@suuuuuCHAN501 「梓さん、あの…」 「お一人様ですか?お好きなお席へどうぞ」 「梓さんっ」 「今メニューをお持ちしますね」 今更戻ってきて私のことなんだと思ってるの、知らない振りをしてやろう、そう思ってカウンターの奥へ戻ろうとしたが、それは叶わなかった。 彼の息が耳元で聞こえる。
2017-09-10 15:50:37@suuuuuCHAN501 え……私、後ろから抱きしめられてる……!? 「梓さん、話を聞いてくれるまで離しません」 耳元に吹き込まれる低音に自然と身体中が熱くなるのを感じた。 「……カーット!」 「ふ、降谷さん!!今の……う、腕つかむだけのはずじゃ」 「すみません、梓さんの表情を見てたら思わず…」
2017-09-10 15:51:18@suuuuuCHAN501 にこっと笑いかけると、彼女はまだうっすら頬を赤く染めていた。 そう、思わず抱きしめてしまった。俺は一体何を…… いや、俺が抱きしめたのは役の上の「梓さん」だ。決して、目の前にいる彼女自身を抱きしめようとしたわけじゃ……ない。
2017-09-10 15:51:47@zhencaimei2 「今の、すごくよく撮れてたよ。そのまま使うから、もう一度宜しくね!」え、と思った。彼女もそんな顔をしている。先程は勢いで抱きしめてしまったが、狼狽える彼女を見て少しこちらも躊躇してしまう。 撮影準備が整うと、ふぅ、と息をはき、ゆるい力で彼女を抱き締めた。彼女の耳が朱に染まる。
2017-09-10 21:03:48@satr_15 @zhencaimei2 安室さんの、浅黒い肌が私の胸の前にある。苦しくはない、けれどもこちらが動けない強さで私を縛り付ける彼は、数度浅く息を吐くと小さく「梓さん」と息を溢す。耳を撫ぜるその吐息に知らずふるりと体を震わせると、私を抱きしめていた腕がするりと解かれ、代わりに体を彼の方へ向けさせられた。
2017-09-11 19:34:52@satr_15 @zhencaimei2 「梓さん、貴女に聞いて欲しいことがあります」 ダークグレーのスーツ、黒い本革の靴、眉間に刻まれた皺、そのどれもが私の知っている"安室さん"とはまるで違う。違うのに、何故かその瞳に宿る秘色色の炎はとても見慣れた色をしていた。 「今更…何を言う事があると?」
2017-09-11 19:45:14@satr_15 @zhencaimei2 ジリジリと炎が熱くて、視線を逸らす。私を逃すまいと掴まれた腕が一段熱を上げた気がした。 「貴女にはもう関係のない話かもしれない。今更聞きたくもないかもしれない。それでも、聞いてほしいんです」 ぐ、と一際強く掴まれた腕が急激に力を失ったように離れていく。
2017-09-11 19:56:36@satr_15 @zhencaimei2 見てはいけない。今彼の瞳を見たらきっともう逃れられなくなる。 頭の中でサイレンが鳴り響くのに、顔はゆっくりと上がっていく。 ジャケット、ネクタイ、意外とがっしりとした首、すっきりとした顎に薄い唇。私よりもずっと高い鼻、そして…ブルーグレイの瞳。 かちり、と鍵のかかる音がした。
2017-09-11 20:10:56@satr_15 @zhencaimei2 「初めまして、降谷 零、と言います」 薄い水溜りの向こうに浮かぶ彼は、困ったようにその眦を柔らかく細めていた。
2017-09-11 20:20:26@box_xdmnt386 @satr_15 @zhencaimei2 「ふるや、れい…さん?」 その声ぎこちなく、ひどく震えている。 「はい」 「だって、安室さんは…」 再び会うことがあれば、言いたいことがたくさんあった。
2017-09-12 19:32:10@box_xdmnt386 @satr_15 @zhencaimei2 言葉少ない別れに、なぜか心が波立ち騒いで落ち着かなかったこと。 ポアロのどこにも安室さんの気配がないことで埋めようのない寂寥感に苛まれたこと。 そうして初めて、安室さんが隣にいることが当たり前で、無意識にそれを望んでいたことを知ったのだ。
2017-09-12 19:32:37@box_xdmnt386 @satr_15 @zhencaimei2 いっぱい伝えたいことがあったはずなのに、いざ目の前にすると言葉が出てこない。 「詳しく話すことはできません。安室透はーー」 安室さんの…、降谷さんの話しはどこか難しくて、まるでおとぎ話を聞いているようだ。
2017-09-12 19:33:00@box_xdmnt386 @satr_15 @zhencaimei2 それでも、真剣な眼差しで分かりやすく、でも線を引いて話す様子に嘘だとは思えないでいる。 「ねえ、梓さん」 降谷さんの瞳に熱が宿った。 情火すら感じてしまうその眼差しに、顔が火照っていくのが分かる。
2017-09-12 19:33:20@box_xdmnt386 @satr_15 @zhencaimei2 「俺の奥さんになってくれませんか?」 戸惑いながらも真っ直ぐに告げられたその言葉に、身体中の力が抜けていくような安心感を覚える。 ーー降谷さんはもう私の前からいなくならない。 そう深く感じれば、暖かい雫が頰を撫でた。
2017-09-12 19:33:58@Luz1de4la1luna2 「嫌です」 涙をへばりつかせたまま、いたずら好きの子供がするような意地悪な微笑みを浮かべる梓に、降谷の表情が曇る。ざまあみろって、思った。だって、そんなの勝手すぎるから。突如現れ、野放図に人の心を掻き乱し、そして矢庭に姿を消し、また現れる。
2017-09-14 01:19:13そして挙句の果てに奥さんになってください、だなんて。自分本位にも程があるだろう、と梓は目尻に浮かんだ涙をぐい、と強く拭った。涙が辿った跡の、腫れぼったい眼の縁がヒリヒリと痛む。 「ずっと……。死ぬまで一緒に居てくれなきゃ嫌です。」
2017-09-14 01:20:56夫婦、なんて関係じゃ足りない。そんなものでは、またいつ消えてしまうかも分からない、線香花火のふるえて落ちる寸前のようなその存在を、繋ぎ止めることは出来ないと思った。もう、彼のいない世界で、自分がどうやって生きていたのかさえ思い出せない。
2017-09-14 01:21:45堪えていた筈の涙が、もう一度はらはらと崩れて、光の糸を曳きながら流れていった。 「約束します。」 絹布の肌触りのような静かでやさしい語り口と共に、降谷は梓の腕をそっと引く。引き寄せられて、降谷の胸に頰があたった。腕が背中に回り、強く抱きしめてくる。
2017-09-14 01:22:58白い綿シャツを通して梓の頰に降谷の体温と鼓動が伝わった。 「もう手放してやったりなんてしませんから」 胸から直接伝わる声の響きに梓は微笑を口角に浮かべる。それはこっちの台詞です、と。透明にしんとした時間が一滴一滴溜り落ち、まるに世界に2人だけ取り残されたような——そんな気がした。
2017-09-14 01:24:17* その日、自分がどのようにして帰路に着いたのか、記憶は定かではない。気が付けば撮影は終わっていて、良かったよ、と褒められ、次の撮影があるからと現場を去る降谷に、頑張れ、とエールを送って、そしてそのまま……。
2017-09-14 01:25:27声低く濃霧のかなたでせせら笑われているように梓の意識は朦朧としていて、生きる為にやらなければならないことを、ただ義務的に行う。魂を引き抜かれた気分だった。それくらい、お芝居をやりきったと思ったのだ。
2017-09-14 01:25:57いつの間にか夕暮れの青は、透明な刷毛でかさね塗りされるみたいに一段ずつ濃くなり、夜の闇へ姿を変えている。明日はまた、もうひとつの山場であるシーンの撮影がある、ということを思い出して、梓はそっと溜息を吐き出した。嫌、とかではない。
2017-09-14 01:26:39溢れ返りそうな想いを、ぎゅっと腹の奥へ押しとどめていく感じ。また、彼とお芝居をすることが出来るのだ、と。 「降谷零……」 撮影中に何度も告げ、告げられたその名前を、梓は語感を確かめるように何度も呟く。
2017-09-14 01:27:17それは、作品の中の『彼』の名前であり、本物の『彼』を指すものでもあって。何故だかそれが酷く儚く聞こえる気がして、梓は毛布で包み込むようにもう一度囁いた。
2017-09-14 01:27:31@10223Ki 今日は降谷さんとの山場のシーンを撮影がある。昨日のプロポーズシーン撮影の余韻がまだ抜けない感じ。我ながらかなりの集中をしていたと思う。降谷さんは明日から3日、もう一つの映画の現場に行ってこちらにはこない。つまり、今日も失敗は許されない。いつまでも昨日の余韻に浸っている場合じゃない
2017-09-14 10:06:27