遺失名工楽器【2016加筆修正版】◆3(終)
「この音が……わたしを連れていこうとするの……」 谷底に響く、この弦楽器に似た音楽 (何故こんな山奥で音楽が……これは何だ? 自然現象なのか、それとも) 音のせいで頭がガンガンする。ヒドルは提案した。 「この音の正体を確かめたら、帰りましょう」 「……」 21
2016-09-08 19:36:12「ええ……」 ウェイシィは心ここにあらずといった様子で返事をした。音は目の前の洞窟から聞こえてくる。 息をのみ、暗い洞窟を見る。ヒドルは飛行鍋から光源装置を持ちだし、洞窟に向かって歩き始めた。ウェイシィと共に。 (俺はウェイシィと……ウェイシィの音楽と共にある) 22
2016-09-08 19:40:38_洞窟は息が詰まるほど湿っていた。酷く寒い。涼しい水の香りがする。足元は湧き水と綺麗な砂で満たされ、二人の靴を濡らした。 光源装置で先を照らすヒドル。そこには……彫像が並んでいた。その荘厳な佇まいは博物館を思わせる。 「何だ……ここは」 23
2016-09-08 19:47:01_彫像たちは何かを取り囲むように狭い洞窟に密集していた。その中心を光源装置で照らす。 そこには、錆ひとつない鈍く光る黒い金属機械が安置されていた。闇の中浮かび上がるそれは、まるで新月のようだ。絃のようにワイヤーが張ってあり、繊細な機械に繋がれている。 24
2016-09-08 19:54:34_鍾乳石を伝って水滴が落ちる。それが絃に落ちると、なんとも切ない、不思議な音がするのだ。 ヒドルはぞっとして一歩も動けなかった。この音は余りにも美しすぎる。 (永遠にここにいてこの不思議な音楽を聞いていたい) 頭が破壊されてしまう……感情や、理性、何もかも。 25
2016-09-08 19:59:32_思わず目を逸らす。見ていてはいけない。陶酔よりも恐れが勝った。 (このままこの音楽を聞いていたら、ウェイシィの音楽を忘れてしまう……俺はウェイシィの音楽と共にある! それを信じられるのは俺だけだ) 彼はその瞬間我に返って、ウェイシィを抱えて洞窟を転がるように飛び出した。 26
2016-09-08 20:07:27_飛行鍋に飛び乗り、どこまでも逃げた。音が聞こえなくなるまで、どこまでも、どこまでも。 気付いたら近くの都市の病院にいた。あの後、救助隊に保護されたらしい。逃げている間の記憶は全く残っていなかった。飛行鍋を山肌に着陸させ、ウェイシィと抱き合って震えていたという。 27
2016-09-08 20:13:23_ウェイシィは先に元気になったらしい。驚いたことに、彼女は飛行船が墜落してからのことは何一つ覚えていないという。すぐに退院して元気に仕事に復帰したそうだ。当然ヒドルの活躍も知らず、彼はたいそう悔しがった。 そして、もう一つヒドルを驚かせたことがあった。 28
2016-09-08 20:20:32_ヒドルがウェイシィを探しに行ってから救助されるまで1週間が経っていたという。 (もし、あそこでウェイシィの音楽を信じれなかったら、あの彫像のように石になっていたのだろうか……) 今ではあの美しすぎる音楽は思い出せない。そして、その場所は再び見つけることはできなかった。 29
2016-09-08 20:26:47――余りにもよくできた楽器は、山に捨てに行くのさ それはとても、とても……よくできすぎているからね―― (楽器製作者に伝わる有名な説話より) 30
2016-09-08 20:32:00【用語解説】 【光源装置】 光源の魔法を市民が利用できるよう装置化したもの。懐中電灯によく似ており、筒状のものにシリンダーが3本入っている。使用者の感情と糖分を消費し、先端が光る。そのため、常に接触していないと光が消えてしまう。手が塞がらないよう腕に巻き付ける方式が一般的
2016-09-08 20:37:44【次回予告】 装甲飛行船空母を狙う、遺産兵器のジェット機! 彼の怒りと束縛の行く先は……魔法×飛行船×ジェット機! 古代科学文明の悪魔の兵器が牙をむきます 次回「意力の空域」 全80ツイート予定。実況・感想タグは #減衰世界 です
2016-09-08 20:51:00