(これから小説を投稿します。TLに長文が投下されますので、気になる方はリムーブ・ミュートなどお気軽にどうぞ。感想・実況などは #ryudo_ss をお使いいただけると大変ありがたいです。忙しい方はtogetterまとめ版をどうぞ。それでは暫くの間、お付き合い下さい)
2017-01-07 21:01:24サイバー外科医・エルバが2杯目のウイスキーを飲もうとするのを、ベルの音が遮った。「はいはい……」今日は休診だ。来たのは宅配か、急患か。後者ならば、非常に面倒だ。インターフォンのカメラで客の顔を確かめる。エルバは顔を顰めた。後者だ。1
2017-01-07 21:03:04ドアの前にいるのは茶髪を頭の後ろで結った男だった。カメラが男の顔情報を読み取り、電子カルテと照合、データを画面に表示する。ザイル・ダーリントン。37歳、男性。数日前、エルバは彼の目を機械と交換した。すなわちサイバーウェア手術である。何か不具合があったのだろうか。2
2017-01-07 21:06:03「はい、どうしました?」『先生、義眼の調子が悪いんだ。ちょっと見てくれないか?』「あー……」エルバはしばし考えた。今日は休診である。だが、この客は金払いが良い。その上、まだまだ生身の部分がある。少し恩を売っておくのもいいだろう。「わかりました。今回は特別ですよ」3
2017-01-07 21:09:03数分後、エルバとザイルは診断室にいた。ザイルは落ち着きがない様子だ。「一体、何が悪いんです?」「だから、目だ」「ええ。具体的に何が悪いんですか?」「変な文字が視界に出てくるんだ」「なるほど」電子製品であるサイボーグ義眼にはよくある症状だ。4
2017-01-07 21:12:02「じゃ、ちょっと見てみますんで、有線接続させてください」「……わかった」ザイルのこめかみにある義眼の外部接続端子に、エルバはケーブルを突き刺した。卓上のモニタにザイルの視界が映し出された。そこにはこう書かれていた。5
2017-01-07 21:15:05「あの」「はい」「すいません、これは」「ええ」「ええっと、これですか?」「はい、これです」「この、この後滅茶苦茶、っていう、これが?」「はい……5分に1回ぐらい……」ザイルの声は消え入りそうなぐらい小さかった。大の大人でも、流石に恥ずかしいのだろう。7
2017-01-07 21:18:05エルバはもう一度画面を見た。画面に自分の姿が映っている。その左下に白いウインドウがあり、黒の明朝体で『このあと滅茶苦茶セックスした』と書かれている。「いやあ、これは……」腹の底から笑いがこみ上げてきた。かつてない最悪のポップアップ広告である。8
2017-01-07 21:21:02「ひっど……ひっどいなこれ、オイ」「笑うんじゃねえよ!お前これ俺がどんだけ恥ずかしい思いでここまで来たのかわかってんのか!?昼間にVRムービーを見てたらいきなりコレが出てきてな、何度消してもしつこく出てくるし、ムービーを終わらせても残ってんだぞ!」9
2017-01-07 21:24:02「しかもなあ、何見てもこれが出るんだよ!コンビニの店員見ても、この後滅茶苦茶セックスした!駅で向かいの席に座った知らない男と女を見ても、この後滅茶苦茶セックスした!ドーナツ食ってる太った警官を見ても、この後滅茶苦茶セックスした!ふざけんな!」10
2017-01-07 21:28:02「ああ、うん、まあ、確かにこれはひどい!」「だから笑うな!アンタの手術が失敗したからこうなったんだろうが!早くなんとかしろ!」「はい?いやいや、これは私のせいじゃないですよ。ただのウイルス、いたずらです」「イタズラァ?」ザイルは訝しんだ。11
2017-01-07 21:30:11「そう。大方、そのVRムービーがウイルスに感染していたんでしょう。それであなたの脳内CPUが、こんなクソ広告を表示するようになってしまった訳です」脳内CPUを始めとするサイボーグ技術が普及した現代、ウイルスでサイバネ装置が誤作動を起こすのは珍しい話ではない。12
2017-01-07 21:33:02「ウイルスか……どうやったら直るんだ?」「ワクチンソフトをインストールすれば直りますよ」「そうか、ワクチンか……すまない、先生。騒がしくした」恐縮した面持ちで、ザイルが頭を下げた。義眼と繋がったままのモニターには、『この後滅茶苦茶セックスした』が再び表示されていた。13
2017-01-07 21:37:02病院を出てから1時間後、ザイルはとある友人の店を訪れていた。店は小さな酒場で、ドアには準備中の看板がかかっている。ザイルは構わずドアを開け、中に乗り込んだ。すると、カウンターの向こうで料理の仕込みをしていた男が振り返った。「お客さん、まだ準備中……おん?」14
2017-01-07 21:39:02「オイコラァ!ジョニー!テメェよくもあんなクソVR送りつけて来やがったなコラァ!」床を踏み抜かんばかりの荒い足音と共に、ザイルはカウンターに近づいていく。「え、何?なんの話?」一方、ジョニーと呼ばれたバーテンダーは何の話だかわからないと言った様子だ。15
2017-01-07 21:42:04「なんの話じゃねえぞテメェ!あのVR送ってきたのはテメエだろうが!」「あー、昨日の?え、そんなにつまんなかったの?」「違えよ!あれにウイルスが入ってたんだよ!」「マジ!?やー、俺まだやってねえんだよ、アレ」「ハァ!?」16
2017-01-07 21:45:03「とにかく!」ザイルはカウンターに拳を叩きつけた。バァン、と景気のいい音が、無人の店内に響き渡った。「このウイルス、どうにかしろ!」「いや、そんなもん、ワクチンソフト入れればいいだろ」「ワクチンが効かないから言ってるんだ!」「マジか!?」17
2017-01-07 21:48:02病院を出てから、ザイルはさまざまなワクチンソフトを試してみたが、『このあと滅茶苦茶セックスした』というポップアップは何をしても消えなかった。そこで、感染源のVRソフトを送りつけた友人のジョニーの店へ怒鳴り込むことにしたのだ。18
2017-01-07 21:51:02「……え、本当に?」ジョニーの笑みになぜか緊張の色が混じった。「なんだ、そんなビビることか?」「いや、だってその義眼、軍の中古品だぞ」「あっ」軍用サイバーウェアのシステムセキュリティは厳重である。生半可なウイルスが侵入できるはずがない。19
2017-01-07 21:54:06「そいつは、ちょっとほっとけないな。待ってろ」ジョニーはスマートフォンを操作する。数十秒ほどネットを調べていたジョニーだったが、不意に顔をしかめた。「駄目か……」「何やってんだ?」「いや、ダウンロードした違法サイトを確かめてみたんだが、もうファイルが消されてる」20
2017-01-07 21:57:04「てめえ、違法ダウンロードのソフトだったのかよ、あれ……」ザイルの握りしめた拳が、怒りに震えた。「ごめん。こんなことになるなんて思わなかったから。もう二度としないから殴んないで、死ぬ。なんか奢るから許して」「……ロブスター」「わかった」「3人前」「……わかった!」21
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