ザイバツ・シャドーギルド #3
◆『どうだ、入れたか、コアによ?』タキの通信が入る。「地下水路から侵入した」ニンジャスレイヤーは答えた。『よし。ま、せいぜい気をつけろや』「打って変わって、優しい色合いです」コトブキが家々の石壁を眺め、嬉しそうに言った。ニンジャスレイヤーは頭上の空を見上げ、目を細めた。「青い」◆
2017-03-01 22:31:24真上の青空から徐々に視線を下げていくと、それが円形に切り取られたかのように不自然であることがわかる。渦めいた境界から外側の空はメガロ灰色で、高層建築が高壁めいて連なっている。高層建築の光や屋上部のビーコン、パルスは遠雷めいて、今ふたりが立つ石の市街とは対照的な暗さだった。 1
2017-03-01 22:36:15ふたりがまず転移したのは、あの高層建築群が最初だ。ウキハシ・ポータル施設から脱出すると、そこは迷路めいてパイプと空中通路で繋がれ、大地は遥か数十メートル下に霞んで見えるような、ネオサイタマのジャンクをより冷たく凝(こご)らせたような高層迷宮だった。 2
2017-03-01 22:41:39タキのナビゲーションを頼りに、ダストシュートから地下通路へ降り、湿って暗く、気味の悪いバイオ生物が飛沫をあげる水路を延々と進んだ挙句に、ようやくこの場所へ至ったわけだ。「これで落ち着きましたね」コトブキが言った。花柄の刺繍のロングスカートは民族衣装のオマージュであろう。 3
2017-03-01 22:47:07一方のニンジャスレイヤーは間に合わせめいたカーキ色のポンチョを装束の上から被っていた。どちらにせよちぐはぐな二人連れである。そしてコトブキの民族衣装テイストも、この旧市街(コア)を歩く者たちの染み入るような黒い装いからは異質だった。プカプカプー……大道芸人のアコーデオンが鳴る。4
2017-03-01 22:51:34表通りは行き来する人々も数多く、観光客の割合も十分に多い。石畳や壁の色はややワインレッドの色合いを含んで暖かく、木々には黄金色の葉が連なり、市場では色とりどりの飾り布やガラス玉、魔術タリスマンの商いが行われていた。二人は足取りを早め、雑踏に紛れ込んだ。 5
2017-03-01 22:54:37「ここは間違いなくデジ・プラーグの旧市街(コア)です」コトブキはガイドブックを開いた。「重金属雲はビームで消し飛ばされていて、プラハ城を腐食から守っているんですね!」指差した先、高い丘に、青銅色の塔が見えた。「歴史の保存の意図が見えますね。キョートと通底する思想でしょうか?」6
2017-03-01 22:58:50「妙な眺めだ」ニンジャスレイヤーは呟いた。遠景には常にジャンクの存在がちらつく。この極めて美しい小径も、遠目には電子戦争以前そのままのプラハ城も、青空も、ドーナツめいた高層建築の新市街(ウォール)によって全方向を包囲されている。歴史保存……何の為に?観光の為だけではあるまい。 7
2017-03-01 23:03:25「天使の柱ですよ。凄いです」コトブキは城を照らす光に言及した。「テクノロジーが作り出した自然美で、昔には無かったんです。だから、進歩だと思います」「ああ」ニンジャスレイヤーはもはや構わず、移動を開始した。携帯端末の地図にはタキが指定した「後ろ暗い区画」のサイン。そこを目指す。8
2017-03-01 23:12:04(まず「後ろ暗い区画」に入る。入り口は偽装されているが、どうって事ねえ)タキの事前説明を思い返す。(そこで偽装デジ・タリスマンを調達しろ。旧市街は魔術ギルドが互いにしのぎを削り合う場所で、新市街より余程ヤバい場所だ。しかも、いいか、お前は魔術ギルドにアサルトをかけるんだぞ)9
2017-03-01 23:17:35目印にすべきは、プラハ城に至るカレル橋だ。ここからまだ距離がある。ニンジャスレイヤーは走り出した。道は狭く、どこを通っても、黄色い落ち葉が風に舞っていた。赤黒の風に目を留める者は少ないが、稀に目で追う者もいる。やがて引き離されていたコトブキが、強引に近道を継いで再合流した。10
2017-03-01 23:26:47「荷物は預けました……うわあ」コトブキが感嘆する。カレル橋を渡った先に見えるのがプラハ城だ。ちぐはぐな様式をひとつところに集積して成り立つ、歴史的ケオス。その美と迫力は現在もなお強烈にニューロンを揺さぶる眺めだ。雨でもないのに傘をさして歩く集団を追い越し、二人は橋を渡る。 11
2017-03-01 23:39:42プカプカプー。アコーデオン奏者はどこにでもいる。大道芸人がジョルリ人形めかした踊りを踊っている。川を行き交う船では人々がパーティーを繰り広げている。橋の中央では十字架像が通行者を睨み据えている。その十字架像の辺りを境に、ニンジャスレイヤーのニンジャ第六感は微かな違和を覚える。12
2017-03-01 23:43:19対岸へ渡りきると、皮膚に刺さるような小さな痛みは確かな感覚となる。ニンジャスレイヤーは石段を降り、わけもなく木陰に隠れて、追いかけてくるコトブキを待った。「まってください!」彼女を通し、タキはUNIX端末に物理ハッキングをかける事が可能だ。置いてゆくわけにもいかない。13
2017-03-01 23:46:27注意せよ。ナラクがニューロンに警告の呟きを発する。マスラダも承知していた。既に、プラハ城の「黄金の小道」に相当に近い。だがまだ踏み入ってはならない。明確に危険な場所なのだ。タキの言葉だけでは真偽不明のところ、実際に近くへ寄れば、試すまでもない事実であることがわかった。 14
2017-03-01 23:53:05そしてその危険の感覚は、おそらく彼が求める今回のサツガイ接触者、「エゾテリスム」のニンジャ存在感をも含んでいることだろう。コトブキが追いつくと、ニンジャスレイヤーは木陰から出、周囲に注意しながら、川沿いに橋の裏側へ忍び入った。「あります。仕掛けです」コトブキが石壁を指差した。15
2017-03-01 23:56:59「わかるのか」「周波数です」コトブキは壁の石の一つへ近寄り、無造作にブロックの一つを外して見せた。現れた溝にはLAN端子があった。「繋ぎますよ」コトブキが首筋からケーブルを引き出した。『いいぞ。やれ』タキが通信を返した。『周りに誰もいねえな?危ねえぞ』「問題ない」 16
2017-03-02 00:01:06『オレの凄みを見せてやっからよ。どんだけオレが大事かって事を』タキが恩着せがましく言った。カリカリ。壁の奥で音が鳴り、コトブキが痙攣し、白目を剥いた。キャバアーン!壁の奥でファンファーレが鳴った。コトブキは意識を取り戻した。壁がドンデン返しめいて回転し、二人を通路へ導いた。 17
2017-03-02 00:07:12『いいか。他の奴が来たら、隠れてやり過ごせ。本当は資格が要るんだ、その先は。物理の証は用意できなかった』タキが言った。「一本道だ」と、ニンジャスレイヤー。『アア?じゃあ、逆ギレしてやり過ごせ。それか、殺しちまえ』「罪のない市民を殺してはいけませんよ」コトブキが言った。18
2017-03-02 00:14:13トンネルが……不意に開けた。そこは地下に作られた石造りの広場で、おそらくこの真上にはプラハ城が位置していることだろう。中央に柱があり、天井付近に「přátelství 」と刻まれている。柱を囲むように複数台の自動販売機が設置されている。「誰もいない。なんだ、あのベンダーは」19
2017-03-02 00:20:15『ベンダー?ビンゴだぜ!そこで間違いねえ。そこはな、デジ・プラーグ・コアの魔術ギルドが共用で使ってるホールだ。緩衝地帯なんだ。誰もいねえな?用があるのは自動販売機だ。急げ。アクセスしろ。コトブキを使え』「全部で6台あります」『全部同じだ。早くしろ』再びLANケーブル接続。 20
2017-03-02 00:23:37コトブキが白目を剥き、自動販売機のモニタにウサギとカエルが表示され、走り始めた。『またオレの凄みを見せてやる。デジ・タリスマンを偽装するぞ。説明した通り、黄金の小道は部外者完全立ち入り禁止の閉鎖区域、しかもあの狭い中に複数のギルドがある。ニンジャもいる。普通なら八つ裂きだ』21
2017-03-02 00:29:22『奴らは互いに憎み合ってるが、余所者・侵入者への憎しみはその百倍だ。身内である事を相互に保証する為に、デジ・タリスマンを緩衝地帯で発行する仕組みにしたワケだ。それを持ってりゃ、身内って事で、あらためて仲良くケンカできるんだ。疑心暗鬼のクソ共だ……よし!』キャバアーン! 22
2017-03-02 00:34:16