隣の部屋の松倉さん

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yui @kn_km_ym

「隣の部屋の松倉さん」k.ma

2019-01-16 00:10:30
yui @kn_km_ym

雨が降り続けている。明日まで止むつもりはないらしい。足音が聞こえる。「・・・もう来なくていいって言ったのに」そっとベッドの側のイスに座る彼。「そんな泣きそうな顔で言われても、」ずるい。わたしの震える手をそっと握る。「俺の幸せを考えるなら、側にいさせて?」お願い、と頭を下げられる。

2018-10-04 23:26:38
yui @kn_km_ym

泣きながら病気と別れを告げた時、ただ黙って抱きしめてくれた。あれから一年、よく持った方だと思う。「それに別れたいって言われても、別れてあげないから。これだけは譲れない」いつも松倉くんはわたしの嘘を見抜く。都合の良いように捉えているだけ、と言うけど優しさだって分かっている。病気が

2018-10-04 23:27:06
yui @kn_km_ym

怖いのはわたしだけじゃない。今だって握る手が少し震えている。「死ぬまでにやりたいことリスト作ったの」「なんだよそれ、」「いいから聞いて?」願いそうにもないことを書いたものを読み上げる。「日本中を旅する。1人で海外に行く。孫を抱っこする。気球に乗る。犬を飼う。それから、

2018-10-04 23:30:55
yui @kn_km_ym

、、それから、」「それから?」「最後のは内緒」言ったらきっと、わたしも松倉くんも泣いちゃうから。「全部、叶うなんて思っていないよ。来世で頑張ろうかな、」笑ってごまかす。「叶えようよ、全部。来世じゃなくてさ」真っ直ぐな目と見つめ合う。「来世は出会ってくれないの?」あまりにも

2018-10-04 23:36:20
yui @kn_km_ym

真っ直ぐに見つめられるから、冗談を言わないとやっていられない。それはそれ、これはこれ!と怒られた。最後のやりたいこと。「松倉くんのお嫁さんになる」だなんて言えるわけないよ。雨は強くなるばかりで、胸はずっと苦しいまま。永遠なんて探しても見つかるわけないんだ。#トラジャで妄想

2018-10-04 23:36:39
yui @kn_km_ym

「こんにちは」と言えば、「あ、どうも」と返ってきた休日の午前11時。なんとなく年下の大学生だろうと思っていたお隣の松倉さんは、普段は駅前のパン屋で、夜は居酒屋で働くフリーターだった。たまにしか会わないからそんなに話したことはなくて、挨拶はする程度。たまたま知り合いに誘われて行った

2018-11-02 23:46:01
yui @kn_km_ym

小さな劇団の舞台に立っているのを観た。あれ、お隣さん?と気がついたけれど、なかなか会うことができずその話題は出せずにいた。突然辞めてしまった人の送別会で遅くなった帰宅。ガサゴソと鍵を出そうと探す。あれ、ない。あれあれ。必死に探すけれど、どこにもない。一気に血の気が引く。まさか

2018-11-02 23:47:34
yui @kn_km_ym

会社に忘れた?焦る。合鍵は、、部屋の中だ。合鍵の意味!と自分を呪う。朝晩は10度近くになる最近、明日も出勤なのにこのままここで過ごすのは、と混乱していると「どうしました?」と横から声。「ま、松倉さん、、」バイト終わりだろうか。「もしかして入れないとか?」「はい、恥ずかしながら、」

2018-11-02 23:48:04
yui @kn_km_ym

とっくに成人した社会人なのにこんな失態・・・とうなだれる。「ちょっと汚いですけど、俺の部屋で良ければ」目を丸くすると、襲ったりしないですから、と笑う。正直ネットカフェなどに行くのは気が引けていたから嬉しい。松倉さんたぶん年下だし、かわいい顔してるし、いいよね?と理由をつけ、

2018-11-02 23:48:31
yui @kn_km_ym

お言葉に甘える。どうぞ、と通され入と、ちっとも汚くない。わたしの部屋なんかより綺麗、と普段の自分に反省する。「適当に座っていて下さい。すみません、俺先にシャワーして来るんで」ありがとうございます。とお辞儀をする。あんまりジロジロ見てもいけないかと思うけれど、パッと目につくチラシ。

2018-11-02 23:49:20
yui @kn_km_ym

この前観に行った舞台のものだ。下の名前、海斗っていうんだ。コロコロと変わる表情に釘付けになったのを思い出す。他にも台本や映画のDVD、本などたくさん並んでいる。知っているものもいくつかあったから、じっくりと見てしまう。「それ、来てくれてましたよね」いつの間にかシャワーから帰ってきた

2018-11-02 23:49:48
yui @kn_km_ym

松倉さんが後ろにいた。「すみません、勝手に。知り合いに誘われてたまたま」目、合いましたよね。と笑う。あの時気がついていたんだ。働きながら劇団なんて、忙しい人だ。ふと見るとチラシの横に、箇条書きで手書きのメモ。・日本中を旅する・1人で海外に行く・孫を抱っこする・気球に乗る・犬を飼う

2018-11-02 23:50:54
yui @kn_km_ym

「うち、動物飼うの禁止ですよね」ふと寂しそうな顔をして「知ってます、だからまあ、できることからやろうと思っていて」あの、聞いてくれますか?ぽつりぽつり、と話し出す。半年前に彼女を亡くしたこと。彼女がやりたかったことをやる為に貯金をしていること。「正直、まだ実感湧かなくて。それに

2018-11-02 23:51:15
yui @kn_km_ym

最後まで一番叶えたかったこと、教えてくれなくて」俳優になる夢を応援してくれた彼女は、一度しか舞台に観に来れなかったと言う。「、、なんで話してくれたんですか?」そんな大切な話。ただのお隣のわたしに。「これ言うと引かれるかもしれないんですけど、ちょっと似てるんです。彼女に」たまらなく

2018-11-02 23:51:38
yui @kn_km_ym

なって、まだ濡れている頭を抱き締める。どうしてかは分からない。「泣いていいですよ、、」松倉さんが泣きだしそうな顔をしていた。この気持ちはなんだろう。同情?しばらくすると静かに啜り泣く声。こうしてわたしと松倉さんの不思議な関係が始まった。

2018-11-02 23:52:05
yui @kn_km_ym

「今から行ってもいいですか?」早番終わりだろうか、ちょうど帰宅する時間にメッセージが来た。「あと10分くらいで帰るのでまた連絡します」なんとなく、こちらも敬語になってしまう。いつもより早足で歩く。わたしの部屋は角部屋だから必然的に松倉さんの部屋の前を通る。鍵を開けていると隣から扉が

2019-01-10 11:17:24
yui @kn_km_ym

開く音がする。ひょっこり顔を覗かせた松倉さんと目が合う。「おかえりなさい」疲れて眠いのか目がとろんとしている。「ただいま。入る?」うん、とラフなジャージ姿で出てくる。「あ、でもご飯の材料ないからスーパー行かないと」松倉さんのお部屋で泊めさせてもらった日、大人な関係なことは一切

2019-01-10 11:17:25
yui @kn_km_ym

なかった。お礼としてご飯を作って持って行ったら「また食べたいな」とぽつりと言われてしまい、まんまと時間がある時に作ってあげている。たまに食費はくれるけど。恋人のそれとは違う関係。姉弟に近いのかもしれない。「俺も行こうかな」いつもは寝てるので起こして下さい、なんて甘えたこと言うのに

2019-01-10 11:17:26
yui @kn_km_ym

珍しい。「じゃあ荷物置いてくるからちょっと待ってて」会社のカバンを置きエコバックを持つ。部屋を出るとダウンを着た松倉さんが廊下に出て待っていた。「俺もひとりで来る」頭の中でメニューを考えながら野菜コーナーを歩いているとそう言われた。「ここ近いし遅くまでやってるもんね」うん、と

2019-01-10 11:17:26
yui @kn_km_ym

自分から話し始めたのに少し興味ない感じ。何食べたい?とやんわり聞く。そんなに得意な方ではないからレパートリーは多くない。「んー、前に作ってくれたシチュー美味しかった」野菜をゴロゴロ入れたクリームシチュー。簡単で美味しい冬の定番。この前はベーコンにしたけど、今回は鶏肉にしようかな。

2019-01-10 11:17:26
yui @kn_km_ym

吟味して入れたカゴの中に「自分で買うから」とお惣菜のパンを入れられた。「あれ?お昼ご飯?」パン屋で働いているから余ったパンをもらえる、と嬉しそうに話していたのに。「今日は早番だからもらえなかったんだよね」明日は稽古だからまかないないし。まかないがあるからパン屋も居酒屋もやっている

2019-01-10 11:17:26
yui @kn_km_ym

と前に言っていた。「わたしいつもお弁当だから作ろうか?」余ったシチューを保温のジャーに入れればいいだけの話。「、、大丈夫。そこまでやってもらったら甘えちゃうから」今でも充分甘えてるのにそんなことを言う。近いところに居たかと思えば、ふいに距離を感じる。理由は分かるけど。

2019-01-10 11:17:27
yui @kn_km_ym

「分かった。じゃあわたしもシチュー食べるし、お会計は半々にしよう」当たり前のように荷物を全部持ってくれるので有難く任せる。こういうとき男の子だと思う。部屋に戻りご飯の準備をする。松倉さんは明日の台本を手に座っている。新しい脚本だそう。観に行きたいなあ。お互いにおしゃべりな方では

2019-01-10 11:17:27
yui @kn_km_ym

ないので、無言の時間が続く。だけど心地良い。できたシチューを目の前に置く。超簡単、手抜き料理。「はい、どうぞ」「美味しそう」ありがとうございます、いただきます。手を合わせてきちんと言う。「もっと料理勉強するね」「そんな今のままで充分ですよ」松倉さんはきっとわたしと似ていると

2019-01-10 11:17:28