- rittoku_an
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@sousakuTL 師匠は、基本的に謎な人だ。 普段は道場で師範として働いて、同時に小さな診療所も運営している。それに加えて、アクアさんから要請があれば治安維持に東奔西走…。 休業日には山や川に出て、薬草や生物毒について教えてくれる。
2016-09-15 20:00:36@sousakuTL 正直、私の面倒を見るのはとてつもない負担だと思う。それくらい師匠は忙しい。 忙しい分をカバーできれば、と拾われた頃から手伝えそうなことは片っ端からやってみている。だけど、生来の不器用さで余計な手間を増やしてしまう事も少なくなかった。
2016-09-15 20:12:25@sousakuTL 一度、酷い失敗をしたことがある。解熱用の薬草を取りに行くムラサメに意地を張った結果、偶然かち合った山賊にコテンパンにされたのだ。 ムラサメにおぶられて下山した後も、熱が出て、往診の予定を変えてリンクさんのお屋敷に一泊お世話になってしまった。
2016-09-15 20:23:46@sousakuTL 翌日は普通に営業日で、師匠だけでも帰るべきだったのに。 私はそれが申し訳なくて、悔しくて、それ以上に怖かった。お荷物でしかない私を、師匠もいつか置いて行ってしまうんじゃないかと。熱で心が弱ってて、こんなことを考えてしまったんだと思う。
2016-09-15 20:28:53@sousakuTL 夜中に、師匠が私を置いていく夢で目が覚めた。余りにリアルで一層不安な気持ちになったのを憶えている。 周囲には誰も居なくて、暗くて静かな部屋に私だけがいる。心細さと不安が私の心臓を締め付けてきて、さっきの夢を嘘だと笑ってほしくて師匠を探しに部屋を出た。
2016-09-15 20:41:27@sousakuTL 部屋と一緒で、廊下も暗くて静かだった。 リンクさんの屋敷はとっても広くて、どこがどこに繋がってるなんて全くわからない。それでも、逸る気持ちで廊下を歩き続けた。恥ずかしい話、半泣きの状態且つ心の中で師匠を呼びながら、だ。
2016-09-15 20:52:01@sousakuTL どれ位ふらふら歩き進んだかわからないけれど、突き当りを曲がった先で明かりが漏れている扉に気付いた。一歩、二歩とゆっくり近づくと、師匠の声が聞こえた。 私はホッとして、もう一歩扉に近づいた。そして、「師匠」と一声かけようとして立ち止まった。
2016-09-15 21:02:48@sousakuTL 「どうしてキリの面倒を見てるんですか」 「これからもキリの面倒を見るつもりですか」 そんなムラサメの声が聞こえてきて、私はギクリと体を強張らせた。ずっと訊いてみたくて、訊く勇気の出なかった問いが、選りにも選って兄の口から師匠に投げかけられている。
2016-09-15 21:09:24@sousakuTL 途端、さっき見た悪夢がチカチカと脳裏で明滅し始める。嫌だ。怖い。あの夢とそっくりそのままの言葉を返されたら。そしたら私はまた一人だ。聞きたくない。あんな言葉はもう聞きたくない!師匠も私を置いていくんだ。私が弱いから捨てられるんだ。嫌だ!お願い捨てないで師
2016-09-15 21:20:06@sousakuTL 「なんで面倒見始めたのかって?リオンに才能を見たからさ」 「…武術のですか?それとも医学?」 「いんや、その二つは師匠の欲目で見ても中の上さ。残念だけどね。あの子に見たのはね、誰かを助けたいって気持ちで苦手なことに挑戦し続けられる才能さ」
2016-09-15 21:32:29@sousakuTL 「負担になってるっていう負い目もあったんだろうけどね、あの子は弟子入りしてからずっと私の忙しさをカバーするために頑張ってくれてる。…キミらも知ってるだろうけど、リオンは手先が不器用でねー。失敗はそれなりにあったよ。あぁ、あったともさ。」
2016-09-15 21:36:48@sousakuTL 「だけどね、それっきりじゃなかった。なんで失敗したのか、上手くいった事でも返って負担になってはいないか、それをちゃんと考えて次に活かす才能があの子は飛びぬけてたんだよ」 「……才能」 「そ、才能。とっても臆病で、それ以上の強さを持った、立派な才能」
2016-09-15 21:43:29@sousakuTL 「加えてあの子は負けず嫌いだろう?失敗も敗北も糧にして前に進む強さは、あらゆる努力をする上でこの上なく有用だ。…まぁ、ムラサメ君の前では力が入りすぎてよく空回りしているから、ちょっとわかりづらいかなーとは思うけど」 「………いいえ」 「うん?」
2016-09-15 21:51:33@sousakuTL 「俺も、よく知ってますよ。あいつが…その、す…、…」 「すー?」 「…凄い、努力家だってことは」 「…これでも、あいつの兄なんで…ずっと前から、知ってますよ」
2016-09-15 21:55:00@sousakuTL 記憶がハッキリしているのはここまでだ。 気付くと朝焼けの中、師匠に背負われてリンクさんのお屋敷を出るところだったのだ。聞くと、号泣しながら二人のいた部屋に入り、ムラサメに駆け寄られたところで気絶したらしい。…屈辱だ。
2016-09-15 22:01:11@sousakuTL お見送りに、ムラサメの姿はなかった。少し残念で、それ以上にホッとした。 師匠に、ムラサメ君の言葉聞こえただろう?と訊かれたけれど、気恥ずかしさと気まずさで、覚えてないですとしか返せなかった。 師匠の背中で眠る間際、脳裏でお兄ちゃんの声がした気がした。
2016-09-15 22:14:53@sousakuTL 師匠は、基本的に謎な人だ。 営業日も休業日も忙しなく、手のかかる私の面倒をみてくれる。 あの一件より前は、それがどうしてなのかわからなくて、訊けなくて、実は師匠も私を置いていこうとしてるんじゃないかと、心の底でずっと不安だった。
2016-09-15 22:23:59@sousakuTL だけど、師匠は(ついでにムラサメも)私が思っているよりも私の事をちゃんと見ていてくれて、それ相応に期待もしてくれていた。今はそれだけで十分だ。 どうして私を拾ってくれたのか。いつかそれを自分で訊けるくらい、自分の臆病さに向き合えられるよう今日も修行だ!
2016-09-15 22:34:32@sousakuTL 倒れこんだキリ…、リオンを抱きとめ声をかける。瞼を閉じ、ぐったりとしてはいるが、顔色は悪くない。…あんな号泣、久しぶりに見た。 「気絶してるだけだよ、熱も疲れが出た所為だからね」 背後でカラリとした声が聞こえて、俺はその主を振り返る。
2016-09-15 22:39:43@sousakuTL 倒れこんだキリ…、リオンを抱きとめ声をかける。瞼を閉じ、ぐったりとしてはいるが、顔色は悪くない。…あんな号泣、久しぶりに見た。 「気絶してるだけだよ、熱も疲れが出た所為だからね」 背後でカラリとした声が聞こえて、俺はその主を振り返る。
2016-09-15 22:39:43@sousakuTL 「クオンさん…、あなた気づいてましたよね?」 声が低くなってしまったのは仕方ないと思う。 この人の事だ。リオンが俺たちの会話を聞いていたことも、部屋の外で涙を堪えていたことも、最初から知っていたに違いない。 事実、クオンさんは悪びれもせず頷いた。
2016-09-15 22:43:36@sousakuTL 「にゃははー。…悪いとは思ってるけど、まぁその通りだよ」 「なんでこんなこと…!」 憤って見せる俺の姿など意に介さず、クオンさんはニヤニヤと笑っている。…やっぱりこの人苦手だ。 「なんでって、必要だと思ったからさ。今の会話を聞かせるのが」
2016-09-15 22:47:05@sousakuTL 「今じゃなくてもいいだろ!…っ、いや、いいでしょう?こんな弱ってる時に」 「ムラサメ君、さっきの言葉面と向かって言えるのかい?」 「うっ…、いや、それはわかりませんけど…でも、クオンさんは言えるでしょう!?」 「まーねー。…でも、ダメ」
2016-09-15 22:51:04@sousakuTL スッ、と。 スッ、と部屋の温度が下がった気がした。 無意識にキリサメを抱きかかえ、クオンさんから距離を取っていた。 クオンさんは笑顔だ。普段と変わらない人を食ったような笑み。 「…なんで、ですか」 「ムラサメ君が言ったんじゃないか!」
2016-09-15 22:55:31