14 18:12:35
溺死 @_ne0__

食べている最中にいくらでも殺せた。 この人間を殺せば全てが丸く収まるのだから万々歳だ。 でも、その言葉を言われた瞬間まるで呪いにかかったかのように殺意が消えてゆく。寧ろ、もっと彼からその言葉を、声を聞きたいと思ってしまう。 人は愛さないと決めたのに、情けないですね。

2016-06-14 18:16:17
溺死 @_ne0__

彼は"殺しにくる"ではなく"食べにくる"に目的が変わっているようだった。 いつも大事そうに肩に担いでいた大剣もいつしか手元に無く手ぶらだ。 あの渦の目の男も気付けば来なくなっている。そうすると彼は言うのだ。 「あいつには内緒で来てんだ」 悪戯をした後の子供のような顔だった。

2016-06-14 18:19:28
溺死 @_ne0__

大剣を担いで来るときは渦の目の男も居て、闘いをする。 だがやる気のないお遊びのようなものだ。 「今日はこのくらいにしてやるぜ」 そう言って彼らは帰ってしまう。 帰り様に振り向いて彼はあの笑みを浮かべる。 自分はあまり笑わない。その時も笑わなかったが口角は緩んでいたと思う。

2016-06-14 18:21:49
溺死 @_ne0__

彼は毎日のように来る。大半が甘味のためだ。彼のために甘味を準備する自分に呆れた。 喜んで食べる彼の姿が見たいだなんて。 そんなことはない、これは作戦の一部だ。そう言い聞かせて甘味を準備していた。 刹那。心臓が跳ねる。 冷たい風が吹いた。 "あの衝動"が沸々と湧き上がってきた。

2016-06-14 18:25:03
溺死 @_ne0__

鬼というものは、人を食べる。 それは古来よりある言い伝えだ。 普段はその衝動を抑え生きている鬼がほとんどで、そうしなければ生きていけない世の中だからである。 だが、本来の性質をいつまでも抑えていられるわけでは無く、不定期に人食いの衝動が引き返さない波として襲いかかってくるのだ。

2016-06-14 18:27:13
溺死 @_ne0__

それが今、来てしまった。 恐ろしいほどの喉の渇き、人の血肉を求めギラつく目。止まらない動悸。 今すぐにでも人を食い殺したい。 だがその時、脳裏に浮かんだのはあの彼の顔だった。 遠くへ、行かなければ。 彼を傷つけてしまう。 もう、自分の中に彼を殺すという選択肢はなかった。

2016-06-14 18:30:26
溺死 @_ne0__

彼にこんな恐ろしい姿を見せたくなかった。 彼には笑顔でいて欲しかった。 まるで、恋い焦がれているみたいだと鼻で笑う。 人間は愛さないと決めたのに。 壁を伝って遠くへ行く。せめて、この衝動が治るまで隠れられる場所を。 遠のいていく自我を精一杯保ちながら重い足を一歩一歩踏み出した。

2016-06-14 18:33:15
溺死 @_ne0__

何日が経っただろうか。 あの時のことはあまり覚えていない。 だが途中で自我が完全に飛び何人も食い殺したのだろう。 行き着いた先は小さな納屋で、私はその奥で唸っていた。彼がそこに来たとき、少し自我が戻っていた。 近づいて来る彼の足音。私の名を呼ぶ声。 来るな。そう言うように唸った。

2016-06-14 18:36:41
溺死 @_ne0__

「どこにいたんだよ。探したんだぞ。」 来るな。また唸る。 「どうしたんだよ、この人間共。お前が殺したのか?」 私が食い殺したのですよ。怖いですか? 「俺、鬼のことはわかんねえけど。お前が苦しそうなのはわかんだよ。」 貴方を傷つけるのが怖いのです。どうか、遠くへ逃げて。

2016-06-14 18:41:08
溺死 @_ne0__

「お前が何日もいなくてつまんねえし、好きなもん食えねえし。そんなとこで唸ってねえでさっさと帰ろうぜ。」 彼の手が、私の背中に触れた。 途端、何か線が切れたかのように彼の腕を掴んで組み敷いていた。 間髪入れずに肩口へ噛み付く。 ブチブチと神経や肉の切れる音がした。

2016-06-14 18:46:32
溺死 @_ne0__

肩口に何度も噛み付く。口の中に染み渡る血の味が美味しいと感じてしまう。一番感じたくない相手に。 「食いたかったら食っていいけどよ。俺痛くねえから。でもな、そんな顔晒して食われたら俺だって不服だぜ。」 彼の手が頬に触れた。何かを拭う。 自分は泣きながら彼に噛み付いていたようだ。

2016-06-14 18:50:39
溺死 @_ne0__

「てめえは優しいからよ。」 何度も涙を拭われる。段々噛む力が弱まっていく。彼の言葉が呪いのように力を抜けさせていく。 言葉が喋れるようになる。第一声は逃げて。だった。 「あ?逃げろだあ?今更、こんだけやっといてよく言えんな。」 前髪を鷲掴みにされる。また私は泣いているだろう。

2016-06-14 18:56:33
溺死 @_ne0__

「いいか。俺は逃げねえ。てめえが苦しんでたから助けに来た。だからてめえがなんと言おうと俺は連れて帰る。てめえがいねえこの世界はつまんねえんだよ。」 でも、私は、貴方を。そう言い訳が口から出てきた。私は貴方を傷つけた。 「だぁ!うるせえなぁ!黙れ!」 途端、喋れなくなった。

2016-06-14 18:59:23
溺死 @_ne0__

横の長い髪を引っ張られ口付けをされていた。黙らせるように強く、押し付けられている。 少しして口を離すと彼の顔は少し赤かったかもしれない。 「落ち着くまでここにいてやる。でも必ず帰るからな。」 ふん。と鼻を鳴らして彼は顔を背けてしまった。 まだ自分の衝動は消えたわけではない。

2016-06-14 19:02:39
溺死 @_ne0__

だが心からわかる落ち着きと安心で薄れていた。少しすればその衝動の期間の終わりを告げる。 意識もはっきりしてくる。視界もはっきりしてきた。 見渡せば、惨状だ。 転がる死体、鉄の臭い、彼の傷ついた姿。 彼の名前を呼んだ。目を閉じている。 死んでしまったのか。目を見開いて何度も呼ぶ。

2016-06-14 19:05:53
溺死 @_ne0__

ゆっくりと瞼が動いた。 どうやら眠っていたようだ。心から安心する。気付いたら抱きしめていた。 「よお。地獄から戻ってきた気分はどうだよ?」 最悪ですね。さらに強く抱きしめた。 「そりゃ困ったもんだ。でも、戻ってきたんなら俺は嬉しいぜ。お前がいない世界は地獄と同じだしな。」

2016-06-14 19:08:45
溺死 @_ne0__

自覚した。私にはこの子が必要だと。 この子を愛してしまったと。 人間など嘘つきで脆くて愛するに値しないと思っていたのに。 真正面からぶつかって自分の気持ちを伝えてくるこの子ならと赦してしまった。 名前を呼ぶ。「ん?」と彼は首を傾げた。 なぜあの時、口付けをしたのかと問う。

2016-06-14 19:13:35
溺死 @_ne0__

彼は少し俯いてから、 「てめえうるさかったしよ、ああしなきゃ泣き言ばっか言うと思ったし、…好いた奴には、するってよお、ババアが言ったんだ…」 みるみる鬼灯のように赤くなっていく頬が面白かった。妙に愛おしくなって肩口の傷を労わりながらまた強く抱きしめた。 そして、また名前を呼ぶ。

2016-06-14 19:19:47