冬の夜にマリアがクリスの部屋を訪ねる話
インターホンが鳴った。 時刻は23時過ぎ。だいたい予定通りだった。 念のため目をやったカメラモニターには、大きなキャリーケースとその他の手荷物とを持った成人女性が映っていた。 1
2017-01-08 23:00:01その部屋の主は寝間着の上から一枚羽織り、白うさぎを思わせるもこもことしたスリッパをはいてから玄関へ向かった。 それでも途中で寒気が襲い身震いしてしまった。外よりいくらかマシとはいえ、リビングよりも一段冷え込んでいて、金属製のドアノブはやはりひんやりとしていた。 2
2017-01-08 23:02:30「こんな時間にごめん」 といって申し訳なさそうにするでもなくその人物は言った。 ピンクの豊かな髪がまず目に入る。これだけ冷え込んでいるというのに少しも背を丸めず、しっかりと立ち、出迎えた部屋の主へと向いていた。 3
2017-01-08 23:05:01「事情はさっき聞いたからな。まあなんていうか……散らかってるけど」 ドアを開け半歩踏み出した銀髪の少女の言葉にはどこか不慣れさがあったが、その後ろから伸びる照明は暖かく出迎えているようでもあった。 4
2017-01-08 23:07:31「慣れてそうなものなのに案外そそっかしいんだな」 突然の客人を部屋に招き入れると邪魔になる荷物を片しながら進んでいき、言い終わる最後の方でちらりと目を向けた。 7
2017-01-08 23:15:01適当に作ってもらったスペースに次々と手荷物を下ろしていく。 素っ気ない口ぶりとは裏腹に部屋を暖めて待っていてくれたおかげで、すぐにマフラーとコートを脱ぐことができた。 「まさか鍵の締め忘れなんて滅多にしないさ。合鍵を二人に持っていてもらって助かったわ」 8
2017-01-08 23:17:32ことの起こりはこうだ。 日本で過ごしていたマリアだったがある時仕事のため海外へ行くことになった。 その時はばたついていたため見送りもない中、慌ただしく出発となったが……。 9
2017-01-08 23:20:04道中、ふと施錠した記憶があやしいことに気が付いた。確かめると日本での家の鍵が見当たらない。 飛行機に乗る前だったのが幸い、大慌てで連絡をとり切歌と調の二人に鍵の回収と戸締りをしてもらったというものだ。 10
2017-01-08 23:22:31「それで日本に戻ってきたは良いけど鍵は自分で持ってないしこんな時間でしょう?」 「ま、今から寮を抜け出すわけにゃいかねえだろうな」 「そう。そこで頼りになるのがクリスだった」 11
2017-01-08 23:25:01マリアは手近な椅子に腰掛けるとようやくといった様子で背中を預けた。 特にこれといった用意がないためクリスはそのまま少し待たせ、ポットで沸かした白湯を差し出した。 12
2017-01-08 23:27:31「センパイのとこにでも行けば良かったんじゃないか?」 「それもそうだけど。せっかくなら二人を見て貰っているクリスと話す機会にしたかったのよ。無理をさせてしまった部分もあったわけだし」 「……」 13
2017-01-08 23:30:02ふうふうと息を吹き一口飲み込むと、おなかのあたりに熱がしみ渡るのが感じられた。 ほうっと息を吐くと、背すじはそのまま脱力により肩がやや下がった。 ただの白湯だというのにまるで冬場のシチューのコマーシャルのようだ。 目を瞠る出で立ちと相まりいちいち様になる。 14
2017-01-08 23:32:32一息つくと、無言になっていた間を埋めるようにマリアが口を開いた。 「泊まり賃がわりでもないけど、あの子達や翼についての不満とか思っていることとか聞くわよ。私達じつは似たような立場だと思うの」 15
2017-01-08 23:35:01自信ありげ――というよりこれがいつもの面持ちのマリアに対し、クリスはいつかの自分を思い出し顔を逸らした。 「無理っつうか、あたしが未熟だっただけで……」 16
2017-01-08 23:37:31思い出された苦みを誤魔化すように、最後まで言い切らずに勢いよく向き直った。 「それより一晩中話し通すつもりかよ!さっさと風呂入って寝ろよな!」 17
2017-01-08 23:40:01「そう。それならシャワーだけ借りて寝ることにするわ」 語気はやや強かったがマリアは驚くでもなく、こんなやり取りすらも楽しげに、意外なものが見られた嬉しさで微笑んだ。 18
2017-01-08 23:42:31「あたしはそこのソファー使って寝るから勝手に――」 「え?」 「えって」 一区切りついたかと思い、クリスは寝付くつもりでいたが――言い切る前に遮られた。 「同じベッドで構わないのに」 とぼけているわけではない。本心からの発言だ。 19
2017-01-08 23:45:01「~ッ!バカかホントに!あの二人だけじゃなくてあんたまでその手合いかよッ!」 そのあんまりにもな勢いに髪の束は跳ね上がり、一秒とかからずに顔中が熱くなった。 それでもマリアは穏やかに落ち着いたままだ。 20
2017-01-08 23:47:02「二人が泊まる時はいつもみんなで寝てると聞いたわよ?」 「だからってあんたとまで同じベッドで寝るわけないだろ」 習慣でというよりは、この真冬に寝室以外で寝るべきではないという判断に従ったものなのだが。いまだクリスの鼻息は荒い。 21
2017-01-08 23:50:01「私は一向に構わない。それにさっきも言ったように私達だから話せることがあるはずよ」 「無い」 頑なに拒むが、無くはないだろう。 二人の間に差こそあれ、それは一度通った道だった。 己に課して役割を演じさせるのは思うより疲れるものだ。 そしてそれを理解できるのは。 22
2017-01-08 23:52:31「後で聞くから先にベッドで考えておいてね」 「いいからさっさと入って来いッ!」 白湯でもらった熱が冷めないうちにマリアは立ち上がり浴室へと向かった。 時刻の経過により気温はさらに下がっていった。 23
2017-01-08 23:55:00シャワー浴を済ますといつの間にか荒っぽくバスタオルが置かれていた。 「ああ……」 鏡に向かう。 果たしてクリスは応えてくれるだろうか。 24
2017-01-08 23:57:31寝室の明かりを点けるとクリスがベッドにくるまっていた。 「案外素直じゃないか」 「ソファーが思ってたより寒かったから」 「そう」 25
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