脳髄パフェ#1 甘くて冷たいものを食べよう◆1
_売れもしないチケットを売ろうとしている。カルーは心の中で毒づいた。彼は炎天下の路上で立ち止まり、額の汗をぬぐう。あとチケットを30枚も売らなくてはならない。それも、決して安い値段ではない。 (悪い考えが心の中にこだまする……疲れているな) 1
2016-10-12 20:35:02_カルーには幼馴染の歌手がいた。エキルストリングという14弦の楽器をつま弾きながら、歌を歌う。売れてはいない。だからこうして、カルーが休日を使ってチケットを売りさばいている。 そして、何度も購入を断られている。一軒一軒をまわり売り込む。断られる。 2
2016-10-12 20:43:52_セラミックプレートで飾られた街並み。太陽の光をぎらぎらと反射し、カルーを追い詰めていた。 (俺は誰も幸せにならない迷惑行為をしているのでは?) 汗と共に噴き出す弱音や愚痴。汗を吸ったスーツは重く、足取りは次第に遅くなる。空を見上げた。無責任に青い夏空。 3
2016-10-12 20:49:42_鉱山都市ニェスの夏は短い。しか短いからといって容赦してくれるわけでもない。カルーは街を練り歩き、チケットを売る先を探す。あちこちから蒸気が噴き出し、巨大な蒸気機関重機が行き交う。湿度も騒音も我慢の限界に達しようとしていた。 (嫌だ……あと3回嫌だと言ったら吹っ切れよう) 4
2016-10-12 20:54:11「あー嫌だ嫌だ嫌だ!」 小さく声が出たことに気付き、カルーは頭を抱えてその場にしゃがんだ。通行人がチラチラ見る視線。頭を振って、立ち上がるカルー。 何よりも、幼馴染を信じられない自分の小ささに嫌気がさす。 「甘くて冷たいものを食べよう」 5
2016-10-12 21:00:19_時計を見る。ちょうど三時になろうとしていた。売れ残ったチケットをどうするか。誰かに無料でばら撒くか。そんなことを考え頭がいっぱいになっていた。 (休憩が必要なんだよ、人間にはな) とりあえずカフェを探す。しかし、寂れた住宅街にいる。店は見当たらない。 6
2016-10-12 21:07:21_カフェを探しながらも、頭に浮かぶのは歌を歌い続ける幼馴染。 (アイツは俺の苦しみを分かっているんだろうか。能天気に、自分の好きなことばっかりやって、気楽に歌っているのかよ) 相手を悪者に仕立て上げる思考に気付き、カルーはぎゅっと目を閉じた。 7
2016-10-12 21:13:42(ダメだ、どんどん俺自身が小さい人間になっていく……俺は高潔な人間でいたい。そう、幼馴染の夢を応援し、尽くす聖者に) 必死に思考の整理をしていると、聞きなれた音楽が耳に入った。住宅街のど真ん中だというのに。幼馴染の歌う音楽だ。カルーは目を開ける。 8
2016-10-12 21:18:41_目に飛び込んできたのは、住宅街の隅に佇む小さなカフェだった。看板には『月面跳梁』の文字。店の名前だろう。セラミックプレートで飾られた近代的なカフェだ。 微かに、店内音楽が漏れている。 「丁度いい、ここに決めた」 鈴を鳴らし入店するカルー。 9
2016-10-12 21:23:10_冷房が効いている。店内はぞっとするほど冷たかった。レジに立つのはたった一人の店員。 「いらっしゃいませ」 ウェイトレスの彼女はカルーを席に案内する。奇妙なことに、顔が全く印象に残らない。ただ、その三日月のように裂けた口だけが強く彼の記憶に残った。 10
2016-10-12 21:29:05【用語解説】 【三日月】 月面に黒い帳が降りることで、まるで地球の影と同様に丸く切り取られた月を形作る。帳の管理は月齢神が執り行い、帳によって地表への影響力をコントロールしている。満月の夜に魔力の加速度が最高潮に達するが、それが長く続くと悪影響をもたらすからである
2016-10-12 21:37:44