「フランス代表「ル・ブルー」でまさに今咲き誇る遅咲きのコシエルニ」(2016年7月2日)

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mygunner @mygunner98

2年前1919年から続くチュールのアコーディオン工場が破産寸前となった。1世紀にわたる経験と歴史的遺産、そして20人の職が危うくなった。オーナーは支援者を探し、旧チュール市長であるオランジェ大統領にも掛け合った。(インデペンデント) independent.co.uk/sport/football…

2019-01-23 23:22:58
mygunner @mygunner98

だが最終的に彼らを救ったのは別の有名人だった。コレーズ県出身のコシエルニはすぐに€60万を出資、他の地元の投資家もそれに倣う。これで工場と職人たちは救われた。彼は今や郷土の救世主とみなされているが本人はそれを公にしようとしない。「それがローレンだ。」友人は言う。(インデペンデント)

2019-01-23 23:24:20
mygunner @mygunner98

来月アーセナルに戻ると彼は主将候補だ。だが本人は相変わらず静かだ。インタビューにも殆ど応じない。皆がソーシャルメディアで自分をさらけ出すこの時代に彼のプライバシーを守る姿勢は流行に反している。(インデペンデント)

2019-01-23 23:24:44
mygunner @mygunner98

コシエルニは若い頃に将来を嘱望されたことがない。フランスのサッカーエリート養成校にも行っていない。23歳までトップリーグの経験がなく代表デビューも25歳だった。そのためか今更スポットライトを浴びるよりも家族と共にいることを選ぶ。(インデペンデント)

2019-01-23 23:25:02
mygunner @mygunner98

故に代表チームの同僚とは違う経歴となった。フランスは若くて才能ある選手が溢れるが彼らは大抵シニアでプレーする前に海外へ行ってしまう。グリーズマンもポグバもリーグアンの経験はないし、今後も戻らないだろう。コマンはPSGで3回プレーしてユベントスへ行く。(インデペンデント)

2019-01-23 23:25:37
mygunner @mygunner98

若者にとって狭苦しいと考えられているリーグアンは10代のコシエルニにとっては手に届かないものだった。初めの数年はGuingamp、次にトゥールと、フランスの下部でプレーした。PLからもCLからもユーロからも程遠いところだった。(インデペンデント)

2019-01-23 23:26:00
mygunner @mygunner98

サッカーと同じくらいコンピュータが好きなやせっぽちの10代のコシエルニは、どこのアカデミーからも声がかからずリモージュのノン・リーグでプレーしていた。コーチか体育教師に興味があったがサッカーをやり過ぎてバカロレア課程を修了できなかった。(インデペンデント)

2019-01-23 23:26:35
mygunner @mygunner98

リモージュがU19のカップ戦準々決勝まで進んだ時、Guingampのスカウトが17歳のコシエルニに興味を持つ。後にタアラブトやバランも輩出したランスのアカデミーからも声がかかったが、コシエルニはGuingampを選んだ。(インデペンデント)

2019-01-23 23:27:00
mygunner @mygunner98

04年にこのフランス2部でデビュー。若いDFには過酷なリーグで、他に経験豊富なCBがいることもあり、コシエルニは右SBで出場することが多かった。4年経ってプロアクティブなCBで出場したいと実感した彼は3部のトゥールに移籍する。監督はダニエル・サンチェスだった。(インデペンデント)

2019-01-23 23:27:27
mygunner @mygunner98

「自然に、気持ちよくやりたかった。」後にコシエルニは言っている。D.サンチェスの指導を受けたコシエルニはトゥールを2部に導いた。すでにそこで最高のCBになっていた。09年1月にカップ戦でトゥールがロリアンと対戦し、ロリアンのスカウトのル・ルーに魅入られる。(インデペンデント)

2019-01-23 23:27:54
mygunner @mygunner98

コシエルニは高い位置でプレーするスタイルにすぐに適応した。デビュー年にロリアンは史上最高の7位になり、カップ戦でも準決勝まで進んだ。彼に目を留めたリーグアンのスカウトに混じり、アーセナルのスカウト、グリモンディもいた。彼ならイングランドのペースに負けない。(インデペンデント)

2019-01-23 23:28:16
mygunner @mygunner98

旧友のD.サンチェスから個人的に話を聞いていたヴェンゲルはコシエルニのデータも見て納得した。アーセナルはヴェルマーレンを獲得した後で新しい若いCBを探していたのだ。グルキュフをよく知るヴェンゲルは10年にロリアンに行ってオファーを提示、すぐに交渉は成立した。(インデペンデント)

2019-01-23 23:28:46
mygunner @mygunner98

その夏、コシエルニはマルセイユ、リヨン、PSGなどから興味を持たれていたが、イングランド行きを決断した。フランス2部中位のクラブからRVPやファブレガスのいるPL3位のクラブへの移籍は大きな飛躍に見えた。本人はフランス2部と3部の経験しかないのだ。(インデペンデント)

2019-01-23 23:29:14
mygunner @mygunner98

だが、ある意味自然な選択でもあった。ロリアンもアーセナルも似た哲学に基づくサッカーをする。ヴェンゲルがコクランやキャンベル、スヌらをレンタルさせたがるのもそれが理由だ。コシエルニは深く守るのではなく前方で守備をするポゼッションのチームでプレーしたかった。(インデペンデント)

2019-01-23 23:29:57
mygunner @mygunner98

コシエルニはイングランドのテンポにすぐには慣れなかった。PL初めの7試合で2回退場となる。だがシーズン1年目の終わりにはクラブで最高のDFになっていた。以来よくなる一方だ。ヴェンゲルは彼を過去10年でも最高のお買い得選手と見なしているだろう。(インデペンデント)

2019-01-23 23:30:24
mygunner @mygunner98

「深く守るのではなくボールを保持するチームでプレーできるのが嬉しい。なるべく素早く、高い位置でボールをとるのが好きだ。」先月レキップ紙に答えたコシエルニの弁だ。このようにプレーするDFで彼以上の選手は欧州では今見当たらない。(インデペンデント)

2019-01-23 23:30:48
mygunner @mygunner98

コシエルニは賞賛もタイトルも十分に得ていないかもしれない。だが、今週、一つ大きなタイトルを得られるかもしれない。(インデペンデント)

2019-01-23 23:31:14