……男の話をしよう。 あれこそ、噂に聞くニンジャではないか? ボブはいぶかしんだ。 その東洋人の両の手に構えられたバカみたいな大型拳銃が火を吹くたび、死体が増えていく。 銃殺。刺殺。撲殺。斬殺。 腕が吹き飛びそうな反動すら利用する、男の動きはカラテのブラックベルトめいていた。
2017-02-23 12:15:31地獄の釜にデスソースをぶちこみ、三日三晩煮詰めたようなクソのような戦場で、その東洋人はマーベルのヒーローのように規格外だった。正義の味方。そんな単語を、ボブは思い浮かべた。 死ぬ前に見る幻覚だ、とボブは思った。頭のイカれた自称魔術師の実験とやらで、ボブの半身は吹き飛んでいる。
2017-02-23 12:21:56鉄の香りが鼻を掠める。血と銃と剣の匂い。戦場と、孤独と、錬磨の空気。 ……体は剣でできている。 癖のある英語で、東洋人は呟いた。 そうかい、とボブは 答えた。 ……血潮は鉄で、心は硝子。 だろうな。とボブは納得した。東洋人はどこまでも強いくせに、心底苦しそうに戦っていたからだ。
2017-02-23 12:31:35……ただの一度も敗走はなく、ただの一度も理解されない。 なんて、もったいない。アンタはヒーローだろう。気にくわない奴をぶっとばして、だれかに感謝されるような。 ……彼のものは常に独り。剣の丘で勝利に酔う。 世界が塗り変わる。無限に突き立てられた剣。不毛な荒野。天を回る歯車。
2017-02-23 12:40:06ああ、アンタは歯車なんだな。 その光景を見て、ボブはそう理解した。誰もが望むヒーローの力を手に入れながら、本人の願いがそこから致命的に解離していた不幸。悪を倒す掃除屋。不幸の源泉を暴力で平らげる、より邪悪なるもの。その東洋人は、それに誰より向いていて、それを誰より嫌っていたのだ。
2017-02-23 12:48:33戦いは一方的に終わった。 ボブの意識はまだ消えていなかった。直前に撃ち込まれたドラッグ――魔術髄液とかいったか――のせいだろうか。 東洋人は無数の剣で自称魔術師をケバブめいて串刺しにすると、ボブへと向き直った。
2017-02-23 21:21:50東洋人の銃口がボブに向けられる。奇妙な銃剣(ベヨネット)だった。金属とも陶器ともつかない素材の曲剣が、ハリウッドのマッチョ男が愛用するようなゴツい拳銃につけられている。それが妙なオーラを発していることがボブにもわかったのは、「実験」で「マジュツカイロ」とやらが開いたからだろう。
2017-02-23 21:24:32錆びた目がボブを見下ろした。慈悲の一撃。ジャパニーズカイシャク。救いようのないボブを、せめて苦しみが短くすむように終わらせる弾丸。 それが放たれる前に、東洋人はボブに問うた。「言い残すことは」「ハイクでも読むかい?」「存外丈夫だな」東洋人は肩をすくめた。
2017-02-23 21:26:36深く刻まれた皺。東洋人の年齢はボブにはわからない。しかし、背筋とその体躯で遠目からは気づかなかったが、それなりの齢を重ねた男のようだ。「アンタ、その仕事向いてねえよ」「知っている」ボブの言葉に、東洋人は即答した。「俺の方が向いてる」ボブは続けた。
2017-02-23 21:30:49ボブの生まれた街では、人とはボウリングのピンだった。一本いくつのスコアだった。20ポンドの硬くてデカいボールになれなければ、自分がストライクされる側になる。そういう、クソったれの遊技場だった。だから、暴力で全てを解決する東洋人の在り様はボブにとってなじみのものだった。
2017-02-23 21:32:07けれど。当の本人は、圧倒的な暴力の化身は、それに不似合なほど、清廉な正義の味方めいた所作をしていた。それが、ボブには歯がゆかった。「アンタみたいのは、作る側の人間だろう。何、壊し屋をやってんだ。そういうのはオレみたいなクソの仕事だろう」東洋人の眉が動いた。
2017-02-23 21:34:30ドラッグによって励起した偽物の「マジュツカイロ」が、ボブの時間をか細く繋いでいた。最期の言葉に違いなかった。それなのに、自分は何を口にしているのか。ボブ自身もいぶかしんだ。それでも、止まらなかった。5分後の命は絶望的。トリアージタグはブラック。だからこそ、ボブの言葉は本音だった。
2017-02-23 21:37:32「アンタがそんな顔じゃ助けられた奴は、救われねえだろうが。――アンタ、どこから来た」「日本」「名前は」「エミヤ」東洋人は答えた。「クール。イカした名だ。ジャパンじゃ、若い奴が年喰った達人の名前を奪い取るんだろ。アタック・フォー・ネーム。博識だろ?」「襲名はそういうものじゃない」
2017-02-23 21:40:38「そう。それだ。シューメーカーレビーって奴だ。流星的だ。俺がこんなんじゃなけりゃ、じいさん、アンタの仕事と名前を、俺が奪い取ってやるンだが」ボブは、焼く前のハンバーグ種をぶちまけたような自分の半身を見て笑った。「クソ。ままならねえなあ」東洋人は、銃を下した。
2017-02-23 21:42:42東洋人は自らの胸に手を突き立てた。血の一滴も零さずに、男はそのまま、自らの体の内から、「それ」を取り出した。ボブの目が、その輝きに眩みかける。否。光を放っているのではない。ただ純然とした力が、「マジュツカイロ」によって励起した感覚を圧倒したのだ。
2017-02-23 21:44:21東洋人は、先ほどまで使っていた二挺銃剣の片割れと、体内から取り出した輝く物体――それがなぜか、剣の鞘であるとボブには直感的に理解できた――を、それぞれボブの手の届くところに置いた。
2017-02-23 21:45:45「君には二つの道がある。銃を選んで私の介錯を受け、天に召されるか。この鞘を手にして、生きたまま地獄を這い回るか」東洋人は静かに告げた。「その鞘を手にすれば、君は生き延びる。けれど、それを手にする前に、きちんと考えた方がいい。それを手にしたが最後、君は人間ではなくなるだろう」
2017-02-23 21:48:56「理想郷の名を冠した聖遺物。それを受け入れた瞬間、君の起源はこの鞘に塗り替えられる。剣を求める者に。剣を裡に内包する者に。その中心に、自らでは埋めきれぬ空洞を抱えた者になるだろう」「クールな話だ」ボブは薄れ始めた意識の中で唇をつりあげた。
2017-02-23 21:50:39「俺が信じるのは、銃だけだ。剣なんざ、時代遅れにもほどがある」そう言って、ボブは銃を右の手に取った。東洋人は、口元の皺をより深くした。「賢明だ」東洋人は、もう一挺の銃でボブを撃ち――その銃弾は、ボブを貫く前にその軌道を変えた。ボブの左手に握られた鞘から放たれた輝きに弾かれたのだ。
2017-02-23 21:52:44「だから、その銃は、オレがもっと上手に使ってやるよ。じいさん」ボブは、握った鞘を自らの欠けた半身に埋め込んだ。まるで早回しのように骨が、腱が、肉が、血が、皮膚が、再生していく。仮初だった「マジュツカイロ」が、賦活して体に刻み込まれるのをボブは理解した。
2017-02-23 21:53:15「辛い道を選んだな」東洋人は、大きくため息をついた。「その先は地獄だぞ」「オレの先には地獄も天国もねえよ。一度全部失った、その先に無限にやるべきこと(ワーク)がある。それだけだ。ただまあ、言わせてもらうことがあるなら」
2017-02-23 21:53:40