・・フラジャイル・・

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❥blue box @sweetblue818

・・フラジャイル・・ 1. (ふーっ、) 青い空を見上げて息を吐く。 鉛筆を手に五線紙に音符を並べた。 “僕がやりたかったこと” のこされた時間、自分がどうしたいのか考えていこう。 たった一人だけど友だちもできた。

2016-10-08 13:46:33
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2. これから先だってきっと悪いことばかりじゃない。 pic.twitter.com/IlRTpHcPD1

2016-10-08 13:47:05
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3. *** 「、」 ふいに視界が暗くなって顔を上げた。 「何してるの?」 「え、」 看護師さん?…じゃない。 「勉強?」 「え、あ…いや。曲書いてます。」 戸惑う僕に構わず譜面をのぞき込む。 「楽器ないのにどうしてわかるの?」

2016-10-08 13:47:46
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4. 不思議そうにこっちを向いたそのコとようやく目があった。 「えと…頭の中にピアノがあって。そこで弾いてます。」 「頭の中にピアノ…。」 首を傾げて僕の頭に視線を移す。 「あ、ほらそろばんみたいな。暗算できる人って頭のそろばんを弾くって言うでしょ。」 「んー」

2016-10-08 13:48:53
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5. 納得したような納得しないような顔。 同い年くらいかな。どこかあどけなさが残る顔と柔らかい話し方。 「あの…」 「あとどのくらい?」 「え、」 「小早川くんの時間。」 ベッドに貼られたネームプレートを指す。 「この病棟に来たってことは…でしょ。」 たしかに。

2016-10-08 13:49:49
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6. 「あと1年って言われてる。」 「そう。」 特に驚いた様子じゃない。 「わたし長谷川。似てるね。小早川と長谷川。」 長谷川さんはふんわり笑った。 「長谷川さんはお見舞い?」 「ううん。小早川くんの先輩。1年って言われて半年前にここに来たからあと半年残ってる。」

2016-10-08 13:52:02
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7. 夏休みあと半分残ってる、みたいな感じで呟くと、長谷川さんは(すごいなぁ)ともう一度譜面を覗いた。

2016-10-08 13:52:32
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8. *** 「小早川くん、」 「ん?」 「これ本当に曲?」 「どういうこと?」 「実はおたまじゃくしを適当に並べただけとか。」 「まぁまぁ失礼だな、それ(笑)。」 長谷川さんはときどき僕の病室に遊びにくるようになった。

2016-10-08 13:53:03
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9. (わたしたちくらいの年齢でここに来る人って少ないでしょ。小早川くんとは話も合うし一年なら十分長い。) なんてこと言えるのは僕たちが同じ立場だからなわけで。 (長谷川さんも半年あるしね) なんて会話も普通にできる。 「聴きたいなぁ。」 「この病院ピアノある?」

2016-10-08 13:53:51
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10. 「小児病棟にはあるんじゃないかな。」 小児病棟…。ふと保育士してたころを思い出す。 みんなどうしてるんだろう。 「小早川くん?」 「、ん?」 「どうかした?」 「ううん。ちょっと考えごと。」 「そっか。」 ノートを手に取って、太陽の光にかざす。

2016-10-08 13:54:38
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11. 「わたし譜面は読めないけど、心地いい曲なんだろうな。」 「ん?」 「青空の下で風を切って自転車二人乗りしてる感じ。」 「え、」 「小早川くん、曲書きながらいつも空見てるから。自転車の二人乗りはわたしの憧れ、」 (だった)過去形にした声は小さくて、

2016-10-08 13:55:27
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12. 無意識にそうしてしまったらしい長谷川さんは苦笑いした。 「そろそろ戻るね。」 「うん、巡回時間だね。」 手を振って歩き出す長谷川さん。

2016-10-08 13:55:50
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13. *** 「32だよ、32!コーヒー入れた数。腱鞘炎の原因が仕事じゃなくてコーヒーの入れ過ぎなんてどう思う?!」 臨床検査技師の森井くんとは医者と患者の話はしない。 普通の会話、というか森井くんの愚痴を聞く。それが僕にはとても嬉しい。

2016-10-08 13:56:48
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14. 「病院で良かったね、腱鞘炎になってもすぐ診てもらえる。」 「他人事だと思って。だいたい岸先生がそんな先生に見える?喜んで逆方向にひねるよ。」 「そうかも。じゃあ、細木先生は?きれいだし。色っぽいし?」 「…ますます子ども扱いされる。」

2016-10-08 13:57:24
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15. 「たしかに。あ、宮崎先生。っていうか森井くんいいね。あんなきれいな人たちと一緒に働けて。」 「どうせ俺なんてそういう対象に入らないよ。って、違うって。俺は今臨床検査技師としての仕事に燃えてんの!ちょっ、笑うなよ。誰が、」

2016-10-08 13:58:03
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16. そうさせたんだよ、って小声には気づかないふりした。きっと森井くんは自分自身で選ぶ道を胸を張って進んでいける。だから岸先生は。 「…調子は?」 「うん。こっち移ったときからあんまり変わってない。」 「そうか。そろそろ行く。また来るよ。」 「うん。ありがとう。」

2016-10-08 13:58:39
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17. たまに強めの痛みがきて 強めの薬を多めに飲む。 けど今こうして心臓は動いてる。 僕は本当にその日に向かってるのかな。 pic.twitter.com/mN1GgWBCYY

2016-10-08 13:59:36
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18. *** 「小早川くんの頭の中、覗いてみたいなぁ。」 澄んだ青空のある日、長谷川さんと屋上に出た。 「いつも曲が流れてるの?」 「んー。考えたことないけどそうなのかも。」 お金なくて楽器なんて買えなかったけど、それでも音楽は近くにあった。

2016-10-08 20:54:26
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19. 大きくなったら音楽と関係がある仕事がしたい、なんてまっすぐに考えてたのはいつごろまでだろう。 !! 「なにっ??」 片方の耳に差し込まれたイヤホン。もう片方は… 「長谷川さん?」 自分の耳に差し込む。ってこれどこにもつながってないんだけど。

2016-10-08 20:55:00
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20. 「聴こえないかなぁ、小早川くんの頭の曲。」 … … 「どう?」 「カランコロンなってる。」 「どういう意味だよ(笑)」 「(笑)」 長谷川さんといるのは心地いい。お互いのバイオリズムが何となく感じ取れるからかな。 「わたしね、」

2016-10-08 20:55:31
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21. ふいに話し出す長谷川さん。 「あと1年ですって言われとき途方にくれたの。」 「え、」 「病気がどうこうっていうんじゃなくて。なんていうのかな、“それまで”どうしようかなって。」 それはなんとなくわかる。僕もそうだった。

2016-10-08 20:56:08
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22. 「目の前にある、そのときやらなきゃいけないことをただただ続けて今まで生きてきた。気づいたら一日終わって一週間一か月、一年って過ぎて。その繰り返し。ごくごく平凡いたって普通。だから、“残り1年、好きなことをやってください”って言われても、“さて困った。結構長いぞ”って。」

2016-10-08 20:57:07
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23. 「うん、」 「残された時間を知って悔いなく生きたいって、言う人もいるかもしれないけど、わたしは知らなくても良かったなぁ。やりたいことの一つもないなんて空っぽだな、言われてるみたい。カランコロンなるのは小早川くんの頭じゃなくてわたしのだね。小早川くんがうらやましい。」

2016-10-08 20:58:05
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24. 「長谷川さん…」 「あ!今、かわいそうって思ったでしょ?」 「いや、」 「はぁ…公開して後悔。」 「え、」 「ダジャレだよ!」 「知ってるし。」 「小早川くんと出会えて良かった。」 「ん?」 「わたし、今楽しい。聴こえないイヤホン耳からさげて。」

2016-10-08 20:58:46
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25. 指先にクルクルってコードを絡ませて長谷川さんは笑った。 「やりたいこと、小さいことでも…ない?」 「うーん…。」 しばらく考えた長谷川さんは、あ…と僕の手を取って自分の頭に乗せた。 「ポンポンってしてみて?」 「え、こう?」 ぽんぽん。 「…違う。」

2016-10-08 20:59:31